15話 「LIVE ARCADIA」
ライブ会場——メイリー・ミュージアム。
メイリー専用のライブ会場。彼女の資料館も併設されている他、ライブがない時は会場内がテーマパークに変わる。
ライブの時にテーマパークが丸々地下に移動し、ライブ会場に切り替わる仕組みになっている。その設計にはかなりのお金がかかっているのだろう。
15時。
……時間になった。
オーディエンスのガヤガヤとした声が、あちこちから飛び交う。
ステルス状態になっているわたしと赤魔くんは、観客席の最前列に立っている。
前方に見えるステージの方は、今回のライブタイトル——【LIVE ARCADIA】をイメージしたものになっている。
ステージ中央を囲っている骨組みの中心——天使の両翼の装飾が施されていた。
当たり前だが、この空間はライブの観客たちだらけ。
満員だ。席の拡張もしてそれも埋まっているらしい。
周りはライブTシャツを着た人たちが殆ど。
ハチマキをした若い人や、自作のはっぴを身につけている人もいる。
みんなはライブが始まるのを、今か今かと気合い十分に待ち望んでいる。
この会場のキャパは二万人。
メイリー・ミーラ専用の会場で、それだけのキャパを毎度埋めているらしいのだから凄まじい。
「メイリーってどんな感じの天使なの?
改めて確認だけど、黒なのは確定してるんだよね?」
わたしはとなりにいる赤魔くんに尋ねる。
赤魔くんは顔をしかめて、クソマズイものを口にしたような表情で、
「真っ黒なクソ女だよ。
高飛車で、自分が一番偉くて美しいと思っている。
自分が生き残るためなら仲間を平気で盾にする」
「それは……クソ女だね」
「それでも、みんな奴の美貌と愛嬌、カリスマ性に魅了されてしまう。
そうなったら、みんなは奴のために命を賭けるようになってしまう。
お前も気をつけろよ、六空」
「そうなんだ……気をつける。
けど、ソイツが本性を現すのは、ファンクラブイベントだけなんでしょ?
アーティスト活動やライブはなんのためにやっているんだか」
「奴は承認欲求が異常に強い。
それを満たすためだろうな。
あとはファンを増やすっていう、回りくどくて地道なやり方で天使を集めるためだ。
ジェノと同じく、それを楽しんでやってるんだろうな」
「天使は回りくどいやり方を用いて、楽しみながら天使を増やす……」
わたしが呟いたその時、照明が消えて闇に包まれた。
ライブが今から始まるという合図。
おおおおっ!!
会場内が湧く。辺り一面は瞬く間に、メイリーのイメージカラーのピンクに染まる。
……わたしも緊張してきた。唾を飲み込んで臨戦態勢に入る。
モニターが映る。
ムービーが始まり、会場内に静寂が走る。
映っているのは白いドレスを着た、ボサボサのブロンドヘアの女性。彼女がメイリーだ。
表向きの年齢は非公表だが、外見だけだと20代前半から半ばくらいだろう。実際は数百歳なのだろうが……。
メイリーのナレーションが入る。
【私は鳥籠の中の鳥。
このまま一生この中で生きていくの】
メイリーは薄暗い牢獄のような場所に閉じ込められていた。膝を折って座り、目を閉じて自分の運命を受け入れているようだ。
やがて、メイリーは牢屋の外に落ちていた鍵を発見。
再びナレーション。
【私は……やっぱり、自由が欲しい!】
メイリーは腕を伸ばして掴み取ろうとあがく。
しばらくのあがきの後、メイリーの手に鍵が握られた。彼女は牢屋の中から外の錠前に鍵を差し込んで、ガチャガチャと操作していく。
少々の格闘の末に鍵が空いた。メイリーは立ち上がり牢屋から飛び出した。
メイリーの身長は170cmないくらい。スラっとしているし、胸も大きい。顔立ちも美人といっていいだろう。
ムービーの舞台はどこかの塔のようだ。囚われのプリンセスのメイリーは、裸足で階段を駆け上がる。
塔の頂。目の前の扉を開けると外に出た。
そこは、遥か天高くまで聳える塔の上だった。
周りには柵や手すりがない。吹き荒れる強風。グラグラと揺れる不安定な石造りの足場。メイリーが歩けるくらいの幅しかない。
メイリーは最初は尻込みしたものの、意を決して歩み、塔の端までたどり着いた。
メイリーが瞑目。
すると、ドレスがクリスタルの煌びやかな装飾に彩られたピンクの衣装に変化し、髪型が縦ロールに変わる。
化粧も施され、天使のような純白の翼も生える。
メイリーは自分の身体を見回してから微笑み、両手を広げて塔の上からダイブした。
彼女に生えた翼が、メイリーを目的の地へと運んでいく。
目指す場所は——ライブ会場。
画面が暗くなり、【MAYLEE MEERA LIVE ARCADIA】の表示。
歓声があちらこちらで上がる。
今のがこのライブのオープニングムービーか。壮大なストーリー仕立てになっているらしい。
照明がついて、バックバンドの人たちの姿が露わになる。メイリーの姿は見えない。
演奏が始まり、序曲がかかる。
歓喜の声があちこちで轟く。
やがて、序曲が終わり、メイリーの歌声が聞こえた。歌い出しはサビからのようだ。
……しかし、肝心の彼女の姿は未だ見えず。
後ろにいる誰かが【あっ!】と大きな声を出した。
振り返ると、声を上げたと思われる人が天に指を差している。
ヘッドセットマイクを付けたメイリーがそこにいた。青い瞳を輝かせて、空の上で優雅に、堂々と歌っている。
背中にはムービーで映っていた天使の翼を生やしている。
この翼は、周りの者たちにはライブの衣装のようにしか映っていない。これは恐らく——天使としてのメイリー自身の翼だ。
「みんな〜!
ここが私たちのアルカディア!
思いっきり楽しんでいっくよー!!」
歌い出しが終わり、イントロ。花火がド派手に上がる。
メイリーがそのまま空を飛ぶように急降下しながら、湧き立つ観客たちに手を振る。
観客個人を狙ったファンサも連続で行っている。ピースしたり、投げキッスしたり、ハートを射抜いたり。
彼女の身体を支えるワイヤーの類いのような物は見えない。
ということは、やはりあの翼は自前のもの。
……ならば。
「あかまくん!
翼が出てるから、やっつけるなら今じゃない?」
わたしはメイリーのことをよく知らない。彼女の所業をまだ直接見たわけじゃない。
だから彼女個人への怨みは薄い。けれど、わたしたちの人生を大きく狂わせた元凶だと考えれば、憎しみが湧き上がってくる。
「何度も言うが、目的はファンクラブイベントだ。
それまでは手を出せねぇ。
仲間が捕まっているからな」
……と、言いながらも、赤魔くんはストレッチをしたり左腕を回したりと、いつでも戦闘に入れる準備をしている。
こうなれば、ただメイリーのライブを鑑賞しているしかないのか。……というか、腹が立つことに、見ていて普通に圧倒されるライブ。
最初の空を飛ぶ演出や連続ファンサは、相手がメイリーでなければ一瞬で虜にさせられてしまうものだった。
「ありがと〜!
みんなぁ〜、まだまだアゲてくよ〜!」
ハイ! ハイ! ハイ! ハイ!
歌の1番が終わり間奏。メイリーの合図に合わせて、観客の盛り上がりがヒートアップ。
みんなは飛び跳ねながら、ピンク色に発光するペンライトを激しく振り上げる。彼らは声を揃えて命を滾らせている。
「メイリー様!」
「メイリー様!」
「メイリー様!」
止まないメイリー様コール。
……見渡すとみんな、目を輝かせている。
つられるわけじゃないけど、わたしもみんなの気持ちがわかる気がする。
……だって、良い曲だし。
パフォーマンスにトキメキそうになってしまうし。
これが、メイリーでなければ……。
メイリーでなければ……。
……ああ、普通に良いライブになりそうじゃないか!
メイリーの瞳に、笑顔に吸い込まれそうになる。
メイリーでなければ……なんて気持ちがいつまで持つか。
このままではわたしもハートを射抜かれてファンになってしまいそうだ!
八宵……百夏……。
あんたらがここのどこかにいるとして、通じるかわからないけど念を送っておく。
メイリーのことをどこまで知ってるのかわからないけど、虜になってはダメよ!
特にライブ鑑賞が好きな八宵! 気をつけて!
* * *
※八宵視点。
ライブが始まってから2時間が経過し。
ライブは早くも終盤に差し掛かっている。
「……凄い熱狂ぶり……。
八宵、気分悪くなってない?」
となりにいる百夏さんが、私に気遣わしげな視線を送ってくる。
「大丈夫です。
沢山Blu-rayでこのように盛り上がっているライブを目にしてきたので。
見慣れています。
現地は初ですが」
私と百夏さんは、適当に盛り上がっているふりをしながら周辺やメイリーの観察をしていた。
私はライブ鑑賞が趣味。
だが、直接現地まで行く手段やお金が無い。なので、家でのBlu-ray鑑賞、特定のチャンネルでの放送や配信、映画館でのライブビューイングなどで楽しんでいた。
なので、今回が初の現地参戦でのライブ。
生で聞くガンガンに響く音楽。生で見るアーティスト。
夢のような空間だ。みんなはこの日のために頑張って、嫌なことを一旦全部忘れて、それから日常に戻る。そして、また次のライブのために頑張るのだろう。
私がここに立っていることが信じられない。立つにしても、もっと先の話だと思っていた。
これが、私の推しだったらよかったのに……と心底思う。
私は個人的にメイリーが好きじゃなかった。
私の推しはあまり売れていない人たちだ。本来なら売れるはずだったのに、メイリーにファンを全て取られてしまったと思っている。だから彼女がテレビに出る度に、面白くない顔をしていた。
推しを応援するために、私は全てを投げ打ったというのに……。
メイリーが好きではないのと、彼女に疑惑をかけてライブ鑑賞しているものだから、あまりこのライブを楽しめていない。せっかく来たのに勿体ない気もするが、今日の私は楽しむことが目的で来たのではない。
メイリー・ミーラ。
見た目、立ち振る舞い、MCでのトーク。
それらを観察している限り、特に違和感を覚える点は見受けられない。私たちは一番後ろの席にいるので彼女はよく見えないけど。
普通の人気大物アーティストといった感じ。MCは自虐ネタが多く、みんなの笑いを誘っていた。
無理矢理気になるところを挙げるとすれば、背中に生やしている翼。あれは天使の翼なのか、ただの飾りなのかということ。
六空さんの物と思われる、悪魔の漆黒の翼は目にしている。あれは堕天使の翼的な外観をしていた。メイリーの翼はそれをそのまま白くしたような感じ。
…………唯さんもこの光景をどこかの席で見ているのだろう。
唯さんとっての天使——メイリー。彼女はこのライブで何を感じているのだろうか?
* * *
※唯視点。
初めて感じるこの気持ち。
ワクワクやドキドキなんかではない。
なんて言い表せばいいのかわからない高鳴り。
「みんな〜ありがと〜!
モリモリ盛り上がってる〜?」
MCでメイリー様がワタシたち……いや、ワタシ——単 唯に手を振る。
その眩しい笑顔にワタシはこれまで支えられてきた。
どんな苦しいことがあっても、ワタシは笑おうと思えるようになった。
メイリー様に出会ってからまだ日が浅いけれど、彼女に出会わなければワタシは既に生きていなかったかもしれない。
ワタシは目を閉じる。
これまでの辛い日々の記憶が、一気に甦ってくる。
——
〈ハハハ……ウケるんだけど〉
〈ふりかけ〜!
唯のふりかけご飯……なんつって!〉
クラスのボス的ポジションの女子が笑い、取り巻きも続く。
それは——ワタシのことを馬鹿にする笑いだった。
その時のワタシの髪には、細かくちぎった消しゴムが大量に付いていた。
授業中、ワタシの頭に向かって何度も投げられる、ちぎった消しゴム。これくらいなら、まだマシなレベル。
〈ほいっ! ミサイル着弾〜!〉
〈ギャハハハハ!
オロオロしてる!〉
〈絶対家に帰ってから泣いてるよ!〉
体育の準備体操の時間や、音楽でアルトリコーダーを演奏している時間。
先生が見ていない間に、後ろにいるクラスメイトがワタシのお尻に、ミサイルと称したカンチョーを毎回してくる。嫌がりつつもやめてと言えないワタシの反応を見て、みんなはクスクスと笑う。追撃で膝カックンをしてきたこともあった。
〈ほら、見て!
あの女、また震えているよ!〉
〈ぷぷぷ……あり得ないよね!
あんなに震えて!
アイツ、人間じゃないんじゃない?〉
ワタシは手先が不器用で、理科の実験や家庭科の実習の時にはいつも手が震えていた。当然、それを見てみんなは笑う。笑われないように家で事前に練習したりもした。その時は震えなかったが、面白くないクラスメイトは、聞こえるように嫌味を言う。
こんなものでも軽い。
ワタシの教科書はキモイだの死ねだの書かれていた。靴を隠されたこともあった。渡さないと家に火をつけると脅されて、財布の中身を取られたこともある。
給食の時には、同じ班の女子から露骨に、【単さんがいるとマジで冷めるんだけど】なんていつも言われる。給食の味噌汁に牛乳や虫を入れられた、なんてこともあった。
〈単ってマジでブスだよな!〉
〈いっつもいじめられてるし!
まぁ、あのザマなら当然っしょ!〉
〈あんなに挙動不審じゃ、集団行動向いてないよ。
意思表示もできねぇし!
いや、【生きるの向いてない】の間違いか!
ハハハ!〉
直接いじめに参加しない男子たちが、陰で好き放題言っているのも耳に入っている。
………………泣きたくて、しょうがなかった。
いじめられた理由は、回想でクラスメイトたちが言っていたように、挙動不審。意思表示ができない。重度の不器用。同じ班を冷めさせるくらい面白みのない性格。
なにより、ブスだから。
幼い時に手にした霊力でやり返すこともできた。
だけど、それはいけないことだし、ワタシは怖くてできなかった。
それをすると……それを知られると、本当にワタシは独りになると思ったから。
死ぬことは何度も考えた。
死ねば、今流行りの異世界転生できるではないかと思ったりもした。
……でも、メイリー様に出会ってから全てが変わった。
メイリー様の楽曲のPVを見た。そして、それのメイキング映像も見た。
一曲のPVの尺はせいぜい5分程度。
大体のアーティストがそうだ。メイリー様もそう。
メイキング映像で、メイリー様がいかに過酷な長時間の撮影をしているのか知った。
大雨の中傘もなく歌ったり、滝に打たれながら歌ったり、スカイダイビングしながら歌ったり。
収録にかかる時間はいつも24時間を超えていた。他のアーティストも似たような人はいるかもしれない。
けど、ワタシは彼女しか知らなかった。
彼女さえいれば十分だった。
メイリー様は辛いだろうに、弱音を一切吐かずに笑顔で頑張っていた。
それを見て、ワタシは自分に鞭を打てるようになった。
メイリー様はワタシを救ってくれた、ただ一つの光だ。
——
瞳を開く。意識が今に戻ってきた。
「……わたくしもすっごく楽しい。
……はぁ〜。
だけど、楽しい時間はあっという間……もうすぐ最後の曲です」
メイリー様のお決まりのセリフ。それに合わせて、オーディエンスはお約束の【えー!】という嘆きを上げる。
本当にあっという間だった。
これが終わってもまだファンクラブイベントがある。
でも、それも終わってしまえば、また嫌な日常が始まる。
頑張れる、乗り切れると思っても、死ぬのを考えた程嫌な日常。
…………ワタシは、メイリー様のためだけに生きたい。
それを邪魔するものは全部、壊してしまいたい。
読んでいただき、ありがとうございました!
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