14話 「霊能力少女?」
8月26日。10時30分。
「う〜ん!
やっと外だね、八宵っち!」
百夏さんが、大きく伸びをする。
始発の電車での移動と、駅の長い徒歩で疲れたのだろう。
私もライブ鑑賞が趣味だが、お金が無いのでこのように遠征したのは初。
自宅でBlu-rayを再生して、一人ではしゃいでいるのが専らだ。
……働くのが嫌すぎて逃げていたが、そろそろ私もバイトをした方がいいだろうか……?
今回の特急代でお年玉の殆どを使ってしまったし……。
流石に制服は百夏さんの家に置いてきた。校則違反ではあるが、通報されたらすぐ学校がバレるから。
今の私は、家から持ってきたスカーレットのTシャツに、青いデニムパンツ、深緑のショルダーバッグを身につけている。
百夏さんの方は白いポロシャツに、ブラウンのボトムスを着用し、黒のリュックサックを背負っている。
……現在地は札幌駅南口の外。来るのは初めてだ。
百夏さんは曇った表情で言ってきた。
「……ごめんね、八宵。
付き合わせちゃって」
「いえ、気にしないでください!」
親には百夏さんの家に泊まって、次の日はそのまま学校に行くと伝えてある。学校を休んでも、高校にもなって家に連絡は来ることはないだろうから、問題はないだろう。
六空さんと千歳さん、そのご両親まで行方不明になっているという状況。当然酷く反対されたが、何度も頼み込んでどうにか許可してもらった。
札幌に行くとは言っていないが……。
「沈んでいるのは百夏さんらしくないですよ!
元気に行きましょう!」
「…………うん、そうだね!
ありがと、八宵!」
百夏さんは気持ちを切り替えて明るく歩き出す。私もその後をついていく。
「——ねぇ、君たち」
歩き出してすぐ。
聞いたことのない声に呼び止められた。
「……はい?」
振り返ると。
前髪が長いボブカットの少女が、こちらに人差し指を突き出して立っている。肌は色白で、可愛らしさと大人っぽさを兼ね備えた顔立ちをしていると思う。
化粧をしているようには見えないが、左目の色はカラコンなのか赤い。右目は前髪で隠れている。
身長は私より15cm以上低い。中学生か高校生のどちらかだろう。
彼女の格好は、何かのロゴが入った帽子にリュック。同じくロゴ付きの黒いTシャツに、青のショートパンツ。
「後ろ、見える?」
言われて更に振り返る。
後ろには、ポカンとしている百夏さんと、こちらに気にも留めずに歩いている道ゆく人たちしかいない。
「………………何が?」
向き直ってそう返す。
すると。
「動かないでね」
少女の姿が消えた。
——!?
もう一度振り向く。そこに少女はいた。
一瞬で私たちの背後まで瞬間移動したのか?
少女は身を屈めて、右腕を横に伸ばした姿勢のまま固まっている。
「…………逃げられたか」
少女は立ち上がり、静かに呟いた。
「あの、一体……?」
コミュニケーション能力が高いはずの百夏さんも、この謎の少女に戸惑っている。
「ああ、ごめんなさい。
ちょっと、君たちの後ろに悪霊がいたから退治しようとしたんだけど」
少女は男装の麗人のような低い声で平然とそう語る。私はそこであるものに気がついた。
少女の身につけているもののロゴ。
【MAYLEE MEERA LIVE HEAVEN】と書かれている。
……まさか——
「悪霊?
あなた霊感でもあるの?」
「!」
百夏さんが聞くと、突然少女はビクッと肩を震わせてそわそわ。目の色は灰色に変化し、髪も動いて両目が露わになる。
「……あっ、ごめんなさい!
調子に乗りすぎました!」
少女の声が、可愛らしさを残した弱々しいクリスタルボイスに変わった。
「何でもありません、それでは失礼します!」
少女はくるりと後ろを向いて、慌てて駆け出していく。
「待って!」
「……えっ、ちょっ……」
私は後を追う。百夏さんは事態がわかっていないようだが、ついてきた。
少女の足は遅い。
……しかし、私はそれよりも遅かった。
体力もない。どんどん引き離されていく。
六空さんなら、もっと速く走れるだろうに……!
そう思っていると、百夏さんが私を追い抜いた。
それでも、少女との距離の差はなかなか縮まらない。
しばらく膠着状態が続いていると。
「むへっ!?」
少女が足を引っ掛けたのか、派手に転んだ。
そのまま少女は道路で何度も前転をし、大の字に寝っ転がった。
すかさず、百夏さんが少女の前に立つ。これで挟み撃ちの王手だ。
「追いかけてごめん。
うちのブレインが、あなたに聞きたいことがあるみたいで」
百夏さんは倒れている少女に優しく手を差し伸べた。
* * *
「先程はいきなりご無礼を。
悪霊などと」
私たちは、近くにあった喫茶店でゆっくり話を聞くことにした。
少女はダージリン、私はアフォガート、百夏さんはアッサムブレンドを注文。
「その悪霊は本当にいたの?
逃げられたって呟いてたけど」
「あっ、信じていただけますか?」
「…………よくわかんないけど、本当なら信じるよ。
アタシも、オカルトは否定しないクチだからね」
「ありがとうございます!
はい、悪霊はいました。
あなた方のことをチラチラと伺いながらあとをつけていたので、ワタシが攻撃したら逃げていきました。
もう現れないと思いますよ」
「……はは。
そりゃ、ありがと」
百夏さんがこの謎の少女と会話してくれている。
……百夏さんがオカルト肯定派なのは初めて聞いたが、天使と悪魔の一件があるからだろうか?
「ワタシ、『単 唯』と言います。
中学二年生です。この辺りに住んでいます。
霊や、他の人には見えない人ならざるものが見えるんです。
それらを祓うことができる【霊力】も持っています」
少女——唯さんが自己紹介をしてきたので、私たちもそれぞれ軽く自己紹介。名前と学年、出身を答えた。
「……それで、八宵っち。
この子に何の用が?」
「……百夏さん、彼女の身につけている物、気がつきませんか?」
「ん〜?」
百夏さんは立ち上がり、まじまじと唯さんの頭の上から足の先まで眺める。
「……なんて書いてあるかわかんない」
……………………。
私はため息を吐いた。失礼だが、どうやって高校に受かったのだろうか。
「彼女……今日のメイリーのライブに参加するのでは?」
「エエ!?」
百夏さんは店内で大声を出してのけ反った。
途端に、他のお客さんの視線がこちらに集中する。
「そこに……書かれている……ライブタイトルは…………前回の……メイリーのライブですね……?」
私は何度も周りの客に頭を下げながら、唯さんに尋ねる。
「あなた方も、メイリー様のライブに!?」
唯さんの表情が眩しくなった。瞳をキラキラと輝かせ、顎に握り拳を二つ乗せて、乙女のポーズを取っている。
「…………はい。
私たちはメイリーのライブと、その後のファンクラブイベントに参加します。
メイリーには出会ったばかり、ファンクラブにも入ったばかり。
それに、どちらのイベントにも初めて参加するので、わからないことだらけで」
「うわぁ!
ワタシと同じです!
ワタシもどっちも初参加なんですよ!
ファンクラブに入ったばかりなのも同じです!」
唯さんはすっかり舞い上がって、私たちの手を握ってブンブンと振り回す。
「会場までの道案内は任せてください!
10時から物販が始まってます!
今頃長蛇の列、こうしちゃいられません!
行きましょう!!」
唯さんは立ち上がり、私たちを掴んで店の外へと連れ出した。
……まだ、私のアフォガートが来てないのに……。
それに、グッズに興味はないし、買うお金もないのに。
それにしても、唯さんの私たちを引っ張る力は凄い。
人力以上の何かを感じる。
彼女はもしかして、本当に何かの特殊な力でもあるのか……?
* * *
「ワタシ、恥ずかしながら学校では独りぼっちでして。
いじめられてもいて……。
毎日が辛くて、登校拒否を考えていました。
そんな時、メイリー様に出会って救われたんです!
あの方のくしゃっとしたニコニコの笑顔、前向きになれる曲がワタシを叱咤してくれました。
もっと頑張れって言われているようで、いじめに屈してはダメだと思えるようになりました。
……今でも、いじめられているんですけど……。
それでも! あの方が、ワタシの暗い人生に光の彩りを加えてくださったんです!」
会場に向かっている途中。
唯さんは(聞いてもいないのに)己の身の上を早口で語ってきた。私たちのことを完全に同志だと認識している。
だが、独りぼっちだというのは昔の私も同じ。
百夏さんたちに出会わなければ、私はずっと孤独な高校生活を過ごしていただろう。
唯さんはいじめられているらしいが、今の精力的な姿を見ていると大丈夫そうだ。辛くても自分の力で乗り越えていけるのだろう。
メイリーはまだ黒か白かはっきりしていないが、彼女はここにいる一人の少女を救ったようだ。他にも彼女に救われた人はまだまだ沢山いそうだ。
「あの方のためなら、ワタシは人生を投げ打ってでもいい!
あの方が悪魔を祓うというのも、ワタシの霊力ならそれを助けられるかもしれません!
あの方の周りにまとわりつく邪なものを、ワタシが祓うんです。
そうして、ワタシはあの方とお近づきに……」
唯さんは壮大な野望を語っている。
推しのために人生を捧げる。
メイリーの是非はおいておいて、私には彼女の気持ちがわかるところがあった。
興味のない外の者からすれば馬鹿馬鹿しい、気持ち悪いと思えることだが、本当にその人を推している人は何だってする。
私も、昔何だってした。
そうして、今の私がここにいる。
(……八宵っち)
百夏さんがそっと耳打ちしてきた。
(唯ちゃんは霊力を持ってるみたいだし、何かあった時に助けてくれるかも。
地元の人だし土地勘もある)
(……そうですね。
それ以上に、彼女は危なっかしいと思いますが)
(まぁ、それはそう。
アタシらはアタシらで、唯ちゃんが暴走しないように見張ってない?)
(……確かに。
メイリー愛が爆発して一線を越えさせないようにしましょう)
* * *
※六空視点。
札幌市白石区東札幌。
今回の目的地、メイリー・ミュージアム……の屋根。
合流場所にやってきたわたしは、どかっと勢いよく座り、そのまま仰向けに倒れ込んだ。
「早かったな。
どうだった、六空?」
赤魔くんが影から現れて、わたしの顔を覗き込む。
「想定外のことがあった」
わたしは唇を尖らせて、右腕の傷を見せながら答える。
腕からはポタポタと血が滴り落ちている。
「この服の効果で他の人にはわたしの姿が見えていないのに、見える奴が現れた」
「何?」
「百夏と八宵の近くで二人の様子を見ていたら、中学生っぽい女の子がいきなり攻撃してきて、何かで切られた。
刃物は持ってなかったから、超能力か何か?
そいつは明らかにこっちのことをピンポイントで狙っていた。
あれは、絶対に見えているよ」
「……本当なら、そいつは凄い逸材だな」
「なんかわたしのことを悪霊扱いしてるみたいだった。
確かにわたしは一回死んでるし、幽霊だと思われたっぽい」
「それで逃げてきたってわけか」
赤魔くんが腰を下ろしてとなりに座る。
「不老不死だし、放置していてもそのうち治るだろうが、念のためにやっておく」
赤魔くんはカーゴパンツのポケットからガーゼを取り出して、わたしの腕の止血をしてくれた。
「……ありがと。
でも、やり返したよ。
なんか百夏たちから逃げ出したから、こっそり近づいて、真後ろから足を繰り出して足払いしてやった」
「……ははっ、ムキになってお前らしい。
その後は?」
「三人で喫茶店に入った。
流石に中に入ったらまた見つかりそうだから、わたしは外で隠れていた。
その後、三人は割とすぐ出てきたから、バレないように遠距離から後を追った。
それでわかったのは、三人ともメイリーのイベントに参加するってこと。
あと、女の子は相当なメイリーのファンだってこと。
他には、その女の子は良くないものを祓える霊力? とかいうのを持ってるらしいってこと」
「やはり、お前の友達はメイリーのイベントが目的か。
恐らく、祭りの時にお前の痕跡を感じたんだ。
それから、どこで知ったのかはわからんが、メイリーがきな臭いってことも知ったんだろう。
その後はわかっている情報を繋げて、天使と悪魔が影にいることも掴んだんだろうな。
間違いなく、お前の友達はお前を求めている」
「本当は、もうわたしのことは探して欲しくない。
危険な目に遭ってほしくない。
身を引いて欲しいのよ」
わたしはそっぽを向いた。
あの二人の健気な行動を見ていると、瞳が潤む。込み上げてくる感情がある。
「だが、お前の友達二人はその霊能力の子がそばにいる限り安全じゃないか?
不老不死である悪魔のお前に、ここまでの傷を負わせたんだ。
ある程度の自衛はできるんだろう」
「…………うん。
わたしに攻撃してきた時、瞬間移動したかのような凄まじい速度だった。
あれは——テレポートか何かだと思う。
それに、もう近寄りたくないと思わせる程の強い殺気を感じた。
不本意だけど、わたしも、あの子がいれば二人は大丈夫だと思ってしまった……。
あの子、悪い子ではなさそうだしね」
「お前自身がそう感じるんなら、一旦は割り切れ。
15時にはライブが始まる。
本番は夜のファンクラブイベントだが、ライブの時点で戦いは始まっている。
何が起こるかわからないから、常に警戒心を全開にしていなければならない。
厳しいことを言うが、余計なことは頭から捨て去れ」
耳が痛いな……。
赤魔くんには、きっとわたしの気持ちなんて……。
…………そう言えば、彼は恋人が天使のトップにされて操られているんだっけ?
だから、その恋人を助けるために戦っている……。
それなのに、わたしや百夏たち、周りの一般人の安全も考えてくれている……。
…………くそっ、赤魔くんの方が大変じゃないかよ……!
…………………………。
…………わかったよ、一旦忘れる。
早くラスボスと決着をつけてしまえばいいんだ。
そうすれば、わたしはまた人間に戻れるんだ。
行方不明になっていたことを周りにどう打ち明けようって問題はあるけど、そんなのはその時に考えればいい。
今日で、全てを終わらせる。
読んでいただき、ありがとうございました!
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