13話 「自宅会議」
8月25日の20時。もうすっかり日が暮れている。
私——日向 八宵は、部屋のカーテンを僅かに開けて、街灯に照らされた外を眺めていた。
2丁目のお祭り会場の方では、未だに警察が捜査をしていることだろう。救急車や消防車も駆けつけているはずだ。
突然の爆発騒ぎに、祭りに参加していた人たちの一斉嘔吐。その上会場の地面の隆起に、謎の男たちの戦闘。
これで事件にならないはずがない。
あの場にいた私たちは爆発騒ぎしか目にしていないけど、周りの人たちのパニック具合はかなりのものだった。
ちなみに、爆発騒ぎの時に色々あった気がするけど、私自身もパニックでその時のことはあまり覚えていない。
その後、突然菜種油色の不気味なドーム状の壁に会場が覆われて、私たちはそこから追い出された。
しばらくその場に立ち尽くしていたけど、数分後には壁が消えて会場に入れるようになった。
会場内はみんながうずくまって嘔吐にもがき苦しんでいたり、その人たちの介助に四苦八苦していた。
警察の方はその場にいる人々へ【速やかにその場から立ち去るように】との避難誘導と、爆発や苦しむ人々の対応に追われていた。
話ができる状況ではなさそうだったのと、一緒にいた同じクラスの友人——寒田 百夏さんに呼びかけられてその場を後にした。
「はい、つまらぬものだけど」
キッチンから百夏さんがご飯が乗ったお盆を持ってきて、丸テーブルの上に置いた。
ここは街風町3丁目のワンルームアパート。
百夏さんの自宅だ。私は彼女の家にお邪魔することになった。家賃は3万5000円らしい。
百夏さんは両親との関係があまり良くないらしく、今年の4月から一人暮らしをしている。
諸々の支払いは、バイト代の貯金と親戚からの十数年分のお年玉の貯金、昔のお小遣い等を使って、今のところは一部両親負担、ある程度は自分一人でなんとかしているようだ。
それでもやはりキツイらしく、普段の食事は極度に質素なのは知っている。
前にハンバーガーを奢ってくれると言っていたが、無理はしてほしくない。
「あ、ありがとうございます」
私は席に着いて差し出されたメニューを眺めた。
グリーンピースやかにかまが乗った大盛りの炒飯。餃子。鶏肉とワカメの入ったたまごスープ。
スープの湯気を浴びて、私のメガネが曇った。
「ごめんね。
アタシ、あんまり料理しないから口に合わないかもだけど」
「いえ、嬉しいです!
いただきます!」
メガネを外して、百夏さんが作ってくれた炒飯を召し上がる。
…………少し胡椒が濃いが、十分問題なく食べられる。
……というか普通に、私が家で作る炒飯よりも全然いい。私の作るやつはパサパサだ。
「おいしいです!
何度でも食べたいくらい!」
「あっ、ありがと。
嬉しい!」
百夏さんはパァッと輝く笑顔を見せつけてきた。
シュッとした小顔から繰り出される、写真に撮りたいくらい可愛らしい笑顔。
……こんな時に何を考えているのだ、私は。
気を取り直して他のメニューにも口をつける。
餃子はパリッとした柔らかい食感と、ジューシーな肉汁が詰まっていて美味!
たまごスープの方も、出しの旨味がしっかりと生かされていて、飲むと心まで温まる気分になる!
……料理のことはよくわからないけど、思わず心の中で食レポをしてしまった。
「どれもおいしいです!
殆ど料理しないとは思えないです」
「今日はせっかく家に来てもらったから、ちょっと張り切ってみたんだ!」
「すみません、わざわざ。
手間を取らせてしまって……」
「いいの。
アタシがしたいから!
積もる話は沢山あるけど、食べ終わってからにしよう」
百夏さんは自炊が得意ではないらしく、昔の百夏さんの学校での昼食は、お茶や水道水だけが殆どだった。
あまりの惨状を見かねた私たちは弁当のおかずを分けたり、千歳さんが家から弁当を百夏さんに持ってきてあげたりしていた(たまに奢り)。
* * *
晩御飯と片付けが終わり。
「さて——」
百夏さんは早速本題に入った。
「まず、いきなりなんだけど……」
「はい……」
私の全身にとてつもない緊張感が走る。唾を飲み込んで百夏さんの言葉を待った。
「——八宵っち。明日は日曜日。
アタシと明日の朝から札幌に行かない?」
「!?」
想定外の言葉が返ってきた。何故札幌?
「……混乱するよね。
やっぱり、祭りで起こったことから話すよ」
「はい……順を追ってもらえると助かります……」
百夏さんはスマホをテーブルに置いた。
録音アプリの画面が表示されている。
「あのグラサンのアイツ、千歳と六空を殺ったって言ってたよね?」
「いえ、一連の事件の犯人とは自供しましたが、お二人を手にかけたかどうかまでは……」
「あっ、アタシの早とちりかっ。
でも、少なくとも六空は生きてるってことがわかったよね?」
「……えっ?」
六空さんは生きている……?
六空さんに千歳さん……あの日から連絡しても全く返事がなかった。
私と百夏さんは疑問に思ったが、疲れているのかメッセージに気づいていないのかなどと考えて放置していた。
その後学校が始まった。二人とも当然のように学校にも来なかった。
両親も仕事に来ていないらしく、両者家族揃って行方不明だと聞かされた。
二人の自宅には数日前の大量の血痕が残されていた。
それ以外の痕跡はなし。神隠しにあったみたいに。
だから私たちは手がかりを掴もうとしていたんだ。
「あれ、覚えてない?
まぁ、これを聞けばわかるよ。
必要なところだけ抜粋してまとめたんだ」
百夏さんは録音アプリのトラックを再生した。
〈フッ、やはり悪魔でしたか〉
サングラスの男の声だ。
百夏さんはすぐに再生を止めた。
「これ、あの男が投げた水晶玉が爆発した時に言ってたやつ」
「百夏さん、いつの間に録音を?」
「なんか大事そうだから録音しといたんだ。
何かの証拠になるかもしれないと思って」
「あっ、あの時スマホをいじっていたのはそういう……」
あの時の私はパニックになっていて男の言葉を聞いてる余裕もなかったし、全然覚えていなかった。
百夏さんは再び録音を再生。
〈姿隠して翼隠さずとは。
いやはや、これは面白いものを見せてもらいました。
さぁ、私の楽しみを邪魔する罪深き悪魔よ。
早くその姿をお見せなさい〉
同じくサングラスの男の声。
「あの水晶玉、アタシたちに投げられたものじゃん?
でも、アタシたちはそれに触れてないけど空中で弾かれた。
あの男の口ぶりからするに、透明になっていた悪魔? が水晶玉を弾いてアタシたちを守ってくれたってことだと思うんだ?
だけど、爆発を食らって隠していた黒い翼が見えてしまった。
この男の発言とアタシたちが見た光景を照らし合わせると、そういうことになると思うんだけど」
「確かに、辻褄は合う……と思います。
それにしても、よくあの時の光景をきちんと覚えていましたね。
私なんか、恐怖と混乱で固まってしまって。
今黒い翼を見たことも思い出しました」
「いやいや、あまりの突拍子もない一連の光景に脳みそが処理できなくて、アタシもうろ覚えだったんだけど。
アタシたちが会場から追い出された時に、何回も録音を聞き直して記憶を繋いでね」
あの時の私は、会場にまた入ろうと形成された壁をどんどん叩いていた。百夏さんの方が全然冷静だったということか。
「そうだったんですか。
ありがとうございます」
続きを再生。
〈よぉ、クソ天使。
名前はジェノって言ったか?
趣味の悪いことしやがるなぁ、おい?〉
変声期途中の少年と思しき声。
「あっ、少し思い出しました!
この時、後ろ姿しか確認できなかった気がするんですけど、誰かが突然現れましたよね!?」
「そう、この声は男の子。
背丈は確か、多分だけど六空ぐらいだったかな……アタシの記憶が正しければ」
「この音声からわかることは……サングラスの男は天使で名前はジェノ。
この男の子は、恐らく天使の敵である悪魔。
天使とか悪魔とか、にわかには信じられませんが……あの異常な状況が起こっている以上は、受け入れるべきなのでしょうか?」
「そうだね、今は信じるしかないかも。
……次行くね」
〈成る程……二人いたというわけですか!
颯爽と駆けつけて非力な仲間と、虫けらの人間どもを庇った……と。
いやぁ、ヒーローぶってて生意気ですねぇ〉
ジェノの声。言葉通りならやはりこの場に悪魔は二人いた。
黒い翼の悪魔と少年の悪魔。
自分たちを守ってくれたのは、この二人の悪魔だったということになる。
「天使は人を殺して悪魔は人を守る。
そういうことなのかな?」
「…………何とも言えませんが、きっとそうだと」
「けど、普通逆だと思うよね?」
「ええ……続きを」
「次で最後なんだ。
その後あそこから追い出されちゃったから」
〈りく!
そこで腰を抜かしている二人は、お前の友達か!?〉
悪魔の少年の声。
これが、録音できた最後の音声。
「……りくって……。
六空さん?」
「そう!
ここなんだよ!
後から来た悪魔の男の子が、六空って発言した!」
「腰を抜かしている二人……友達……。
これって……」
「アタシたちのことを言ってるんだと思う。
六空の返事は聞こえなかったし、アタシは腰を抜かしてなかったけど」
「……では、最初に私たちを守ってくれていた姿を隠した悪魔が、六空さんということになりますよね?」
「だから、とりあえず六空は生きているってこと!
黒い翼の生えた悪魔になっちゃったみたいだけど!
悪魔がなんだ、六空は六空!
アタシたちの友達!
千歳も生きてるって信じてる!」
…………六空さんが生きている……。
悪魔っていうのはよくわからないけど、生きていてくれているのなら嬉しいことこの上ない。
百夏さんが言うように、千歳さんもきっと、大変な目に遭っていながらも生きていてくれているはずだ。
でも、今の情報と札幌に行くことと何の関係が?
私が尋ねると、
「実はさ、明日札幌でメイリーのライブがあるんだけど」
「……『メイリー・ミーラ』ですか?」
「そう、そのメイリー。
アタシたち四人が最後に会った日の前日かな……。
バイト先の一つ上の先輩が、最近メイリーのファンクラブに友達と入ったって言っててね。
会員証も届いたって」
「はぁ」
その後の話は到底信じられないものだった。
「メイリーってさ、ライブの後に定期的にファンクラブイベントをやるみたいなんだけど、そのイベントが普通じゃないっぽい?」
「……と、言うと……?」
「メイリーはそのイベントで宗教みたいなことをやろうとしてるんだって」
「ええ……?」
「先輩たちはイベントにまだ行ったことがないから、詳しいことはわかんないんだけど。
なんか、悪魔を祓うってことをやるみたいなんだよ。
届いた会報に載ってたイベントの招待欄に、そう書いてたって」
「悪魔を……?
悪魔ってまさか……」
「うん、アタシたちが今頭に浮かべているやつなのかはわかんない。
ファンのみんなの穢れや邪気を祓って、幸せを願うためにって名目でやってるみたいなんだって。
どうやら恒例行事みたいなんだよ。
口外禁止なのに先輩は話してくれたんだ、口が軽いから」
「……う〜ん、うさんくさいですね」
「でも、行って調べる価値はあるんじゃない?
その悪魔って、六空やあの男の子のことを言ってるわけではないとは思うけど」
「そうですね、その悪魔は六空さんたちではないでしょう。
もしそうなら、先週の時点から六空さんたちはメイリーに捕まっていることになりますし」
「けど、あの後六空たちはどこに行ったのかはわかんないよね?」
「…………ジェノもですね」
「六空と男の子がジェノに敗北して捕まってしまった……って考えることもできるかなぁ?」
「………………その可能性もあるから行きたいと?」
「多分、祓われる悪魔が実在する人物を指していたとして、それが六空たちのことじゃないってのはわかってる。
けど、アタシたちを助けてくれた二人は間違いなく悪魔。
その内の一人は六空本人の可能性が高い。
イベントに参加することで何か情報を掴めるかもしれないし、その悪魔に助けてもらった恩返しができるかもしれないじゃん?」
夕方の騒ぎ以上に到底信じられない話ではあるが、話はわかった。
ただ、どうやってイベントに参加するつもりなのか。
ライブのチケットも会員証も私たちは持っていないが……。
私がそれを聞くと、
「チケットも会員証も借りてるよ、その先輩と先輩の友達から」
百夏さんは二枚分のチケットと会員証を見せびらかしてきた。
「……いつの間に……!?」
「先週からもらってたんだ。
六空と千歳のことでいっぱいいっぱいだったから黙ってたんだけど。
アタシも元々行く気なかったし。
……明日は先輩のお祖父さんの三回忌だったみたいで。
そのことを忘れていた先輩は友達と一緒に行く予定だったけど、二人ともキャンセルしたって。
それでアタシのところにこれが流れてきたってわけ」
「ご丁寧に二枚分……ですが、本人確認とかは?
あと、未成年は保護者同伴でなければいけないのでは?」
「特に注意事項に記載されていないから、本人確認はないっぽいって。
メイリーのライブは、未成年単独参加も認められているし」
「行きと帰りは?
ライブだけならまだしも、ファンクラブイベントにも参加するとなると、日帰りは無理そうですが……」
そんな心配をしている場合ではないのだろうが、私は現実的につい聞いてしまった。
「特急使うしかないっしょ!
あまり空いてないけど、今からでも席は取れるよ。
帰りは諦めて、ネカフェかカプセルホテルにでも泊まればいいよ。
次の日は学校休んでさ。
先輩たちもそのつもりだったみたいで、ホテルは取ってなかったって」
……………………。
私はメガネのブリッジを持ち上げて深呼吸。
日曜日のうちに帰れなかったら親になんて言おう……という不安は置いといて。
百夏さんに肝心なことを聞かなければいけない。
「天使は人間を殺そうとしていました。
それに敵対する悪魔のことも」
「……うん」
「ということは、もしメイリーが黒なら今回以上の危険に晒される可能性があります。
それを承知の上で?」
「無論!」
百夏さんは迷いなくそう言い切った。
私は自信がなかった。夕方の時みたいに固まって動けなくなってしまったら?
百夏さんの足を引っ張る可能性が高い。
…………でも、百夏さんを一人でいかせるわけにはいかない。
それに、千歳さんのことはまだよくわかっていないし、六空さんにもまた会いたい。
友達が大変な目に遭っているのなら、助けたい。
昔の私は友達がいなかった。
三人は今回の高校生活で初めてちゃんとできた友達なんだ。
彼女たちのためなら、私はこの身を犠牲にすることだってできるはずだ。
……いざとなったら、【アレ】を使えばいいのだから——
* * *
※六空視点。
8月26日。8時30分。
屋敷でストレッチをしていたわたしは、リアストさんに呼び出された。
「六空さん……」
「どうしたんですか?」
「先日の八宵さんと百夏さんの件……本当に申し訳ありませんでした……」
「あっ、いえ。
すみません、わたしもトゲのある聞き方をしちゃって」
「それでかなり注意深くあのお二人の動向を監視していたんですが……。
これは早めに伝えておこうと思いまして……」
「何かあったんですか?」
「彼女たち……特急に乗ってどこかに向かっているんです……」
「特急?
なんで……」
「会話はこっちからじゃ聞けないので何があったのかはわかりませんが……電車の(車内案内)表示器から行き先を見てみると」
「え、まさか——」
「はい……札幌に向かっているんです……」




