9 星が降る日
百年に一度、たくさんの星が降る日がある。
この日を逃しては、一生見ることはないと思い、レヴィンと二人でこっそり施設を抜け出す計画を立てた。
俺が十歳の頃の話だ。
昼間は真面目に魔術書を延々と読み続け、みんなが寝静まると、部屋の隅でレヴィンとこっそり話し合う。
それがガルにバレた。
絶対に引き止められると計画が頓挫することに沈んでいたが、ガルから「一緒に行く」と言われて、嬉しいより戸惑いの方が大きくなる。
正直、ガルのことは苦手だった。
剣術は群を抜いており、それなのに一番最初に訓練場に行き、片付けをして最後まで残っている。
唯一の気が抜ける食事だって、小さい子に目を配り、率先して面倒を見ていた。
そんなんだから、みんなに慕われていたが、俺は真面目すぎて話しかけようとも思わなかった。
星が降る日の当日、全員が寝静まり、窓から空を飛んで裏山に向かおうと窓を開ける。
「どこに行くの?」
目を擦りながら、ピノが寝ぼけ声で言った。
俺たち三人は驚きすぎて、肩を跳ねさせる。口を押さえて、声を飲み込んだ。
後ろに立たれていたのに、全く気付かなかった。
「寝てろよ。オレたち、ちょっと外に行くだけだから」
レヴィンがピノをベッドに戻そうとするが、ピノは「僕も行く!」としゃきっと目を覚ました。
慌ててピノの口を塞ぐ。辺りに目を走らせるが、誰も起きなくてホッと息を吐き出した。
連れて行かないと騒がれると思い、連れていくことにした。
「静かにできるか?」
ピノは頷いて、親指と人差し指をくっつけて丸を作る。
「いや、喋るなってわけじゃないんだけど。まー、いいや。とりあえず行こうぜ」
四人を浮かせて、窓から裏山へひとっ飛び。
頂上に着くと、並んで仰向けになり、空を眺めた。
雲一つない空一面に、無数の星が瞬いている。
夜空を眺めることなんてなかった。すごく綺麗で、無意識に空へ手を伸ばしていた。
近そうに見えてとても遠い。掴もうと手を握るけれど、手の中は空っぽ。
「あっ、降ってきた!」
ピノが声を弾ませて、指を差す。
青白い光の尾を引いて、たくさんの星が降ってきた。
「流れ星に願い事をすると、叶うらしいぞ」
そう言えば、ピノが元気に手を上げた!
「僕、スタンプがやりたい」
「スタンプ?」
「いろんな街にあるスタンプを集めるの! 集め終わるとお菓子がもらえるんだよ」
ピノはえっへんと胸を張って、俺たちに教えてくれる。
「でも十歳までだから、僕が集めたら、みんなにお菓子を分けてあげるね」
目を輝かせるピノに、「楽しみにしている」とガルが笑いかけた。
ピノの願いが叶うことなんてないって、わかっている。無邪気に夢を語るピノに、何も言えなくなった。
「……それ、いいな」
レヴィンがボソッとこぼした。
「いいって?」
「いろんなところに行くってことだろ? オレ、施設以外ほとんど知らねーし」
俺もそうだ。施設の外になんて、ほとんど出ることがない。
「それなら俺は海に行ってみたい! すげーしょっぱい水がいっぱいあるらしいぞ」
「オレは乗り物に乗ってみたい」
「僕はスタンプいっぱい押す!」
俺たちがやりたいことを挙げているのを、ガルは眩しそうに眺めていた。
「ガルは? なんかやりたいことないの?」
「え? そうだな……」
話を振られたガルは、首を傾けて考え込む。
「ないならガルは、これから見つければいーんじゃねーの」
レヴィンに言われて、ガルは小さく頷いた。
二時間ほど眺めて施設に戻ると、大人たちが施設の敷地をくまなく動き回っているのが見えた。
木の上に降り、こっそりと様子を伺う。
「抜け出したのがバレたんだ」
「どうする? 今出て行ったら、絶対にこっぴどく叱られるぞ」
全員の顔を見ると、ピノは今にも泣き出しそうで、ガルは奥歯を食いしばっていた。
「ロラン、できるだけ見つかりやすいように戻れるか? そうだな……、玄関に降りてほしい」
「バカじゃん! もっといい方法を考えようぜ」
「これが一番いい方法なんだ。信じてくれ」
ガルの澄んだ瞳に根負けして、全員を飛ばす。玄関の前に降りると、大人たちに囲まれた。
ガルがバッと頭を下げる。
「すみませんでした。私が三人を無理やり連れだしました」
ピノはレヴィンにしがみついていて、俺とレヴィンは目を丸くして固まる。
「どうしても星が降るのを見たく、ロランに魔法で連れだしてもらいました。レヴィンとピノにはバレたので、口止めのために連れていきました」
ガルは大人たちに連れていかれ、俺たちは部屋に戻るように言われる。
部屋に戻る廊下を歩きながら、レヴィンから大きな舌打ちが聞こえた。
「あいつ、こうなるって予想してたんだ。だからついてきたんだ。自分が罪を被るために」
なんでそんなこと。俺たちとガルは、仲良くなんてなかった。庇う意味がわからない。
翌日は食事の時間にガルはいなかった。
何もない反省部屋に閉じ込められているはずだ。夕食のパンを服の中に隠して、残りを口の中に詰め込む。水で流し込んで、食堂を抜け出した。
レヴィンとピノもすぐに追いかけてくる。
「お前らまで来なくていいって」
「ガルにパンを届けるの!」
「オレも」
みんな考えていることは同じで、パンを持っていた。
「ロラン、そっちじゃない。こっちだ」
突き当たりを右に行こうとしたら、レヴィンに引っ張られて左へ向かう。
外に出て、反省部屋の窓の下に立った。鉄格子がはまる、小さな窓だ。魔法で飛び、窓から中を覗く。固く冷たい、石造りの部屋だ。
ガルはこちらに背を向けて、背筋を伸ばし正座をしていた。
「ガル」
小声で呼びかけると、勢いよく振り返った。
目を見張った後、キョロキョロと入り口の方を確認する。
誰もいないとわかると、立ち上がって窓の方までやってきた。
「何をしているんだ。バレたらどうする。早く戻れ」
「パンを持ってきた」
パンを落とすと、ガルが慌ててキャッチする。
「おい、怪我をしてるじゃねーか。すぐに治すから」
ガルの頬は腫れていた。レヴィンが腕を伸ばす。
「やめろ! 治さなくていい。他の治癒術師にも迷惑がかかるってわからないのか? 頼むから戻ってくれ。もうここには来るな」
俺たちの行動は、ガルを困らせている。
下唇を噛み、空回る自分が情けなかった。
「パン、ありがとう」
そう笑って、ガルはまたこちらに背を向けて正座をする。
俺たちは肩を落として、部屋に戻った。
ガルが戻ってきたのは二日後。レヴィンはすぐに治癒術で怪我を治した。
食事をしながらガルに聞く。
「なんで俺たちを庇ったんだ?」
「計画をしたのはオレとロランだ」
ガルは困ったように笑う。
「レヴィンとロランが話しているのを見て、やりたいことを何も言えない自分が、すごく嫌だったんだ。何もない人間みたいで」
ガルは一度言葉を区切り、今度は屈託なく笑う。
「でも、やりたいことが見つかった。みんなでいろんなところに行きたい。あの夜がなかったら、そんなことも思わなかった。みんなには感謝している」
「うん、行こうぜ!」
四人で旅をする。楽しそうだ。
食事を終え、それぞれが訓練の場所に向かう。
レヴィンに腕を掴まれた。
「どうした?」
「魔王討伐には、ガルが選ばれる」
レヴィンはいつになく真剣な表情で、俺の耳に口を寄せる。
ガルは剣術を学んでいる中で、一人だけ飛び抜けていた。俺もガルが選ばれると思っている。
「次は、オレたちがガルを助けるんだ」
「魔王討伐に選ばれろってことか?」
「ああ、できるだろ?」
「当たり前だ!」
レヴィンと拳をコツンとぶつけて、訓練場へ歩き出す。
魔王討伐なんてやりたくなかった俺は、怒られない程度に手を抜いていた。でもその日から、実力を隠すのをやめる。
レヴィンは怪我をした子を率先して治し、経験を積み重ねていった。
ピノも成長するにつれてメキメキと頭角を表し、俺たち四人が魔王討伐に選ばれる。それぞれが得意なことでガルを支え、魔王を討つことができた。
昔を思い出してしんみりとした気持ちが湧くが、ぶどう酒をあおってその気持ちも一緒に飲み込む。
やっと手に入った自由だ。今を楽しまなきゃもったいない。
「そんな無茶な飲み方をするな」
ガルが水の入ったグラスをくれた。
「大丈夫だって。酔ってないし」
足元がふらつき、三人が一斉に俺へ手を伸ばす。
「酔ってんじゃねーか」
「ほら、お水飲もうよ」
ぶはっと吹き出して、腹を捩らせながら笑った。
三人は不思議そうに俺を見る。
「お前ら、俺のこと大好きじゃん」
三人の照れくさそうな顔を見て、さっきの仕返しができて気分がいい。
「よし、今日はしこたま飲むぞ」
一人ずつとグラスをカチリと合わせて、夜遅くまで飲み明かした。
目覚めると、視界がぐわんぐわん回り、起き上がれない。
「気持ち悪い……」
掠れた声に反応したピノが、俺の背を支えて起き上がらせてくれる。
「飲み過ぎなんだよ。はい、お水」
グラスを口につけると、ぼたぼたと水がこぼれて服を濡らす。
「あー、もう。考えて飲みなよ。みんな大人なんだから」
ピノは腰に手を当てて、むくれる。
重たい頭を動かすと、ガルがうつ伏せに倒れていて、レヴィンは背を丸めて座っていた。
「大人だから二日酔いなんだよ」
ピノだって酒が飲める年齢になればわかる。
「オレ、もう酒やめる」
「その言葉、二日酔いのたびに聞いてるよ」
ダルそうなレヴィンの言葉を、ピノが即座に否定した。
ガルが「うー……」と唸り、ピノが「大丈夫?」と駆け寄る。
「面倒をかけてすまない」
「ガルがこんな風になるなんて、珍しいね」
ピノがガルの背をさする。
「楽しくて、つい飲み過ぎてしまった」
嬉しいことを言ってくれるが、気分が最悪すぎて反応できない。
扉が勢いよく開く。
「見つけましたぞ!」
おっさんの叫び声で、頭が割れそうなほど痛い。
「うるせー」
レヴィンの地を這うような声に、おっさんがキョトンとして部屋を見渡す。
「ど、どうなされた?」
「ただの二日酔いだから気にしないで。そのうち元に戻るから」
ピノはおっさんに「朝ごはん作って」と強請る。ガルがダウンしているから、ピノは朝食にありつけないでいた。
おっさんは戸惑いながら、パンに野菜を挟んでサンドウィッチを作る。
かぶりついたピノの顔は、咀嚼するたび暗くなっていく。
「……味がしない」
宰相なんて役職のおっさんが、料理なんてできるわけないだろう。
おっさんは「申し訳ない」と肩を落として詫びる。
ピノは自分で野菜を挟んでサンドウィッチを作った。
「これ、宰相さんにあげる。一緒に食べよ。一人で食べるの寂しいし」
おっさんが目を潤ませ、ピノの前に座る。
ピノの作ったサンドウィッチも味付けをしていなかったようで、二人は苦笑いを浮かべながら朝食を食べた。
「作れなくてすまない」
「一緒に食べられなくてごめん」
ガルとレヴィンが目頭を押さえた。
半日も経つと、だいぶ回復した。
ピノがすっかり寛いでいるおっさんと喋って気を引いている間に、ガルはチェックアウトするために部屋を出た。
俺とレヴィンはこそこそと部屋を片付ける。
ガルが戻ってくると、おっさんの背後からピノに向かって手招きした。
ピノが一目散に駆けてきて、俺の腕を掴んだ。
目を見開いて振り返るおっさん。
「おっさん、じゃあな」
手を振って転移魔法発動。
「あーー!!」
視界が白く染まると、おっさんの絶叫は掻き消えた。




