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7 ルーレット

 威勢のいい汽笛が鳴り響いた。

 船が岸壁に近付くと、甲板に集まった乗客たちがワッと活気づく。


「おっさんいる?」

「人が多すぎて、わからないな」


 背伸びをするけれど、前の人の頭しか見えない。


「僕が見るよ」


 ピノはガルの背に飛び乗った。首を伸ばして目の上に手を添えて顔を巡らせる。


「見つけた! 降りるところの目の前にいるよ」

 ピノがガルから飛び降りる。

 船が完全に停止すると、人の波に沿って足を進めた。


「おい、ガル。姿勢が良すぎる。もっとだらしなく歩け」


 レヴィンが、背筋を伸ばして正面を見据えながら歩くガルを注意する。

 ガルはキビキビしすぎていて、服装と全く合っていない。


「こうか?」


 ガルは猫背気味になり、つま先を外に向けて気だるげに歩く。


「そうそう。これでガルだとは思わねーよ」

「歩きにくいな」


 帽子を目深に被り、俯いた。

 タラップを降りていると、おっさんを見つける。

 絶対に見逃さないとでも言うように、目をぎらつかせていた。瞬きも惜しいようで、目が血走っている。

 胸をバクバクとさせながら、おっさんの前を通過した。声をかけられることもなく、ホッと息を吐く。

 全員で顔を見合わせ、拳をコツンとぶつけた。


「あっ! 見つけましたぞー!」


 おっさんの叫び声に肩を跳ねさせる。安心した途端、見つかった?

 振り返ると、おっさんは全く別の四人組に詰め寄っていた。

 間違いに気付くと、ペコペコと頭を下げる。

 俺たちは顔を見合わせて、ゲラゲラ笑った。

 おっさんに背を向けて、ホテルへ足を進める。


「おっさん面白いな」

「僕は宰相さん、結構好きだよ」

「オレたちのためって本気で思ってるもんな。望んでねーのに」

「国も負い目があるのだろう」


 身寄りのない俺たちは、施設で育った。四人だけでなく、三十人くらいいたと思う。そこでは朝から晩まで魔王を倒す訓練を強制された。

 遊ぶことも許されず、唯一気を抜けたのは、食事と睡眠だけ。

 魔王討伐に俺たち四人が選ばれ、他のみんなは国が就職先を斡旋したらしい。

 魔王討伐後に、王は俺たちの前で膝をつき、「すまなかった。ありがとう」と涙を流した。

 その後報奨金をもらった俺たちは、国から提案された仕事先を蹴って、旅に出る。

 地位や名誉に興味はない。やっと自由を手に入れた。子どもの頃にできなかったこと、今やりたいことを全てやってやる。

 カジノ都市はどこを見てもギラギラとしていて、目が痛いほどだ。

 ホテルはてっぺんが見えないほど高い建物だった。


「すげーな。よく折れないな」


 途中でポキッと折れて大惨事、なんてことにならないのだろうか。


「建物全体に補強魔法がかかっているから、問題ねーよ」

「全くわからないな」

「すごいね。それなら上の方に泊まってみたい!」


 レヴィンの解説に、ガルは感心したようにホテルを見上げ、ピノはぴょんと飛び跳ねた。

 ホテルに入り最上階を希望すると、ルームキーには五十二階と書かれていた。


「ねぇねぇ、スタンプはどこにあるの?」


 ピノが受付係にお馴染みのセリフを投げる。


「スタンプですか? 街の中央にあるカジノにございますよ」

「ありがとう! 後で行ってみるね」


 受付係はお手本のような所作でおじぎをした。

 五十二階の部屋に移動すると、高すぎて下に何があるかわからないほどだった。


「雲ってもっと高いところにあるんだね」


 ピノは空を見上げた。俺もつられて目線を上げる。雲は手にも届きそうにないほど高くに浮かんでいた。





 小休止を挟んで、カジノに向かう。

 巨大なホールに足を踏み入れると、たくさんの子どもが走り回っていた。


「一階は子ども専用で、大人は二階で遊べるみたいだな」


 子ども向けエリアは、輪投げやブロック積み、子犬と一緒に走るレースなどの遊びが並んでいる。ゲームに勝つとお菓子やジュースがもらえるようだ。あちこちから子どもたちの甲高い歓声が上がり、賑わっている。


「スタンプあった」


 ピノはスタンプ帳にポンと押して、「かっこいい」と目を輝かせる。

 カジノのスタンプは、ルーレットだった。


「僕、ルーレットで遊びたい」

「よし、二階に行こうぜ」


 階段を登った先は、子ども向けエリアと打って変わり、床一面にフカフカの絨毯が敷き詰められていた。天井を見上げれば、クリスタルのシャンデリアが連なっている。

 ムーディーな音楽が流れ、ピリッとした雰囲気に喉をゴクリと鳴らす。

 辺りを見渡しながら歩いていると、ルーレットを見つけた。

 ディーラーと目が合う。にっこりと微笑み「遊んでいきませんか?」と声をかけられた。


「遊びます」


 ものすごく色っぽいお姉さんで、食い気味に答えて正面に座る。


「また始まった」


 レヴィンが呆れを含んだ声を漏らして、俺の隣に腰掛ける。


「スタンプとそっくり」


 ピノはその隣に。


「遊ぶチップは百枚までにしておこう。決めておかなければ、ロランはずっとここで遊びそうだ。引き際も大事だからな」


 ガルは俺の隣に座り、キツく言い聞かせる。


「俺はギャンブルにはハマらないって。興味あるのはお姉さんだし」

「ふふっ、面白い方ですね」


 お姉さんは口元に手を添えて、目を和ませる。

 めちゃくちゃ好感触じゃん。顔が緩む。


「向こうは仕事だからな。勘違いするなよ」


 レヴィンに現実に引き戻される。

 夢くらい見たっていいじゃないか。引き戻すのが早すぎる。全く浸れなかった。


「これって、どうやって遊ぶの?」


 ピノがお姉さんに声をかけた。


「回転するホイールに小さな球が投げ入れられます。どこに入るか当てるゲームです。手堅く遊びたいのであれば、赤か黒やハイかローといった二択を選んでいただければと思います。高倍率を狙うのであれば、ピンポイントに数字を選んでください」


 ふんふんと相槌を打ちながら聞いていたピノは、三番にチップの半分を置いた。

 俺たち全員が目を剥く。


「ピノ、そんなに一気に賭けたら、全然遊べないぞ」

「手堅くいったほうが、いいんじゃねーか?」

「もう一度ルールを聞くか?」


 遠回しにやめとけ、と伝えるが、ピノは首を振る。


「これでいいの。当たりそうな気がする」


 自信満々のピノにそれ以上言えず、俺は黒に賭けた。レヴィンとガルは赤。

 ルーレットが回り、球が投げ入れられる。カラカラと音を立てて回り、固唾を飲んで見守る。

 お姉さんが賭けるのを締め切った。

 徐々にゆっくりになり、球はコロンとポケットに落ちた。

 ……三番だ。


「やったー。僕の勝ち」


 はしゃぐピノの前に、チップのタワーができる。


「すげーな。ピノ、こっち向け」


 ピノにカメラを向ける。ピノはチップのタワーに顔を寄せ、得意げに口角を上げた。シャッターを押して、出てきた写真をアルバムに貼る。

 ピノは三回連続で当て、お姉さんの表情が引きつってきた。


「お、お客様は運がとてもよろしいですね。三連続で一点当てはなかなかございませんよ……」

「本当? 僕ってすごいんだね。よーし、次も当てちゃうよ」


 ピノは言葉の通りに受け取って、誇らしげに胸を張る。

 お姉さんのこめかみに、青筋が浮かんだように見えた。


「あんな純粋に返されちゃ、何も言えねーよな」


 レヴィンが喉の奥で、くつくつと笑いを噛み殺した。


「今度は十だと思うな」


 ピノは十にドンとチップを半分置く。俺たちは数枚を好きな場所に置く。俺は今回、ハイに賭けた。

 ルーレットが回る。じっと見守り、ゆっくりになったところで、球は十に落ちそうになった。


「やった」


 ピノが声を上げると同時に、球は隣の九に落ちた。


「あー、はずれちゃった」

「惜しかったですね」


 チップを没収される。


「次は当てようぜ」


 レヴィンがピノを励ますように、背をトントンと叩いた。

 ガルは顎に手を添えて、ルーレットを睨みつけている。


「変な動きをしたな」


 俺にだけ届くような、微かな声だった。


「イカサマってことか?」

「可能性はある」


 お姉さんは機嫌良さそうに、表情を和ませている。目を逸らせないほど、綺麗な人だ。


「えーっと、今度はどこにしようかな? 十三かな」


 ピノはまだまだたっぷり残っているチップをドンと置く。


「おい、ピノ。全チップ賭けろよ」

「ん? そうだね。ちょっとお腹減ってきたし、楽しんだから最後にしようかな」


 ピノが全てのチップを十三に賭けた。


「俺たちも、全部十三に賭けようぜ」


 ガルとレヴィンに告げ、俺も残りのチップを全部十三に置いた。

 レヴィンは「そうだな。十分楽しんだわ」と十三に賭ける。


「おい、まさか……問題になるぞ」


 ガルに肩を掴まれる。

 ふんと鼻で笑って、口角を引き上げた。


「先に仕掛けたのは向こうだ」


 イカサマにはイカサマを。俺がピノを勝たせてやる。

 ガルは悩んだ末に、十三に全部注ぎ込んだ。

 お姉さんは得意満面に笑う。

 いくら綺麗でも、越えてはいけないラインを越えた。笑っていられるのも、今のうちだ。

 ルーレットが回る。


「ねぇねぇ、この後は何を食べにいく?」

「この街はエビが名物ですよ」

「あっ、いいね。エビ食べたーい」


 ピノとお姉さんが和やかに話している。

 俺たちはルーレットから目を離さない。


「ロラン、イカサマをしたかの判断は、私がするから」

「任せた」

「イカサマをしたら、ロランの足をタップする。していなければ、何もしない」


 しっかりと頷く。

 今回はイカサマしないのであれば、俺だって魔法を使うつもりはない。


「何の話しだ?」


 レヴィンに耳打ちされて、簡潔に説明する。

 聞き終えるとレヴィンは、苦々しく舌打ちした。

 スピードが落ちた。ぐるぐると回る球を、より一層目を凝らして見つめる。

 球が十三番に吸い込まれる直前で、ぐらりと揺れて隣に入りそうになった。

 不自然な動きを察知して、ガルが俺の太ももを叩く。イカサマ決定。

 球を風魔法で包み、十三番に落とした。


「やったー! 当たった!」


 ピノは立ち上がって、飛び跳ねる。


「えっ? そんな……」


 お姉さんの顔は白くなり、その場にへたり込んだ。


「おい、早くチップよこせよ」


 レヴィンが容赦なく、お姉さんに投げかける。

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