6 家族
翌朝レストランで朝食を食べる。
手作りパンはふわっふわで、ほのかに甘い。
「このパン美味しい! いくらでも食べられちゃう」
ピノは気に入ったようで、顔を輝かせながら頬張っていた。
よし! これならラスクも気に入ってくれそうだ。心の中でグッと拳を握る。
「やったね。全部集まった!」
隣の席から、子どものはしゃぐ声が聞こえて、そちらに目を向ける。
子どもはピノと同じスタンプ帳を眺めていた。
「船のスタンプ、かっこいいな」
「みんなでいろんなところに行って、楽しかったね」
優しそうな両親が、子どもに微笑みかける。
愛情いっぱいの家族って、こんな感じなんだろうな。
俺にはわかんねーけど。
ガル、レヴィン、ピノに目を移す。みんな、複雑そうに、隣の家族を気にしていた。
「食べたら、スタンプを押しに行くか?」
ピノに声をかける。ピノはハッとして、口角を無理やり引き上げたように見えた。
「うん! スタンプ押す!」
ガルとレヴィンも同意して、再び食べ始める。
「……僕はお父さんとお母さんは覚えていないけど、三人もお兄ちゃんがいて幸せ者だね」
スタンプ帳を大事に抱えて、ピノは歯を見せて笑った。
ガルが目頭を押さえて俯く。
レヴィンは「これ、やるよ」とパンが乗る皿をピノの前に移動させた。
そうか。こいつらが俺の家族なのか。
鼻の奥がツンと痛くなる。しんみりしてしまわないように、パンに思いっきりかぶりついた。
食事を終えてレストランを出ると、昨日案内してくれた船員と出会う。
俺に気付くと、会釈した。
「おはようございます。船の旅はいかがでしょうか? ご不便はありませんか?」
「ないよ。あのさ、スタンプってどこで押せる?」
船員がピノの持つスタンプ帳に目を向ける。目を瞬かせると、レヴィンの片眉が跳ねた。
船員は年齢には言及せず、「展望デッキにございます」と笑って、行き方を教えてくれた。
レヴィンが噛み付くことなく、ホッと胸を撫で下ろす。
礼を告げて、展望デッキに向かった。
甲板に上がると、潮の香りが鼻腔をくすぐる。少しベタついたぬるい風が、肌にまとわりついた。
「早く展望デッキに行こ!」
ピノの後について、展望デッキに登った。
ガラスで囲われた展望デッキは、全方位見渡せるようになっている。
「あっ、イルカだ」
「本当だ。写真撮っとこ」
ズームにして、飛び跳ねるイルカを収めてアルバムに貼った。
ピノは子どもに混じって、スタンプの列に並ぶ。
「おにいちゃんもスタンプ集めてるの?」
ピノは後ろに並んだ女の子に話しかけられた。
「そうだよ。これを押したら、六個になるよ」
「わたしはこれが初めてなの」
それを聞いて、周りの子どもたちも自分が押した個数を言ったり、スタンプ帳を見せあったりしている。
「このスタンプいいなー。僕も欲しい」
「雪山温泉のスタンプだよ」
ピノが羨ましがると、男の子が得意げに話した。
カジノの次は雪山温泉に決まりか?
スタンプを押すと、ピノは俺たち目掛けて駆けてくる。
「船のスタンプ押せたよ」
「仲良くなってたな」
「うん、いろんなスタンプ見れて楽しかった」
スタンプ帳は十個しか押せないが、スタンプを押せる場所はたくさんある。
「僕ね、雪山温泉に行きたい」
「いいな。温泉に浸かって、雪を見ながら酒を飲む」
レヴィンがグラスをあおる真似をする。
「風情があるな」
「温かい風呂に美味い飯! 温泉って最高だよな」
カジノで遊んだら、のんびりするぞ。
また劇団の手伝いをさせられたり、美人との接触を阻まれたり。サーカスを観覧して、スパで体を休める。
船旅を満喫し、明日はカジノだ。
「買い物に行くか」
船室でダラダラしていると、ガルが提案する。
「なにか欲しいものがあるの?」
ピノがスタンプ帳を閉じて聞く。
「宰相のおっさん対策だろ?」
レヴィンの言葉で、ガルは頷いた。
「船着場で待っているだろうから、変装をして通り過ぎようと思って」
「そんなことする必要ないって。船を降りる前に、俺の転移魔法でホテルの前に行けばいいじゃん」
足を上げて振り下ろす反動で、勢いよく起き上がる。
三人は眉を顰めて口を開き、驚愕といった顔で俺を凝視した。
「な、なんだよ」
気圧されて、少し背を反らす。
「毎回別の場所に飛ばされるのに、どうしてそんなに自信満々なんだ?」
「なんで目的地に着く直前で、また別のところに飛ばされなきゃなんねーんだよ」
「それを言っていいのは、きちんと目的地に着ける人だけだよ」
三人が言葉のナイフで俺を滅多刺しにする。
「ロランの転移は、緊急時のみ。それ以外では、堅実に目的地につける手段を選ぶ」
ガルの言葉にレヴィンとピノが「そーだ、そーだ」と大きく頷く。
がっくしと肩を落とした。目的地を思い浮かべるけれど、なぜか座標がずれてしまう。転移魔法だけは、向いていないのかもしれない。
船室を出て、ショッピングエリアに向かう。
服屋だけでも目移りするほどあり、人が多く集まる店に入った。
「ピノ、これなんかどうだ?」
ガルがピノに帽子を被せる。ピノのピンクの髪は目立つから、上手く隠せるし似合っている。
「じゃあガルはロン毛にしよう」
金髪を短く整えているガルに、レヴィンが縦ロールのウィッグを被せる。
「これは女性向けじゃないのか? 頭がきついんだが」
似合っていなくて、三人で「ぶっ」と吹き出してしまった。
「ガルは今のままが一番いいな」
そう言えば、ガルはウィッグを外す。背が高くてガッシリしているのに、貴族の婦人のような煌びやかな髪型は違和感しかない。
髪型を隠すために、全員が帽子をかぶることにした。
普段着ないような厳つい服を選び、どっからどう見ても俺たちには見えないだろう。
全員並ぶとガラが悪い。まるで手配書から抜け出してきたみたいだ。




