5 劇場
指定された部屋に入る。
ホテルと遜色ないほど広く煌びやかだ。
ベッドが四つと、ソファにテーブルまであるのに、まだスペースに余裕がある。
ベッドに倒れ込んだ。
「どれくらいでカジノ都市に着くんだ?」
俺が聞くと、ガルが観光情報誌をペラペラとめくる。
「七日後に着く予定だ」
「じゃあ船の中でいっぱい遊べるね」
ピノは船の案内図に釘付けだった。
「サーカスに劇場に図書館やスパまであるのか。オレ、ちょっと図書館に行ってきていいか?」
レヴィンが目を輝かせる。
「あっ! 僕はここがいい。巨大迷路だって!」
「私は劇場に行ってみたい。今日はそれぞれ好きなことをするか」
ガルの提案に全員で賛成する。
「俺は何しようかな」
案内図を見ていると、レヴィンに隠された。
「迷子になるから、誰かについていけ」
「大丈夫だって。わからなければ、船員に聞けばいいんだし。船から降りることはないから、帰ってこられるよ」
三人は顔を見合わせ、渋々頷く。
「ちゃんと部屋に案内してもらうんだぞ」
「自分を信じちゃダメだからね」
「部屋番号は二十だからな。忘れるなよ」
全員に念を押される。俺は全く信用されていない。
目的地に行って帰るだけなんだから、迷いようがないだろう。広いと言っても船の中だ。一人で帰ってきて、三人の認識を改めさせてやる。
みんなとは部屋の前で別れた。
「一人になれたから、買い物に行くか」
誰にもバレずに、買いたいものがあった。とくにピノには隠し通さなければ。
一人で出かけるタイミングはあまりなく、絶好のチャンスだ。
ショッピングエリアに向かうけれど一向に着かない。
「ショッピングエリアには、どう行けばいい?」
「……先ほども聞かれましたよ」
戸惑いの表情を浮かべる船員に、連れていってもらった。ここに来るだけで疲れた。
「ここでよろしいでしょうか?」
ショッピングエリアの入り口で聞かれる。礼を言って、人でごった返す通路を歩いた。
両サイドに服や雑貨の店が並び、視線を走らせながら目的の場所を探す。
「あった」
土産売り場に着いた。豪華客船限定の商品が並んでいる。
お菓子売り場で、どれにしようか迷っていると、店員に声をかけられた。
「どのような商品をお探しですか?」
「日持ちして、できればここでしか買えないお菓子がいい」
「チョコレートが比較的長持ちいたしますよ」
パッケージはこの船限定みたいだが、焼きチョコやクランチチョコなど、他でも買えそうな物ばかりで悩む。
でもピノはチョコレート好きだよな。
顎に手を添えて考えていると、店員が「こちらはいかがですか?」と商品を見せてきた。
「この船で手作りしているパンで作ったラスクです」
砂糖がまぶしてある物。キャラメルやチョコレートでコーティングされた物。ガーリックといった食事っぽい物も入っている。
この船で作っているパンか。
「これにする!」
店員に土産用に包んでもらい、代金を支払う。受け取ると亜空間へ仕舞い込んだ。
「さて、帰るか」
店を出て、左右に視線を向ける。
「どっちから来たっけ?」
迷った末に左へ向かう。違ったら戻ればいい。
真っ直ぐ進むと、ショッピングエリアまで連れてきてくれた船員を見つけた。
見知った顔を見つけると、途端に安心できる。見知ったといっても、今日出会ったばかりだが。
船員に駆け寄ると、視線が交わる。
完璧な営業スマイルで会釈をされた。
「次はどちらにご案内いたしましょうか?」
俺が言う前に、聞いてくれる。
自力で戻るのは諦めた。三人の忠告に従って、連れていってもらうことにする。
「二十号室まで行きたい」
「承知いたしました」
船員に着いていくと、驚く程早く部屋に着いた。こんなに近かったのか。
「ありがとう」
「またお困りごとがありましたら、お声がけください」
船員と別れて部屋に入る。まだ誰も帰ってきていなかった。
窓に近付く。外はどこまでも続く、海原が広がっていた。陽の光を浴びて、目がチカチカするほど光っている。
瞬きを繰り返して、目を擦った。ベッドに転がると「ただいま!」と元気な声と共に扉が勢いよく開いた。
「ピノおかえり」
「あれ? ロランだけ?」
ピノは室内へ視線を走らせる。
「そう、俺だけ」
「ちゃんと帰ってこられたんだね」
ピノは口に手を添えて、目を見張る。
「……ま、まーな。買い物に行って帰ってくるだけだしな」
ははっと乾いた笑い声をあげて、後頭部を掻く。
船員に送ってもらったことは、黙っておこう。
「あっ、見て見て! 制限時間以内に迷路をクリアしたから、記念品をもらったよ」
ピノが「ジャーン」と口で効果音を出し、俺に紙を突きつけた。食堂の割引券だった。
「すげーじゃん。いいもんもらったな」
ピノは腰に手を当てて、えっへんと胸を張る。
外からドタドタと大きな足音が聞こえて、扉がまたまた勢いよく開く。そのうち壊れそうだ。
扉に目を向けると、息を切らせたガルだった。俺と視線が交わると、ホッと胸を撫で下ろす。
ガルがこんなに慌てているのは珍しい。いつもなら、廊下を走るなとか、扉は静かに開閉しろだとか注意する方なのに。
「よかった。ロランに頼みがある」
「ん? なに?」
「美人が困っている」
「よし! 案内しろ」
スッと立ち上がる。
「内容を聞かないの?」
ピノが首を傾けて、瞬きを繰り返す。
「美人が困っている。それだけで十分だ」
口を引き結び、目と眉を狭めてキメ顔を作る。
「とりあえず、ついてきてくれ」
ガルと部屋を出ると「僕も行く」とピノが後をついてきた。
途中でレヴィンとも合流して、全員でガルについていく。
連れて行かれたのは劇場の裏側。
「お待たせいたしました。こいつを使ってください」
ガルに背を押されて、一歩前に足を踏み出した。
目の前にいるのは、ツルツル頭の厳ついおっさんだった。
おっさんは顔をパッと輝かせて「ありがとうございます」と俺の手を両手で包んでブンブン振る。
ガルに騙された?
「おい! 美人じゃねーじゃん」
顔を引き攣らせてガルに口を寄せる。
「あちらの女性も困っている」
ガルが手を向けた先には、腰まで伸びたウェーブヘアーの、どえらい美人がいた。口元に手を添えて不安そうに立っている。
「ま、まさか、俺に演劇をしろって言うのか? しかもあの美人の相手役?」
それならそうと早く言えばいいのに。
舞台の外でも、恋が盛り上がっちゃうって期待大じゃん。
へへっと、顔が緩んでしまう。
レヴィンとピノが半目を向けてくる。
悪いな。選ばれたのは俺だけで。
心の中で踏ん反り返る。
「何を言っているんだ? お前に役者なんて無理だろう」
ガルが腕を組み、呆れたような声を出す。
「え? じゃあなんで呼ばれたの? それ以外にないだろ?」
「ロランに頼みたかったのは、演出だ。私が観覧している途中で、演出がなくなった。終わった後に聞くと、演出担当の魔法使いが倒れたと説明された。次の公演を盛り上げるためにも、ロランが必要だ」
「あの美人は?」
「ロランを釣るための餌だろ」
レヴィンのセリフで膝と手をついた。
そんな、酷い。俺の純情な心を弄んで。
「彼女は舞台の主役だ。彼女を輝かせることが、ロランの仕事だ」
顔を上げる。美人と視線が絡んだ。勢いよく立ち上がる。
「貴女のためなら、なんでもいたします」
美人の方へ足を踏み出すと、間におっさんがカットインしてくるし、後ろからガルに羽交締めにされた。
「え? なに?」
首を後ろに向ける。
「彼女はこの劇団の看板女優だ」
「男性とのスキャンダルは絶対にあってはならない。近づかないでください」
ガルとおっさんに邪魔されて「スキャンダルさせろ!」と叫んだ。
おっさんに台本を手渡される。彼女は「よろしくお願いします」と頭を下げて、おっさんに連れて行かれてしまった。
「ロランにやってもらいたいことは、赤字で書いてあるらしい」
パラパラとめくる。
雪を降らすとか、役者を飛ばすとか、やることは簡単だ。
「なんでこんなこと引き受けたんだ?」
「素晴らしい舞台だったのに、途中から演出がなくなってしまった。客は楽しみにしているし、劇団も困っていたから。それに、ロランの魔法で盛り上げる舞台を見たいから」
信頼されていると言うことだろう。少しむず痒い。
「しゃーねーな。美人とガルのために、やってやるよ」
台本を読み、ストーリーと演出を頭に入れていく。
美人が演じるお姫様が、世界を救うために、敵国の王子と共にドラゴンを倒しに行くというアクションありのラブロマンスだった。
「僕もロランの舞台が見たい」
「オレたち、三人でお前の勇姿を見てるからな」
公演時間になると、三人も出て行った。
俺は舞台袖で待機して、どんちょうが上がると共に、美人の髪がたゆたうくらいの微風を吹かせる。
さあ、ここからは俺の独壇場だ。
お姫様の初めてのアクションシーン。敵の動きに合わせて、ふわりと風でお姫様を包み、軽やかに動かして敵を殲滅させる。
客席から「おー!」と感嘆の声が上がって、手応えを感じた。
王子と急接近する、ロマンチックなシーン。
雪をちらつかせ、二人の周りには光のエフェクトを追加する。演出には書いていなかったが、こっちの方が映えるだろう。
クライマックスのドラゴンに挑むシーン。手作りのドラゴンは迫力に欠けた。燃えないように温度を下げて、ドラゴンの周りを火で囲う。見た目だけは熱い、炎のドラゴンの完成だ。
二人を浮かせて、疾走感あふれる空中戦を演出する。
ドラゴンには熱くない炎のブレスを吐かせ、間一髪のタイミングでかわさせた。
客たちは、固唾を飲んで見守っている。
そろそろ決着だな。
お姫様と王子が同時にドラゴンにトドメを刺す。
世界が平和になり、お姫様と王子が抱き合うフィナーレ。
二人を祝福するようにバックに虹の橋を掛け、花を降らせた。
割れんばかりの拍手と歓声が劇場を包み込む。
役者たちは横一列に並び、手を繋ぐと笑顔で礼をした。小さな花火も追加する。どんちょうがゆっくりと降りた。
終演後、暑苦しさ全開で、おっさんが俺の手を両手でギュッと掴む。
「素晴らしい! 同時にいくつもの魔法が使えるのですね」
普通は一度に一つかもしれないけれど、俺にとっては複数同時は当たり前。
手を引いても、強い力で握られていて抜けない。
「ぜひ、我が劇団専属の演出担当になっていただけないでしょうか?」
「無理無理。俺はバカンス中だから。働く気はねーの!」
おっさんはしょぼんと肩を落とす。
「あ、あの……」
可憐な声に、バッとそちらに顔を向ける。
舞台後で頬を上気させた美人が会釈した。
「ありがとうございました。夢のような舞台でした。あんなに心躍るアクションシーンや、ロマンチックな演出は初めてです」
思いっきりおっさんの腕を振り払い、「貴女に喜んでいただけることが、俺の幸せです」といつもより声のトーンを落として、美人の方へ足を向ける。
またまたおっさんが間に入ってくるし、後ろからガッと掴まれた。首を捻るとガルだった。
「またかよ! いいじゃん。仲良くさせてくれたって!」
「スキャンダルはダメだと言われただろう」
「じゃあ写真! 一緒に写真を撮るくらいいはいだろ?!」
おっさんにカメラを渡す。俺は美人の隣に並んだ。
華やかで品があって、ものすごくいい匂いがする。
「お連れ様もご一緒に」
おっさんが三人に告げ、三人が俺たちを囲う。
「なんでツーショットじゃねーんだよ」
「うちの看板女優なので。男とツーショットなんて、ありえません」
おっさんが「撮りますよ」とシャッターを押した。
写真を眺める。溢れんばかりの笑顔をした美人がめちゃくちゃ可愛い。
それを囲う俺たちも、みんな満面の笑みだ。
ツーショットについては残念だけれど、これはこれで特別な写真になった。
アルバムに貼り付け、満足して頷く。
劇場を後にした。
「すごかったよ! お姫様も王子様も、ロランのおかげでめちゃくちゃ強かったよね」
「ドラゴンが炎を纏った時なんか、最高だったよな」
「私も見ていて、手に汗握ったよ」
三人に賞賛されて、気分良く笑いながら客室に戻る。
途中で買い物中に道案内してくれた船員に会った。
「こんにちは。お連れ様がいらしたのですね。これで迷うこともござまいませんね」
船員は爽やかな笑みを浮かべて会釈すると、離れていった。
「一人で戻ってたんじゃなかったんだね」
「ロランには無理だろ」
「ちゃんとお礼は伝えたか?」
口々に言われて、頭を抱える。
褒められる時間が短い。もっと褒められたい!




