3 イカ焼きパーティー
列車が停止する。降りると明るい音楽が鳴り響き、歓迎してくれているみたいだった。
駅を出ると、ギラギラと照りつける太陽に迎えられる。
片手を目の上に添えて、日影を作った。カラッとした暑さに肌を焼かれ、ときおり爽やかな風が肌の熱を冷ましてくれる。潮の匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「綺麗な街だね」
カラフルな花が植わる花壇が、道の端を彩る。
「海に行こうぜ」
自然と声が弾む。
「まずは泊まるところを探すぞ」
ガルの後について、近場のホテルに入った。
色鮮やかな絨毯に、植物のツルを編んで作られたソファが、南国リゾートの気分を上げてくれる。
フロントに近付くと、受付のおばさんが目を見開いて奥に引っ込んだ。
……またか。
しばらくして出てきたのは『支配人』と胸に名札をつけた初老の男だった。
「英雄様方、ようこそお越しくださいました。精一杯おもてなしをさせて下さい」
恭しく頭を下げられる。
「いえ、特別扱いなどいりません。個人的な旅行なので」
ガルが丁重に断るが、向こうも引く気はないらしい。押し問答が続く中、痺れを切らしたピノがカウンターに両手をついて身を乗り出す。
「ねぇ、それよりスタンプどこ?」
支配人は目をぱちくりさせて「スタンプ?」と呟く。
ピノは頬を膨らませて、スタンプ帳を支配人の目の前に突き出した。近すぎて見えないほど。
支配人は背を反らし、スタンプ帳を目で捉えると眉を下げる。
「こちらは、十歳以下のお子様を対象にしたスタンプ帳でして……」
最後まで言い終わる前に、レヴィンがカウンターにドンと大きな音を響かせて腕を乗せた。
「んなことは、わかってんだよ。好きで集めちゃ悪いのか?」
「と、とんでもございません」
支配人が顔を青くしてペコペコと頭を下げる。
「レヴィン、やめろ」
ガルがレヴィンの肩に手を乗せ、諭すように告げる。
レヴィンは舌打ちすると、俺たちの後ろに回った。
ピノに目を向ける。下唇を噛んでスタンプ帳を抱きしめていた。
「すみません。場所を教えていただけないでしょうか?」
ガルが丁寧に問いかける。支配人はハッとして、申し訳なさそうに目を伏せた。
「スタンプは沈没船の中にあるのですが、その近くに巨大なイカが現れて、現在は休業しております」
ピノは口をぽかんと開けて、目を剥いた。
「それはどこにあるのですか?」
「海岸から橋で繋がっております。巨大イカが海で遊ぶ観光客を襲うので、海も遊べるエリアが限られております」
観光客が減り、ホテルも予約のキャンセルが相次いでいるらしい。
「じゃあ、僕たちがイカを倒したら沈没船のスタンプを押せる?」
「倒していただけるのですか? イカさえいなければ、すぐにでも営業が再開できると思います」
ピノが俺たちの顔を見渡して「倒しに行こ!」と拳を握る。
「ああ」
「もちろん」
ガルとレヴィンが力強く頷き、俺は「倒しに行くぞ!」と拳を掲げた。
「観光客を襲うってのも見過ごせないしな」
腕を組んでキリッと顔を引き締める。
イカが襲うって、絶対に水着のお姉さんがエロいことになってんじゃん。
気を抜くと、顔が緩む。
「考えてることが、顔に出てるんだよな」
「鼻の下が伸びているぞ」
呆れた声を漏らすレヴィンとガル。俺は鼻と口をくっつけるように、口を引き上げて顔を皺くちゃにした。
「ピノのスタンプと、お姉さんを助けに行くぞ!」
ピノは「おー!」と俺と拳を天井に突きつける。
ガルが現場を聞き、俺たちはそこへ駆ける。
白い砂浜に足を取られながら辿り着いた先に、見上げるほど巨大なイカがいた。
十本の足には人間が捕えられていて、野太い悲鳴を上げている。捕まっていたのは、全員男だった。
「なんでだよ!」
膝と手をつき、拳を砂に叩きつける。
「ここは封鎖されているんだろう。観光客がいるわけない」
「漁師さんたちだね」
「助けるんだろ? 早く倒せよ」
下唇を噛んで立ち上がる。
「今日は手加減できそうにないな」
風を刃のように薄く鋭く尖らせ、イカ目掛けて飛ばす。足がスパッと切れて、漁師たちが投げ出された。柔らかい風で包み、安全な場所に下す。
「よし! 今日はイカの食べ放題だな」
「いい、酒の肴になりそうだ」
イカは足がなくなって、もんどり打つ。
ガルがイカに向かって走り、レヴィンが漁師たちを結界で覆う。
「僕もやるよ!」
イカがスミを吐き、ガルが俊敏な身のこなしでかわす。
ピノが弓を引き絞り、矢を放った。鋭く飛んで、イカの目を貫く。
その隙を逃さず、俺はガルを浮かせた。ガルの聖剣がイカを真っ二つに切り裂く。
イカがぐらりと倒れて、地面が揺れた。
漁師たちが歓声を上げるなか、ガルは聖剣を布で拭うと鞘に収めた。
「捌けますか?」
ガルの言葉に一瞬戸惑いの色が浮かんだが、漁師たちは「任せてください」と頼もしく胸を叩いた。
持ち運びしやすい大きさに解体すると、イカは漁師に任せてホテルへ報告に戻る。
ホテルで告げれば、支配人がすぐに沈没船の管理会社に連絡をした。
すぐに開けてくれるということで、ピノは「やった!」と飛び跳ねる。
橋を渡った先にある沈没船は、驚くほど大きい。人が歩く場所は補強されているが、それ以外は朽ちたまま。黒く変色しており、錆に覆われている。
歩くたびキシキシと軋み、辺りを見渡しながら順路を進む。
沈没船から発掘されたであろう食器や金貨が飾られていた。
「船旅もしてみてーな」
「沈んだ船に乗ってるのに?」
レヴィンの言葉に茶々を入れれば、「うるせー」と肘で小突かれた。
「それじゃあ今度、船で移動するか」
「楽しみだね」
話しながら歩いていると、出口に着いた。一周回っていたらしい。
出口にスタンプを発見して、ピノは綺麗にイラストが出るよう、慎重に押した。
イカがスミを吐いているイラストだった。
「わー! やっと半分集まった」
「この街を堪能したら、また別のスタンプを押しに行こうぜ」
「うん!」
沈没船から出ると、砂浜で漁師たちがイカの調理をしていた。
焦がし醤油の香ばしさと、磯の香りが混ざり合う香りに、鼻がピクピクと反応する。
鉄板の上でパチパチと弾ける快音に耳を傾けた。
口の中に唾液がジワリと広がる。
四人で鉄板の前に座り込み、焼き上がるのを今か今かと待ち侘びた。
漁師が一番美味しい焼き加減、というタイミングで皿に移し、俺たちに差し出した。一斉に手を伸ばし、同時にパクリと口に含む。
弾力のあるイカは噛めば噛むほど、旨味が染み出た。
「エールもいかがですか?」
漁師に聞かれてレヴィンが即座に「飲む!」とこたえる。
俺とガルも受け取り、ピノは名物のフルーツジュースをもらって大喜び。イカ焼きと合うのだろうか?
浜辺で海を見ながらイカ焼きパーティー。エールの程よい苦味もたまらない。
「あっ、写真撮って」
漁師にカメラを渡す。
海をバックに、イカ焼きにかぶりついた。
「撮りますよ」
シャッター音が鳴る。
陽光が照らし、海は眩い光を放っていた。
俺たちもそれに負けていないほど、いい笑顔だ。
漁師たちもエール片手に、イカ焼きをどんどん焼いて、もりもり食べる。
男だけのむさ苦しいパーティーは、夕暮れまで続いた。




