2 列車旅
翌朝目覚めると、レヴィンの腕とピノの脚が身体に乗っていて重かった。雑に退けて起き上がる。伸びをしながら視線を走らせるが、ガルはテントの中にいなかった。
テントから出ると、ガルがこちらに向かって歩いてくる。
「どこに行ってたんだ?」
「巣の外を見てきた。山にできた洞窟ってことぐらいしかわからなかったが」
巣を出ると断崖絶壁で、下山も苦労しそうということだ。
「俺の転移魔法があるじゃん」
「信用できん」
きっぱりと言い切られ、口を尖らせる。
「今回は大丈夫って、火山の火口に転移したこともあったよな?」
あはは、と乾いた笑みを浮かべて後頭部を掻く。
レヴィンの結界がなければ、全員チリも残らないところだった。
「転移はしないが、風の魔法で飛んでいこう。いいか、方向は指示するから、その通りに向かうんだぞ」
ガルは子どもに言い聞かせるように、腰を少し曲げて俺と目線を合わせた。
「大丈夫だって。道案内は任せた」
ガルは腰に手を当てて「よし」と頷くと、相好を崩す。
「朝食の準備をしようか。ドラゴンの肉を炙ってくれ」
俺は凍らせたドラゴンの肉を取り出し、肉を手のひらの上で浮かす。炎を出して、直接炙った。
ガルは野菜をカットして調味料を混ぜ合わせる。炙った肉を厚めにスライスすると、野菜と一緒にパンと挟んだ。
「めちゃくちゃ美味そうな匂いがする」
クンクンと鼻を鳴らして、香ばしい肉の香りを吸い込んだ。
食事ができた途端、レヴィンとピノがテントから出てきた。
「お腹へったー」
「朝から肉は重いって思うけど、ガルの作るものだと不思議と食べられるんだよな」
ドラゴンのサンドイッチは噛むと肉汁がプシュッと飛び出し、パンが旨味を吸ってシャキシャキの野菜ともマッチしている。食べる手が止まらず、全員無言で頬張った。
身支度を整えると、巣の出入り口でふわりと身体を浮かせる。
「どっちに向かえばいい?」
ガルとレヴィンが相談していると、ピノが「あっちになにか変なのがあるよ」と指を差す。目を凝らしても何も見えない。
遠くのものを射ることに長けたピノは、視力も常人離れしている。
「変なものって?」
「わかんない。周りは草原なのに、そこだけ真っ黒」
「とりあえず、行ってみるか。ロランはピノの案内に従うんだぞ」
ガルに念を押されて「わかってるよ」と頬をふくらませる。全然信用されていない。ピノが指を差す方にまっすぐ進めばいいだけだろ。
ピノの指を頼りに、全速力で飛んでいく。
「ちょっと待ってよ。あっちだよ」
ピノの叫び声にスピードを緩める。ピノの指先は進行方向と九十度ほどズレていた。
「ピノ、行き先を変えるなよ」
「僕は変えてないって」
ピノは両手を顔の前で振る。
「ロランがものすごい勢いで曲がったんだぞ」
レヴィンの呆れ混じりの声に、キョトンと目を丸くする。
「謝りなさい」
ガルは腰に手を当てて、俺を見下ろした。
「ピノ、ごめん」
「いいよ。こっちだよ」
再びピノの指示で飛んでいく。すぐに俺にも見えてきた。そこだけぽっかり穴が空いているみたいだ。
辿り着いたのは、村だった。正確には村だった場所。村の名前が刻まれた立札が、転がっていた。文字は半分しか読めなかったけれど、地図を確認すると国の西端にある村だった。
「これは燃えたのか?」
火事ならば、なにも残らないなんてことはないと思うが。
「……ドラゴンじゃないのか?」
顎に手を添えて、ガルが口を開く。
そういえば、ドラゴンが炎を吐いたとき、地面はこんな風に真っ黒になっていた。
「僕たちがもっと早くドラゴンを倒していたら、村は助かったのかな?」
「そうかもしれねーけど、もしものことを考えても、どうすることもできない」
眉を下げて肩を落とすピノ。その肩をレヴィンがポンポンと叩いた。
俺達は手を合わせて黙祷する。
魔王討伐の旅でも、焼け落ちた村をいくつか見てきた。助けられた人もいれば、間に合わなかった人もいる。この村の人たちは、どうか逃げ切っていて欲しい。
瞼を開くと、全員で顔を見合わせる。みんなの顔は複雑に歪んでいた。
ガルが重い空気を払拭するように、手を大きく鳴らす。
「目的地に向かおう」
ガルが地図を見て、指示通りに街を目指す。
「南国リゾートには列車で向かおう。明日の朝には着けるだろう」
「じゃあ今日は列車でお泊りなんだね。楽しみだな」
ガルの言葉にピノが歌うように声を弾ませる。無理矢理明るく振る舞っているように感じた。
「駅に着いたら駅弁買おうぜ」
「車窓から景色を見ながら食べるのもいいよな」
ピノに倣って明るい声を上げれば、レヴィンも乗っかった。
英雄だなんだともてはやされても、俺たちは国民全てを救うことなんてできないって知っている。
街までヒュンと飛んでいき、駅でガルが切符を買いに行く。
「金を渡しておくから、駅弁を買っておいてくれ」
俺はガルから財布を受け取る。
「じゃあ俺が買ってくるから、二人は待っててよ」
売店に向かおうとすると、レヴィンに「待て」と腕を掴まれた。
「オレが行く。ロランに行かせたら、絶対に迷子になって、ロランを探す羽目になるから」
「いや、さすがにそれはねーよ」
売店はここから見える場所にある。
「僕が行こうか?」
「ピノは弁当じゃなくて、お菓子ばかり買ってくるだろ。ロランがフラフラしないように見張ってろ」
レヴィンが売店に向かい、ピノと二人になった。
「ピノも俺が迷子になると思ってる?」
「うん。探すの大変だから、絶対に一人で出歩かないでね」
ピノは無邪気に笑顔で抉ってくる。
レヴィンは戻ってくると、俺に駅弁を突きつけた。それを受け取らずに浮かせて運ぶ。
ガルが帰ってきて全員集まると、改札を通ってプラットフォームに向かう。
すぐに列車が到着して、キィーンと金属が噛み合う甲高い音を響かせながら停止した。
扉が開いて、足を踏み入れる。微かに揺れた。
一番後方の個室が指定された席だ。二人がけのソファがテーブルを挟んで向かい合わせで置かれ、前方と後方に二段ベッドが配置されていた。
「けっこう広いな」
俺は荷物をテーブルに乗せる。
「僕、窓側がいい!」
ピノが外が見やすい席を陣取った。
レヴィンは「俺も」とピノの前に座り、俺はその隣に腰掛ける。ガルは空いているピノの隣に着席した。
四種類の弁当を並べて「せーの!」の掛け声で一斉に指を差す。俺がチキン、ガルはカニ。レヴィンが魚でピノはハンバーグ。全員バラバラで、好きなものを食べられる。
さすがレヴィン。みんなの好みをよくわかっている。
酒まで用意していて、最高の列車旅に心が躍る。
「昼から飲む酒はうめーんだよな」
レヴィンが買ってきたのはミード。俺とガルにも注いでくれる。ピノはりんごジュースを自分の手元に置いた。
列車がゆっくりと走り出す。重力がかかり、背もたれに押しつけられた。ぐんぐん加速すると、街の景色を置き去りにして、広大な高原を進んでいく。
「ガル、上から撮りたい」
一番背の高いガルにカメラを渡す。
ガルは靴を脱いでソファの上に立ち、カメラを覗く。
「これなら全部入るぞ」
そこで浮かせ、ガルが座るのを見届けて「撮るぞ」と告げる。
グラスを掲げて「カンパーイ!」と声を揃えて上を向き、それをカチリと鳴らすと同時にシャッターをきる。
出てきた写真をアルバムに貼った。見返すと、食べているシーンが多い。
アルバムをしまってミードを一口含む。蜂蜜の甘い香りが立ち上るが、飲み口はすっきりとしていた。甘さ控えめで、食事とも合いそうだ。
チキンはジューシーで、噛むたび旨味が口の中に広がる。
自分の弁当を半分ほど食べて、隣に目を向けた。レヴィンは外に目を向けながら、ミードをチビチビ飲んでいる。
魚も美味しそうだ。今なら取ってもバレないんじゃないだろうか。
レヴィンの弁当から素早く魚を掴んで口に放る。身がふわふわで、口の中が幸せだ。咀嚼して飲み込み、証拠隠滅と片方の口角を上げるが、ガルと視線が絡んだ。全てを見られていたようだ。
ピノは「鹿がいるー」と窓にへばりついている。
ピノのも取れるぞ、と視線を送るが、ガルは首を横に振った。自分のカニをピノの弁当にそっと乗せる。
「俺にもくれよ」
つい叫んでしまい、レヴィンとピノが振り返った。
ピノは自分の弁当にカニが乗っているのに気付き「ありがとう」と目を輝かせる。
「僕のもあげる」
ピノはガルの弁当にハンバーグを乗せた。
「おい、俺のが減ってんだけど」
レヴィンのドスを利かせた声に、視線が泳いでしまう。
「ロランか」
片手で頬を挟まれる。
「ごめんなさい」
チキンをそっと差し出し、許しを得た。
「ってかさー、ガルはなんでピノの弁当を取らないんだよ。チャンスだったじゃん!」
「七つも下のピノから、取れるわけがないだろう」
ガルが肩をすくめる。
「三つも下の俺にもくれ」
「二つも下のオレにも」
俺とレヴィンがガルに弁当を向けると、「仕方ないな」と眉を下げてカニを乗せてくれた。お返しにガルにも乗せる。
ピノが「僕も」と言うから、結局全員で少しずつ交換した。
腹が満たされると、ミードをあおって一息つく。
「カードゲームでもするか? ベッドを賭けて」
レヴィンの提案に全員が乗り、カードをシャッフルする。伏せてテーブルに並べた。順番に二枚ずつめくっていき、数字が揃えば自分のものにすることができる。
最初のうちは全員が適当にめくるが、ある程度回数を重ねると記憶力が物を言う。
「うーん……。どこだったっけ?」
ピノが顎に手を当てて首をひねる。迷った末にめくったカードは違い、肩を落として再び伏せた。
「ここだぞ」
ガルがペアのカードを揃えて、自分の手元に置く。
「あー、隣だったんだ」
ピノは残念そうに、口を尖らせた。
その後ガルはペアを作れず、俺に番になる。
ガルが逃したカードをゲットして、別のカードをめくった。その数字もすでにオープンされており、難なく自分のものにする。このターンだけで、六つの数字を合わせることができた。
「普段はアホなのに、記憶力だけはいいよな」
「素直に褒めろよ」
レヴィンの言葉に、ふんと鼻を鳴らす。
子どもの頃に延々と読まされた分厚い魔術書を覚えるよりは簡単だ。
ゲームを続け、最後のカードがなくなると、俺は余裕の一位。
「俺は上!」
「オレは下」
「下だな」
「やった! 僕は上がよかったから嬉しい」
順番に選んでいき、全員が希望通りになった。
夜になると二段ベッドに登る。天井が近すぎて、膝と手をついてベッドの上を移動して寝転がった。思ったよりもテンションが上がらない。
「せめーな」
下からレヴィンのぼやきが聞こえてきた。いつもより声が遠く感じる。
横に目を向けた。座席の奥にあるベッドがこんもりと膨らんでいる。
いつもはテントで雑魚寝か、ホテルで並んだベッドで眠っていた。誰の顔も見えないのは、落ち着かない。
とっとと寝よう。瞼を下ろす。
寝てしまえば、朝にはまた顔を突き合わせて、笑い合えるのだから。
朝になると「おはよ」とベッドを降りる。「おはよう」と三人が笑い、寝る前の寂しさなんて、彼方に吹っ飛んだ。




