1 キャンプ
「やっと見つけましたぞ!」
ハァハァと息を荒げて、テーブルにドンと手をついたのは、ちょび髭を生やした宰相のおっさんだった。王の側近に相応しい、上質な布で作られた外套を羽織っている。
魔王を倒して三ヶ月。報奨金をたんまり受け取った日から、おっさんと俺たちの追いかけっこが始まった。
子どもの頃から、国のためにこの身を捧げたんだ。もう十分だろ。
暖かな陽射しを浴びながら、レストランのテラス席で俺は気にせず骨付き肉にかぶりついた。美味い!
報奨金をもらって真っ先に買ったカメラを取り出し、全員が入るところで浮かせてキープさせる。
「写真撮るぞ! おっさんもカメラ見てろよ」
俺たちは慣れたもんで、笑顔で肉にかぶりつく真似をする。おっさんはわたわたとしていたが、おっさん待ちなんてしていられない。魔法でシャッターを押した。
カメラから吐き出された写真は、楽しく肉を食べる俺たちと、突っ立ってるおっさん。おっさんが中心にいて、なんだか主役みたいだ。アルバムに貼り付ける。
「よし、食べようぜ」
おっさんは視界から追いやって、食事と会話に夢中になる。おっさんは喉の奥で唸ってから、大声を上げた。
「魔術師ロラン様、ぜひとも魔術学院の学長の座に!」
「無理無理。俺には教える才能がない」
なんてったって、天才だから。感覚で魔法を使っている俺に、理屈を教えろと言われても困る。
そもそも働く必要がないしな。一生遊んで暮らせる額の報奨金がもらえたんだ。働かずにこいつらとバカンスを楽しみたい。
国? 知るか!
俺たちはもう十分、国のために戦った。これからはこいつらと好きなように生きる。
「剣聖ガル様、どうか騎士団の名誉顧問になってください」
「私はこいつらの世話で手一杯です」
最年長のガルは、申し訳なさそうに眉を下げた。
「治癒術師レヴィン様、ぜひ王族専門の治癒術師として、力を奮ってくれないでしょうか」
「オレの力はこいつら専用!」
レヴィンは背もたれに体を預け、面倒そうに顔を歪める。
「弓士ピノ様、国境警備隊の総司令官に!」
「えー、僕はみんなと一緒に美味しいもの食べて遊ぶ方が楽しいから嫌」
最年少のピノは、両手に持った骨付き肉にかぶりつき、「美味しい!」と笑顔を弾けさせた。
おっさんは唸り声を上げながら、地団駄を踏む。
俺たちはおっさんを無視したまま料理をかっこみ、気付けば皿は空になっていた。
ガルが会計をしている間に、レヴィンがピノの油でギトギトになった手を拭いてやっていた。
ガルが戻ってくると、三人が俺の肩に手を置く。
「さて、水着のお姉さんをナンパしに行くか」
手を合わせると、俺たちを白い光が包みこんだ。転移魔法でおっさんから逃げる。目指すは南国リゾート。
青い海、白い砂浜、照りつける太陽。眩い景色よりも輝いている水着姿のお姉さん。お姉さんたちが俺に手招きしている妄想で、じゅるりと涎が溢れて慌てて拭う。
視界が開けると、華美な装飾の施された、だだっ広い部屋に立っていた。浮いているような感覚すらある、柔らかな赤い絨毯。正面の少し高くなった場所には、ゴテゴテに装飾品があしらわれた玉座。
そこに踏ん反り返っていた王の頭にも、これまたギラギラな王冠が存在感を主張している。
「おい! 目の前にいるの、水着のお姉さんじゃなくて、肥えたおっさんだぞ」
レヴィンがチッと舌を鳴らした。
「やべー、間違えた」
後頭部を掻いて、乾いた笑みを浮かべる。
ガルは小さく息を吐き、ピノは「相変わらずロランは方向音痴だね」とはしゃいだ。
王はせり出した腹をつっかえさせながらも、前のめりになる。
「よくぞ帰ってきてくれた、我が国が誇る英雄たちよ」
王が顔をだらしなく緩め、両手を広げて立ち上がる前に、再び転移魔法を使った。
転移した先には、輝く太陽などない。暗くじめっとした場所だった。湿った土の匂いが鼻をつく。
「また失敗か?」
レヴィンが肩をすくめる。
「というか、ここはどこだ?」
ガルが視線を走らせる。
『ぐおー!』
地面が振動するような音に、俺たちは耳を塞いだ。
「あっ! 上を見て!」
ピノが指を差す方に目を向ける。
金色の月が二つ?
目を擦って凝らすと、それは目玉だった。
ギョロリと俺たちを見下ろすのは、真紅の鱗を纏ったドラゴン。足を踏み出すと、地面が割れる。
ドラゴンは大きく口を開けて、炎を吐き出した。レヴィンが結界を張って、降り注ぐ炎を防ぐ。少しも熱さを感じないが、地面は黒く変色していった。
「ドラゴンの巣だったんだね」
ピノは弾んだ声で言った。
「また変な場所に飛んでも困るし、今日はここでキャンプにするか」
「そうだな」
ガルの提案に、レヴィンが賛同する。
「じゃあ、ちゃっちゃと倒すか」
俺の言葉にピノが「僕に任せて」と手を上げる。
矢筒から矢を引き抜いて、弓を引き絞った。
ドラゴンの火が止むと、結界が消える。
ドラゴンが再び火を吹くために口を開けたのを見計らい、ピノは矢を放った。それはドラゴンの口の中に吸い込まれ、内側から貫く。
ドラゴンは苦痛に呻いた。大きな体は壁にぶつかり、太い尻尾がしなった。ビュンと風を切る音と共に、尻尾が俺たちを襲うが、レヴィンが結界を張り直した。
尻尾は結界に阻まれるが、結界には蜘蛛の巣のような白いヒビが入る。
「火力高いな」
レヴィンがヒビを一瞥して、片眉を上げた。
長引くとまずそうだから、早々に決着をつけさせてもらう。
「レヴィン、結界を解いてくれ」
俺が告げれば、レヴィンは頷いて結界を消した。
すぐさまドラゴンの頭上に雷を降らせる。俺はガルを風の魔法で浮かせた。ショートしたドラゴンを、ガルの聖剣が一刀両断する。
ドラゴンは耳をつんざくような断末魔を上げて、絶命した。
「全員ドラゴンの顔の横に並べ。記念撮影するぞ」
カメラを取り出した。
ドラゴンから距離を取り、カメラの位置を確認した。ベストアングルで撮れる場所に浮かす。
「位置はバッチリだ!」
みんなの元に駆ける。ドラゴンの顔を挟むように二人ずつ並び、それぞれが勝利のポーズを取った。
カメラのシャッターを魔法で押す。カシャッという音と共に、カメラから写真が吐き出された。
みんないい笑顔で映っている。魔王を倒す前の俺たちでは、こんな写真は考えられなかった。
アルバムに貼り付ける。旅に出て、三ヶ月。いくつもの写真を撮ってきたが、そこに映る俺たちはいつだって心から笑っていた。
「生きてる時にも、ドラゴンと一緒に撮れたら良かったね」
「ドラゴンが大人しくしてくれてたら撮れたな」
ピノは残念そうに漏らし、レヴィンが苦笑する。
ガルは大きく手を鳴らした。
「よし、今日の夕飯はドラゴン鍋にしよう」
ガルは国から授けられた聖剣で、ドラゴンを解体し始めた。ピノは枝を集め、レヴィンはドラゴンの鱗を剥がしている。俺は亜空間に仕舞い込んでいる調理器具やテントを取り出した。
魔法で鍋に水をたっぷり注ぎ、ピノの持ってきた枝を燃やす。鍋は炎の上に浮かし、その後はピノと一緒にテントを建てた。
「ロラン、野菜や調味料も出してほしい」
ガルに声をかけられ、今ある食材全てを取り出した。
ガルは手際よく野菜を切り、ドラゴンの肉と野菜をぐつぐつ煮える鍋に放り込む。
テラス席での食事も美味かったが、ガルの作る料理は別腹。食材がトロトロになるまで煮込むから、食べられるまで時間がかかる。
その間に、ガルは剣の手入れを始めた。レヴィンは「寝る」とテントに引っ込む。
ピノはスタンプ帳をニコニコと眺めていた。俺はそれを見るたびに、心臓をギュッと鷲掴みされたような気分になる。
ピノが持っているのは、デフォルメされた国王が表紙を飾る、子ども向けのスタンプ帳。観光地にあるスタンプを十個集めると、景品のお菓子がもらえるというもの。対象年齢は十歳まで。十八歳のピノがお菓子をもらえることはない。
歯をギリッと鳴らし、亜空間から観光情報誌を取り出す。
わざとらしいほど明るい声で「ピノ」と呼び、その隣に腰かけた。
「次はどのスタンプを狙ってんだ? 俺のおすすめは、南国リゾートだけど」
ページを捲り、ピノに見せる。
「ロランは女の子目当てなんでしょ?」
「バレたか」
舌を出しておどけると、ピノは「わかるよー」と声を高くする。
「方向音痴じゃなければ、南国リゾートに転移してたんでしょ」
おっさんから逃げた時のことをあげられる。
「勝手に決めて悪かったな?」
「気にしないよ。僕はスタンプがあったら嬉しいし。南国リゾートは、どんなスタンプなんだろうなー?」
「水着のお姉さんじゃね?」
「それを喜ぶのはロランでしょ。子どもには受けないと思うな」
「じゃあ海とか?」
「名物の南国フルーツかも!」
「イカも有名だぞ」
剣を鞘に納めたガルが情報をくれる。
「一番の観光名所は沈没船だ。船じゃないのか?」
テントからレヴィンが顔を覗かせた。
「寝たんじゃなかったのかよ」
「うるさくて寝れないって」
レヴィンもテントから出てきた。四人で観光情報誌を眺める。
騒ぎながら話し合っていると、時間もあっという間に過ぎて、鍋が食べ頃になる。
器に盛られた肉と野菜は、旨味をたっぷり吸い込んだスープに浸かって熱々のトロトロで頬が落ちそうだ。
「やっぱりガルの料理が一番美味いな」
「僕も一番好き」
「実家のような安心感だな。安心できるような実家なんてないけど」
レヴィンの自虐にドッと湧く。
「それな! もうあの頃には戻りたくねーよ」
「ああ、国のために戦うのは、もうおしまいだ」
「自分たちのために生きるんだ」
「僕はみんなで旅行ができて、今が一番幸せ!」
俺、ガル、レヴィン、ピノの順に口を開く。
俺は二十二歳にして、失われた青春を取り戻す。
ドラゴンの鍋をみんなでハフハフと囲うのも、かけがえのない時間だ。
「余った肉は凍らせて保存しといてくれ」
ガルに指示されて、肉を凍らせると亜空間へ仕舞い込んだ。
片付け終わると、狭いテントで身を寄せ合って眠る。




