17 救出
ゆっくり浮上して、壁に張り付いてこそっと廊下の様子を伺う。
おっさんが五人の男に囲まれて、壁際に追い込まれていた。男たちはこちらに背を向けていて、俺たちに気付いた様子はない。
「それを返せ」
「やだ! だって、ママのだもん」
ガラの悪い声に負けじと、甲高い声が喚く。
目を凝らすと、おっさんの後ろに小さな足が見えた。
おっさんは子どもを背に隠しているが、小刻みに震えている。
一人がナイフを振りかぶったところで、おっさんが「これで見逃してほしい」と手を前に突き出した。
「なんだ? 懐中時計か?」
別の男がそれをひったくった。目の高さに掲げ、手首を捻って凝視する。
「これ、高いの? なんか細かい傷がついてるけど」
「二十年間、肌身離さず持っていたから、多少の傷は仕方がない。これは私が宰相の役職に就いた時、王に頂いたものだ。売ればかなりの値になるだろう」
「へー、このガキにそんな価値があるの?」
「子どもは国の宝だ。子どもの命を守るためなら、王も納得してくれる」
「じゃあその宝を守るために、その上等な服も全て置いていけ」
おっさんは奥歯をグッと食いしばって、首元のボタンに手をかける。
「ここまでだな。レヴィン、やるぞ」
「ああ、おっさんたちのことはオレに任せろ。ロランはいつも通り派手にやれ」
レヴィンが手を前に突き出すと、おっさんと子どもを結界に閉じ込める。
「え?」
おっさんの素っ頓狂な声が上がると同時に、水が奔流となって敵をまとめて押し流した。
よし! と拳を握るが、おっさんの懐中時計も一緒に流される。
水を消し、伸びている奴が握る懐中時計を奪い返した。
レヴィンが結界を解き、俺はおっさんに懐中時計を手渡した。
「悪い。壊れてねーか?」
「大丈夫ですよ」
中を確認して、おっさんは懐にしまった。
「助けて頂き、ありがとうございました」
「別に。おっさんの貧相な身体を見たくなかっただけだ」
レヴィンが腕を組んで、そっぽを向く。
おっさんの後ろから、ひょっこりと子どもが顔を覗かせた。白のシャツと青いズボンを身につけていた。ベージュのショルダーバッグを大事そうに抱えている。
「それ、どうしたんだ?」
ショルダーバッグを指せば、目を大きく見開いて後ろに隠される。
「取らねーよ」
鼻の付け根に皺を寄せる。
「この方たちは大丈夫だよ」
おっさんが膝をついて目線を合わせると、子どもはこわごわと頷いた。
「ママとパパが倒れて、大人の人を探してたんだ。全然人がいないしどうしようって思ってたら、あいつらがママのバッグを振り回して落としたんだ。パッと拾って逃げたら追いかけられて、おじさんが庇ってくれた」
ガタガタ震えて弱いくせに、おっさんかっこいいじゃん。
「とりあえず縛っとこうぜ。おっさんも手伝え」
亜空間から出したロープで床に転がる男たちを縛っていると、ジジッとスピーカーからノイズが聞こえた。
『ピンポンパンポーン』
ピノの声だ。自分で効果音を出している。
『レストランと放送室の従業員さんたちは助けて無事だよ。犯人はあとどれくらいいるのかな? 僕はこれからエントランスに向かうよ。僕のことを倒したかったら、エントランスまで来てね。探しに行くの大変だし。ピンポンパンポーン』
放送は途絶えた。
「俺たちもエントランスに向かうか?」
「そうだな。一応他のフロアも見て、下に降りよう」
「おっさんは子どもと一緒にいろよ。部屋は二階か?」
子どもはうんうんと頷く。
「親が待ってる。部屋まで送るよ」
階段を降り、四階と三階の通路に顔を出すけれど、誰もいない。
「客は全員部屋で倒れているのか?」
「そうかもな。死ぬような毒じゃないし、犯人を捕まえたらまとめて解毒するわ」
「毒?」
おっさんが目を白黒させた。手短に状況を説明する。
二階に降りて、子どもが部屋の前で「ママ、パパ」と呼びかける。
すぐに扉が開き、両親は泣きながら子どもを抱きしめた。
「なぁ、このおっさんも一緒に隠れさせてくれねーか? 子どもを助けたのは、このおっさんだ」
「ありがとうございます。中に入ってください」
おっさんは「いえ、違います」と手と首を振るが、子どもに手を引かれて部屋に入っていった。
「よし、行くか」
階段を降りると、矢が飛んできた。レヴィンの結界がすんでのところで矢を阻む。
「おい、あぶねーだろ」
「あっ、ロランとレヴィンだったんだ。敵かと思って。ごめんね」
「ロラン、ロープをくれないか」
エントランスにも床に転がる複数の男がいる。ガルに渡して、ロープで縛るのを手伝った。
レストランに入ると、従業員たちが安心しきった顔をしていた。
「レヴィン、怪我人を治してほしい」
「ああ、わかった」
レヴィンが治癒術を使っている間に、俺たちの料理を運んできたウェイターが「申し訳ございませんでした」と土下座をする。
「脅されてたんでしょ? 仕方ないよ」
ピノがウェイターの腕を引っ張って立たせる。
「姿の見えない従業員はいませんか?」
ガルの言葉にウェイターは視線を走らせる。
「あの、ホテルを動かしている従業員がいません。操縦室なのですが」
「わかりました。様子を見に行きます」
「従業員の怪我は治した。オレは全部屋を回って、客の解毒に向かう」
レヴィンがこちらに戻ってきた。
従業員に「全室の鍵を貸してほしい」と伝えると、支配人というプレートを胸につけた温和な顔のおっさんが「一緒に行きます」と鍵束をフロントから持ってきた。
「念の為、私がここに残る。まだ敵が潜んでいるかもしれないからな」
「それなら俺とピノで、操縦室の様子を見てくる」
「うん、行こう!」
ガルを残し、俺たちは階段を登る。
レヴィンと支配人は二階の鍵のかかっていた部屋に向かった。
俺とピノは最上階まで駆け上がる。
通路に出ると、先ほどレヴィンと倒した敵が目を覚まして喚いていた。
これだけ騒いでいるのに誰も来ないということは、このフロアには他にいないのではないだろうか。
敵の声は無視して、操縦室の前に立つ。
扉に耳を引っ付けるが、中から音は聞こえない。そっとドアノブを引くと、ギィッと音を立てる。
肩をすくめながら、ピノと顔を見合わせた。
音でバレただろうから、思いっきり扉を開く。




