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18 またな

 前面に大きなモニターがあり、その前に二人の男が座っていた。

 一人がこちらを振り返る。もう一人は恐怖のあまり、動けないようだ。背中しか見えないけれど、体に力が入っているのがよくわかる。


「もう大丈夫だよ。多分敵は全員倒したし、他の従業員さんも無事だから。お客さんは仲間が治療してるし」

「それはよかったです」


 男が口角を引き上げる。


「従業員さんたちが心配してるから、みんなのところに行こう」


 モニターの端に『自動操縦』と表示されているから、離れても問題ないだろう。


「隣の人は大丈夫なのか?」

「すみません、びびっているみたいで。ほら、行くぞ」


 男が腕を自分の肩に回すと、隣の人は大袈裟なほど肩を跳ねさせた。

 もう大丈夫だと伝えたのに、ここまで怯える理由はなんだ?

 ふと、料理を運ぶウェイターの顔が浮かんだ。必要以上に恐れる男と、落ち着き払った男。

 ……こいつも従業員のふりをしているのだろうか?

 確信は持てないが、用心するに越したことはないだろう。


「ピノ、変わってやれ。この人も疲れてるだろうし」


 そう提案すると、怯えている男の瞳に、安堵の色が滲んだように見えた。

 ピノの耳元で「俺たちの後ろをゆっくり歩いて距離を取れ」と小声で指示する。ピノは目を瞬かせたが、すぐに表情を険しくして頷いた。


「僕が変わるよ」


 ピノは返事を待たずに怯える男の腕を、自分に回させた。俺は落ち着いた男の背を押して「一階に行こう」と告げる。


「ここで働いて長いの?」

「そうですね」

「いろんなところに行けるから、楽しそうだよな」

「そうですね」

「操縦士として雇われてんの?」

「そうですね」


 同じ言葉しか返ってこない。

 口角は上がっているのに目元が笑っていないように見えるのは、俺がこいつを怪しいと思っている先入観からだろうか。

 後ろに目を向けると、ピノが弓を引き絞っていた。怯えた男はピノの後ろに隠れている。


「どうしましたか?」


 男が振り返りそうになり、慌てて「あ!」と大声を上げる。

 前方を指して「あれはなんだ?」と後ろから注意を削いだ。

 ビュンと風を切る音と共に、隣の男が呻いて膝をつく。肩に矢が刺さっており、そこを押さえてうずくまった。

 男の靴から金属の摩擦音が聞こえ、魔法で自分の体を後方に引っ張る。

 立ち上がった男のつま先に、刃が仕込まれていた。あのまま隣に立っていれば、ざっくり肌を切り裂かれていただろう。

 ピノの傍に着地する。


「やっぱり敵だったか」

「うん、この人が教えてくれた。近くにいた時は、怖くて言えなかったみたい」

「じゃあとっとと倒すか」


 睨みを効かせると、男は不敵に笑って床を蹴る。

 瞬時にこちらと距離を詰めた。速い!

 でもどんなに速くても、俺の敵ではない。

 大量の水で敵を包み込み、水球に閉じ込めた。

 息ができず、ガボッと空気を吐き出してもがいている。

 水位を下げて顔だけを出してやると、最大に咳き込んだ。


「っつーか、どうやって逃げようとしたんだ? 一階に行ったら、従業員じゃないって絶対に言われるだろ」

「さぁ? 何も考えていないか、隙をついて逃げようと思ってたのか」


 ピノが腕を組んで、真剣に頭を捻る。


「……緊急脱出用の乗り物があるので、それを使おうとしたのかもしれません」


 血色の良くなった従業員が、ピノの後ろから遠慮がちに口を開く。


「そこはどこだ? なくなっていないか確認したほうがいい」


 従業員についていくと、格納庫に連れて行かれる。壁面に筒状の乗り物が整列していた。


「なくなっているものはありません」

「よし、じゃあ一階に行こうぜ」


 俺たち三人の後を、水球がついてくる。


「ここから出せ!」


 ずっと喚いていてうるさい。

 一階に行くと、ガルがこちらに駆け寄ってくる。


「従業員は全員揃ったようだ」

「じゃああとはレヴィンが戻ってこれば、全員助けたことになるのか?」

「近くの街に連絡して、憲兵に引き渡そう」


 ガルが従業員に頼むと、連絡をする人と進路を変える人が出ていく。





 レヴィンが戻ってきたのは、一時間後だった。


「全部屋無事だ。姿の見えない客がいないことも、各部屋に聞いて確認した」

「お疲れ。ゆっくりしろよ」


 大勢を解毒して回ったんだ。レヴィンは涼しい顔をしているけれど、簡単なことじゃない。これで才能がないとか自己評価が低いから、意味がわからない。

 レヴィンはイスに腰掛けて、背もたれに体を預ける。やっぱり疲れているのだろう。





 夕方に街につき、憲兵に引き渡した。

 最近いろんな街で金品を奪って騒がれていた、盗賊団らしい。

 客たちはほとんどがホテルに残る。空の旅を続けるようだ。

 俺たちは夕飯を食べると、すぐに眠りについた。





 翌朝朝食を食べている時に、ピノがウェイターに「スタンプどこ?」と声をかける。


「最上階の遊戯室にありますよ」


 背筋の伸びたウェイターは、素早く空いた食器を下げる。別のテーブルで子どもがフォークを落とすと、すぐに新しいものを持ってきて、目にも止まらぬ速さでフォークを拾った。子どもに「いっぱい食べてね」と優しく笑いかける。

 本来はこんなにもテキパキと動き回り、心配りも忘れない接客の鏡のような人だったのか。





 食後はピノに急かされて遊戯室に向かう。


「早く早く!」


 軽やかに階段を登るピノに「はいはい」と返事をしながらも必死についていく。

 遊戯室は子ども向けのスペースと、大人向けにダーツやビリヤードが置いてあった。

 朝早いからか、誰もいない。


「あった!」


 ピノがスタンプ台を見つけて駆ける。

 スタンプを両手で握り、慎重に押した。

 ピノがページを捲って、スタンプ帳を眺めているうちに、亜空間に手を突っ込んで豪華客船で買ったラスクを取り出す。


「スタンプ埋まったよ」


 ピノが振り返って、広げたスタンプ帳を見せてくる。最後のスタンプは、羽の生えたホテルだった。


「じゃあスタンプを集めたピノには景品がいるよな」


 俺がラスクを差し出すと同時に、左右から包みを持った手が伸びてくる。

 ガルはカジノ都市の何が入っているかわからないロシアンルーレットチョコ。レヴィンは雪山温泉の温泉まんじゅう。


「お前らも用意してたのかよ」

「ロランこそ」

「みんな考えることは同じだな」


 十八歳のピノは、スタンプを集めても景品がもらえない。だから俺たちがピノの夢を叶えてやるんだ。

 ピノは唇を震わせて、瞳を潤ませる。袖口で力強く目を拭った。


「ありがとう」


 涙声で礼を言うと受け取り、両手で三つのお菓子を宝物のように抱える。


「みんなで食べようね」


 ピノは満面の笑みで声を弾ませた。

 星の降る夜のことを思い出す。景品をもらったらみんなに分けてあげる、と誇らしげに笑っていた幼いピノと同じ表情だった。


「記念撮影しようぜ」


 カメラの位置を調整して、みんなの元に戻る。魔法でシャッターを押し、吐き出された写真をアルバムに貼った。

 ピノはお菓子とスタンプ帳で両手が塞がっており、全員晴れやかな笑顔をしている。


「アルバムもだいぶ埋まったな」


 最初から見返すと、ふざけた写真ばかりだ。でもみんな笑っていて、楽しい思い出を積み重ねている。


「次はどこに行こうか?」

「また新しいスタンプ帳を埋めればいいんじゃねーか?」


 レヴィンが同じスタンプ帳をピノに渡す。

 ピノは嬉しそうにそれを受け取った。


「まだまだたくさんスタンプはあるからな」

「全部集めてみるのも面白いんじゃないか?」

「スタンプって、何個くらいあるんだろうね」


 これからもこいつらと色々なところに行き、楽しい思い出を増やしていきたい。


「次行きたいところがある人?」


 聞けば全員が手を上げる。


「酒が美味いところ」

「面白いスタンプがあるところ」

「珍しい料理が食べたい」


 三人が一斉に口を開く。


「よし、間をとって美人の多いところにしよう」


 話はまとまったと手を叩く。


「間じゃねーよ」

「それはどこなの?」

「ロランが楽しいだけじゃないか」


 ブーイングが飛んできて、首を縮める。

 目的地を話し合うが、なかなか決まらない。

 じゃんけんで決めようと全員が拳を握ると、遊戯室の扉が勢いよく開いた。


「みなさん、こちらにいたのですね」


 宰相のおっさんが目をキラキラと輝かせていた。


「うわっ。めんどくせーな」

「仕事の斡旋は必要ないと何度も伝えているのに……」

「僕、まだまだみんなで旅がしたいよ」

「よし、逃げるか」


 全員が俺の肩に手を乗せる。


「どこに着くんだろーね?」

「ロランの転移は、どこに飛んでもおかしくないからな」

「こんなに信用できないことも珍しいよな」

「うるせー! 美人の多いところに向かってやる!」


 おっさんが「お待ちください」とこちらに駆けてくるが、待つわけがない。


「おっさんまたな!」


 転移魔法発動。視界が白く染まった。

 俺たちはこれからも、四人でバカンスを続ける。


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