16 レヴィンの戦い
俺の心の声は届かず、相手がレヴィンに襲いかかった。
レヴィンは左腕に結界を張り、盾のように剣を受け止める。すかさず相手の鳩尾に拳を叩き込んだ。
レヴィンより大きな男が吹っ飛ぶ。
呆気に取られている別の奴も殴りつけ、壁にめり込んだ。
そうか、自分に身体強化のバフをかけて攻撃力とスピードを上げたのか。
これなら大丈夫そうだと安心して、気持ちが楽になる。
「とっとと終わらせるぞ」
レヴィンの声に我に帰った相手は「全員でかかれ!」とレヴィンを囲む。
レヴィンは左腕で自分を守り、顎に掌底を叩き込む。相手は膝をついて、その場に倒れ込んだ。
また一人床に沈めたが、後ろにいる奴が、レヴィンの右肩を剣で貫いた。
「あっ!」
レヴィンの悲痛な叫び声が上がり、剣から鮮血が滴る。剣を抜く時にレヴィンが再び呻くが、振り返ると同時に右手で刺した相手に殴りかかった。
「……こいつ、ゾンビか?」
「ゾンビじゃねーよ。治癒術師だ」
レヴィンが首を反らして、ダウンした相手を見下す。
「怪我をしてもすぐに治される。即死以外無傷ってことだろ? ゾンビじゃねーか」
怯む相手を、レヴィンは思いっきり蹴る。ボキッと鈍い音が響いた。
「ぐあっ!」
蹴られた相手とレヴィンの悲鳴が被る。
レヴィンは膝を折るが、すぐに立ち上がった。
「くそっ。いてーな」
身体強化のバフで爆発的な力を得るが、レヴィンの細い身体がついてこれないんだ。
骨が折れてもすぐに治してまた戦う。レヴィンが今まで戦わなかった理由がよくわかる。無茶苦茶な闘い方だ。
レヴィンのうめき声が聞こえると、ヒヤヒヤと背筋が凍る。それでもレヴィンはすぐに自分へ治癒術をかけ、相手を拳で沈めた。
制圧する頃にはレヴィンの息も上がり、ゼエゼエと喉で息をしながら、ベッドの傍らに膝をつく。
「ちょっと待ってろ。すぐに解毒するから」
レヴィンが結界を解く。俺の瞼を上に引っ張った。至近距離で目玉を凝視される。
「身体も動かなくて声も出ない。麻痺系の毒か?」
レヴィンが手をかざすと、全身を温かな光りに包まれる。身体がスッと軽くなり、指一本動かせなかったのが嘘のように、身体を勢いよく起こした。
「どうだ? おかしなところはあるか?」
「いや、ない。助かった」
レヴィンはガルとピノも解毒する。
「レヴィンのバカ! レヴィンの戦うところ、見るの怖かった」
ピノが瞳に涙を浮かべて、下唇を噛む。レヴィンはバツが悪そうにそっぽを向いた。
「仕方ねーだろ。オレしかいねーんだから。致命傷さえ負わなければ、すぐに治せるし」
「もっと自分を大切にしろ」
ガルの強い口調に、レヴィンの肩が跳ねる。奥歯をギリッと鳴らして、眉間に皺を刻んだ。
「お前らだってオレと同じ立場なら、一人で戦うだろ? 怪我なんて簡単に治るんだ。オレはお前らに何かあるほうがこえーんだよ」
レヴィンが感情的にまくしたてる。
あの状況になったら、俺だって一人で戦う。
「レヴィンがそう思うってことは、俺たちも同じ気持ちなんだよ。すぐに治せるとしても、レヴィンが傷つくところなんて見たくない」
レヴィンは舌打ちしてごくごく小さな声で「悪かった」と謝る。
「というより、レヴィンらしくなかった。普段のレヴィンなら、結界を張ってまず解毒をして、全員で戦うという冷静な判断ができたはずだ」
ガルの言葉に、口をポカンと開く。
そうだよ。それが一番確実だし、レヴィンが無茶な戦いをすることもなかった。
レヴィンは「あー」と頭を掻きむしる。
「その通りだな。お前らが倒れて動転して、正しい判断ができてなかった」
「もうあんな戦い方しないでよ」
「わかった」
レヴィンが苦笑いを浮かべ、張り詰めていた空気が霧散した。
「とりあえず、伸びてる奴らどうする? 窓から放り投げるか?」
「いや、ロープで縛っておこう。この高さから放り投げたら確実に死ぬぞ」
亜空間からロープを引き出し、全員で手分けして縛り上げる。
「気になってたんだけどさ、レヴィンもきのこを食べただろ? なんで平気だったんだ?」
「あー、オレは子供の頃から弱い毒を摂取して治すって訓練してたから、普通の人よりは毒に耐性があるから」
世間話をするように、とんでもない言葉が返ってきた。ガルもピノも動きを止めて、目を見開いている。
「治癒術師たちは、そんなことまで強要されていたのか?」
ガルが震えるほど強く拳を握っている。
「いや、違う。オレがやりたいって言ったんだ」
「なんで?」
ピノが眉を下げて首を傾ける。
「治癒術よりも解毒って使うことが少ないだろ? 練習ができないから、自分の身体で試すしかなかったんだ。オレは絶対に魔王討伐に選ばれたかったから。でも、もしもの時のために、先生の前でしかやらせてもらえなかったけどな」
レヴィンとガルを助けようと誓った日のことを思い浮かべた。それを果たすために、そこまでやっていたのか。
「オレには才能なんてなかったから、自分のできることをなんでもやるしかなかったんだよ」
目の奥が熱くなり、鼻がツンと痛んだ。
「それより、ホテルはどうする? 他の客もきのこを食べただろうし、本物の支配人や従業員もヤバいんじゃねーの」
レヴィンが空気を変えるように手を大きく鳴らして口を開いた。
「二手に別れよう。客室を見て回る方と、従業員の救出と。敵がいれば都度倒す」
「わかった。オレは客室だな。倒れている人がいれば、すぐに解毒をする」
「俺も客室だ。レヴィンが人に結界を張ってくれれば、敵を魔法で一網打尽にできる」
「じゃあ僕とガルが従業員さんたちを助けるんだね」
「ピノ、頼りにしているぞ。まずはレストランに行ってみよう」
扉から顔だけ出して、廊下の様子を窺う。
「だれもいないぞ」
「音も聞こえないね」
「静かすぎるな」
「このフロアの敵はここにいる奴らだけなんじゃねーの。オレとロランで部屋の中を確認していくわ」
「頼んだ。ピノ、いくぞ」
ピノが奥歯を噛み締めて、大きく頷く。ガルとピノは廊下に出ると、階段を駆け下りていった。
「まずは隣の部屋から見てみるか」
コンコンとノックをするが、返事はない。ドアノブを掴むと開いた。レヴィンと顔を見合わせる。
そっと開くと、床に人が倒れていた。
「大丈夫か?」
駆け寄ると、三十代くらいの男女だった。夫婦だろうか。
レヴィンが解毒魔法をかけると、二人は起き上がって部屋の中を見渡す。顔を白くして泣き崩れる女を、男が抱きとめた。
「子どもを見ませんでしたか? 六歳の男の子です」
男に詰め寄られるが、俺たちもずっと部屋にいたからわからない。
「なにがあったんだ?」
「急に動けなくなり、しばらくすると誰かが部屋に入ってきました。荷物を漁ったようで、その後部屋から出ていきました」
旅行鞄の傍らに、服が散乱していた。
「子どもはいつからいないんだ?」
「わかりません。私たちが倒れたときには、『どうしたの?』と身体を揺すってきたのですが、なにも反応できずにいると離れていき、静かになりました」
「子どもはキノコを食べていないのか?」
「はい、キノコは苦手で。メニューはキノコばかりでしたから、パンしか食べていません」
ということは、自分で部屋を出ていった?
このフロアの敵はレヴィンが倒したし、子どもを捕らえていたら、人質にしてレヴィンの動きを制限しようとしたはずだ。
「俺たちが探してくる。誰が来ても、部屋を開けないように。子どもに外から声をかけさせるから」
「ありがとうございます。よろしくお願いします。白のシャツに青いズボンを履いています」
「わかった。俺たちが部屋を出たら、すぐに鍵を締めてくれ」
レヴィンと廊下に出ると、カチッと鍵のかかる音が聞こえた。
「子どもはどこに行ったと思う?」
「親を助けようとしたんじゃないか? だれか大人を探しに行ったと考えるのが妥当だろう」
二階の全部屋を見て回り、倒れている人を解毒したけれど、子どもはいなかった。
「どうする? 上に行くか下に行くか」
「上だな。一階にはガルとピノがいるんだ。もし子どもを見かけたら保護するだろう」
階段に差し掛かると、上から怒号が聞こえた。
「待て!」
「逃すな、囲え!」
誰かが追われているらしい。
足音を鳴らさないために、自分とレヴィンの体を浮かせた。三階よりさらに上。四階まで上がると、声が鮮明に聞こえた。最上階の五階だ。
「頼む。この子だけは見逃してほしい」
聞き覚えのある声にレヴィンに目を向ける。レヴィンも眉を顰めて、俺に視線を投げていた。
宰相のおっさん? やっぱりおっさんもこのホテルに来ていたのか。




