15 空飛ぶホテル
翌朝、オアシスの入り口で待っていると、巨大な影が現れた。
空を見上げると、大きな建物がゆっくりと下降して迫ってくる。
ドンッと地響きを鳴らしながら、地上に降りた。入り口が自動で開く。
「いらっしゃいませ」
そこから出てきた、胸に『支配人』と書かれたプレートをつけた男がうやうやしく頭を下げる。眼光が鋭く、顎に傷があって顔と所作にチグハグな印象を受けた。
俺たちはホテルに足を踏み入れる。
大理石の床をオレンジの照明が温かく照らし、落ち着いた雰囲気のホテルだ。
「他の人は来ないのかな?」
「忙しい方ばかりだからな」
「おっさんもいねーし」
「おっさんこそ、本来忙しい立場だろ」
部屋の鍵を受け取り、階段で二階に登る。
一番奥の扉を開くと、ふわふわの絨毯と天蓋付きのベッドが目についた。
「すごーい。ふかふか」
ピノはベッドの上に飛び乗った。
俺もベッドにダイブする。身体が包みこまれるような心地に、瞼を下ろした。
『皆様、当ホテルをご利用いただき、まことにありがとうございます。ただいまより、ホテルは浮上を始めます。揺れにご注意ください』
館内放送が流れ、ググッと下の方から聞こえると、背筋がヒヤリとするような浮遊感に襲われる。
「けっこう高く飛ぶんだな」
「オアシス全体が見渡せるぞ」
ガルとレヴィンが窓から下を眺めている。
「僕も見たい」
ピノがベッドから飛び降りて、窓にへばりつく。
「本当だ。オアシスって丸いと思ってたけど、クマみたいな形してるんだね」
「確かにクマみたいだな」
安定したようで、揺れが収まった。俺も窓に近付く。
「すげー小さく見えるな」
上昇を終えたホテルは、ゆっくりと進む。
「どこに向かうんだ?」
「わからない。南に向かっているとは思うが」
ガルが自信なさげに、首を捻る。
「ねぇ、ご飯を食べに行こうよ。お腹へっちゃった」
ピノが腹を擦って、空腹アピールをする。
「そうだな。レストランに行こう」
一階に降りて、フロントとは反対にあるレストランに入った。
席につくと、ウェイターがメニューを置く。
「いらっしゃいませ。本日のメニューになります」
手書きのメニューはきのこづくし。
「きのこが名物なのですか?」
「当ホテルは、移動するホテルになっております。向かった先で仕入れをするので、日によってメニューが変わります。本日は美味しいきのこをたくさん仕入れましたので、このようなメニューになっております」
俺はリゾットを選んだ。レヴィンはクリームパスタ。ガルがアヒージョとバゲッドで、ピノはキッシュ。
しばらくして別のウェイターがテーブルに並べる。手が震えていて、皿がガチャガチャと鳴って眉をひそめる。ウェイターの顔に目を向けると、肌は青白い。緊張でもしているのだろうか? 新人なのかもしれない。
全てを並べ終えて一礼すると、俺たちの顔を見て「英雄様……」と呟いた。口を開いたと同時に、メニューを持ってきたウェイターに肩を叩かれて、大袈裟なほど飛び上がる。
「ごゆっくりどうぞ」
背中を押されたウェイターはこちらを振り返るが、「仕事にもどれ」と低い声で圧をかけられていた。
おびえちゃって可哀想に。もっと優しく接してやればいいのに。心の中で新人に頑張れ、とエールを送る。
手を合わせて「いただきます」と声を揃えた。
リゾットをスプーンで掬うとチーズが伸び、それだけで期待が高まる。
ふーふー、と息を吹きかけて口に含んだ。熱々のリゾットは、たっぷりスープを吸い込んだご飯にチーズが絡んで最高だった。きのこの旨味と食感もくせになる。
「うめー」
思わず声が漏れ、全員がうんうんと頷く。少しずつ交換して全部食べたが、どれもこれも美味かった。
「いっぱい食べた。満足だよ」
ピノは膨らんだ腹をさする。
「この味なら、夜もキノコづくしでいいな」
レヴィンも満腹のようで、背もたれに身体を預けている。
「美味しすぎて、ついつい食べすぎてしまった」
「俺も」
食べすぎて少し苦しい。
「部屋に戻って、ゆっくりしようか」
ガルの提案に頷き、のそのそと部屋に戻る。
全員ベッドに寝転がった。
しばらくすると、扉がノックされる。
「だれだ?」
「宰相さんじゃないの?」
身体を起こして、ベッドに座る。
顔を見合わせて、目だけでどうする? と問いかける。
再び扉がノックされた。今度は『ドンドン』とさっきより荒々しい。
「本当におっさんか?」
「いや、違うのではないか?」
「俺もそう思う」
おっさんがこんなノックをするとは思えない。
次は扉が『ドゴン』と不規則に鳴り続ける。
「扉を蹴っているのではないか?」
しかも一人ではなく、何人かで。
扉が悲鳴を上げる。ガルは聖剣の柄を掴み、ピノは弓を引き絞った。
轟音を立てて扉が蹴破られると同時に、体の力が抜けてベッドに倒れ込んだ。
……動けない。
「みんなどうしたんだ?」
レヴィンの動揺が滲んだ声に、ガルとピノも俺と同じように倒れたのではないかと憶測する。
「あ? なんで一人ピンピンしてんだ?」
「こいつはきのこを食ってないのか?」
何人かが入ってきた気配がする。
きのこ? 毒だったのか?
「お前、支配人とウェイターだな。何してやがる」
レヴィンの怒りに満ちた声に怯む気配があったが、すぐに相手は持ち直す。
「ふりをしたんだよ。すでにこのホテルは俺たちが占拠していた。死にたくなければきのこ料理を作れってな。ホテルのシェフが作ったから、美味かっただろ」
ウェイターが震えていたのは、脅されていたからか。
こんなやつらにしてやられて、気分は最悪だ。
「金目のものよこせ」
「英雄様たちなら、たくさん持ってんだろ?」
「やるわけねーだろ。バカか?」
レヴィンの尊大な態度に、相手は声を張り上げる。
「英雄って言っても、立ってんのは治癒術師だけだ」
「ボコって奪い取れ」
空気が震えるようなほどの雄叫びが上がる。思ったより人数が多い。
レヴィンの結界に囲われた。俺だけじゃなく、ピノとガルにも張ってるはずだ。
なにやってんだ。レヴィン、逃げろ!
声にはならず、心の中で必死に叫んだ。
「こいつバカだろ。自分も結界の中に閉じこもっていればいいのに」
相手は見下したように鼻で笑う。
「その必要がないからに決まってんだろ。お前ら程度、オレ一人でも余裕だ」
空気がピリつき、キンッと金属が擦れる音がいくつも聞こえた。
なに煽ってるんだよ!
奴らの言うとおりだ。自分にも結界を張れ。




