13 おっさんと
ホテルに戻ると、受付の壁に俺たちのサインが額縁に入れて飾られていた。
これをおっさんに見られたら、ここに泊まっているとバレバレだ。
サインを片付けることと、俺たちの居場所を聞かれても誰にも話さないことを頼み込んだ。
サインを外すのは渋られたが、一緒に写真を撮って渡したら上機嫌で外してくれた。
部屋に戻ってベッドにダイブ。
「これでおっさんには見つからないだろうな」
「のんびりできるね」
「おっさんの持ってくる仕事につく気なんてねーし」
「まだまだ、みんなで色んなところに行きたい」
俺たちの意見は一致している。
夜になってだらけきっていると、扉がコンコンとノックされた。
「ルームサービスか?」
ガルが扉を開けると「約束通り来ましたぞ」とおっさんが顔を出す。約束なんて、全くしていない。
ドアに体を滑り込ませ、おっさんが部屋に入ってきた。
「なんでここがわかったんだ?」
「街で聞いたら、すぐに教えてくれましたよ。皆様は有名ですから。受付に写真も飾ってありましたし」
おっさんの言葉で顔を見合わせ、俺たちは受付まで駆ける。
大きく引き伸ばされた写真が、壁を飾っていた。
受付係が「すごくいい写真ですよね」と悪びれもなく笑う。
「サインを外すことに納得してただろ!」
「はい、サインは外しました。でも写真を飾ってはダメだと言われませんでしたよね?」
受付係は図太かった。肩を落としてトボトボと部屋に戻る。何を言っても無駄だろうし、おっさんにはバレてしまった。
部屋に戻ると、おっさんはテーブルに紙を並べていた。その紙の前に座らされる。
「今から、皆様に就いていただきたい仕事の説明をいたします。具体的なことを伝えていないから、皆様は拒否していたのですよね。ではまずはロラン様の魔術学園学長から説明いたします。一番上の資料を見てください」
おっさんの説明は左耳から入って右耳から抜けていく。
ピノはテーブルに突っ伏して、レヴィンは腕を組んで船を漕いでいる。
ガルだけは姿勢を正しているが、時計をチラチラと確認していた。
逃げることもできないし、どうしたもんかと考える。
……おっさんを酔わせて寝かせるか。
グラスに酒を注いで、おっさんに差し出す。
「おっさんと飲みてーな。話は飲みながらでもできるだろ?」
「ロラン殿……」
だからキラキラした目で俺を見るな。好感度が簡単に上がりやがる。
ピノが体を起こして伸びをした。レヴィンは瞼を持ち上げて、ガルと酒を注ぎ合う。
全員がグラスを持って「カンパーイ」とグラスを鳴らした。
全員でグッと飲み干して、「おっさん飲めよ」とどんどん注いでいく。
気分よく飲んでいたおっさんだが、徐々に目を潤ませて、とうとう泣き出した。
「うっ、……本当に皆様には申し訳ないと思っております。幸せになって頂きたい。安定した仕事を……」
おっさんは喋っている途中で、テーブルに顔を埋めた。
ガルがおっさんにブランケットをかける。
「おっさんや国の気持ちもわからんでもないけどさ」
「僕たちは求めてないって、何回言っても伝わらないよね」
「遊びたいだけだしな」
「良い方だというのは分かってはいるのだが」
少ししんみりしてしまったが、空気を変えたくて再び乾杯をすると、グラスをあおる。
酒を飲みすぎ、気付いたら朝だった。いつのまにか眠っていたようだ。
頭も体も重く、ボーッと天井を眺める。
「オレ、もう酒やめる」
「はいはい、夜には飲むってわかってるから」
レヴィンのお決まりのセリフに、ピノが腰に手を当てて頬を膨らませる。
視線を部屋に巡らせると、ガルとおっさんもダウンしていた。
「もう! 世話をする人が一人増えたんだけど」
「申し訳、ございません」
おっさんの声はか細い。
「みんな大人なのに」
「大人になるって、こういうことだ」
「それなら僕は大人になりたくない」
「いつも、迷惑をかけてすまない」
プリプリするピノに、ガルがのろのろと起き上がって頭を下げた。
ピノは全員に水を配ると「しょうがないな」と眉を下げて笑う。
「朝ごはんいる人?」
ピノが聞くが、誰一人声を上げない。
「じゃあ僕は朝ごはんを食べてくるから」
ピノは一人で部屋を出て行った。
だらけきっていると、ピノはすぐに戻ってくる。
顔を上げると、大きな袋を抱えていた。
「買ってきたのか?」
「うん。食べてこようと思ったけど、一人で食べてもつまんないし。みんなには二日酔いに効くジュースを買ってきたよ」
ピノがテーブルにジュースを並べる。
俺たちは緩慢な動きで席に着き、ピノは「いただきます」と元気に手を合わせてパンにかぶりついた。
ピノの買ってきたジュースに口をつける。
ドロリとしたジュースは、驚くほど苦い。自然と瞼が開く。必死に嚥下するが、喉の奥にこびりつくような違和感が残る。はっきり言って不味い。
「本当に効くのか?」
まだまだ残っているジュースに目を向けて、顔が引き攣る。
「ジュースを売ってるおじさんが言ってたよ。風邪にも二日酔いにも夫婦喧嘩にも効くって。すごいよねー」
一切の澱みない瞳でピノが言った。
……絶対に騙されてる。
ピノが「みんな全然飲んでないね。効かなかった?」と眉を下げて口を引き結ぶ。
俺たちは一気に煽った。ピノを悲しませるくらいなら、自分をも騙そう。
「すごく効きそうだ」
「今日は回復が早いかも」
「美味しかった」
「ピノ殿、ありがとうございます」
おっさんまで、無理して飲んでいた。
ピノは「よかった」と顔を綻ばせる。
ピノはスタンプ帳を取り出した。
「あと一つでスタンプが貯まるな。楽しみ!」
料理大会前日までは、街で買い物をしたり、美味いものを食べたり、四人でのんびり過ごした。観光できる場所はあまりない。
たまにおっさんが部屋に来て、五人で楽しんだ。
アルバムをパラパラとめくる。俺たち四人の次に、おっさんとの写真が多い。
決勝戦前日になり、予選の結果が張り出された。
「あー、見るのが怖い」
いつもピシッと伸びている背を丸めて、暗い表情のガル。
「大丈夫だって!」
「そうそう! ガルの料理は美味しいもん」
「早く見に行こうぜ」
三人でガルを引っ張るが、重たくて早々に諦めた。魔法でガルを浮かせて、強制的に連れていく。
「ロラン、待ってくれ。心の準備ができていない」
「ガルを待ってたら、すぐに明日になっちまうよ」
ガルの言葉は無視して、俺たちはレストランへ向かう。
レストランの前に着くと、人がギュウギュウに集まっていた。あちこちから、落胆のため息や悔しい呻き声が聞こえる。喜びの声は全く聞こえない。
人の波を掻き分けて、目の前までやってきた。
張り出されている名前は七人。
ガルは俯いている。
「おい、自分で見ろよ」
魔法を解いて、ガルは自分の足で立つ。頼りない背中を思いっきり叩いた。
「痛いな」
顔を上げてこちらに剣のある目を向けるが、深呼吸を繰り返して正面を見据えた。
一番下に、ガルの名前が書いてある。
ガルは口をぽかんと開けて固まった。
三人で肩をポンと叩いて「おめでとう」と声をかける。ガルは唇を震わせ、泣き笑いの顔で「ありがとう」と返した。
ホテルへ戻る途中で、ピノがジュースを売ってる露天を見つけて駆ける。
俺たちはその後を追った。
「緊張に効くジュースってある?」
「ああ、あるよ。このジュースは陣痛にも緊張にも視力回復にだって効くんだよ」
「この前は風邪にも二日酔いにも夫婦喧嘩にも効くって言ってたよ」
「その通り!」
ジュース売りのおっさんは、いけしゃあしゃあと頷いた。
「それちょーだ……むぐっ」
買おうとするピノの口を塞いだ。
「ピノありがとう。情けないところを見せたから、私のために買おうとしてくれたんだよな。でももう大丈夫だから」
ガルが笑い、ピノの口を開放した。ガルとピノは先に歩き出す。
レヴィンがジュース売りのおっさんに顔を近付け、睨みつけた。
「今度騙したら、折るからな」
背筋が寒くなるような、ドスの効いた声だった。
「折るって何を?」
その言葉には返さず、レヴィンはピノとガルを追う。
折るのは骨とか心だろう。
「もういい加減なことを言うのはやめとけよ」
忠告をして、俺は三人に駆け寄った。
部屋に入り、早速祝いの乾杯。明日に響くとまずいから、全員でジュースを飲み干す。
「ガル、スゲーじゃん」
「ありがとう。だが、最下位での通過だったな」
「こっから巻き返せばいいんだよ!」
「そうだな、頑張るよ」
「料理を食ったら、ガルが一番だってわかるさ」
「そうなるよう、全力を尽くす」
ガルだけじゃなく、俺たちまでそわそわと落ち着かない。
この日は早めにベッドに入ったけれど、なかなか寝付けなかった。
翌朝、ガルに付き添ってオアシスの特設ステージに向かう。
オアシスの上に板が敷かれ、そこに調理台が乗っていた。魔法使い四人で浮かせて、安定しているみたいだ。
すでにちらほら人が集まっていて、受付でガルを見送ると、「すみません」と声をかけられる。
料理大会のスタッフにこそっと声をかけられた。
「あの、英雄様たちのどなたか、審査員をやっていただけないでしょうか? 審査員が一人、間に合わないようでして」
俺たち三人で顔を見合わせる。
「俺はパス。ガルの勇姿を収めるのに忙しい」
カメラを取り出した。
「オレも無理。食べ慣れているから、ガルの料理を点数高くしそうだし。公平性に欠ける」
ピノは片手をピンと伸ばした。
「はいはーい、僕やりたい。色々な美味しいものが食べられるってことでしょ」
審査員はピノに決まる。
「ピノのことも写真に撮ってやるからな」
ピノは審査員席に連れて行かれ、宰相のおっさんの隣に腰掛けた。俺とレヴィンは観覧席の最前列を陣取る。
ステージの上で調理器具を眺めているガルにカメラを向けた。写真を撮ると、今度はピノにピントを合わせる。仕方がないから、隣のおっさんも一緒に写してやった。




