12 予選
体調が回復して、三日後に雪山温泉を旅立つ。
「また遊びに来てくださいね」
雪女が笑顔で手を振る。俺たちも手を振り返した。
「なぁ、また転移魔法で連れて行ってやろうか?」
三人は顔を見合わせて「どうする?」と目で会話しているようだった。
「砂漠のオアシスは遠いから、今より遠くなることはないだろう」
「ちゃんと目的地に着けよ」
「ロラン、頑張って!」
三人が俺の肩に手を置く。
「よし、任せろ」
砂漠のオアシスをイメージして、転移魔法を使う。
辿り着いたのは、薄暗い洞窟だった。大きな骨が転がっている。
「……見覚えあるな」
「ドラゴンの巣に戻ってきたな」
「また失敗だね」
三人はたいして気にしていないようだった。いつものことだとでも、いうように。
「おかしいな。今回もバッチリだと思ったのに」
「堅実に、列車で向かおう」
ガルの提案に、ピノとレヴィンは大きく頷いた。
空を飛んで駅まで向かう。二日間列車に乗って、砂漠の手前の街に着いた。そこからは地図とコンパスを見ながらガルが指示を出す。俺はその通りに、全員を浮かせた。
日除けに大きな布も頭上に浮かせ、砂漠を飛んでいく。砂ばかりで何もない景色をひたすら進んだ。
「暑いな。水飲めよ」
グラスに魔法で水を注ぎ、全員に配る。一気に飲み干して「おかわり」と三人の声が揃った。
「あっ、ラクダだ」
ピノが前方を指で差す。すぐに数頭のラクダと、それに乗る人が俺にも見えた。
「人がいるということは、方向は間違っていないな」
「ガルが案内してくれてるんだから、間違いないって」
「砂しか見えないから、不安はあったぞ。全く目印がないからな」
コンパスだけが頼りだ。
「あとどれくらいで着くんだ?」
「それはわからない」
レヴィンの問いかけに、ガルは首を捻る。
ピノが目の上に手を添えて首を巡らせる。
「まだ砂しか見えないよ」
「今日は野宿かもしれないな」
ずっと飛び続け、日が傾いたところでテントを張った。
昼間は炙られるような暑さだったのに、夜になると極端に冷え込む。
毛布にくるまって、身体を寄せ合って寝転がった。
昼間は空を飛び続け、その後も食事の準備をした。魔法を使い続けて、流石に疲れが溜まっている。
うとうとしていたが、雪山温泉でのことが頭をよぎり、「あっ!」と叫び声を上げた。
「どうした?」
隣のレヴィンが身体を起こす。
「うわー、雪女と写真を撮るの忘れてた」
「また遊びに来てと言われただろう。その時に撮ればいいんじゃないか」
ガルが目を和ませる。
「旅先でお友だちができるのって嬉しいよね」
ピノは元気があり余っているようで、声が弾んでいる。スタンプ帳を嬉しそうに眺めていた。スタンプは八個。あと二つでスタンプ帳が埋まる。子どもの頃の約束は、俺が叶えてやる。
亜空間に隠しているラスクは、まだバレていない。
大きなあくびをして、瞼を下ろす。
「明日も移動だよな? 先に寝るわ」
みんなの「おやすみ」という声がすごく近くから聞こえて、安心感を得られた。
「ロラン、起きて」
ピノに体を揺すられて目を覚ます。
「ん? どうした?」
「喉乾いた。お水ちょうだい」
俺以外が起きていて、全員に水を渡し、ぐっと伸びをする。
テントから顔を出すと、さんさんと降り注ぐ陽光に口を曲げる。今日も昨日と変わらず暑くなりそうだ。
朝食を食べて飛び立つ。変わり映えのない景色に飽きてきた。
昼前にピノが「見えてきたよ」と声を張り上げる。
砂以外の景色に気分は上がり、速度を上げた。
街の入り口で、足を地に着ける。
「でかい街だな」
レヴィンが辺りを見渡しながら呟く。
青く澄んだ水の近くに植った木が、大きく枝を伸ばして、日陰を作っていた。
露店が並び、活気ある声が響き渡る。
露店の間を進み、煉瓦造りの宿に入った。
受付で男が恭しく頭を下げると、さっそくピノが身を乗り出して「スタンプどこ?」と訊ねる。
「水辺の傍にある、休憩所にございます」
ピノは満足して身を引いた。
「すみません。料理大会はどちらになりますか?」
ピノに続いて、ガルが伺う。
「北にある大きなレストランで予選を行い、決勝戦はオアシスに特設ステージを設けます」
予選を通過しなければ、ならないのか。
ガルなら心配ないだろう。いつも食べているのだから、料理の上手さは明白だ。
ガルに目を移すと、渋い顔をしていた。
「あの、サインをいただけないでしょうか?」
受付係がペンと色紙をこちらに向けた。
「構いませんよ」
ガルが了承して名前を書き、レヴィンに渡した。順番に書いて行く。サインを求められたのは初めてで、全員名前を書くだけになった。かっこいいサインを考えた方がいいのだろうか?
宿で休憩した後、まずはレストランに向かう。
暖かみのあるクリーム色の外壁に、鮮やかな赤い屋根が乗っかっていた。
レストランの傍に虹色のシェードが建てられ、その下にテーブルが置かれている。簡易的な受付があり、ガルが名前を書いて登録すると、ガルだけが店内に案内された。
「予選は見れないの?」
ピノが受付の人に聞くと、小さく頭を下げられた。
「申し訳ございません。店内は食事をなさるお客様もいらっしゃいます。付き添いの方に待っていただくスペースがございません」
俺たちは顔を見合わせる。
「食事をするなら、入れるってことだよな?」
「でも、ガルを待たずに食べちゃうの?」
俺とピノが悩んでいると、レヴィンがポンと手を叩いた。
「先にドリンクだけ頼んで、ガルが終わったら全員で食べようぜ」
俺とピノはその案に乗り、店内に入る。
客席の半分が予選会場になっていた。通された席から首を伸ばして、予選の様子を伺う。
野菜の皮剥きやカットのタイムを測られていた。
エールを二つと、ミルクシェイクを注文する。すぐにテーブルに並び、キンキンに冷えたエールが喉の奥を潤してくれる。
ガルの番になった。
真剣な面持ちで、いつも通りの素早さで皮を剥く。前の人より速いような気がした。カットもあっという間に終わり、ガルはふぅーと息を吐き出して額を手の甲で拭う。
店の外に出ようとするガルを呼び止めた。こちらに気付いて、ガルも席に着く。
「見ていたのか?」
ガルは照れくさそうに頭を掻いた。
「ああ、速かったな」
率直な感想を述べれば、ガルは曖昧に首を傾ける。
「うーん、でも予選を通るかはわからない。名だたる料理人も多く参加しているようだし。結果は決勝の前日に、店の前に貼り出されるようだ」
「じゃあしばらくここで、のんびりだね」
料理を注文する。予選でカットされた野菜が使われているようだった。
運ばれた料理は、ヤシの実に炒めた野菜と肉が詰められている。見た目は楽しく、香辛料の香りが食欲をそそった。
シャキシャキの野菜と噛みごたえのある分厚い肉が口の中で混ざり合う。甘味と塩気が同時に押し寄せ、口に運ぶのが止まらない。
「これはガルが切った野菜か?」
レヴィンが訊ねるが、ガルは首を傾ける。
「さすがにわからないな」
野菜は均等に薄く切られ、料理が上手い人が切ったのだとうかがえる。俺ではこうはならない。もっと分厚くなるし、厚さも不揃いだ。
たらふく食べて満腹になり、背もたれに体を預ける。
ガルは予選が気になるのか、目がそちらに釘付けだ。表情は硬い。
「大丈夫だって。絶対にガルの方が速くて綺麗だから」
レヴィンに励まされて「そうだな」と力なく笑う。
「ここにいると、どうしても見てしまう。外に出ようか」
「はーい! 僕、スタンプ押しに行きたい」
「ああ、行こう」
ガルが店を出る前に一度振り返る。
大丈夫だと込めて、背中をポンと叩いて外へ出た。
街を見渡しながら、水辺の休憩所に向かう。
ピノは「スタンプ、スタンプ」と歌うように声を弾ませ、足取りは軽い。
「みんな早くー」
振り返って片手を上げるピノは、後ろ歩きで手招きする。
「前を見ないとぶつかるぞ」
レヴィンが注意を促すが、ピノは角から出てきた人とぶつかった。
「すみません。ピノも大丈夫か?」
ガルが真っ先に謝る。ピノは後頭部を押さえながら「ごめんなさい」とぶつかって尻餅をついた人に視線を移して固まった。
ピノに駆け寄った俺とレヴィンも、口元を引き攣らせる。
宰相のおっさんだ。
「ああ、英雄様方。久しぶりにお会いできて、光栄です」
おっさんは尻をパンパンと払って立ち上がった。
「しょっちゅう会ってて、久しぶりって感じがしねーんだけど」
おっさんは俺の言葉に、笑みを深める。
「そうでしょうとも。皆様の活躍を聞きつけて、東奔西走しておりますので」
「オレらを追いかけ回すなんて、下っ端の仕事じゃねーの?」
「何をおっしゃいますか! わたくしが自ら出向くのは、陛下やわたくしの誠意でございます」
おっさんは大袈裟なほど目を見開き、レヴィンの言葉を否定する。
ピノがガルの袖をくいくいと引いた。
「ねぇ、宰相さんって何する人? 偉い人ってのはわかるけど、暇なの?」
ガルは微かに首を傾けた。
「国の政治を取り仕切る人だから、暇ということはないんじゃないか?」
俺はおっさんが走っている姿ばかり目にしている。
暇な宰相だと疑いの目を俺たち四人に向けられて、おっさんは慌てて体の前で両手を振った。
「わたくしは休まず仕事をしておりますよ」
「いや、休めよ。体に気をつけろ」
「ロラン殿……」
おっさんは感極まって瞳に涙を浮かべ、潤んだ声で俺を呼ぶ。
やめろ! おっさんの好感度なんかいらねーんだよ。お姉さんなら大歓迎だけど。
「ありがとうございます。実はここで行われる料理大会の特別審査員を任されておりまして。その日まで、この街のホテルで快適に仕事をすることになっております」
休むんじゃないんかい!
「みなさんには、国の重鎮のポストがどんなに魅力的か、たっぷりとプレゼンいたしますね」
人のいい顔をしながら、とんでもなく迷惑なことを言ってのける。
俺たちは顔を寄せ合って、小声で相談する。
「どうする? 逃げるか?」
「でも、決勝前日には戻ってこないといけねーんだぞ」
「俺の転移なら、すぐに帰ってこられるぞ」
「絶対にダメ! ロランの転移で戻ってこられるわけないもん」
ピノにトドメを刺され、左胸を押さえて呻く。
三人は俺を放置して、ホテル側に俺たちの居場所を口止めすることを決めたようだ。
「しばらく仕事でホテルに篭ります。また夜にお会いいたしましょう」
おっさんは会釈をして、歩いていく。俺たちの泊まっているホテルとは別方向だ。
「よし、スタンプを押したら、ホテルに引き返すぞ」
「やった! スタンプ」
早足で休憩所に向かう。
休憩所は等間隔に木のベンチが並び、大きな布が頭上を覆っていた。霧状の水が撒かれ、過ごしやすい気温になっている。
「スタンプみっけ!」
ピノがスタンプ帳にポンと押す。見せられたスタンプは、オアシスの周りに花が咲いているデザインだった。




