11 夜の露天風呂
露天風呂の三十分前。腹も落ち着き、風呂の準備をする。
「ロラン、この酒温めて」
レヴィンが昼間買った地酒をこちらに差し出す。
鍋に酒を注いで、炎を出して温める。
「これ、温めて飲む酒なのか?」
「冷やしても温めても美味いって聞いた。外は寒いから、温かい方がいいかと思って」
湯気が出るほど温めると、保存容器に移す。レヴィンがそれを持つと、宿を後にした。
外ははらはらと雪が舞い、大きな月が漆黒の空を照らしている。この景色を見ながらの露天風呂は気持ちよさそうだ。
体を縮こませながら、露天風呂へ向かう。
扉を引くと、すぐにスタンプが置いてあった。
ピノが嬉々として押す。
「見て! 雪だるま」
ピノが腕を伸ばしてスタンプ帳を見せてくる。雪だるまが温泉に浸かっているスタンプだ。実際に温泉に入れたら、溶けて無くなってしまうのに。
「欲しかったスタンプが手に入ってよかったな」
ガルがピノの頭をポンポンとすれば、ピノは満足げにスタンプ帳をしまった。
脱衣所で服を脱いで、露天風呂に続く扉を開く。
真っ白な浴衣を身につけた、髪の長いお姉さんが温泉に向かって手をかざしていた。
目を合わせてしばし固まるが、俺たちは慌てて腰にタオルを巻いた。
温泉に目を向けると、氷が浮かんでいる。
「雪女だな」
ガルが目を険しくする。
「何してんだお前は!」
レヴィンが声を荒げると、雪女は肩を跳ねさせた。
「温泉に入りたいのですが、熱くて入れなくて……」
弱々しい声と儚げな表情に、庇護欲を駆り立てられる。
「でもこの時間は、僕たちが予約したんだよ」
ピノが頬を膨らませた。
「よし、追い出すか」
レヴィンの言葉に、ガルとピノはやる気だ。
俺は三人の前に立って、両手を広げた。
「何してんだ!」
レヴィンの眉間の皺が深くなる。
「まずは落ち着け!」
ピリつく三人の空気を抑えるように言い聞かせる。体の力を抜いたことを確認して続けた。
「考えてもみろ。雪女を受け入れれば、綺麗なお姉さんと温泉に入れるんだぞ」
三人の目が途端に冷ややかになる。でも負けない。俺は絶対に雪女と一緒に温泉に入る!
「ロランは見た目が女なら、人間じゃなくてもいいんだな」
「これが雪男だったら、なんて言ってた?」
「俺たちの後で入れよ!」
「僕たちの後で入っむぐ……」
そのまま伝えようとするピノの口を慌てて塞ぐ。
「お姉さん、一緒に入りましょう」
三人が目を見張るが、雪女はパッと顔を輝かせる。やはり美人には笑顔が似合う。
「嬉しいです。私、誰かと一緒に入ったことがないから。いつも冷たいって拒否されてしまいまして……」
雪女の言葉で、三人は口籠る。
雪女に聞こえないよう、こそこそと作戦会議。
「どうするんだ? あんな氷水に浸かれないぞ」
「でも、雪女さんかわいそうだよ。みんなで一緒に温泉入ってあげたいよ」
よし、ピノは確実に俺の味方になった。
「くそっ、問答無用で追い出しておけば、こんなことにならなかったのに」
レヴィンが舌打ちをして、俺に恨みがましい目を向けてくる。
「お前ら、俺を誰だと思ってんだ? 天才魔法使いだぞ! 露天風呂の半分を温めて入れば問題ないだろ」
範囲を限定させて魔法を使えば、雪女は氷の浮かぶ温泉。俺たちは適温の温泉を楽しめる。
三人は顔を見合わせて、それなら、と頷いてくれた。
「雪女さん、一緒に入ろ!」
ピノが声を張ると、雪女は嬉々として自分の帯を解く。
目をかっぴらいたにも拘らず、体を回転させられて、雪女に背中を向ける格好になった。
なんとか首を後ろに向けたいのに、俺の後ろには背の高いガルがいる。左右からはピノとレヴィンが顔を押さえてきて、正面以外見えない。
「お前ら、何すんだよ」
「あいつが温泉に入るまで待ってろ」
レヴィンがはー、と盛大にため息を吐いた。
ソワソワと待っていると、ポチャンと水音が聞こえた。聞き耳を立てる。
「みなさん、どうされたんですか? 露天風呂、気持ちいいですよ」
雪女から声がかかり、左右の手が離れて勢いよく後ろを向く。
ガルを押し退けると、ニコニコと温泉に浸かる雪女。
額を押さえて俯く。
湯が白くて、首から下が全く見えない。
「ロラン、早く風呂に入れるようにしてくれ」
「風邪ひいちゃうよ」
ガルとピノに催促される。
「お前ら、湯が白いの知ってたな?」
「見たらわかるだろ」
レヴィンに膝で尻を小突かれる。
俺には美人の雪女しか、視界に入っていなかった。
肩を落として露天風呂に手をかざす。液体の温度を操作して、本来の温泉の温度に戻した。こちら側半分にあった氷は、綺麗に溶けて無くなっている。
「はい、入れるぞ」
体を流して、風呂に浸かる。
冷え切った体はじんじんと痛み、次第にポカポカと体が温まった。身体の凝りがほぐれてきて、脱力する。
「酒飲もうぜ」
レヴィンが三つのカップに酒を注いだ。白い湯気がたゆたう。
「なぁ、もう一つくれよ」
レヴィンは首を捻りながらも、カップに酒を満たす。それを受け取って、カップを凍らせた。
「何してんだよ。せっかく温めたのに」
「これでいーんだよ。雪女も一緒に飲まないか?」
「いいんですか? ありがとうございます」
真ん中付近まで移動して、腕を伸ばせば雪女が受け取る。
息を吹きかけて口に含むと、度数が高くて喉が焼けそうだ。
「キツイな」
チビチビと口をつける。
酒を飲んで上機嫌になったのか、雪女が歌を歌い始めた。透き通るような高音が心地良い。
雪女の歌に耳を傾けながら、空を見上げる。雪が舞い、大きな月が冴えた光を放っていた。
雪女が歌い終わると、拍手を送る。
「それは何ていう歌なの?」
「タイトルはわかりません。でも古くからこの土地に伝わる歌です」
「もう終わりか? 他にも歌えよ」
雪女への当たりがきつかったレヴィンも、歌を気に入ったようだ。
雪女からカップを受け取る。酒を継ぎ足し、冷やしてから返した。白い肌を赤く染めて、雪女は酒を含んで再び歌い始めた。
「贅沢だな」
ガルが噛みしめるように漏らす。
景色と歌を堪能していると、徐々に温泉が冷たくなっていく。
「ロラン、何してんだよ」
温度を上げる魔法は常に使っている。
雪女に目を向けると、顔を真っ赤にしてニコニコと歌い続けていた。
「酔っ払って、力が暴走しているんじゃないか?」
魔法の威力を上げようにも、温泉は冷たくなって、凍える身体では力が出ない。
「もう、無理だ」
「僕、先に出る」
一目散に飛び出すピノを追いかける。
身体を拭って着替えても、震えが止まらない。
ガチガチと歯を鳴らしながら、燃え移らない程度の炎を出す。身体を寄せ合って、宿に向かった。
宿の温泉は明日の朝まで入れないようで、全員青白い顔のまま布団にくるまった。
翌朝目覚めると、視界がぼやけて身体が重くて起き上がれない。
「風邪か?」
声は掠れていた。喉が渇き、這ってグラスを掴むと、魔法で水を出す。ゆっくりと飲み干した。
「ロラン、僕も欲しい」
ピノも這ってくる。ピノにも水を出して渡した。
ガルは息を荒げながら眠っており、レヴィンは咳を繰り返しては呻いている。
ガルとレヴィンの近くにも水の入ったグラスを置いた。
コンコンと窓が叩かれる。そちらに目を向けると、雪女がぱくぱくと口を開閉していた。何を言っているか分からず、ふらつきながら窓を開けた。
「すみません。昨夜はご迷惑をおかけいたしました」
雪女が勢いよく頭を下げる。
「わざとじゃないんだし、大丈夫だから。とりあえず部屋に入りなよ」
窓が開いていると寒くて仕方がない。
眩暈がして、布団に突っ伏した。
雪女はオロオロと全員を見渡す。
「私のせいですね。みなさんの看病をさせてください」
雪女はタオルを凍らせ、俺たちの額に乗せた。
「すげー気持ちいい」
「すぐに戻ってきます」
雪女は窓から出て行った。
しばらくして戻ってくると、りんごを抱えている。
「あっ! 包丁を忘れてしまいました。もう少し待っていてください」
再び出て行こうとするのを引き止める。
「包丁はあるから」
亜空間から包丁を出して渡す。雪女は手際良く皮を剥いて、食べやすい大きさに切ってくれた。
全員が体を起こして、りんごをかじる。瑞々しく優しい甘さのりんごは食べやすく、もう一つ手が伸びる。
「もっと欲しい」
ピノがねだれば、雪女が張り切って皮を剥く。
満足するまでりんごを食べると、再び寝転がった。雪女が布団をかけ直してくれる。
またタオルを凍らせて、額に乗せてくれた。
寝返りを打って布団が乱れれば、雪女がすぐに整えてくれる。タオルもこまめに凍らせてくれた。
「美人に看病されたいって夢が叶った……」
「ロランは本当にブレないな」
ガルの覇気のない声が聞こえた。
俺たちは二日間寝込み、その間雪女はつきっきりで看病してくれた。




