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極悪令嬢ルミナ・ヴィクトリアは許さない。  作者: 二代目菊池寛


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販売詐欺に御用心!極悪令嬢は悪を殴る。{後編}

ヴェルナー商会の店舗の周りには多くの人集りがあった。貴族階級問わずの如何なる老夫人だけでなく隠居した紳士風の男達も指の数ほどは、恐らく独身貴族だろう。


馬車を降り、青のドレスを着込んだルミナ・ヴィクトリアとメイドのアリッサ・レストは店舗の賑わいの周りを見渡す。


「凄い賑わいですね、お嬢様。」


「アリッサ、訂正なさい、今の私は足腰の弱い年老いた母の代わりに参られた貴婦人、もとい、若奥様と呼びなさい。」


「は、はいっ!申し訳有りません!若奥様っ。」


人集りの中に商会の人間らしき黄色い上着を着た男が、貴族達を対応してるのを見かねたルミナは男の元に向かい、話し掛けた。


「失礼、少し宜しくて?」


「はい、何でしょう、か…!?」


男はルミナを対応しに、振り返ると男は驚く、商会に来る客が高齢者ばかりなのか、まさか貴婦人が訪れるとは予想もしなかった。男は苦笑いをしながら営業モードに入り、改めてルミナに対応する。


「え、えっと、な、何のご用でしょうか?」


ルミナは青い扇子を広げ口元を隠し、微笑みながら言った。


「あら?私、足腰が悪いお母様の代わりとして此方の商会に参られたのですが、当店では来られる人間に対して年齢制限でもおありなのかしら?」


「い、いえっ!とんでもございません!ようこそお越しくださいました!ヴェルナー商会でございます!」


男は慌てて腰を折り、手を広げて店内を案内する仕草をした。


「本日はお母様のご代理でいらっしゃったのですね。当店では生活に役立つ良質な品を、相場よりお安くご提供しております。特に今は『特別会員様限定の先行販売』を実施中でして……」


「特別会員、ですか。」


ルミナは興味ありげに首を傾げた。翡翠色の瞳は微笑の裏で、男の表情と店内の様子を冷静に観察している。


「ええ。すでに多くのご婦人方からご好評を頂いております。お母様にもきっとお気に召すかと。まずはカタログをご覧になってはいかがでしょう?」


男は奥から分厚いカタログを取り出し、ルミナに差し出した。表紙は豪華な金箔押しで、『ヴェルナー商会特選カタログ・特別会員様用』と大書されている。中身をパラパラとめくると、調理器具、布地、薬草、家具……一見すると立派な品揃えだ。価格も市場相場より一割ほど安く設定されている。


「……なるほど。お母様が気に入りそうなものが並んでいますわね。」


「ですよね!特にこの高級調理器具セットは、当店の看板商品でして。すでに数多くのお客様から『使ってみたら手放せない』とのお声をいただいております、あっ!宜しければお客様、此方をどうぞ。」


男は上着のポケットから1枚のカードをルミナに渡す。


「__これは何かしら?」


「先行購入券です、当店では単に店内での購入だけでなく、商会長が自ら従業員らと共に公開販売会をなされまして、カタログに記されていない様々な新商品を購入できる権利が与えられます。」


「そう、でしたら頂くとするわ。」


ルミナは先行購入券を受け取り、青い扇子で軽く扇ぎながらカタログを再びめくった。価格の安さ、品揃えの豪華さ、どれも表向きは魅力的に見える。だが、翡翠色の瞳はすでに別のものを見ていた。


紙質の安っぽさ。印刷のインクがわずかに滲んでいる箇所。そして何より――商品写真の影の付き方が、どれも同じ角度であること。


「……お母様は、特に調理器具と薬草に興味があるようですわ。実際に現物を見せて頂けますかしら?」


「もちろんです!少々お待ちを。」


店員は奥へ消え、すぐに錆びついた鍋や薄汚れた薬草瓶を抱えて戻ってきた。布で丁寧に包まれてはいるが、包みを開いた瞬間、アリッサが小さく息を呑むのが分かった。

ルミナは無表情で鍋を手に取った。指先で縁をなぞると、すでに薄い金属がめくれかけている。薬草瓶を振れば、中身はほとんど空で、残った粉は湿気で固まっていた。


「これが……『高級』?」


「は、はい!特別製法で……!」


錆びついた鍋を手に取ったまま、ルミナはしばらく黙って縁を撫でていた。


「……お母様は、特にこの『高級調理器具セット』と『特効薬草』に興味があるようですわ。ですが、実際に拝見すると、少し印象が異なりますのね。」


店員の表情がわずかに強張る。


「い、いえっ、これはあくまで『展示用の見本』でして!実際にお届けする品はその、もっと品質の良い物をと……!」


「見本、ですか。」


ルミナは青い扇子で口元を隠し、穏やかに微笑んだ。翡翠色の瞳だけが、冷たく店員を捉えている。


「では、実際にお届けされる『本物』を、今すぐに見せて頂けますかしら?お母様は足腰が悪いものですから、無駄足は避けたいのです。それとも、当店の倉庫にはこの様な粗悪品ばかりしか無いのかしら」


「そ、それは……倉庫の方に……少々お時間を……」


「構いませんわ。待ちます。」


男は焦り、直ぐに『本物』の商品をルミナに見せようと倉庫の方へと足を運ぼうとすると、別の従業員の男が男に呼び掛ける。


「おい!そろそろ販売会の時間だぞ。お客様を倉庫へ集めろ!」


「え?あ、ああ、す、すいませんお客様、まもなく販売会でして、商品の確認でしたら販売会の後でも宜しいでしょうか?」


「奥様…。」


ルミナはくすりと微笑む。


「構いませんわ、どの道、直ぐでも後でも同じなのですから。」


従業員に案内される元、倉庫の入口には、すでに十数名の老婦人と、数名の隠居した紳士が集まっていた。黄色い上着の店員たちが、丁寧な笑顔で彼らを中へと案内している。

ルミナは青い扇子で軽く扇ぎながら、その列に静かに並んだ。アリッサは半歩後ろに従う。


「……お母様が喜ばれそうな品が、たくさんあるようですわね。」


誰に言うでもなく、ルミナは呟いた。翡翠色の瞳は、倉庫の奥を冷静に観察している。

木箱が山積みにされ、布で覆われた荷物が壁際に並んでいる。表向きは『特選品』だが、箱の隙間から見える鍋の縁は、すでに薄く錆びていた。


やがて、眼鏡をかけた男が現れた。

背は高くなく、物腰は柔らかい。四十代半ば。ロベルトが語った通りの男――ヴェルナー本人だった。


「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。私、ヴェルナー商会代表のヴェルナー・ギーリスでございます。」


男は丁寧に頭を下げ、穏やかな笑顔を浮かべた。だが、その目は、集まった客達を「また引っかかった」と眺めるように、細められていた。


「本日は特別会員様限定の先行販売会です。カタログに載っていない新商品を商会長である私自らがご紹介致します。では先ず、最初の商品は此方です!」


ヴェルナーは上着のポケットから1つの瓶を見せる、中には多く詰められた葉が入っていた。ヴェルナーは笑顔で客達に商品の説明を始めた。


「『長命茶(ちょうめいちゃ)』!一見見た目は茶葉の瓶詰めに見えるでしょう?こう見えてこの茶葉は、不治の病すらも治せると言われる伝説の名薬『エルフの秘薬』の材料として使われた。『ユグドラの葉』を茶葉として使われております!」


客達の集まりの隅の方にて、販売会の様子を見ているルミナとアリッサは、茶葉の瓶詰めに違和感を感じた。


ルミナは青い扇子で口元を隠し、わずかに目を細めた。2人はヒソヒソ声で話し始める。


「……アリッサ。あの茶葉、見てごらんなさい。」


「は、はい。……葉の形が、少し歪んでいませんか? それに、色も均一すぎます。」


「ええ。そもそもユグドラの葉など、この大陸では100年以上前に絶滅したとされる植物ですわ。仮に残っていたとしても、並の貴族でも手に入らない。それなのに、瓶いっぱいに詰められて、しかもこの値段。」


ルミナはカタログの該当ページを指で軽く叩いた。価格は市場相場の3分の1ほど。あまりに安すぎる。


ヴェルナーは客たちの反応を窺いながら、さらに声を張った。


「この『長命茶』を毎日1杯飲むだけで、足腰の痛みが和らぎ、夜もよく眠れるようになり、更には寿命が延びたりと。実際、すでにご愛用の方々からは『若返ったようだ』との声を多数頂いております!本日限り、特別会員様には通常価格でたったの銅貨10枚!さあさあ今だけのお値段ですよ!」


「良しっ!5つ購入しよう!」 


1番前に立ってた老紳士が元気良く手を上げて茶葉を購入をする。彼に続けて、他の老婦人や独身貴族なども次々と手を上げて個数を購入していく。


「うわっ!凄い張り合いですよ。」


「高齢者にとって『若返り』という言葉は、それだけで十分な餌なのですのよ。」


「たったそれだけで…。」


「取り敢えず念の為に回収がてら購入致しましょう。失礼、お一つだけ購入致しますわ。」


ルミナは軽く手を上げ、茶葉の瓶詰めを1つだけ購入する。


周囲の老人たちの目が、希望と焦りで潤んでいるの確認し終えたヴェルナーは、客達の反応を見て、さらに声を弾ませ、新たな商品の紹介を始める。


「さあさあ!お次の商品は、皆様は歳を取る度にお身体やお骨が弱々しくなった事は良くあるでしょう?ですがご安心下さい!これを毎日食後の後に食べるだけで筋骨増々!その名も。『黒胡麻魚粉高栄養クッキー』!小魚の粉末に黒胡麻を始め、高タンパクの牛乳、他にも様々な栄養食材を粉末状にして混ぜ合わせ、生地にし、出来上がったのが此方のクッキーです!ダイエットにお困りな方ももう安心!嘘だと思うならば皆さん、従業員が配られた試食用をお試し下さい!」


従業員達は試食用のクッキーを1人2枚ずつ配られる。


そして従業員達は試食クッキーを配り終えると、さらに声を弾ませた。


「このクッキー、毎日食後に2枚食べるだけで、弱った骨が丈夫になり、筋肉も蘇る!実際、すでに愛用されている方々からは『階段の上り下りが楽になった』『杖が要らなくなった』とのお声を多数頂いております!本日限り、1箱銅貨8枚!まとめ買いならさらに――」


老婦人たちが次々と手を挙げ、財布を開く。希望に目を輝かせる老人たちの姿を、ルミナは青い扇子の陰から静かに見つめていた。


「……アリッサ。」


「は、はい、すいません!此方1箱だけ下さい!」


ルミナの指示の元、アリッサさ試しがてらにクッキーを1箱だけ購入する。


それからルミナとアリッサの2人は茶葉とクッキー以外の商品は購入せずに、ヴェルナーが紹介する新商品に目を通す、美容水、万能ナイフ、疲労回復用の健康枕などと、その間、ルミナは取り出した手帳で新商品の内容や値段などを記録していくのだった。



*



翌日。


「で。敵城視察しに来たのは良いけれど、結局は買い物しただけで済ませて、はい終わりとか言わないよね?」


フォルクス商会、2階執務室にて。

ルミナは昨日のヴェルナー商会での視察した1件を幼馴染で総務部長を勤めるレイナ・フォルクスに報告すると、レイナは呆れ顔のまま、ルミナに文句を言い放ったところだった。


「当たり前でしょ、何の為の敵城視察だと思って?」


「まあ良いわ、で、これがヴェルナー商会が販売してたと言う新商品の小魚クッキー?」


テーブルに置かれた皿の上には、アリッサが用意したクッキーの山が積まれていた。


レイナは積まれたクッキーを1枚だけ摘み取り、レイナはつまんで一口噛んだ。すぐさま顔をしかめる。


「……これ、何?味がしないというか、砂を噛んでるみたい。しかも後味が妙に苦いわよ、滅茶苦茶に。」


「ええ。調べた結果、小魚粉はほとんど入っていない。代わりに安い穀物の粉と、着色料、そして微量の睡眠導入剤が混ざっていますわ。……高齢者に『骨が丈夫になる』と言いながら、実際には軽い眠気を催させて『よく眠れた』と錯覚させる。長命茶の方はもっと悪質よ。ユグドラの葉など存在しない。ただの安物の茶葉に、微量の覚醒作用のある植物を混ぜただけ。依存性が出やすい様に仕組まれてますわね。」


レイナの表情が険しくなる。


「……依存性。つまり、一度買い始めた老人は、止められなくなるわけね。」


「その通り。しかも販売会では『本日限り』を連発して焦らせる。典型的な悪徳商法ですわ。」


すると、紅茶の用意を終えたアリッサが何も持たずに執務室に戻って来た。


「アリッサ、例の茶葉の方はどうでしたか?」


「はい、お嬢様の予想通り、茶葉の中には覚醒剤を粉末状にした物が入っておりました。」


「__やはりね。」


「それでどうする、茶葉の中に覚醒剤とか出て来た以上は流石に放っておけない、直ぐに王宮騎士団に報告しないとならないわよ。」


「待ちなさいレイナ、そんな物を証拠として突き付けたとしても、ヴェルナーは『何の事か』と惚けたフリをする可能性があるわ。小さな証拠よりも、より確(・)実(・)な証拠を用意する必要があるわ。」


ルミナは紅茶のカップを置き、静かに続けた。


「覚醒剤が入っていること自体は、すでに十分に悪質よ。だが、それだけでは『販売した商品に問題があった』程度で片付けられかねない。彼らがやっているのは、単なる不良品販売ではないわ。高齢者を意図的に依存させ、私財を吸い上げ、逃げ切るための組織的な詐欺よ。」


レイナは腕を組み、机の上のクッキーを睨みつけた。


「……で、どうするつもり?騎士団を動かすには、まだ材料が足りないって言いたいわけね。けどねルミナ、ヴェルナー商会は商会が完売する毎に別の空き店舗へと移動するわ、これは私の推測だけれど、1つの商会が悪事に関わってる可能性があるわよ。」


「もう1つの商会ですか!?あわわ…。ヴェルナー商会だけならまだしも、まだいる何て…。」


アリッサは敵がヴェルナー商会だけでないと知ると、額を青ざめながら、怖がり出す。


「全く、貴女はそれでもヴィクトリアのメイドなのかしら?」


「成る程ね、確かにルミナの言う通りかもしれないわね、店舗の移動の際には新たな空き店舗が必要よ。」


「その事だけれど、もう既に解決済みよ。」


すると、執務室の扉を誰かがノックした。商会の従業員の誰かなのかとレイナは対応しようとすると、彼女の代わりにルミナが対応する。


「__噂をすれば良いタイミングね、誰?」


『エレンです、お嬢様がレイナ様の所にお邪魔してると聞き、報告があって馳せ参じました。』


「入りなさい。」


扉を開けるとヴィクトリア家に仕えるメイドにして工作員が1人、エレンであった。彼女はアレックス共々ヴェルナー商会の監視をルミナに命じられ動いていた。


エレンは使用人として礼儀正しく、レイナに挨拶すると、直ぐ様に主であるルミナに報告を伝える。


「ヴェルナー商会の件に付いて報告に参りました。商会は全商品を完売しまた新たな空き店舗へと移動しました。」


「それで、商会の移動の追跡の方は?」


「アレックスが尾行を、それともう1つ報告があります、ヴェルナー商会が新たな空き店舗への移動と準備が完了出来た理由には、ある不動産商会が関わっておりました。」


エレンの報告を聞いたルミナは、扇子を軽く開閉しただけで表情を変えなかった。


「不動産商会、ですか。」


「はい。『ドルマネー不動産』と申します。表向きは空き店舗の仲介を専門としておりますが、ヴェルナー商会が移動するたびに、必ず彼らが物件を手配しております。しかも、契約書の名義は常に別名義。追跡を困難にするための工作です。」


レイナが机を軽く叩いた。


「……つまり、ヴェルナー商会単体ではなく、少なくとも2つの組織が組んでいるわけね。片方は詐欺商品の販売、もう片方は逃げ道の確保。」


ルミナは立ち上がり、窓の外の商業街を見下ろした。午後の陽射しが石畳を照らしている。穏やかな日常の裏側で、高齢者の財布が静かに削り取られている。


「それにしても、人間歳を取ると内側外側問わずに本当に弱くなってしまう生き物なのね。」


「当たり前でしょう、私達だって何時までも若いままって訳じゃないんだから。」


窓の外の街の景色を見下ろす最中、ルミナは自身の右手を見つめながら、レイナの言われた通り、若さは永遠ではないと。


「そうですわね、けどね、老い先短い高齢者にだって幸せそうな日々を過ごしてるのよ。幼子の様に楽しく遊ぶ日々を取り戻したかの様にね。」


「…お嬢様の言う事も分かります、高齢の方は歳取ると子供みたいにはしゃぐ一面もありますからね、何処か高齢の方々が楽しめる施設とかあったら良いのですが。」


アリッサの一言に何か反応したのか、突然とルミナとレイナは黙ってアリッサを見つめる。


「えっ?あれ?わ、私、もしかして何か不味い事を仰りましたでしょうか!?あ、あの、その__」


「アリッサ。」


「は、はいっ!」


不味い、言い方を間違えてルミナに怒られる。しかし、ルミナはアリッサの両肩を掴みながら叫んだ。


「貴女、とんでもない事を思い付いたわね。」


ルミナの両手がアリッサの肩を掴んだまま、翡翠色の瞳が大きく見開かれた。


「施設……そう、施設よ!」


「ひっ……お、お嬢様、痛いです……!」


「あ、あら、私とした事がごめんなさい。」


ルミナは直ぐに手を離し、しかしその表情はすでに計算を始めている色だった。扇子をパチンと開き、口元を隠したまま部屋をゆっくりと歩き出す。


「高齢者は、歳を取ると子供のように無邪気になる。希望を見せられれば、簡単に手を伸ばしてしまう。ヴェルナーはそれを利用している。ならば――こちらも同じ土俵に乗ればいい。」


レイナが眉をひそめた。


「同じ土俵って……まさか、老人を餌にするつもり?」


「何を言ってるの?そんな事をすれば私は犯罪者まっしぐらですわよ、で、話は変わりますけれどレイナ、何処かうってつけの不動産商会は無いかしら?私、凄い考えが思い付いたのよ。」


「不動産会社ですって?」


ルミナは窓辺で足を止め、振り返った。


「ええ。ヴェルナー商会が移動を繰り返せるのは、ドルマネー不動産が常に『都合の良い空き店舗』を用意しているから。ならば、此方も『都合の良い物件』を用意してやればいい。」


「……つまり?」


「ヴィクトリア家の名義では動かない。目立ちすぎる。だが、フォルクス商会ならどうかしら。商業貴族として表向きは自然よ。レイナ、貴方が所有している空き物件の中で、商業街の端の方で、少し大きめの建物は無いかしら?」


レイナは腕を組んだまま、しばらく考え込んだ。


「……1つだけあるわ。旧織物問屋の隣、以前は小さな貸倉庫として使っていた建物。今は空いている。ただし、状態はあまり良くないけれど2日ほどの修繕の時間が必要になるわ。」


「それで十分よ。状態が悪い方が、むしろ都合がいいわ。」


ルミナは扇子を閉じ、机に置くと。エレンに命じた。


「エレン、貴女にはアレックスと合流し引き続きヴェルナー商会の監視を続行なさい、何か変化があれば直ぐに私に直接報告を。」


「畏まりました。お嬢様。」


エレンは挨拶をすると、颯爽に執務室を退出し、自分の仕事に戻った。


「それで、施設の名義はどうするの?」


「あれを『高級老人向け交流サロン施設』として、表向きだけ整備するわ。名前は……そうね、『悠久の園』とでもしておきましょう。入会条件は『高齢者限定』。そして、入会金と月会費は、わざと相場より少し安く設定する。値段はそうね、銅貨5枚でどうかしら。」


「銅貨5枚、それなら格安で誰でも入会出来るわね。内容はどうするの?」


「決まってるでしょう、アリッサの言葉通りに『楽しむ』事よ。」


それからはトントン拍子で施設の内部設営を中心に進めていった。


レイナは商会の権限の元、商会にて販売していた娯楽品――主にボードゲームや簡易な楽器、園芸用具などを多数搬入した。

さらに、茶葉と菓子は『本物』だけを厳選。フォルクス商会の取引ルートから、品質の確かなものを揃えさせた。


2日後。


商業街の端、旧織物問屋の隣に位置する空き建物は、外見こそ古びたままにされていたが、内部は綺麗に整えられていた。

看板には控えめな文字で『悠久の園―高齢者限定交流サロン―』と記されている。入会金と月会費は銅貨五枚。相場より明らかに安く、しかも『高齢者限定』という条件が、かえって安心感を与えていた。


オープニング当日。


予想以上の老人たちが集まっていた。杖をついた老婦人、隠居した紳士、付き添いの使用人を連れた夫人たち。


入り口で受付を務めるアリッサは、名簿に名前を書き込みながら、小声で呟いた。


「……本当に、こんなに集まるんですね。」


「当然よ。」


アリッサの隣にはフォルクス商会の従業員服を着込んだルミナが、奥の小部屋から静かに答えた。


「『安い』『楽しい』『同年代しかいない』。この三拍子を揃えただけで、彼らは簡単に足を運ぶ。ヴェルナーが利用していたのと同じ心理よ。」


その日の午後、予想通りの動きがあった。


「……来たわね。」


「これは一体どう言う事ですか!?」


施設の外から、聞き覚えのある中年男性の焦る怒鳴り声が響きだす、ルミナは受付をアリッサに任せ、単身、表に出ると外には2人の大柄な従業員を引き連れたヴェルナーが、フォルクス商会の従業員服を着た使用人たちを睨みつけていた。


眼鏡の奥の目が、明らかに動揺している。


「朝から客入りが悪かった原因がお宅の商会の仕業とは、しかも私の許可も取らずに勝手に横から客を根こそぎ奪うのは、些かやり過ぎではありませんか!?」


ヴェルナーの怒鳴り声が、商業街の端に響き渡った。


眼鏡の奥の目は明らかに動揺し、引き連れた大柄な従業員2人も、腕を組んで威圧するような姿勢を取っている。


ルミナは受付の影から静かに表へ出て、この様子を見ていた。


「どうやら私の予想通りの結果になりましたわね。」


アリッサがやって来て、ルミナ同様に動揺するヴェルナーの様子を目にする。


「うわあ、凄く動揺をしてますねお嬢様、でも、どうしますか?直ぐに対応でもした方が…。」


「必要無いわ、こう言った話し合いは私が相手するよりも、彼(・)女(・)の方が適任ですもの。」


すると、1人の貴族令嬢が日傘を差しながら、施設へと尋ね、現れたのは何と橙色のドレスと少数のアクセサリーを身に着けた貴族風の格好をしたレイナであった。


「あら。誰かと思えばヴェルナー・ギーリス様。ご機嫌よう、この前お会いしたのは商会長として直接ご挨拶を伺って以来でしたわね。」


ヴェルナーの顔が引きつる。


「フォルクス商会の、レ、レイナ・フォルクス嬢?これはまさか貴女の仕業なのですか!?」


ヴェルナーの顔が引きつったまま、レイナは日傘を軽く回し、優雅に微笑んだ。


「仕業、ですか。フォルクス商会が商業街の端に、高齢者向けの交流サロンを開いただけですわ。『悠久の園』。入会金はたったの銅貨5枚。同年代しかおらず、 本物の茶葉と本物の菓子が楽しめ、ボードゲームや園芸もできる。……何か問題でも?」


「問題大ありだ!朝から客がまったく来ない!昨日まで行列だったのに!お宅が客を根こそぎ奪ったに決まっている!」


ヴェルナーが声を荒げる。引き連れた大柄な従業員2人が、一歩前に出た。威圧するつもりだろう。だが、レイナは眉一つ動かさない。


「奪った、ですか。お客様は自分の意思で足を運んだだけですわ。『安い』『楽しい』『同年代しかいない』。それだけのことで、あちらの『本日限りの特別販売』より魅力的に映ったのでしょうね。」


「くっ……!」


「それに何を勘違いをなされてるのか分かりかねますが、私がいま行われてるのは『商売』ではなく『高齢者達の憩いの交流会』。客を奪ってはおりませんですし、営業妨害など致してませんわよ?」


レイナの声は穏やかだった。だが、その目はすでに相手を値踏みし終わっていた。


ヴェルナーの顔がさらに歪む。引き連れた大柄な従業員2人が、無言で一歩ずつ前に出ると。威圧をかけようとしているのは明白だった。隠し持ってた短剣に手を触れようとする。


溜息を吐いたルミナは自ら、従業員を演じて助けに入る。


「レイナお嬢様、少し宜しいでしょうか?明日行われる講習会に関しての相談なのですが。」


「分かりましたわ。直ぐに参ります、では、そう言う訳ですのでヴェルナー様、私はこの後、従業員との大切な仕事の話し合いがありますので、失礼を。」


対応してた従業員と共にこの場を去り、施設の方へと向かう。ヴェルナーは拳を震え、自らの怒りを隠せずにいた。


「あ、あの、商会長?」


「い、行くぞ、撤収だ。」


『は、はいっ…。』


ヴェルナー達は直ぐ様に自分達の店に帰ろうとすると、レイナは足を止め、


「あ、そうそうヴェルナー商会長、実は明日。悠久の園にて講習会を開く予定でして、テーマは__『販売詐欺に御用心』。もし予定に空きがありましたら是非、見に来て下さいませ、それでは。」


レイナは施設の中へと入ると同時にヴェルナー達は帰り去った。


玄関近くに立っていたルミナに小声で伝える。


「これで良いのか?奴は機嫌を悪くして帰って行ったが。」


ルミナはクスリと微笑む。


「上出来よ、後は彼等の行動次第ですけれどね。朝に撒き散らした毒の餌を何人が引っ掛かるか、今晩が楽しみで致し方無いわ。」


如何にもヴェルナー商会がどんな行動をするのかと、楽しみに笑みを浮かばすルミナ、



*



夜。


夜の商業街はすでに人通りがほとんどなく、石畳に街灯の明かりだけが細く落ちていた。


商業街の端、旧織物問屋の隣に位置する『悠久の園』の表看板は影に沈み、窓からは一切の灯りが漏れていない。表向きは閉店。だが、建物の内部では、すでに複数の影が動き回っていた。


ガシャァン!!パリーン!!バギィッ!!


「良いか!そのまま壊せ!奴等がもう再起出来ない様に何でもかんでも壊し続けろ!!」


『はいっ!!』


侵入者達の正体はヴェルナーを始めとする商会の従業員達であった。彼は低い声で指示を飛ばす。引き連れた従業員たちは、手に持った棒や斧で家具を叩き割り、窓ガラスを次々と砕いていた。破壊の音が、静かな夜に乾いた響きを立てる。


「もっと壊せ!窓も、机も、茶器も、残さずだ!あそこに『高級交流サロン』などと書かれた看板も引きずり下ろせ!」


「商会長、奥の小部屋にも高級そうな茶器があります!」


「全部壊せ。フォルクス商会が何を企もうと、もう二度と客が寄りつかないようにしてやる!」


ヴェルナーの目は、昼間の屈辱を思い出すように細められていた。朝から客が来ない。行列が消えた。そして、あの橙色のドレスの令嬢が『販売詐欺に御用心』などと講習会の案内までして帰っていった。明らかに挑発だ。ならば、こちらも相応の返しをしてやる――そう決めていた。


「フォルクス商会…。平民から成り上がった貴族擬きが、表商売だけで粋がりやがってぇ!この私を舐めてるとどうなるか思い知らせてやる!おい、油をぶっかけろ!!」


「へいっ!!」


1人の従業員は手持ちの瓶入りの油を用意し、放火の準備を行い始める、従業員はニヤリと笑いながら、油瓶のコルク蓋を抜こうと手に触れた瞬間。


暗闇の何処からか、油瓶を持った従業員の右手首を、翡翠色の扇子が正確に捉えた。瓶は床に落ち、油瓶が石畳に広がる前に転がる。


「ぐっ……!?何だ、今の!?」


従業員が痛みに顔を歪め、周囲を見回す。他の男達も同様に棒や斧を構えたまま、動きを止めた。ヴェルナーの眼鏡が、暗闇の中で光を反射する。


「……誰だ。出てきやがれ。」


沈黙。


次の瞬間、建物の奥――受付の影から、静かに足音が響いた。ヒールの音が、割れたガラスを踏んで乾いた音を立てる。


現れたのは、フォルクス商会の従業員服を着たままの、翡翠色の髪の女だった。


「ご機嫌よう、ヴェルナー・ギーリス様」


翡翠色の瞳が、夜闇の中で冷たく光った。


「この様な夜分遅くに、他人様(ひとさま)の施設を壊しに来るなんて。……随分とお忙しいことですわね?」


ヴェルナーの顔が、一瞬で青ざめた。


「その服、フォルクス商会の従業員か!?」


「クスッ、事務室に居残って正解でしたわ、どうやら私の推測通りに貴方方が今夜ここにやって来る事は目に見えましてよ。」


「ま、まさか…__」


ヴェルナーは気付いてしまった。この『悠久の園』は自分達商会を嵌める為の罠だったと。


「この私を、騙したと言うのかぁ!!」


「そのお言葉、そのまま貴方方にお返し致しますわ、老い先短い高齢者から騙し続けた報い、天に代わり私が裁かせて貰いますわ。___処で其処の貴方。この帽子に見覚えはありまして?」


するとルミナは青のキャペリンハットを、1人の従業員に見せると、男はその青い帽子を見て気付いたか、驚きながら叫んだ。


「その帽子……!あの青いドレスの若奥様……!?」


ルミナは帽子を軽く回し、扇子で口元を隠したまま微笑んだ。


「ええ。足腰の悪いお母様の代わりと偽って、御社の『特別会員限定先行販売会』に潜入させて頂きましたわ。」


「お前、ただの従業員じゃないな…。お前は何者だ!!」


「とくとご覧なさい、私の誠の姿を。」


ルミナは自ら、着ている従業員服の右手で胸倉を掴んだ瞬間、颯爽に愛用の深緑色の豪華なドレスへと早脱ぎし、頭にティアラを身に着け、本来の容姿へと変貌する。


ヴェルナーの顔が、青から真っ白へと変わった。


眼鏡の奥の目が大きく見開かれ、引き連れた従業員たちも棒や斧を持ったまま固まっている。ルミナは深緑色のドレスの裾を軽く払い、ティアラを指で整えた。翡翠色の髪が夜風に揺れ、月光を浴びて淡く輝く。


「ヴィクトリア家令嬢、ルミナ・ヴィクトリア――ですわ」


静かな声だった。だが、その一言が倉庫の空気を凍てつかせた。


「……ヴィクトリア……!?まさか、極悪令嬢の……!?」


ヴェルナーの声が裏返る。従業員の1人が震える声で呟いた。


「嘘だろ……あの青いドレスの若奥様が……!」


「選びなさいヴェルナー・ギーリス。『降伏』か『抵抗』のどちらかを。でなければ、私自ら制裁を致しますわよ。」


ヴェルナーに選択肢を与えると共に、ルミナは拳を構える。


「し、商会長、もう駄目だ俺等…フォルクス商会が極悪令嬢と繋がってる以上は…。」


「___れるか。」


ヴェルナーはかなり小さな小声で一言だけ呟く、周りからは良く聴こえない、ヴェルナーは同じ発言を怒鳴り声と共に響き叫んだ。


「もう騙されるかぁ!!__ヴィクトリアの極悪令嬢が、こんな所に居る訳が無い、此奴は貴族令嬢のフリをした。フォルクス商会の従業員だ!!」


ヴェルナーの叫びが倉庫に響いた瞬間、従業員たちがざわめいた。


「は……?フォルクスの従業員が極悪令嬢のフリを……?」


「商会長、本当に……?」


不安げな声が複数上がる中、ヴェルナーは眼鏡の奥で目を細め、無理やり冷静を装った。


「当たり前だ!本物のヴィクトリア家令嬢が、こんな端っこの倉庫に堂々と1人でいるわけがない!罠だ!フォルクス商会が俺たちを嵌めるための芝居だ!野郎ども、やれ!この偽者を叩き潰せ!」


『お、おうっ……!』


動揺しながらも、従業員たちは棒や斧を構え直した。大柄な2人は特に殺気を露わにし、ルミナを挟み込むように左右から回り込み始める。


ルミナは扇子をゆっくり閉じ、吐息を一つだけ漏らした。


「……まだ、その程度の想像力しかお持ちでないのですこと。」


翡翠色の瞳が、冷たく細められる。


「では、証明して差し上げましょう。わたくしが『本物』であるということを。」


次の瞬間、彼女の両手が動いた。

袖の内側から、黒い金属の光沢が滑り出す。ガントレットが両腕に装着され、金属が噛み合う乾いた音が夜気に響いた。ヴィクトリア家の翡翠色の百合紋章が、月光を受けて淡く光る。


「うおおおっ!!」


大柄の従業員は叫びながら、右手に持った棍棒でルミナに攻撃を仕掛けるも、棍棒が振り下ろされると共にルミナは身を回転させながら、打撃を回避すると同時に反撃の回し蹴りを繰り出し、1人目が前倒し、追撃の右拳を顔面に食らわせて、壁まで吹っ飛ばす。


次に斧持ちの従業員が横から振り下ろすも、ルミナは左籠手で完全に防御すると、斧の刃が欠け、ルミナは身を回転させてからの反撃の裏拳を斧持ちの頭に食らわせ、2人目を倒す。


すると、ルミナの背後からの別の従業員が槍での突きを繰り出して来るも、既に後ろの気配に気付いていたルミナは左横を退かしただけで、敵の槍での突きを軽く避けるとそのまま、右の肘突きを槍持ちの溝に深く打ち込ませて気絶させる。


3人目が倒れた瞬間、残りの従業員たちは一斉に後ずさった。


棍棒を握った手が震え、斧を構えたまま足がすくむ者もいた。先ほどまで「偽者だ」と叫んでいた声は、もうどこにもない。壁にめり込んだ仲間の姿と、床に転がる斧の欠けた刃が、現実を突きつける。


「……ま、まだだ……!人数で押せ!」


ヴェルナーが叫んだ。声は裏返っている。眼鏡の奥の目が、血走っていた。


「たかがこの女1人だ!囲め!囲んで殴り殺せ!」


命令に従うように、残った十数人が一斉に動いた。左右から、背後から。棒と斧と槍が、同時にルミナへ向かう。


だが、彼女は動かなかった。


ただ、ゆっくりと首を傾げただけだ。


「……人数で押す、ですか。」


翡翠色の瞳が、夜闇の中で冷たく細められる。


「その様な戦法が私に通じると思ったら大間違いですわよ?」


「な、何やってるお前等!?殺せ、殺せぇ!!」


数人の従業員達は其々の武器を握り締めながら、ルミナに向かって一斉に攻撃を仕掛ける、籠手で防ぐ、殴り飛ばす、武器を受け止める、蹴り込む、流す、手刀で気絶させ、次々と倒して行く。まるで極悪令嬢の華麗なる技の販売会だ。


「如何したのかしら?私を殺す気で掛かって来られるなら、もっとお強いお方をお連れくれませんこと?」


「糞っ、糞おおおっ!!」


ヴェルナーは2人の護衛の従業員らを連れて外へと逃げ出す。ルミナ華麗に貴族らしく歩きながら、施設を出てヴェルナー達を静かに追うと、出入り口の扉の影から1人の従業員が飛び出し、不意討ちがてらに短剣でルミナに斬り掛かるも、後退りして躱し、短剣持ちの右手首を強く掴み取って表に出る。


夜の商業街に、ヒールの音と男の悲鳴が重なった。


ルミナは短剣持ちの従業員の手首を掴んだまま、軽く振り上げた。金属の籠手が月光を反射し、男の腕が不自然な角度に曲がる。骨が軋む音と共に、短剣が石畳に落ちた。


「い、痛い……!離して、離してくれっ……!」


「あら?まだ動けるのですか。感心ですわね。」


そのまま男を施設の外側の壁に向けて叩きつけ、意識を奪う。背後でヴェルナーと残った2人の護衛が逃げようとしていた。


「待て!この女を止めろ!金ならやる!幾らでも!」 


ヴェルナーの声はすでに悲鳴に近かった。眼鏡がずれ、額に脂汗が光っている。残り2人の護衛が振り返り、斧と棍棒を構えた。


「く、来るなよ……!」


「来るな、と言われましても。逆に来てしまいますわ。」


ルミナは静かに歩み寄る。ドレスの裾が夜風に揺れ、ティアラが淡く輝く。表情は変わらない。ただ、翡翠色の瞳だけが、獲物を値踏みするように細められていた。


「貴方がたは、老い先短い人々の希望を餌に、私財を吸い上げ続けましたわね。なので、ヴェルナー様には今まで吸い上げた分全てお返し頂きますわよ、無論、この拳で。」


「ひいっ!お、お前達!俺を守れぇ!!」


「うおおおっ!!」


先に動いたのは棍棒持ちの護衛だった。恐怖を振り払うように叫び、棍棒を真上から振り下ろす。


ルミナは半歩だけ横にずれた。

棍棒が石畳を打ち、火花が散る。その隙にルミナの右拳が男の脇腹に沈んだ。革鎧が凹み、男は声もなく膝をつく。続く左の裏拳が顎を捉え、男の意識はそこで途切れた。


斧を持った男は、もはや逃げることしか考えていなかった。振り返り、商業街の奥へと駆け出そうとする。


「あら、逃げますの?」


ルミナの声が、男の背中に冷たく突き刺さる。


次の瞬間、彼女の右手から翡翠色の扇子が放たれた。夜闇を切り裂くように飛び、男の足首を正確に捉える。男はバランスを崩し、石畳に転がった。斧が手元から離れ、金属音を立てて転がる。


「ひっ……!」


ルミナは静かに歩み寄り、転がる男の胸元を足で軽く押さえた。


「貴方がたの『本日限り』という売り文句、高齢者には効果的でしたわね。ですが、わたくしには通用しませんことよ。」


そのまま拳を振り下ろす。鈍い音が響き、男は動かなくなった。


静寂が戻る。


施設内には、倒れた従業員達の姿が点々と転がっており。ガラスの破片と、壊された家具の残骸。そして、表には道に震える膝で立っているヴェルナー・ギーリスだけが残されていた。


「……あ、ああ……。」


ヴェルナーは後ずさり、背中が倉庫の外壁にぶつかる。眼鏡がずれ、額から脂汗が滴り落ちる。


「ま、待ってくれ……!金なら出す!幾らでも出す!被害に遭った老人達への賠償も全部払う!だから頼む、い、命だけは助けてくれ……!」


「命?」


ルミナは扇子をゆっくり開き、口元を隠した。翡翠色の瞳だけが、夜闇の中で冷たく光る。


ルミナは扇子をゆっくり開き、口元を隠した。翡翠色の瞳だけが、夜闇の中で冷たく光る。


「貴方がたは、老人たちの『残り少ない時間』を奪ったのですわ。希望を餌にし、依存させ、私財を吸い上げ、最後には逃げ切ろうとした。その行為を、金で帳消しにできると本気で思っていましたの?」


「ひっ……!」


ルミナは一歩、また一歩と近づく。ヒールの音が、指が鳴らす音が、そして拳が握られる音が、ヴェルナーの耳に異常なほど大きく響いた。


「1発、お覚悟は宜しくて?」


「う、うわあああああああっ!!!」


滑走にヴェルナーに向かって素早く跳躍したルミナは、自身の込めた全力を右拳に宿らせ、ヴェルナーの顔面に打ち込む。


ヴェルナーの顔面に拳がめり込んだ瞬間、夜の商業街に鈍い破裂音が響いた。


眼鏡が空中で砕け散り、男の身体は壁に叩きつけられたまま、ゆっくりと滑り落ちた。口から血混じりの息が漏れ、意識はすでに遠のいている。手足がぴくぴくと痙攣するだけで、声を上げる力すら残っていなかった。


ルミナは拳を軽く振り、籠手に付いた血を払い落とした。翡翠色の瞳は、倒れた男を見下ろしたまま、微塵も揺れていない。


「……まあ、これで『特別会員限定』の販売会は終わりですわね。」


周囲には、倒れた従業員達の姿が点々と転がっていた。棒も斧も槍も、すでに床に散乱し、誰一人として立ち上がろうとする者はいない。破壊された家具の残骸と割れたガラスが、月明かりに鈍く光っている。


その時だった。


「……お嬢様。」


建物の影から、静かな声がした。アレックスとエレンが、いつの間にか周囲を固めていた。2人とも、いつものように無表情で、ただ主の命令を待つように立っている。


「ヴェルナー商会の残党とドルマネー不動産商会は商会長含め、すでに全員の拘束を完了致しました。」


「……ご苦労様。証拠書類は?」


アレックスが用意する。


「契約書、帳簿、標的リスト、覚醒剤の原料の保管場所まで、全て押さえております。特に標的リストには、次に狙う予定だった中級貴族の夫人達の名前が、びっしりと記されていました。」


ルミナは小さく頷いた。


「では、騎士団への引き渡しはクレアに任せるわ。『また勝手に動いた』と文句を言われるでしょうけれど……今回は証拠が揃いすぎている。文句を言いつつも、きちんと処理するでしょうね。」


アレックスが短く「はっ」と応じ、エレンと共に倒れた男達を引きずり始めた。ヴェルナーの意識の無い身体も、容赦なくまとめられる。


ルミナは1人、破壊された『悠久の園』の内部をゆっくりと歩いた。割れた茶器、ひっくり返った椅子、引きずり下ろされた看板。老人たちが昼間、楽しそうに談笑していた場所が、今は無残な姿を晒している。


「さて、今後は多忙になりそうですわね。」


かくして、王国内にて起きた移動販売詐欺事件は極悪令嬢の手によって解決し終えたのだった。



*



後日談。


事件解決から早くも3日後。

フォルクス商会の執務室で、レイナが机に肘をついてため息を吐きながら、今日の朝刊な注目の記事を目に通す。


『ヴェルナー商会およびドルマネー不動産、組織的詐欺および覚醒剤所持の疑いで一斉摘発。被害者は主に高齢の元当主と貴族夫人ら。騎士団により全員逮捕。』


「……全く。『悠久の園』の修繕費、思ったよりかかったわよ。しかも『販売詐欺に御用心』の講習会、結局こちらでやる羽目になったし。」


レイナの目前に、ソファに座る今回の事件の裏の解決者であるルミナは、いつもの深緑のドレスに戻り、扇子を軽く扇ぎながら紅茶を啜っていた。


「……淑女たるもの、悪を殴り倒すのに場は問わずですわ。」


睨み目でルミナに向かって文句を言い放つ。


「誰のせいでこうなったと思ってるのか分かってわよね?……まあ、今回は貴女のお陰で無事、依頼は完了したし、キハーダ前当主夫人も悠久の園の会員として毎日友人達と共に楽しい日々を過ごしているわ。」


ルミナはチラリと、呆れるレイナを見つめる。


「そう、それは良かったわ。」


レイナは書類を一枚めくり、唇を尖らせた。


「……まあ、ね。ドルマネー不動産の方も、帳簿を調べたら相当ヤバいことになっていたらしいわ。クレアが『今回ばかりは文句を言えない』と吐き捨てていたとか。」


「でしょうね。」


ルミナは窓の外を見た。商業街の喧騒が、微かに聞こえてくる。あの夜の騒動が嘘のように、王国の日常が戻っている。


「高齢者は弱い。だが、弱いからこそ、守る価値がある。ヴェルナーのような連中は、その弱さを『食い物』としか見ていなかった。だから、潰した。」


「……相変わらず、言い方が極端ね。」


「事実を述べただけよ。」


沈黙が落ちる。

やがてレイナが、小さく息を吐くと。

口の端に、嘲るような、あるいはどこか楽しげな笑みが浮かばせる。


「そうだわルミナ、近い内に『悠久の園』にて旅行事業を企画しようと思うのだけれど、何か参考が無いか、教えてくれないかしら?」


「旅行企画?そうね、幾つか知ってる所があるけれど__」


1つの事件を解決し、影に潜めし悪と言う名の膿を絞り終え、友と共に仕事を手伝う極悪令嬢であった。

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