第3話 俺たちが弱くなったんじゃない。あいつが盗んだんだ
第3話 俺たちが弱くなったんじゃない。あいつが盗んだんだ
レオンを追放した翌朝、ジークたちは三人の荷物持ちを連れ、最難関ダンジョン「絶望の回廊」へ入った。ジークは金糸の入った白い上着に新しい革鎧を重ね、マリアは裾の長い聖女服へ薔薇の香油を振りかけていた。出発前に宿屋が用意した卵と腸詰めもほとんど残し、二人は見送りに集まった人々へ手を振った。
「今日中に第三層へ到達する。夕方には、王都へ吉報を届けられるだろう」
「ジーク様なら、魔王の城でも半日で攻略できますわ」
雇われた荷物持ちは、護衛任務を経験したことのあるB級冒険者だった。ところが、渡された背負い袋には薬、食料、着替え、食器が何の区別もなく詰め込まれていた。袋の口からマリアの夜着がはみ出し、油の瓶が毛布へ染みを作っている。
「解毒薬はどの袋に入っている」
「青い瓶だと聞きましたが、青い瓶だけで二十本あります」
「レオンは必要な薬を言う前に出していたぞ」
「では、そのレオンという方が書いた荷物表を見せてください」
「そんなものは知らん。荷物持ちなら、自分で覚えろ」
回廊へ入って一刻もしないうちに、先頭を歩いていたジークが床の石板を踏んだ。壁から短い矢が何本も飛び出し、一本が彼の左腕をかすめた。これまでならレオンの危険察知が働き、罠へ近づく前に足が止まっていたため、ジークは自分が避けていると思っていた。
「なぜ教えなかった!」
「罠があるとは聞いていません」
「荷物持ちなら、罠くらい見つけろ!」
ジークは剣を抜いて石壁へ振り下ろしたが、刀身に光は宿らなかった。以前なら岩まで断ち切れた一撃は表面をわずかに削っただけで、手首に鈍い痛みが返ってくる。後ろにいた兵士たちは顔を見合わせたものの、誰も口を開かなかった。
第二層では、湿った空気に甘い花の匂いが混じり始めた。幻惑草の花粉を吸った兵士が壁を魔物と思って斬りつけ、別の兵士は仲間へ槍を向けた。マリアは鼻へ白い布を当て、自分だけ隊列の後方へ下がった。
「聖女様、解毒をお願いします」
「この程度の毒、自分で耐えなさい。私の魔力はボス戦のために残します」
「しかし、目が見えません」
「触らないでください。聖女服が汚れます」
やがて黒い甲殻を持つ大蜘蛛が天井から降りてきた。ジークは聖剣を構えたが、蜘蛛の脚を見切れず、胸を強く打たれて石床へ転がった。昼食用の籠も踏み潰され、白パンと茹で卵が泥の上へ散らばった。
「マリア、早く治せ!」
「今、行います。光の女神よ、彼の傷へ慈悲をお与えください」
金色の光がジークの胸を包んだものの、革鎧の下から流れる血は止まらなかった。マリアは二度、三度と祈りを繰り返し、額へ汗を浮かべた。いつもなら患者の傷と痛みはレオンへ移されていたが、加護契約を失った今、その奇跡は起こらなかった。
「痛みが消えないぞ。お前、本当に治療したのか」
「私の祈りは完璧です。昨夜、レオンが何か細工をしたのでしょう」
「やはり、あいつか」
「あの男は私たちの力を盗んだのです。追放された腹いせに、呪いをかけたに違いありません」
荷物持ちの一人が、泥のついたパンを拾いながら二人を見た。力を貸していたのではないかという言葉が喉まで出たが、ジークが剣の柄を握ったため黙って袋へ戻した。結局、一行は第三層へ到達できず、負傷者を抱えて引き返した。
その日の夕方、ジークたちは王国軍本部へ戻った。最高司令官ガイウス伯爵の執務室には、飲み残した赤ワインと食べかけの鴨肉が並び、机には未決裁の書類が積まれていた。ジークの報告を聞いたガイウスは、白い口ひげについたソースを布で拭った。
「つまり、攻略できなかったのだな」
「兵士と荷物持ちが無能だったのです。俺たちだけなら第三層へ進めました」
「レオンという男が、我々の加護を盗みました」
「その話は外で口にするな。国民は明日の英雄任命式を待っている」
ガイウスは攻略失敗を訓練中の事故として処理し、負傷者には口止めを命じた。ジークたちが絶望の回廊の第三層まで制圧したという偽の報告書も作らせた。翌朝、王都の広場には「黄金の聖剣、最難関迷宮を攻略」と書かれた旗が掲げられた。
一方、街道沿いの食堂では、レオンが朝から大鍋をかき混ぜていた。洗った灰色のシャツを裏庭へ干し、バルドから借りた茶色い前掛けを腰へ巻いている。鍋には豆、芋、人参、森で採った茸が入り、焼いた鶏肉の脂がスープの表面へ丸く浮かんでいた。
「塩が足りないぞ」
「バルドさんは昨日もそう言って、三回足しました。味が濃いと旅人が喉を渇かせます」
「酒が売れる」
「水を欲しがった客に酒を売るのはやめてください」
窓際では、レオンが縫い直した深緑色の服を着たシルフィが、焼きたてのパンを籠へ並べていた。彼女は形の崩れた一つを失敗作だと言って口へ入れ、もう一つも焼き色が薄いと言って食べようとした。レオンがその手を止めると、シルフィは頬を膨らませた。
「味見は必要だ」
「もう三つ食べただろう」
「三つとも形が違った。これは四つ目の味だ」
「同じ生地だから、同じ味だ」
昼前、護衛帰りの旅人が五人、食堂へ入ってきた。破れた外套には泥がつき、一人は右足を引きずっている。レオンが温かいスープとパンを出すと、彼らは会話もせずに匙を動かした。
「おかしいな。朝から重かった肩が軽くなった」
「俺の足もだ。傷が塞がり始めている」
レオンが空いた器を下げようとすると、旅人たちは追加のスープを注文した。《万象循環》の光が料理を通して客の体へ入り、乱れていた魔力を穏やかに整えている。レオンは湯気の向こうで笑う客たちを見ながら、自分の手を開いた。
「俺の加護は、戦うためだけのものではなかったのか」
「当たり前だ。力の使い道を決めるのは、加護の名前でも昔の仲間でもない」
バルドはそう言い、焦げたパンの端をスープへ浸した。シルフィも隣で大きくうなずいたが、口いっぱいに鶏肉を頬張っていたため言葉にはならない。レオンは新しい客のために鍋へ豆を足し、久しぶりに自分の意思で《万象循環》を使った。




