54話 決闘
翌日の同じ時間。寮の前には同じ人が馬車に乗ってやってきた。
今日は学園がある日なのだが、こんな気持ちで授業を受ける事はできないので休む事にする。プリセラも見学に来ると言っていたので、一緒に休むつもりだろう。
『猪娘は学園に行って良いんだぞ?』
「何を言っているんですか。わたしだって腸が煮え繰り返っているんですよ」
『ハハ、だが来てもお前に出番はないかもしれんぞ? あいつ等は全て俺が喰い尽すつもりだからな』
「まーそうなったらそうなった時ですよ」
どうやらリンも着いて来る気が満々だった。
馬車に乗る前、使いの人がアミルに謝っていた。どうやらプリセラの信用している人のようで、その気持ちを汲んで謝ったのだろう。
アミルは直接関係のない人に謝られてどうすればよいか困っていたが、最終的には謝罪を受けてその場は収まった。
連れて行かれた闘技場はとても広く、サッカーのコートでも余裕に入るぐらいだったが、観客はいないので少し虚しさが漂う場所となっていた。
「さて、お二人には最終確認をします。この決闘はお互いの持てる戦力の全てを出し切り、敗北した家には全財産の没収とお家取り潰しが約束されていますが、承知の上ですね?」
「ええ、承知の上です」
「だ、大丈夫です」
闘技場の中心にプリセラが立ち、その両側にアミルとブラウンが前に出てきて約束の確認をさせる。
両陣営の戦力差は明らかだった。アミル、リン、雪兎だけの陣営に比べて、ブラウンの方には30人はいるであろう冒険者達が武器を持って笑っているのだ。
このまま決闘が始まるかと思われた時、ブラウン陣営で数名の冒険者が騒ぎ出していた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺達はこの依頼を下りる。依頼の失敗でも構わない。すぐに帰らせてもらう」
「おい、どおしたんだよ。ガキとは戦えないなんて言うつもりはないだろ?」
急に取り乱し、今すぐにでも逃げ出そうとする冒険者を、笑いながら止めようとする他の冒険者。
「馬鹿野郎! お前達はあいつ等を知らないから笑っていられるんだ。あいつ等は<イレイザー>━━オーク群れを1人狩りつくし、ゴブリンの集団の中を悠々と歩ける化物……立会人をしている<デストロイヤー>と同じように、二つ名を持つ冒険者だぞ!」
「はあ? あんなガキと愛玩モンスターが噂のイレイザーな訳がないだろ。ったく、お前等がそんな腰抜けだとは思わなかったぞ」
恐怖にひきつった顔をした冒険者の話は、オドオドしているアミルと普通のスノーラビットにしか見えない雪兎の前では説得力がなかった。そのせいで、事実を知らない冒険者は臆病者と罵り、馬鹿にして笑いだす。
「なんと言われようと構わない。命あっての冒険者だ。俺達はあいつ等と戦うぐらいなら腰抜けと笑われる方を選ぶ」
それだけを告げて、数人の冒険者は去って行った。この英断とも言える判断が出来た冒険者は、この後、残った冒険者とは二度と合う事はなかった。
『どうやら本人達は知らないようだが、あのコンビがイレイザーと呼ばれる冒険者らしいぞ』
「そのようですわね。どうしてイレイザーと呼ばれているか、この決闘で見えると良いのですがね」
プリセラ達がデストロイヤーと呼ばれるのは、バハムートのブレスでモンスターはもちろん、その地形までも破壊してしまう戦い方からそう呼ばれるようになった。
二つ名には本人達と無関係な名前が付く事はない。それなのにイレイザー……消去者と呼ばれる戦い方にプリセラは更に興味が湧いた。
「それではそろそろ決闘を始めたいと思います。もう逃げだす方はおられませんか? ……いないようですわね。それでは両者準備はよろしいですね?」
「ええ、いつでも」
「大丈夫です」
「それでは始めてください!」
プリセラはバハムートに持ち上げてもらい、そのまま飛んで観客席まで運んでもらう。
ブラウン陣営は勢い良く向かって来る。まだ対人経験の少ないアミルとリンは、武器を構えて襲って来るプロの冒険者集団に気圧されてしまった。
『前衛は俺が行く。まずないだろうが、討ち漏らしがいてお前達を狙うようなら、その時は遠慮なく全力で排除しろ!』
30人近くの冒険者が向かって来る中に、雪兎は単身で突っ込んでいく。
「っ!? 思ったより素早いモンスターだ!」
普段モンスターと戦いを生業としていた冒険者は、雪兎の予想よりも素早い動きに驚きはしたものの、愛玩モンスターと舐めて掛かった冒険者に恐怖はなく、タイミングを合わせて剣を振り下ろす。
━━雪兎は本気で走ってはいなかった。もし本気で走れば無駄に警戒されて陣形を広く取られると考えたからだ。対戦相手を1人も逃がすつもりがなかった雪兎にとって、それは無駄な労力になる。
なので、相手に美味しそうな餌に見えるような動きをしたのだ。
(ハッキリ言って遅い攻撃だな)
それでも雪兎は少しも油断していなかった。見ただけで大した実力がないのは分かっていたが、それでも何か隠し技でも持っているとかもしれないと想定し、常に全体の動きを警戒していた。
なので相手の反応を見る目的も踏まえて、弱者なら戦意を削ぎ落とすはずだと、最初の攻撃は魔力撃の蹴りを繰り出す。
その一撃は激しい破壊音を残して冒険者の首から上が消え去る。
目の前でわざわざ直線的に跳び上がり、顔に向かって攻撃をしたのにまったく反応が出来なかった最初の相手。
その呆気ない最後を見て、他の冒険者は何が起きたか理解出来ずに固まって動きを止める。
「は? な、なにが?」
『……残念な奴らだ。この程度実力しか持たずに俺に挑んで来るとは』
突然の念話による声に、冒険者は更に混乱して周囲を見回るだけ。だが次の瞬間、冒険者はそれすら出来なくなる。
『雑魚の集まりなら、まずは逃げれないようにさせてもらおう』
雪兎は右手を地につけ、魔力を流して土の魔法を使う。
すると、闘技場は地響きを立てて冒険者を囲むように土の壁が反り立ってきた。突然の壁の出現に、混乱中の男達が反応出来る訳もなく、しばらくすると天井まで覆い尽されて逃げ場はもちろん、光さえ入らない牢獄に囚われてしまった。
そこには30人あまりの冒険者と、1人の処刑人。
雪兎は冷静にキレていた。
自分ならまだしも、子供であり、腰が引けていたアミルとリンに対してゲスな顔をして武器を持って襲いかかって来たのだ。
そんな相手に手加減してやるつもりや、手心を加えてあげるつもりは毛頭ない。既にこの牢獄内には雪兎の手加減なしの殺気が充満していた。
冒険者としての依頼だから自分達は無実だ。そう言う声が牢獄の何処からか聞こえて来る。
視界はゼロ。
出所の分からない怒気の込められた声。
体の芯から震えが来る殺気。
━━そして、聞こえてくる顔見知りの冒険者達の断末魔の叫び声。
完全に格上のモンスターと対峙した時のような恐怖に、囚われの冒険者には命乞いをするしか出来なかった。
「……あの中に入った師匠は大丈夫かな。まだ大勢の冒険者がいるのに」
外に取り残されたリンには、土の牢獄内の状況は把握できない。雪兎の実力は信じているが、武器を持ったプロが相手では、どうしても心配してしまうのだ。
「大丈夫だよ。ユキトさんは全然平気そう。きっと森に行って更に強くなったんだと思う」
「ほんと!? アミルには中の様子が分かるの?」
「ううん。ソウルリンクを使っているけど、分かるのはユキトさんが怪我をしていないって事と、わたし達の為に怒ってくれているって事だけ」
ジッと雪兎の方を見つめるアミルには、すでに恐怖も不安もなかった。
と、いうより、元々自分が殺される事に対する不安より、雪兎が怪我をする不安の方が大きかったのだ。その不安が取り除かれた以上、アミルは安心して雪兎の帰りを待つ事が出来た。
「……流石師匠だね。わたしも無手で戦う時があるから分かるんだけど、普通武器を持った相手には、格段の実力差があって互角なんだよ。確かに師匠には魔法の刃があるから、完全な無手って訳でもないけど、それでも数の違いはそのまま戦力の違いに繋がるんだけど……」
リンの言っている事に間違いはない。普通なら武器を自分の方に向けられるだけで、相手の懐に入るのは厳しくなる。
達えば剣を向けられたのなら、その剣の側面でも叩いて弾き飛ばし、それから懐へと入って攻撃をしないといけない。だが、それをする為にこちらが拳を振るのに対して、相手は手首を捻って刀身の向きを変えるだけで済んでしまう。
不用意に近づけばそのままグサリだ。
つまり、相当の実力差が必要となるのだが……
「ユキトさんはその辺も警戒して、土の魔法で閉じ込めたんだと思う。最初に使った魔法は、天井までしっかりと覆うように放たれていたから」
「え!? それってあの中は真っ暗って事でしょ? それなら師匠にも相手の姿は…………あー、きっと師匠なら目を閉じていても戦えるんだね」
「うん。前に洞窟に入った時に、明りも無しにモンスターを倒していたから」
「ハハハ、流石師匠、規格外にも程があるよ」
雪兎が土の魔法で相手を覆ったのは3つの理由がある。
1つは、相手を逃がさないため。そして自分に有利な状況を作るため。最後は━━
「……全然中の様子が見えませんわ」
そう、楽しみに観戦していたプリセラ達への隠れ蓑だ。
『おそらく我々に手の内を見せないための作戦なのだろう。今のところ分かった物と言えば、魔力撃があの程度の人間なら一撃で倒せる破壊力を持っていると言う事と……本当にモンスターの身でありながら魔法を使ったと言う事だ』
「それも、覚えたてとは思えないほどの大きな規模での魔法。この際無詠唱は無しとしましても、あれほどの魔法を使える教師は学園にはおりません。もちろん時間を掛ければ可能かもしれませんが、実戦で瞬時に使えるとなると、この国の上位魔法士レベルですね」
「元々土の魔法が使えたのならまだ良いが、あの時に覚えたとなると……その成長スピードは驚異的なものだ」
「それにアミルさんのソウルリンクもなかなかのレベルで使いこなせていますね。まだ視覚同調までは出来ていないようですが、本当にどんな手品を使って覚えたのやら。このわたくしでさえ、ソウルリンクを知ってから使えるまで、もう少し時間がかかったと思いましたのに」
プリセラは少し頬を膨らませて不満そうに話しているが、それが本気でない事はバハムートには分かっていたし、目が嬉しそうに笑っていた。
「……ですが」
『ああ、おそらくワザとだろうが、ブラウン本人は土の檻の中に入れていない』
中央に大きな土の壁が出来てしまったのでアミル達はまだ気付いていないが、対角にいたブラウンが、武器を構えて走りだしていた。




