28話 実技試験
学科試験を終わらせたアミルは、部屋を出た勢いのまま中庭まで歩いてきた。
「他の人の視線が集まって、とても恥ずかしかったです……」
誰もいなかった試験の早期退席。もちろん他の受験者から見れば、試験問題を速攻で終わらせた秀才に思えたかもしれない。だが、実際は1つも問題が分からなかっただけだ。
その事も重なって、アミルは顔を真っ赤にしている。
『仕方がないだろ。俺達には解ける問題がなかったんだからな。さっさと提出して、加点を得るのが最善の手だろ?』
「ですけど……」
『まあいい。実技試験まで時間があるからな、それまでに気持ちを落ち着かせとけ』
そう言われて、アミルは設置されているベンチに腰をおろす。自身も落ち着こうと深呼吸をしていたが、少し間が空くとさっきの光景を思い出してか、挙動不審に悶えていた。
「そろそろ行きましょうか」
『で、気持ちは落ち着いたのか?』
「それは言わないでください! 一生懸命忘れようとしてるのに……」
雪兎が確認すると、アミルの顔がまた真っ赤になってしまい、目を閉じてブツブツ何か呟きだす。
少しするといつものアミルに戻った。さっきの呟きで、何か自己暗示でもかけていたのだろう。
とにかくこの話題には触れないようにして、午前中の部屋に戻って行く。だが、部屋に入ると他の受験者の視線が集まったので、席に座るとアミルはまた固まっしまった。
部屋に受験者が全員集まると、実技試験会場に移動を開始する。部屋を出て10分ほど歩いただろうか、受験者の目の前には年期の入った建物が建っていた。
「午後からの実技試験は順番にこの建物の中に入って、そこにいる試験官と戦ってもらいます」
「試験官とは一対一なんですか? もしそうならこの建物に入る意味がなさそうなんですが」
ここで1人の受験者が質問をぶつける。
「あなたは冒険者になって、犯罪者に正確な人数を聞いてから乗り込むのですか? この試験は事前情報がほとんどない状況を想定して挑んでもらいます。もちろん出口は別に用意していますから、終わった人からの情報を得る事はできませんし、試験官は交代しながら行うので、疲れを期待しても無駄です」
『なるほど、確かに依頼内容と現実が違うことなんてよくある事だしな。最初から現実に近い想定を見せてもらうわけか』
試験官の話に雪兎は納得したが、その他の受験者の大半が戸惑ってざわめいている。
「それでは試験を始めます。順番は受験番号順なので、次に呼ばれる人は準備をしておいてください」
そこまで説明が終わると、建物の一室で人が合図を送るように手を振っている。
「中の準備が終わったようですね。なお、試験官は実戦を積んだプロです。受験者であるあなた達は、後悔のないよう全力で挑んでください」
こうして実技試験が開始された。
1人づつ建物に入って行くが、しばらくすると「ギャー」とか「キャー」とか悲鳴が聞こえ、次の受験者が呼ばれる。
『さあ、次は俺達の番だ。学科では不甲斐ない結果に終わったからな。ここでは全力で良いところ見せるぞ。幸い、試験官とやらは四人ともバラバラに待ち構えているからな。不意を突けば楽勝だろう』
「さあ、あなたで最後です。準備はよろしいですか?」
「その前に1つ質問がある」
「?。 何を聞きたいんですか?」
『ユキトさん!? また《憑依》を使ってぇ! 今度は何をするつもりですか!』
雪兎はアミルに乗り移り、試験官に聞きたかった疑問を直接ぶつける。もちろんアミルの苦情は無視して……。
「なに、簡単な事だ。こいつの学科での成績は有って無いようなものだ。だからな、この実技試験で四人の試験官を全員倒したら合格出来るかを知りたいんだ」
その質問を聞き、試験官は一瞬驚いて表情に出たが、すぐに平静を装う。
「どうして試験官を四人と断定したかは分かりませんが、倒さなくても将来性を見せれればたぶん大丈夫ですよ」
「なら倒せば確実って事だな。……どうする? 中の試験官は完全に俺をなめているようだが、気合い入れるように言いに行くか?」
雪兎は《超音波探知》を使い、建物の内部状況は完全に把握している。そして50人ほどいた受験者のあまり代わりばえしない実力に、試験官の動きが油断しきっているのも分かっていた。
話かけられた試験官はアミル(雪兎)の言葉に圧されている。建物の内部状況どころか、試験官の行動や心境まで、全て見抜かれていると信じさせられるだけの自信を、その言葉から感じてしまったのだ。
もはやこの試験官が出来る事は、得体のしれない少女に対し、出来るだけ冷静に対応する事だけだった。
「……このままで構いません。最初に言いましたが、彼らはプロです。もし1人でもあなたが倒すことが出来れば、残りの試験官も警戒して真剣になるでしょう」
「強い奴から蹴散らすのも可能だが、不意討ちだけだと減点対象にされかねないからな。まずは近くの奴で派手に狼煙を上げるか。……じゃあ、行くとするか」
「……頑張ってください」
アミル(雪兎)は魂が抜けて寝転がっている自分の体を拾い上げ、建物の中に入って行く。中を見ると真ん中に通路があり、その両側に部屋が並んでいる。一番奥に階段が見えるので安易に上を目指したくなるが、おそらくそれは罠だろう。緊張感に耐えれなくなった受験者が楽を求めて駆け出し、姿を隠した試験官が襲う予定なのだろう。
「ユキトさん! 憑依を使った時は、もう少し私らしく喋ってくださいよ。試験官のおじさんが、変な顔して見ていたじゃないですか!」
建物の中に入ってすぐに憑依は解いてあげたが、普段のアミルからは想像も出来ないほどの大声を出して、かなり怒っていた。
『無茶を言うなよ。だいたい俺がお前みたいに話せるわけがないだろ。馬鹿な事を言ってないで進むぞ』
「なら、憑依を使うのを控えてくださいよ……」
『分かった、分かった。だからそんなに騒ぐな。それより』
「!?。 そこ、ですか……それでどうします?」
『宣言通り、ここは派手にいかせてもらう』
一階に配置されていた試験官は、通路沿いにある一番奥の部屋に隠れている。雪兎はその壁越しのところに立ち……
『頼むから死ぬなよ』
ドォーーーーーーン!!!!!
「ぐゎっ!!!」
雪兎は壁ごと魔力撃で吹き飛ばす。想定外の不意討ちに、試験官は防御も受け身もとれずに悲鳴を上げて気を失ってしまった。
「や、やり過ぎではありませんか?」
『いや、少しぐらいは対応がつ出来ると思ったんだが……』
試験官は息はしているが血だらけになって、情けない格好で倒れている。その姿を見て雪兎は予想以上の弱さに呆れていた。
「なんの音だ!」
階段の上から大声を出して駆け降りてくる1人分の足音が聞こえた。
『おいおい、敵が来るのが分かっているのに、なんて無警戒なんだよ。これがプロの対応か?』
雪兎達は反対側の部屋に隠れた。目では相手の姿を確認出来ないが、超音波探知のスキルでハッキリ動きが分かっている。
無防備に近づいてきたので、タイミングを合わせて男の顔に綺麗な蹴りを入る。流石に直接攻撃したので魔力撃は使わなかったが、それでも一撃で首が激しく振れて気を失ってしまう。
「ユ、ユキトさん……もしかして、手加減が出来ないんですか?」
『……手加減はしたつもりだ。つもりなんだが……』
確かに雪兎は全力とは程遠いぐらい力を抜いて攻撃した。それでも短期間での急成長と、手加減の必要がない戦いばかりしていたので、レベルの低い人間への力加減が分からなくなってしまったのだ。
「ユキトさん!? 今の人もさっきの人も、変な震え方をしだしました!」
自分の力に珍しく呆けてしまった雪兎に、倒した相手の容態を確認しに行ったアミルが慌てた様子で声をかける。
『思った以上にダメージがでかかったか! 間に合えよ、《ヒール》』
瞬時の判断で容態が酷そうな最初の男に回復魔法をかける。その容態が少しまともになったのを確認したら、すぐにもう1人の男も治療した。
怪我は治ったが、すぐに意識が回復することはなかった。たぶんもう大丈夫だろうが、念のため、外で待っている試験官のところに二人を届けに行く。
試験官は驚いた様子だったが無視をした。
『上の階の試験官の方が実力が高そうだし、俺の手加減の練習台になってもらうか』
こうして今回の最大の被害者……実技試験の試験官達は、何も出来ずに雪兎の手にかかり、意味も分からず意識を失って死の淵をさまようのであった。




