裏話 アミルの気持ち その1
「ここで手に入るモンスタートレーナーはこの3人だ」
あれからどれくらいの時が経ったでしょうか。少し離れたところで話し声が聞こえます。どうやらお客さんが来ているようですね。一応わたしもモンスタートレーナーらしいですよ。ここに来た時に調べられたようで、最低ランクの才能らしいですがスキル持ちです。
だからと言って何も変わる訳ではありません。目が見えない状態でモンスターと戦う訳にもいかないので、こんなスキル持っていても仕方がないです。
でも神様から授かったスキルにそんな事を言ってはいけませんね。ごめんなさい、神様。もうすぐそちらに向かう事になりますから、その時にもう一度ちゃんと謝りますね。
「ゴホッゴホッ」
ああいけない。お客さんがいるのに咳をしてしまいました。あとでお仕置きが待っていそうですね。
「まだ奥に人がいるようだが?」
無駄にお客さんの気を引いてしまいました。これでご飯抜きも決定です。わたしは諦めていたが、これ以上咳が聞こえないようで、口を手で押さえて我慢をしています。
するとわたしが入った檻が運ばれ始めました。
すみません。わたしなんかの為に時間を使わせてしまって。檻を運ぶ人の苛立ちを感じます。無駄な作業をやらされて苛立っているようです。
「おいアミル! お前を買ってくれるかもしれない客の前だぞ。少しはアピールしろ!」
わたしはその声にビクッと反応します。後で行われるお仕置きを少しでも減らしてもらえるように、痛い体を起す。
「お客様……アミルと申します。こんな体ですが、精一杯ご奉仕させてもらいます……ゴホゴホ」
このセリフは前から何度も練習させられたものです。少しでも間違えると蹴られるので、一生懸命に覚えた言葉です。でもご奉仕と言っても、具体的に何をするかは良く分かりません。
その後お客さんとの会話が続いています。
「確かにこの子を選んでも無駄だな」
わかってました。誰だって病気持ちですぐに死んでしまうような奴隷を買いたいとは思わないでしょう。これは当然の結果です。
でも何やら揉めているような声が聞こえます。
「ちょ!? 本当に良いんですか? おそらく……長くはもちませんよ」
誰と話しているんだろう。目を潰されてから耳は良くなる一方なので、会話を聞き逃す事なんて無いと思うんだけど……わたしには独り言にしか聞こえません。ついに耳も壊れてしまいましたか……
周りが急にざわめき始めました。どうやらこんなわたしを買いたいと言いだしたようです。奴隷商の人達が全員慌ただしく動いています。お客さんの気が変わらない内に、わたしを売りたいようですね。
奴隷として売られる時、例外なく主従契約を結ばれます。これにより奴隷の逃亡や命令拒否を出来なくさせるらしいですよ。
そんな事をしなくても、わたしの命はもうすぐ尽きるのに……
でも、最後に無茶な命令でもさせる気なのかな? この足では逃げる事も出来ないし、何をやらされるか怖いな。
主従契約は少し痛みが走りました。が、今までの暴力に比べれば大した事はありません。それより何でしょう……痛み以外に何か糸が繋がったような変な感じがします。
『おい、確かアミルと言ったな。今から俺がお前の主になった、<神社 雪兎>だ。俺の事は雪兎と呼べ』
あれ? 先程までの声の人がご主人様ではなかったんですか。思ったより若い人の声なので、さっきの声の人の息子さんなのでしょうか。ここの人達には買い手にはご主人様と呼べと言われましたが、本人の希望なら優先しないといけませんね。
「はい……ユキトさん、短い間ですが、よろしくお願いします。ゴホゴホ」
『何をふざけた事を言っている。お前を買ったばかりなんだから、短い付き合いにするつもりはない』
わたしの病の事は聞いていたようなので短い間と言ったのですが、何故でしょう、ユキトさんは少し怒ってしまわれたようです。……それにしても周りから笑い声が聞こえるのですが、なにがそんなにおかしいのでしょうか?
独り言? どう言うことでしょう。わたしは普通にユキトさんと話をしているだけなのに。
「ですが……わたしは病気で、もう長くは持たないと思います。……目も見えませんし、最近は咳も酷くなる一方で」
『そんな事で悩む必要はない。……おいローラ! 預けているアイテム袋をよこせ!』
「は、はい!?」
どうやら女性の方もいたようですね。それに上から話しているようなので、妹さんなんでしょうか? その妹さんの何やら慌てているような声が聞こえます。
何かが近づいて来る足音が聞こえてきます。何でしょう? 人の足音ではないようですが……。
そんな事を疑問に思っていると、わたしの口に何かを強引に押しこんできました。唇に感じる感覚から瓶のような物だとすぐに分かり、中に入っていた液体が口の中に広がります。急な事だったので思わず呑み込んでしまいましたが、甘くてとても美味しい飲み物でした。
「それはエリクサーなんですよ!!!」
妹さんの叫び声の内容に、周りの人達も驚いているようです。何でしょう、エリクサーって? 高級な飲み物をこんな奴隷に与えた事に驚いているのでしょうか?
でも皆が驚いていた理由にはすぐに気付く事になりました。全身が優しい温かさに包まれたと思うと、痛かった体の傷が凄い勢いで引いて行き、折れていた足の骨も繋がるような感覚がします。そして何より、両目が疼きます。
意味がないので閉じていた瞼の隙間から見えるのは何? あれ? これってもしかして、もしかすると光……なの? わたしは恐る恐る瞼を上げてみます。
「ま、眩しいです!? それに……体の痛みも、胸の苦しみもなくなってしまいました。ど、どうして?」
光、懐かしく感じるほど久しぶりに見える世界の色。潰されたはずの目が見えます。もう二度と見る事が出来ないと思っていた、諦めていた世界がわたしの目に映っています。
『だから言っただろ。短い付き合いにするつもりはないと』
確かにそうです。今のわたしは全然痛みも苦しみもありません。この一年以上、一時も感じない日はなかった痛みが少しも残っていないんです。まだ生きていける? でも今のような生活が続くなら生きながらえる価値はあるのかな……
それにしても、ユキトさんはどなたなんでしょう? 指の隙間から見えるのはおじさんと若い女性。あとは怖い顔の人達しかいませんし……やっぱりあの怖い顔の人達の誰かなのでしょうか。それを考えるだけで、わたしの体は震え出しました。
「ユキトさんはどこにいるんですか?」
わたしは周りを見回しながら恐る恐る聞いて見る。
『さっきからお前の目の前にいるだろ。お前の足元にいるスノーラビットとやらが俺だ』
足元? いったい何を言っているのでしょう。
わたしが視線を下げると、そこには2本足で立つスノーラビットがいます。目が合うと「そう、それが俺だ」と言うように、手を上げて合図をしてくれています。
わたしは我慢が出来ませんでした。
「え? えーーーーー!!!!!」
何年ぶりでしょう。わたしは大声を出して叫んでしまいました。だってウサギさんですよ。たぶんモンスターだと思うけど、可愛いウサギさんに話しかけられれば、驚かずにはいれませんよ。
『騒ぐな黙れ。近くで大声を出されると、うるさくてたまらん』
耳を折り曲げ、不機嫌そうにそう言っているので、このウサギさんがユキトさんに間違いないのでしょうが……俄かには信じられないですよ。
そんなわたしの疑問に答える事もせず、ユキトさんは「ついてこい」と言ってさっさと進んでいきます。わたしも急いで着いて行きます。久々に走りましたが、本当に不思議ですね。健康だった村にいた時より、快適に走れる気がしました。
ユキトさん、わたしに続いて、おじさんと女性も着いて来ました。聞こえていた声からお客さん達はこの3人に間違いありません。
その中で女性の方が、今後の事をユキトさんと話しています。そしたらわたしが冒険者にしようって話しになってしまいました。
確かにわたしはモンスタートレーナーですが、急にモンスターと戦えと言われても無理です。怖いです。死んでしまいます。
でもどうやら戦うのはユキトさんのようですし、とても強いらしいです。それにローザさんは忌み子を信じていないようです。それには驚きましたが、そのお父さんはやはり普通の反応をしていました。汚い物を見るような目。目が見えるようになっても、これが待っていたのを忘れていました。
わたしが「すみません」と謝ると、ユキトさんが忌み子の意味を聞いています。始めて見ました、忌み子の存在を知らない人が━━人ではありませんでしたね。でも知らない方がいるとは驚きました。それでも意味を知れば同じ視線を向けて来る。きっとそうに違いありません。この世界ではローザさんのような考え方の方が少数派なのです。
でもユキトさんは違いました。わたしの目を見て宝石のように綺麗って言ってくれました。皆から怖がられて気味が悪いと言われ続けた目を見て、綺麗だって言ってくれたんです。
嬉しかった。たとえこの後すぐに死んでしまっても、ただ1人に綺麗って言われたので、満足して死ねそうです。それぐらい嬉しかったんですよ。それにローザさんのお父さんに本気で怒ってくれました。こんな事始めてです。
その後、何故かわたしの服を買ってくれる事になって、さらに宿屋でお風呂まで使わせてもらいました。わたしは奴隷なのに良いのでしょうか?
それにしても、ユキトさんはお風呂が好きなんでしょうね。足取りが軽く、機嫌が良さそうな背中でお風呂に向かって行きました。でもその気持ちも分かります。始めてお風呂に入りましたが、あれはとても気持ちが良いものです。
歩いている最中にわたしを買った理由を聞きました。言葉も理解出来るし、この世界に興味があるようなので、町の中でも自由に動けるようにとモンスタートレーナーが必要だったようです。他にもわたしより優秀なスキルの持ち主がいたのに何故? そう質問したら、わたしのような子供に対するあの状態が気にいらなかったようです。
言葉は乱暴なものですが、とても優しい方なのかもしれません。




