見慣れた不審者
大木を降りた二人は湖を散策し、原っぱにも赴く。
溺愛耐性の低い甘えん坊に逆戻りしたカルメはログに強請っておんぶをしてもらい、二人で帰路についていた。
「ログ、懐かしいな。私、ログにおんぶしてもらうのが大好きだったんだ。帰ったら会えなくなるのが寂しくて、一緒にいる間は少しでもログを感じたくてわがまま言ってた。でも、こうしてるとちょっと暇だし、ログに恥ずかしい事ばっかりされたのが悔しくて結構悪戯したな」
「知ってますよ。あの頃はかなり困らせられましたからね。ちょっと、カルメさん、何を考えてるんですか? 駄目ですよ。俺、まだ後ろからこられるのは恥ずかしいんですから」
「でも、ログの耳、赤くなるとかわいいんだ。涙目になるログも後ろからちょっかいをかけた時しか見られないし」
「もう泣きませんよ」
「でも、久々に見たい」
ログの耳をつつくカルメは、獲物にとびかかる寸前の猫のように全身をウズウズとさせている。
自宅までもう少し。
室内に入ればカルメを下ろしてたっぷり仕返しができる。
ログは可能な限り足を急がせ、一刻も早い帰宅を目指した。
もったいぶるカルメに耳たぶを弄られ、ログの耳も頬も真っ赤に染まる頃、ようやく二人の視界に自宅が映り込む。
いつもと同じ庭、花壇、置物。
出かける前と何ら変わらない我が家。
だが、一つ異常があるとすれば、それは玄関の前に誰かが立ち尽くしていることだった。
「うわっ! ログ! 人がいる! 下ろしてくれ!!」
恥ずかしがり屋が強まったカルメがペチペチとログの肩を叩き、暴れる。
しかし、あと少しの所でプライドを破壊されるところだったログは少々ご立腹だ。
「嫌ですよ。家に入るまではおんぶなんでしょう。自分でお願いしたんですから、諦めてください」
「嫌だ! 恥ずかしい! ログ、下ろしてくれ! 下ろしてくれってば!」
どんなにお願いをしてもログはツンと顔を背けるだけだ。
カルメはグヌヌと歯ぎしりをしたのちに、ログの耳の付け根にチュッとキスをした。
「カルメ!」
驚いたログが咎めるように声を出す。
ログはてっきり、カルメが自棄になって自分に悪戯をしたのだと思った。
しかし、実際にはそういうわけではないらしい。
カルメは両腕に力を込め、ギュッとログに抱き着き直すと恥ずかしそうにゆっくり彼の耳へ唇を近づけた。
「ログ、あのさ、家に帰ったらログのお願いいっぱい聞く。いうこと聞くから。だから、下ろしてくれよ。今日は気分が昔に戻っててさ、見られると恥ずかしすぎるんだ。死にそうなんだよ」
酷い羞恥に駆られているのか、既にカルメは泣きかけている。
ペタリと甘え、震える姿が可愛らしい。
このまま彼女を追いこみたい気持ちもあったが、それよりもカルメから出された提案の方が魅力的だったのでログは了承した。
「仕方のないカルメさんですね。いいですよ。ただ、約束ですからね」
「分かった」
コクリと頷いて地面に下ろしてもらう。
やたらと上機嫌なログが不穏だが、それでも人前で彼から離れることができるとカルメはホッとため息をついた。
『今日は絶対にログにとんでもない目に遭わされる! 全く、どこの誰だ。私を苦しめる元凶は!』
怒りを沸々とさせ、ログと共に黒い人影へと近づいていく。
少しずつ見えてきたのは、季節外れの分厚いコートを着込む長身の男性だ。
ガッシリとした体格のわりにおどおどと気が弱く、不審な佇まいは見覚えがある。
コールだ。
彼はカルメたちの友人なので、家にやってくることに特別な違和感があるわけではない。
だが、そうだというのに二人は顔を見合わせ、怪訝な表情でコールの元へ向かった。
「こんにちは、コール。久しぶりだね。最近サニーがコールに会えないって嘆いててさ、僕たちも姿を見てなかったから心配してたんだ。風邪って聞いたけど、どうしたの? 何かあった?」
普段と変わらぬ調子で、ログが気さくに話しかける。
しかし、コールは何も答えず、代わりにコートのポケットから一冊のメモ帳とペンを取り出した。
慣れた手つきでサラサラと文字を書いていく。
『急に来てごめんなさい。実は、お願いがあって』
コールの文字は少し小ぶりだが丁寧に書かれており、几帳面な印象を受ける。
サッと文字に目を通したログが首を傾げた。
「お願い? コールの声のこと? 申し訳ないけれど、喋れない原因が病由来なら俺は治せないよ。もちろん、試してはみるけれどね」
一般的に治癒魔法と呼ばれる魔法は外傷を治すものが多い。
切り傷や打撲、炎症など様々な体の異常を治すことができ、ログほどの腕前であれば外傷が体内に至っていても簡単に元に戻せる。
だが、そうやって仮に炎症しているだろうコールの喉を治しても、異常の原因がストレスや菌であれば根本的な解決はできない。
また、中途半端に喉だけ治してやることがその他の身体や病にどのような影響を与えるのかも分からない。
そのため、薬系の治癒魔法を持っていないログではコールの調子を見て、医学書を元に薬を処方してやるくらいしか手立てがないのだ。
『そもそも、どうしてコールはわざわざ俺の家に来たんだ? 診療所なら設備だって揃っているし、ミルク先生に助言もいただけるのに。だいたい、風邪をこじらせたのならもっと早くに来るべきだったろうに』
何故、わざわざ今のタイミングで二人の家まで押しかけてきたのか。
コールの不可思議な様子に首をひねる。
すると、コールは俯いたまま再度紙面にペンを走らせた。
『僕、風邪は引いてない。声を出せないのも、喉が腫れてるからとかそういう理由じゃないんだ。声は出せるけど僕は喋っちゃいけないんだよ。だから筆談してる』
コールの文字は少し震えている。
ふと、カルメはコールの目元に仮面がないことに気が付いた。
「コール、いつものはどうした?」
『いつもの?』
「しらばっくれるなよ。仮面だ。今日は暑いのにしっかりコートを着てるし、やけに俯いてるなと思ったけど、そうか、お前、仮面がなくなっちゃったんだな」
コールの体が異常なくらいビクリと揺れる。
フードを掴んで異様なほどに顔を隠し、頷いた。
「確か前にコールは魔法の発動条件を『言葉』だって言ってたな。それも、自分の意志に関係なく発動するって。だから今は喋れないのか?」
コールは再度頷いた。
「お願いとやらもそれに関係するんだな。そうすると、もしかして頼りたいのは私か?」
頷く代わりに俯いて、メモを書く。
『カルメさんしか頼れる人がいません。図々しくてごめんなさい』
コールは申し訳なさそうに頭を下げる。
委縮しているのか、ひたすらに縮こまって怯えるコールは実際の背丈に反して随分と小さくなってしまった。
気の毒な彼の姿にカルメやログの表情が曇る。
「図々しいなんて言うなよ。それより、ちゃんと話が聞きたい。ここじゃ暑いしさ、中に入ろう。お茶くらい出すよ」
亡霊のようなオーラを出すコールを引き連れて家に入る。




