<第九足>提案という名のプレゼント
「お姉ちゃん、そろそろかな」
舞姫が時計を見ながら呟く。
「あぁ。紅茶も用意してある」
「……お姉ちゃん?」
“お姉ちゃん”という言葉に、夢玖の肩がぴくりと震えた。
院長とはまた違う、大人。
その存在に、不安を覚えたのだろう。
コンコン。
「失礼します」
ヒールの音が静かに近づき、院長室の扉が開いた。
****
「舞姫」
「お姉ちゃん!」
長い赤茶色の髪をポニーテールにまとめ、凛とした表情を浮かべる女性。
舞姫とは対照的に、どこか頼もしさを感じさせる雰囲気だった。
「愛。ちゃんとノックしてから入りなさいと毎回言ってるだろう」
院長が苦笑する。
「ちゃんとしたじゃない」
「……まぁ、いい。座りなさい」
女性は微笑み、夢玖へ視線を向けた。
「初めまして」
「私は煌星愛。福島県立聖陵情報高校で英語を教えてるのよ」
夢玖は少しだけ身を縮める。
舞姫がそっと肩に手を添えた。
「大丈夫。この人、ちょっと真面目だけど優しいから」
「……そうなの?」
「本当よ」
愛は優しく笑った。
「あなたのことは、昨晩に舞姫から聞いたわ」
「大阪から歩いて福島まで来たんですって?」
夢玖は静かに頷く。
「……うん」
「すごく頑張ったのね」
その言葉に責める色はなかった。
ただ、労わるような優しさだけがあった。
****
舞姫は昨夜から今朝までの出来事を、愛へ話して聞かせた。
夢玖との出会い。
初めて温かいご飯を食べたこと。
病院で診察を受けたこと。
話を聞き終えた愛は、小さく息をつく。
「そう……。」
そして鞄から数冊の資料を取り出した。
「これは、私が勤めている高校の案内よ」
夢玖は不思議そうに表紙を見る。
「高校……」
「夢玖ちゃん」
愛は夢玖と同じ目線になるよう椅子を少し近づけた。
「高校を卒業すると、将来の選択肢はもっと広がる」
「もちろん、無理にとは言わない」
「でも、あなたには学ぶ権利がある」
夢玖は黙って資料を見つめる。
制服。
教室。
文化祭。
笑顔で写る生徒たち。
どれも、自分とは無縁だと思っていた世界だった。
「私が担任をしている三年生のクラスなら、受け入れられるよう学校とも相談できる」
「焦らなくていいわ…」
「まずは見学だけでも来てみない?」
しばらく沈黙が続く。
夢玖は資料をそっと閉じた。
「……行ってみたい」
小さな声だった。
それでも、その場にいた全員にはっきり届いた。
「学校……行ってみたい」
舞姫が嬉しそうに笑う。
希望もほっと息をついた。
****
「それなら、もう一つ話がある」
院長が穏やかな声で切り出す。
夢玖は院長を見る。
「転校には保護者の協力が必要になる」
「でも……」
夢玖は俯いた。
「私、お父さんもお母さんも……」
院長は静かに頷いた。
「それなんだが…昨夜、舞姫から話を聞いて考えていた」
一度言葉を区切る。
「すぐに返事をする必要はない」
「もし君が望むなら」
夢玖は顔を上げる。
「私は、君の保護者になりたい」
部屋が静まり返る。
舞姫も。
愛も。
希望も。
誰も言葉を挟まなかった。
夢玖の答えを待つために。
夢玖は唇を震わせる。
「……私」
声にならない。
目から涙が一粒、こぼれ落ちた。
「……こんなん」
もう一粒。
「家族になりたいって言われたん……初めてや」
舞姫はそっと夢玖の手を握る。
愛も優しく微笑む。
院長は静かに頷いた。
「返事は急がなくていい」
「ゆっくり考えて」
夢玖は涙を拭きながら、小さく頷いた。
「……うん」
その返事だけで十分だった。
窓の外では、春の風が木々を優しく揺らしていた。
……To be continued
第九足(第九話)「提案という名のプレゼント」を読んで下さりありがとうございます。
今回は、愛をメインに登場させました。
これからの物語に彼女は活躍します!
それでは次回またお会いしましょう!




