<第八足>白衣の温もり
午前十時。
「夢玖ちゃん、準備できた?」
「う、うん」
舞姫の運転する車に、希望と夢玖が乗り込む。
窓の外を眺める夢玖は、どこか落ち着かない様子だった。
「緊張してる?」
希望が穏やかに尋ねる。
「……ちょっと」
夢玖は小さく笑う。
「病院って、怖いイメージしかないねん」
その言葉に、舞姫はバックミラー越しに微笑んだ。
「大丈夫」
「今日会うのは、お医者さんっていうより……私のお父さんだから」
夢玖は首をかしげる。
「……お父さん?」
「うん」
舞姫は昨夜のことを思い出した。
****
夢玖が眠ったあと。
舞姫は静かにスマートフォンを手に取る。
『もしもし、舞姫か』
聞き慣れた父の声だった。
「お父さん、夜遅くにごめんね」
『珍しいな。何かあったのか?』
舞姫は今日あった出来事を、一つひとつ話した。
大阪から歩いてきた少女。
痩せた身体。
擦り切れた靴。
まともな食事も眠りも足りていなかったこと。
話し終える頃には、舞姫の声は少し震えていた。
電話の向こうは、しばらく静かだった。
そして―。
『よく連れて帰ってくれたな』
その一言だけで、舞姫は少し安心した。
『明日、病院へ連れてきなさい』
『まずは身体を診よう』
『心のことは、それからでいい。焦る必要はない』
「ありがとう、お父さん」
『あと一つだけ』
「うん?」
『その子を患者としてじゃない。一人の子どもとして迎える』
「……うん」
舞姫は静かに頷いた。
****
「着いたよ」
車は総合南西北病院の駐車場へ入る。
夢玖は大きく深呼吸をする。
「大丈夫」
希望が微笑んだ。
「俺たちも一緒だから」
夢玖は小さく頷く。
自動ドアがゆっくりと開いた。
その先には、一人の白衣姿の男性が立っていた。
四十代後半ほどだろうか。
穏やかな笑みを浮かべた、その人はゆっくり歩み寄る。
「よく来たな」
舞姫の父―煌星癒だった。
「初めまして。私は煌星癒」
「舞姫から、君のことは聞いているよ」
夢玖は少しだけ身を強張らせる。
舞姫がそっと隣に立つ。
「大丈夫。この人は私のお父さん」
希望も続ける。
「無理に話さなくていいから」
癒はソファへ腰を下ろした。
「…飲み物、コーヒーで良かったか?」
夢玖は小さく頷く。
両手で温かい缶を包み込む。
少しずつ口に運ぶうちに、張りつめていた表情がほんの少し和らいだ。
「昨夜は眠れたか?」
「……うん」
「朝飯は?」
「舞姫さんのご飯……めっちゃ美味しかってん」
癒は嬉しそうに笑う。
「それは良かった」
「舞姫の料理は、昔から自慢だからな」
舞姫は照れくさそうに笑った。
「もう、お父さん」
穏やかな空気が流れる。
しばらく話をしたあと、癒は聴診器を取り出した。
「夢玖さん」
「はい。」
「少し身体を診せてもらってもよろしいか?」
夢玖は不安そうに希望を見る。
希望は優しく頷いた。
「俺たちもそばにいる」
その一言に、夢玖の肩から少し力が抜ける。
「……お願いします」
診察は静かに始まった。
心音。
血圧。
血液検査。
身長。
体重。
足の傷。
擦り傷や靴擦れを見た癒は、小さく頷く。
「……たくさん歩いたな」
責めるでもない。
驚くでもない。
ただ、その一言だけだった。
夢玖はゆっくり頷く。
「……うん」
****
診察を終え、癒はカルテを閉じた。
「命に関わる状態ではない」
希望と舞姫はほっと息をつく。
「だが、栄養状態は少し心配だ」
そう言いながら、癒はいちごオレを一口飲む。
そして迷わずガムシロップを一本。
さらにもう一本。
「いやいや、お父さん!」
舞姫が思わず声を上げる。
「またそんなに入れて!」
「……いや、甘い方が美味しいだろう?」
希望は思わず苦笑した。
「院長先生なのに」
夢玖も思わず吹き出す。
「なんやそれ」
部屋に、小さな笑い声が広がる。
癒は照れくさそうに咳払いをした。
「……話を戻そう」
その一言に、全員がまた笑った。
「しばらくは規則正しい生活を続けよう」
「学校のことも、ゆっくり一緒に考えていこう」
「…あ、そういえば」
舞姫が時計を見る。
「お姉ちゃん、そろそろ着く頃かな」
夢玖は首をかしげる。
「……お姉ちゃん?」
「うん。」
舞姫は優しく笑う。
「うん。私のお姉ちゃん。高校の先生なんだ」
その時、廊下から軽やかな足音が近づいてきた。
……To be continued
第八足(第八話)「白衣のぬくもり」を読んでくださり、ありがとうございます。
今回は、総合南西北病院の院長で優秀な医師、舞姫の父親でもある煌星癒を登場しました。
次回は…舞姫の姉が登場し、夢玖と…!
それでは次回またお会いしましょう!




