<第七足>初めての朝
朝日がカーテンの隙間から差し込む。
「……」
目を開ける。
白い天井。
柔らかな布団。
聞こえるのは、窓の外で鳴く雀のさえずりだけ。
あの怒鳴り声も。
酒瓶が割れる音も。
誰かを責める声も、もう聞こえない。
夢玖はゆっくりと身体を起こした。
「……朝、なんや」
昨夜、泣き疲れて眠ってしまったことを思い出す。
部屋を見回し、小さく頬をつねった。
「……痛っ」
少し痛い。
でも、その痛みが嬉しかった。
「ほんまに……夢ちゃうんや」
コンコン。
控えめなノックが響く。
「夢玖ちゃん、起きてる?」
優しい声。
舞姫だった。
「う、うん」
「おはよう。朝ご飯できたよ」
「……おはよう」
“おはよう”。
その一言を誰かに返したのは、いつ以来だろう。
舞姫は嬉しそうに笑う。
「やっぱり関西の人なんだね。イントネーションが可愛い。」
夢玖は少し照れくさそうに笑った。
「そんなこと言われたん、初めてや」
****
リビングへ行くと、焼きたてのトーストの香りが部屋いっぱいに広がっていた。
食卓には、こんがり焼けたトースト。
ふわふわのスクランブルエッグ。
ヨーグルト。
温かなミネストローネ。
そして、湯気の立つコーヒー。
「……わぁ」
思わず声が漏れる。
「朝は簡単だけどね」
舞姫が照れくさそうに笑う。
「いただきます」
希望が手を合わせる。
夢玖も少し遅れて両手を合わせた。
「……いただきます」
トーストを一口。
表面はサクッと香ばしく、中はふんわり柔らかい。
「……おいしい」
その一言に、舞姫も希望もほっと笑う。
「夢玖ちゃん、パン好き?」
「パン自体……久しぶりや」
その言葉に、二人は一瞬だけ顔を見合わせた。
何も聞かない。
でも、その一言だけで十分だった。
****
朝食を終えると、夢玖は食器を持って立ち上がる。
「手伝うで!」
舞姫は優しく微笑み、首を横に振った。
「今日はゆっくり休んで」
「でも……。」
「また今度、一緒にやろ?」
夢玖は少し迷ってから、小さく頷いた。
「……うん」
****
夢玖がリビングでテレビを見ている間、希望と舞姫はキッチンで小声で話していた。
「希望君」
「うん。」
「夢玖ちゃん、一度お父さんに診てもらった方がいいと思う」
希望も静かに頷く。
「俺もそう思ってた」
大阪から福島まで歩いてきた。
足の傷。
疲労。
栄養状態。
そして何より、心の傷。
どれも放ってはおけない。
舞姫は小さく息をついた。
「お父さんなら身体のことだけじゃなくて、心の相談にも乗ってくれると思う。学校のこともあるし……お姉ちゃんにも相談したい」
希望はリビングで静かにテレビを眺める夢玖へ視線を向けた。
「無理に話させるつもりはない」
穏やかな声で続ける。
「でも、『大丈夫』って言ってくれる大人が、一人でも多い方がいい」
舞姫は優しく頷いた。
「うん。お父さんと、お姉ちゃんにも連絡してみるね。」
「ありがとう」
****
「あの……希望さん。」
夢玖が遠慮がちにキッチンをのぞく。
両手を胸の前でぎゅっと握りしめていた。
「ん?」
「昨日から……私、お邪魔やない?」
その言葉に、舞姫はふっと笑った。
「お邪魔だったら、朝ご飯は三人分作ってないよ」
「え……」
「夢玖ちゃんの分も食べてほしかったから」
夢玖は少しだけ目を潤ませながら、小さく笑う。
「……おおきに」
昨日よりも、ほんの少しだけ自然な笑顔だった。
その笑顔を見て、希望と舞姫も静かに笑い返した。
温かな朝が、ゆっくりと流れていた。
第七足(第七話)「初めての朝」をお読みいただきありがとうございます。
今回は、夢玖を迎えた初めての朝を書きました。
次回から…夢玖の生活は一変します!
それでは次回、第八足(第八話)でお会いしましょう!




