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透ける約束は片結び  作者: 檻 依舞 (おりーぶ)
【第三章】多方向からの片結び

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<第四十二足>恋する者同士


「オープンキャンパス、めっちゃ楽しかった〜!」


「うんうん! 子どもたちも可愛かったし……」


「入試のことも色々聞けて良かったぁ……」


オープンキャンパスを終えた俺たちは、福島駅東口にあるファミレスに来ていた。


テーブルを囲みながら、それぞれが今日の感想を話している。


「そうそう!サークルもいくつか回ってきたんだよねぇ」


「二人はどうだったの?」


夜海が俺と如月さんに尋ねた。


「授業のことも色々聞けたし、サークルや学校行事のことも聞けてん!ダンスサークルにも興味あるわぁ」


「夢玖ちゃん、ダンス凄いもんね……!絶対入った方がいいよ!」


「ほんま?」


「うん!あれだけ踊れるんだから、もったいないよ!」


 夜海と仁愛が、如月さんのダンスの話で盛り上がる。


如月さんも楽しそうに会話に加わっていた。


─さっきまで、ほかの男と話していた如月さんを、どうすれば上書きできるか。


そんなことを考えていた俺は、話に入るタイミングを完全に逃していた。


別に、嫉妬なんかしてねぇ。


ただ、気になっただけだ。


「ところで、廉命君はどうだったの?」


夜海が俺に話を振ってきた。


「そりゃあ、色々聞けたよ。入試も問題ねぇし、サークルもいくつか見てきた」


「サークル……何に興味があるの?」


「……サッカーかな。柔道も興味あるけど」


「意外だね……」


「お前に言われたくねぇよ。二人はサークルに何か興味あるのかよ?」


俺が尋ねると、夜海が頷いた。


「私はバレーサークルのマネージャーかな」


「バレーか……。仁愛ちゃん、バレー部だったっけ?」


「はい。と言っても、中学の部活でやってたんですけどね」


仁愛はそう答えたあと、テーブルに運ばれてきた辛味チキンをひとくち頬張った。


そして、数秒後。


「……あれ?」


仁愛が首を傾げた。


「全然辛くない……」


「……は?」


俺は思わず聞き返した。


いや、待て。


今なんて言った?


辛味チキンが辛くない?


「ちょっと失礼♡」


仁愛は席を立つと、卓上に置かれた唐辛子フレークを手に取った。


「これこれ……。これがないと♡」


「仁愛ちゃんは相変わらず激辛好きやな……」


「うん♡刺激が快感なの♡」


そう言いながら、仁愛は辛味チキンに唐辛子フレークをたっぷり振りかけた。


その結果。


卓上に置かれていた唐辛子フレークは、あっという間に空になった。


「おい、全部使ったのかよ……」


「だって、足りなかったんだもん♡」


「この前は、キャロライナ・リーパーまで食べてたよね……。わさびもカラシもマスタードも平気って……」


夜海が呆れたように呟いた。


「だって……香辛料ごとに刺激が違うんだもん♡」


俺たちは揃って呆れた。


松寺仁愛。


天真爛漫で、しっかり者で、誰もが振り返るほどの超絶美少女。


ただし、大の激辛好きという一面を除けばの話だが。


「私ら……もう何も驚かんわ……」


「うん……。激辛好きなところさえなければ、完璧な超絶美少女なのに……」


─いや、待て。


それも含めて、こいつの個性なんだろう。


本人が楽しそうなら、俺たちがとやかく言うことでもない。


「そういえば、如月さん……」


ふと、夜海が口を開いた。


「俺らのバイト先にも、似たような人がいるよな……」


「うん……」


「……何の話?」


如月さんが首を傾げる。


そう。


俺たちのバイト先にも、似たような人物がいる。


銀髪で、三十路が近く、頭脳明晰で冷静沈着。


メロンパンが好きという、意外な一面もある。


ただし、喫煙量だけは異常だ。


「如月さんの歓迎会兼誕生日会にいたでしょ?福吉さん」


「ああ、いつも夢玖ちゃんを迎えに行ってる人か……」


「あの人、ヘビースモーカーってところさえなけりゃなぁ……」


「えっ?福吉さん?」


真っ赤になった辛味チキンを頬張っていた仁愛が、突然食いついてきた。


珍しい。


普段、彼女が食いつく話題といえば、激辛料理や香辛料のことばかりだ。


それなのに、福吉さんの名前が出た途端、明らかに反応が変わった。


「そうだけど……」


「仁愛ちゃんが激辛以外の話で食いつくの、意外だね……」


「明日、空から唐辛子でも降るんかなぁ……」


如月さんまで、驚いた様子で呟いた。


そんな俺たちをよそに、仁愛は頬を緩めた。


「だって、福吉さんってかっこいいじゃん?♡」


「「「えっ!?」」」


は?


今、なんて言った?


俺たち三人は、揃って固まった。


まさか、あの福吉さんが?


いや、確かに顔立ちは整っているし、大人の雰囲気もある。


だが、まさか仁愛が─。


****


「ちょっと待って……?福吉さん、今年で二十九歳……来年で三十歳やで?」


如月さんが、困惑した様子で口を開いた。


「分かってるよ?でも、大人の色気があって……かっこよくない?♡」


仁愛は、うっとりとした表情を浮かべている。


「夢玖ちゃん……今の仁愛ちゃんには何を言っても効かないよ……」


「……あかん。目がハートやもんね……」


俺たちは、いまだに混乱していた。


仁愛は十八歳。


福吉さんは二十九歳。


その差、十一歳。


「推し……とかじゃなくて?」


俺が尋ねると、仁愛は迷うことなく答えた。


「好きなんだもん♡」


─マジか。


仁愛の惚れっぷりに、俺たちは言葉を失った。


けれど、本人がそこまで真っ直ぐに言い切るのなら、俺たちが簡単に否定することもできなかった。


「そうか……」


俺は、ぽつりと呟いた。


「だって……好きな人を想う時間は、何よりの幸せじゃないですか〜♡」


その言葉に、俺は強く共感した。


確かに。


俺も、如月さんを想っている時間は幸せだ。


話せただけで嬉しい。


笑ってくれたら、もっと嬉しい。


─本人には、絶対に言えねぇけど。


「仁愛ちゃん……それ、すげぇ分かる」


「廉命さん……!」


仁愛が、ぱっと顔を輝かせた。


「ああ……お互い、頑張ろう」


「はいっ!」


気づけば、俺たちは固い握手を交わしていた。


別に、何かの取引をするわけでもない。


ただ、好きな人を想う気持ちも、好きな人がいることの幸せも、痛いほど分かるから。


─まさか、福吉さんを好きな人が身近にいたとはな。


「……なんで握手しとるん?」


如月さんが、不思議そうに俺たちを見つめていた。


「夢玖ちゃんは知らなくていいの!ほら、ミラノ風ドリアの温玉のせが来たよ!」


「わぁ……!卵とろとろや……!」


夜海が慌てて話題を変えると、如月さんの目が料理に釘付けになった。


─危なかった。


この気持ちを知られたら、大惨事になりかねない。


今はまだ、知られるわけにはいかねぇ。


****


一方、その頃。


スポーツ用品店では―。


「ヘックシ!」


福吉さんが、突然くしゃみをした。


「福吉さん、夏風邪っすか?」


加堂さんが心配そうに尋ねる。


「いや……たまたまだが?」


「煙草、減らそうとしないからですよ……!」


雷磨さんも、呆れたように言った。


「……余計な世話だ」


福吉さんはそう返すと、何事もなかったかのように仕事へ戻った。


このとき、彼はまだ知らなかった。


自分の名前が、遠く離れたファミレスで話題になっていたことを。


……To be continued


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