<第四十二足>恋する者同士
「オープンキャンパス、めっちゃ楽しかった〜!」
「うんうん! 子どもたちも可愛かったし……」
「入試のことも色々聞けて良かったぁ……」
オープンキャンパスを終えた俺たちは、福島駅東口にあるファミレスに来ていた。
テーブルを囲みながら、それぞれが今日の感想を話している。
「そうそう!サークルもいくつか回ってきたんだよねぇ」
「二人はどうだったの?」
夜海が俺と如月さんに尋ねた。
「授業のことも色々聞けたし、サークルや学校行事のことも聞けてん!ダンスサークルにも興味あるわぁ」
「夢玖ちゃん、ダンス凄いもんね……!絶対入った方がいいよ!」
「ほんま?」
「うん!あれだけ踊れるんだから、もったいないよ!」
夜海と仁愛が、如月さんのダンスの話で盛り上がる。
如月さんも楽しそうに会話に加わっていた。
─さっきまで、ほかの男と話していた如月さんを、どうすれば上書きできるか。
そんなことを考えていた俺は、話に入るタイミングを完全に逃していた。
別に、嫉妬なんかしてねぇ。
ただ、気になっただけだ。
「ところで、廉命君はどうだったの?」
夜海が俺に話を振ってきた。
「そりゃあ、色々聞けたよ。入試も問題ねぇし、サークルもいくつか見てきた」
「サークル……何に興味があるの?」
「……サッカーかな。柔道も興味あるけど」
「意外だね……」
「お前に言われたくねぇよ。二人はサークルに何か興味あるのかよ?」
俺が尋ねると、夜海が頷いた。
「私はバレーサークルのマネージャーかな」
「バレーか……。仁愛ちゃん、バレー部だったっけ?」
「はい。と言っても、中学の部活でやってたんですけどね」
仁愛はそう答えたあと、テーブルに運ばれてきた辛味チキンをひとくち頬張った。
そして、数秒後。
「……あれ?」
仁愛が首を傾げた。
「全然辛くない……」
「……は?」
俺は思わず聞き返した。
いや、待て。
今なんて言った?
辛味チキンが辛くない?
「ちょっと失礼♡」
仁愛は席を立つと、卓上に置かれた唐辛子フレークを手に取った。
「これこれ……。これがないと♡」
「仁愛ちゃんは相変わらず激辛好きやな……」
「うん♡刺激が快感なの♡」
そう言いながら、仁愛は辛味チキンに唐辛子フレークをたっぷり振りかけた。
その結果。
卓上に置かれていた唐辛子フレークは、あっという間に空になった。
「おい、全部使ったのかよ……」
「だって、足りなかったんだもん♡」
「この前は、キャロライナ・リーパーまで食べてたよね……。わさびもカラシもマスタードも平気って……」
夜海が呆れたように呟いた。
「だって……香辛料ごとに刺激が違うんだもん♡」
俺たちは揃って呆れた。
松寺仁愛。
天真爛漫で、しっかり者で、誰もが振り返るほどの超絶美少女。
ただし、大の激辛好きという一面を除けばの話だが。
「私ら……もう何も驚かんわ……」
「うん……。激辛好きなところさえなければ、完璧な超絶美少女なのに……」
─いや、待て。
それも含めて、こいつの個性なんだろう。
本人が楽しそうなら、俺たちがとやかく言うことでもない。
「そういえば、如月さん……」
ふと、夜海が口を開いた。
「俺らのバイト先にも、似たような人がいるよな……」
「うん……」
「……何の話?」
如月さんが首を傾げる。
そう。
俺たちのバイト先にも、似たような人物がいる。
銀髪で、三十路が近く、頭脳明晰で冷静沈着。
メロンパンが好きという、意外な一面もある。
ただし、喫煙量だけは異常だ。
「如月さんの歓迎会兼誕生日会にいたでしょ?福吉さん」
「ああ、いつも夢玖ちゃんを迎えに行ってる人か……」
「あの人、ヘビースモーカーってところさえなけりゃなぁ……」
「えっ?福吉さん?」
真っ赤になった辛味チキンを頬張っていた仁愛が、突然食いついてきた。
珍しい。
普段、彼女が食いつく話題といえば、激辛料理や香辛料のことばかりだ。
それなのに、福吉さんの名前が出た途端、明らかに反応が変わった。
「そうだけど……」
「仁愛ちゃんが激辛以外の話で食いつくの、意外だね……」
「明日、空から唐辛子でも降るんかなぁ……」
如月さんまで、驚いた様子で呟いた。
そんな俺たちをよそに、仁愛は頬を緩めた。
「だって、福吉さんってかっこいいじゃん?♡」
「「「えっ!?」」」
は?
今、なんて言った?
俺たち三人は、揃って固まった。
まさか、あの福吉さんが?
いや、確かに顔立ちは整っているし、大人の雰囲気もある。
だが、まさか仁愛が─。
****
「ちょっと待って……?福吉さん、今年で二十九歳……来年で三十歳やで?」
如月さんが、困惑した様子で口を開いた。
「分かってるよ?でも、大人の色気があって……かっこよくない?♡」
仁愛は、うっとりとした表情を浮かべている。
「夢玖ちゃん……今の仁愛ちゃんには何を言っても効かないよ……」
「……あかん。目がハートやもんね……」
俺たちは、いまだに混乱していた。
仁愛は十八歳。
福吉さんは二十九歳。
その差、十一歳。
「推し……とかじゃなくて?」
俺が尋ねると、仁愛は迷うことなく答えた。
「好きなんだもん♡」
─マジか。
仁愛の惚れっぷりに、俺たちは言葉を失った。
けれど、本人がそこまで真っ直ぐに言い切るのなら、俺たちが簡単に否定することもできなかった。
「そうか……」
俺は、ぽつりと呟いた。
「だって……好きな人を想う時間は、何よりの幸せじゃないですか〜♡」
その言葉に、俺は強く共感した。
確かに。
俺も、如月さんを想っている時間は幸せだ。
話せただけで嬉しい。
笑ってくれたら、もっと嬉しい。
─本人には、絶対に言えねぇけど。
「仁愛ちゃん……それ、すげぇ分かる」
「廉命さん……!」
仁愛が、ぱっと顔を輝かせた。
「ああ……お互い、頑張ろう」
「はいっ!」
気づけば、俺たちは固い握手を交わしていた。
別に、何かの取引をするわけでもない。
ただ、好きな人を想う気持ちも、好きな人がいることの幸せも、痛いほど分かるから。
─まさか、福吉さんを好きな人が身近にいたとはな。
「……なんで握手しとるん?」
如月さんが、不思議そうに俺たちを見つめていた。
「夢玖ちゃんは知らなくていいの!ほら、ミラノ風ドリアの温玉のせが来たよ!」
「わぁ……!卵とろとろや……!」
夜海が慌てて話題を変えると、如月さんの目が料理に釘付けになった。
─危なかった。
この気持ちを知られたら、大惨事になりかねない。
今はまだ、知られるわけにはいかねぇ。
****
一方、その頃。
スポーツ用品店では―。
「ヘックシ!」
福吉さんが、突然くしゃみをした。
「福吉さん、夏風邪っすか?」
加堂さんが心配そうに尋ねる。
「いや……たまたまだが?」
「煙草、減らそうとしないからですよ……!」
雷磨さんも、呆れたように言った。
「……余計な世話だ」
福吉さんはそう返すと、何事もなかったかのように仕事へ戻った。
このとき、彼はまだ知らなかった。
自分の名前が、遠く離れたファミレスで話題になっていたことを。
……To be continued




