<第四十一足>隠れてた才能
まだ知らない、私の可能性
福島大学のスポーツ科学科では、スポーツに関する理論だけでなく、さまざまな実技の授業も行われているらしい。
体育館ではバスケットボールやバレーボール、バドミントン。屋外ではテニス。ほかにも柔道や器械体操など、幅広い競技を学べるのだという。
実技のある日は、朝からランニングをすることもあるらしい。
「へぇ……。大学って、こんなことまで勉強するんやなぁ」
説明を聞きながら、私はパンフレットに目を落とした。
来年、もし私がこの大学に進学したら。
こんな授業を受けることになるのだろうか。
そう考えると、少しだけ胸が弾んだ。
けれど、このときの私はまだ知らなかった。
自分の身体に、思いもよらない才能が眠っていることを。
そして、それがいつか、自分の未来を考えるきっかけになることも。
****
ゴールデンウィークが明けた頃。
体育の授業で、体力テストについて説明された。
反復横跳び、長座体前屈、立ち幅跳び、ハンドボール投げ、五十メートル走、持久走。
種目を聞いているうちに、私は首を傾げた。
「……あれ?」
最後に体力テストを受けたのは、小学生の頃だったはずだ。
けれど、どんな種目があったのかも、どうやって測定するのかも、ほとんど覚えていない。
困ったなぁ。
そう思った私は、アルバイト先の店長に相談してみることにした。
「店長、体力テストの練習って、付き合って欲しいんですけど…大丈夫です?」
「体力テスト?いいけど、急にどうしたの?」
「学校でやるんですけど、やり方を忘れてもうて……」
「なるほど。じゃあ、仕事が終わったら練習しようか」
「ほんまですか?ありがとうございます!」
そうして、その日の仕事終わり。
私たちは山寺公園へ向かった。
****
「まずは反復横跳びからだな」
店長は地面にしゃがみ込み、落ちていた枝を使って三本の線を引いた。
「真ん中の線を挟んで、左右の線を行ったり来たりする。二十秒間に何回通過できるかを数えるんだ。線を踏むか、越えたら一回。二回測定して、いいほうの記録を採用する」
「ふむふむ……」
「大体想像つく?」
「はい」
「なら大丈夫」
そこへ、温かい飲み物を買ってきた希望さんが戻ってきた。
「お待たせ。寒くなってきたから、温かいの買ってきたよ」
「希望さん、おおきに!」
「どういたしまして。……で、反復横跳び?」
「うん。私、やり方を忘れてもうて…体力テスト、小学校以来やねん」
「なるほどね。じゃあ、まずはやってみようか」
私は中央の線を跨いで立ち、店長の合図を待った。
「よし。いくぞ。…始め!」
左右、左右、左右。
私はできるだけ速く、身体を動かした。
右へ。
左へ。
中央へ戻ることを忘れず、足を動かし続ける。
「……終了!」
店長の声で、私はぴたりと動きを止めた。
「えっと……何回やったん?」
「ちょっと待って」
店長は、私の記録を確認した。
そして。
「……は?」
「え?」
「いや、ちょっと待て。六十回を超えてるぞ?」
「六十回?」
私は首を傾げた。
そんなに多かったのだろうか。
「もう一回やってみようか」
希望さんも、どこか真剣な顔で言った。
「うん!」
二回目。
私は先ほどと同じように、左右へと身体を動かした。
終了の合図が鳴るまで、夢中で。
「……終了!」
再び記録を確認した店長と希望は、そろって黙り込んだ。
「……また六十回超え?」
「うん。さっきと同じくらいやったで?」
「いやいやいや。ちょっと待って」
希望さんが思わず声を上げた。
「如月、自分がどれだけ動けてるのか分かってる?」
「……?」
私は自分の足を見下ろした。
別に、特別なことをしたつもりはない。
ただ、合図が聞こえたから、左右に動いただけだ。
「これって、そんなにすごいん?」
「すごいどころじゃない。学校の採点表に照らしても、かなり高い点数になるはずだぞ」
「そうなんや……」
私が感心していると、店長がふと尋ねた。
「如月さん、中学のときは何か運動部に入ってたの?」
「ううん。入ってへんですよ?」
「じゃあ、どうしてそんなに動けるんだ……?」
「うーん……体育の授業で、よう走ってたからかなぁ?」
自分でも、よく分からなかった。
走ることが好きだったわけでも、特別な練習をしていたわけでもない。
それなのに、身体は自然と動いてくれた。
「……まあ、ほかの種目もやってみようか」
「うん!」
その後も、長座体前屈や立ち幅跳び、ハンドボール投げなど、いくつかの種目を練習した。
もちろん、どれも簡単にできたわけではない。
うまくいかないものもあったし、思ったような記録が出ないものもあった。
それでも、私は楽しんでいた。
身体を動かすことが、こんなに面白いなんて。
今まで、考えたこともなかった。
練習を終えた頃、店長がぽつりと言った。
「如月さん、君はスポーツに関わる仕事も向いてるかもしれないな」
「……スポーツ?」
「うん。今日の動きを見て、そう思った」
希望さんも頷いた。
「俺もそう思う。如月には、まだ自分で気づいていない得意なことがあるのかもしれないね」
「得意なこと……?」
私は二人を見比べた。
自分の得意なことなんて、考えたこともなかった。
そもそも、何かを得意だと思えるほど、いろいろなことを試した経験がない。
だから、二人の言葉をすぐに理解することはできなかった。
けれど。
なんだか、少しだけ嬉しかった。
「……そっかぁ」
その夜は、月がいつもより明るく見えた。
****
それから数日後。
学校での、ある出来事だった。
「ねえ、これ見て!最近、このグループめっちゃ流行ってるんだよ!」
「えっ、なにこれ!ダンスうますぎない?」
「この振り付け、覚えたいんだよね!」
教室のあちこちから、賑やかな声が聞こえてくる。
どうやら、最近流行しているK-POPの話題で盛り上がっているらしい。
クラスメイトの半分ほどは、床に座ってお菓子を広げたり、友達とおしゃべりしたりしていた。
一方、私はいつもどおり、自分の席で本を読んでいた。
やがて、動画を見ていたクラスメイトが、ふと私に声をかけた。
「ねえ、如月さん。K-POPって知ってる?」
「……けーぽっぷ?」
「韓国のポップミュージックのこと!ほら、これ!」
そう言って、スマートフォンの画面を見せてくれた。
そこには、音楽に合わせて踊るアイドルたちの姿が映っていた。
揃った動き。
軽やかなステップ。
指先まで計算されたような振り付け。
音楽に合わせて、身体が流れるように動いていく。
「……綺麗やなぁ」
思わず、声が漏れた。
「でしょ?このグループ、ダンスもすごいんだよ!」
「うん……」
私は画面を見つめた。
右へ踏み出す足。
少し遅れて動く腕。
身体の向きを変えるタイミング。
次の瞬間には、反対側へ。
初めて見るはずの動きなのに。
なぜだろう。
目が離せなかった。
気がつけば、私は本を机に置いていた。
そして、椅子から立ち上がる。
「……こう、かな?」
画面に映るダンスを、そのまま真似してみた。
足を動かす。
腕を伸ばす。
音に合わせて身体の向きを変える。
次の振り付けも、その次も。
まるで、最初から知っていたかのように。
身体が自然と動いていく。
─ぴたり。
音楽が止まった。
同時に、教室も静まり返った。
「…………え?」
最初に声を上げたのは、動画を見せてくれたクラスメイトだった。
「ちょ、ちょっと待って!如月さん、今の全部覚えたの?」
「……え?」
私は不思議そうに首を傾げた。
「初めて見たダンスやけど……楽しいわ」
ただ、楽しかった。
音に合わせて身体を動かすのが。
自分の思いどおりに手足が動くのが。
何より、知らなかった世界に触れられたことが。
「すごっ……!」
「え、待って。初見であそこまで踊れるの?」
「もう一回やってみて!」
クラスメイトたちが、次々に声を上げる。
けれど、私は自分がどれほど驚かせたのか、よく分かっていなかった。
ただ、もう一度踊りたいと思った。
そのとき。
「……何、この騒ぎ?」
教室の入口から、仁愛と夜海が顔を覗かせた。
「仁愛ちゃん!影食さん!聞いてよ!如月さんがさ…!」
興奮したクラスメイトが、二人に向かって一気に説明し始める。
「えっ、夢玖ちゃんが…?」
「初めて見たダンスを、ほとんどそのまま踊ったの?」
二人は、揃って私を見た。
「……夢玖ちゃん、そんな特技あったんだ?」
「うちも知らんかったわぁ」
私は首を傾げる。
「特技……なんかなぁ?」
自分では、まだよく分からない。
けれど。
その日から、私は音楽が流れると、つい身体を動かしたくなるようになった。
テレビや動画でダンスを見かければ、自然と目で追ってしまう。
そして、学校の体育の授業も、以前より楽しみになっていた。
座学で身体の仕組みや運動の理論を学ぶことにも、少しずつ興味が湧いてきた。
今まで知らなかった、自分の一面。
それを知ることは、思っていたよりもずっと楽しかった。
****
そして、再び福島大学のオープンキャンパス。
スポーツ科学科の説明を聞いていた私は、ふと思い出したように学生へ尋ねた。
「あの……ダンスについても、勉強できるんですか?」
「ダンスか。授業としては年度やカリキュラムによるけど、ダンスサークルやダンス系の活動もあるよ」
「サークル……?」
「うん。学園祭でも披露することがあるし、今なら見学できると思う。興味があるなら、案内しようか?」
「……ええの?」
「もちろん!」
私は、ぱっと顔を輝かせた。
「行ってみたい!」
自分が何を好きなのか。
何が得意なのか。
どんな未来を選びたいのか。
まだ、何も分からない。
けれど、ひとつだけ確かなことがあった。
知らない世界を見てみたい。
もっと、いろいろなことを知りたい。
そして、いつか。
自分の未来を、自分で選べるようになりたい。
そんな気持ちが、私の中で少しずつ芽生え始めていた。
……To be continued




