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透ける約束は片結び  作者: 檻 依舞 (おりーぶ)
【第三章】多方向からの片結び

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<第四十足>まだ恋とは呼べなくて


「よっ」


「うわぁ……ほんまにお迎え来たんや」


「俺は嘘つく趣味ねぇからな。……早く乗れ」


オープンキャンパス当日の朝。


俺は煌星家へ迎えに来ていた。


ドタドタと、玄関の向こうから足音が響く。


猫か?


一瞬そう思ったが、すぐに玄関のドアが開いた。


「廉命さん、相変わらず早ない……?」


「うるせぇ。女は男より準備に時間が掛かる生き物なんだよ。お前は色気ねぇから、時間掛からねぇはずだけど……?」


「廉命さん……通常運転やな……」


如月さんは呆れたように俺を見た。


朝から二人きりになれる。


そう思うと、正直、嬉しい。


なのに、口を開けば出てくるのは悪態ばかりだ。


「別に、いつも通りだろ。待ち合わせがあるんだから行くぞ」


「ふふっ。愛姉、院長、行ってきまーす!」


玄関から愛さんと院長が出てきた。


「おう。しっかり色々見てきなさい。日出君……娘を頼んだぞ」


「はい……」


院長に真剣な目で見つめられ、俺も思わず背筋を伸ばす。


─娘、ね。


いや、別に変な意味じゃねぇだろ。


「廉命君。夢玖ちゃんに変なことしたら……分かるわね?」


「愛さん?」


「分かるわね?」


「うっす」


愛さんから圧が掛かる。


本当にこの人は、俺に何か恨みでもあるのだろうか。


目つきなんて、まるで獲物を前にして威嚇するキツネだ。


「……愛姉、目がキツネ〜」


「あら。魔除けよ。義妹を守る魔除け」


─魔除けというより、完全に威嚇だろ。


「そういえば、夜海ちゃんたちと待ち合わせするんでしょう? 夢玖ちゃん、ICカードは持ってる? TAPカードかクリッパーカードなら貸すわよ?」


「なければ、私のはやかけんを貸すぞ?」


「おおきに。でも私、イコカあるねん。ほな、行ってきます!」


「……あんたたち、この子に過保護すぎません?」


「知らないの?ロサンゼルスやサンフランシスコで使う交通系ICカードよ」


─ICカードの話になった。


そういえば、如月さんは大阪の人間だ。


東日本でいうSuicaとは、呼び方が違うらしい。


いや、ICOCAもSuicaも、使える地域はそれぞれ広いんだけどな。


─てか、はやかけんって何だ?


愛さんに関しては、何を言っているのかさっぱり分からねぇ。


俺たちは、ひとまず車で郡山駅へ向かった。


****


「よし。駐車場オッケー……如月さん、行くぞ」


「郡山駅前って、モータープール充実してるんやな」


「……モータープール?」


郡山駅に着き、車をコインパーキングに停める。


オープンキャンパスが始まってもいないのに、如月さんはさっそく意味の分からない言葉を口にした。


モータープール。


初めて聞いた言葉だ。


「あ、関西では車停めるとこ、モータープールっていうねん」


「……あっそ。お前はもう少し東日本のことを学んだ方がいいぞ」


「嘘やろ……」


いや、知らなかったのは俺の方なんだが。


そんなことを知る由もない如月さんは、納得のいかない顔で首を傾げている。


しかし、彼女が当たり前だと思っていた関西の文化に、俺たちがこれほど振り回されることになるとは、このときはまだ知る由もなかった。


「ええと……確かゾッテリア前で集合だよな。エスカレーターに乗って行くぞ」


「うん……」


在来線の乗り場へ向かうため、俺たちはエスカレーターに乗ることにした。


近くのゾッテリアで、夜海たちと待ち合わせをしているのだ。


─が。


「なんで右側に立つんだよ!」


「関西では当たり前やねんっ!」


「事あるごとに関西人面すんなっ!」


「生粋の関西人やねん!」


エスカレーターの立ち位置ひとつで、ここまで揉めるとは思わなかった。


「二人とも……朝からラブラブだね」


「早く早くー!福島行きの電車、来ちゃうよー!」


「「あ……」」


エスカレーターを上りきったところで、夜海と仁愛が待ち構えていた。


─最悪だ。


見られてしまった。


「へぇ……!関西って、こんなに文化も違うんだね……!」


「感心すんなっ!」


「ええと……アクドナルドのこと、アックとかアクドって呼ぶの?」


「せやねん、せやねん!色んな呼び方あるなぁ」


「話を逸らすな!ほら、行くぞっ!」


夜海も仁愛も、関西の文化に興味津々だ。


俺が間に入らなければ、いつまで経っても駅の改札にたどり着けなかっただろう。


─彼女達、本当にオープンキャンパスに行く気あるのか?


****


「へぇ……! あ、夜海ちゃん見て! 電車のドアにボタン付いとる!」


「開閉ボタンね。東北の電車では普通なんだよ」


「へぇ……。なんでなん?東北の人って、せっかちなん?」


初めて見る東北の電車に、如月さんは興味津々だった。


目をキラキラさせながら、ドアのボタンを眺めている。


─その目で、こっちを見ていただきたいものだ。


「ううん。車内の冷暖房を逃がさないためとか、虫や外気が入ってくるのを防ぐためみたい」


「へぇ……東北、すごい」


「大阪の電車はどんな感じなの?」


「せやなぁ……まず、大阪メトロに地下鉄、JR、阪神電鉄とかが充実してるんよ。万博のときは、特にえらい人多かったで……」


「さすが……」


如月さんの話に、夜海が感心したように頷く。


そのとき、車内アナウンスが響いた。


『まもなく、福島行きの列車が入ります。危ないですから、黄色い線の前にお立ちになるのはおやめください』


「あ、福島行きの電車来たよ!みんな、乗るよ!」


「はーい!」


****


「すぅ……」


「寝ちゃった……」


電車に乗って数分。


如月さんは、早くも夢の中だった。


「どんだけ寝たいんだよ……」


「……あ、夢玖ちゃんの頭が廉命さんの肩に……♡」


「…………っ」


気づけば、如月さんの頭が俺の肩に寄り掛かっていた。


向かい合わせの席で、俺たちは四人並んで座っている。


──いや、なんで俺なんだよ。


起こすべきか。


いや、でも。


─。


「おぉー!スクショ、スクショ!」


「撮るなっ!」


ニヤニヤしながらスマホを構える夜海を、俺は慌てて制止した。


「いいなぁ……仁愛も福吉さんと……♡」


「妄想するなっ!」


──なんなんだ、こいつらは。


人の気も知らねぇで。


いや、別に。


如月さんが寄り掛かってきたからって、何か特別な意味があるわけじゃない。


ただ、寝ているだけだ。


分かってる。


分かってるけど。


なんだろうな、この時間は。


妙に落ち着かないくせに、嫌じゃない。


むしろ─。


「次は……金谷川〜、金谷川〜」


車内アナウンスが流れた。


「夢玖ちゃん、次で降りるよ!」


「ん〜……」


「こら寝坊助、次で降りるぞ」


「ん〜……おんぶ……」


「……は?」


今、なんつった?


如月さんは目を閉じたまま、俺の服をつまんでいる。


次で金谷川駅に着く。


降りなきゃならない。


なのに、こいつはまったく起きる気配がない。


それどころか、おんぶをせがんできやがった。


──なんで俺が。


「廉命さん、頑張って♡」


「うるせぇ!」


仁愛の声を背中に受けながら、俺は如月さんの肩を揺すった。


「起きろ、如月さん。着いたら置いてくぞ」


「……んぅ」


「置いてくっつってんだろ」


「……れんや、さん……」


─。


─その呼び方は、反則だろ。


****


「おぉー!福島大学、着いた〜!」


ようやく、福島大学に到着した。


ここまでの道のりで、俺の心臓と脳がどれだけ忙しかったことか。


─当の本人には、絶対に分からないだろう。


俺たちは校門をくぐり、二手に分かれた。


「じゃあ、人間発達心理学科はこっちだから……終わったら、ここに集合ね〜」


「おっけ。ほら、行くぞ、如月さん」


「また後でね〜!」


「うん、またな!」


学科ごとに、向かう場所が違う。


仁愛と夜海は人間発達心理学科へ。


俺と如月さんは、スポーツ科学科の体験授業へ向かった。


オープンキャンパスが終わったら、再びこの門の前に集合する。


そう約束して、俺たちはそれぞれの目的地へ歩き出した。


****


「へぇ……!スポーツ科学科って、色んな理論の科目もあるんやね……!」


「すげぇ……。思ってた以上に細けぇな」


学科の説明を聞いたあと、体験授業へと移る。


周囲には、他校から来た生徒たちも大勢いた。


「でしょ?でも、実技と一緒に学ぶから、だんだん分かってくるんだよねぇ」


「てか、君、めっちゃガタイいいじゃん!身長何センチ?」


突然、大学の在校生らしき男が俺に話しかけてきた。


「……百九十五センチっすけど」


「めっちゃデカいじゃん!高校どこなの?」


「え……いや、俺、高校生じゃなくて……二十歳のフリーターで……」


「マジ?え、じゃあ、この子はどこ高?」


「んにゃ……?」


男の視線が、隣にいた如月さんへと移る。


─なんだ?


胸の奥が、ざわついた。


「君はどこ高なの?てか、オッドアイって珍しいね!」


「聖陵情報です……。目は生まれつきで……」


「その話し方……さては関西人でしょ?」


「はいっ! 生粋の大阪生まれ、大阪育ちです!」


如月さんは、いつも通りの調子で答えている。


何もおかしなことはない。


相手はただ、世間話をしているだけだ。


─なのに。


「マジで?関西弁、なんか話してみてよ!」


「ええと……」


如月さんは少し考え込むと、照れくさそうに口を開いた。


「べ、別にぎょうさんたこ焼き好きやないねん!でも……一緒にお好み焼き食べてもかまへんで……?」


「うぉぉ!美少女の関西弁、ご馳走様です!」


「君めっちゃ可愛いねっ!身長いくつ?」


「百四十三センチです……。これでも高三やねん!」


「ちっちゃ……!はぁっ、癒やされる〜!」


「如月さんって言うんだ……。彼氏、いるの?」


─は?


思わず、男の顔を見た。


彼氏?


今、こいつ─何を聞いた?


如月さんは、きょとんとした顔で男を見上げている。


──おい。


なんで、そんなことを聞く必要がある。


そいつが誰と付き合っていようが、こいつには関係ねぇだろ。


──いや。


俺にも、関係ねぇ。


関係ねぇはずなのに。


胸の奥が、さっきよりもずっと騒がしい。


初めて覚える、心のざわつきだった。


……To be continued


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