<第四足>憧れ
朝。
鏡を見る。
顔に残るケロイド。
首筋、腕、指先。
鏡に映る傷跡は、今日も消えてはいなかった。
「……ふぁ。」
大きくあくびをする。
もう見慣れた。
それでも、毎朝少しだけ目を逸らしてしまう。
「……今日も行くか。」
リュックを背負い、家を出た。
* * *
スポーツ用品店。
「いらっしゃいませ。」
「すみません! このシューズって……」
女性客が近付いてくる。
「あ、はい。こちらになります。」
説明を終えると、女性は少し照れながら笑った。
「あの……実は、一目惚れしちゃって。」
またか。
シューズより、俺が目的。
昔なら嬉しかったのかもしれない。
今はもう慣れた。
「すみません。お気持ちだけ。」
軽く頭を下げる。
すると、店内の奥から元気な声が聞こえた。
「おにーちゃーん!」
振り向く。
子どもと笑い合う希望さん。
しゃがみ込み、同じ目線で話している。
「その靴なら速く走れるぞ。」
「ほんとー!」
子どもが嬉しそうに笑う。
……やっぱり、すごい。
俺もあんな接客がしたい。
その時だった。
子どもと目が合う。
「……。」
数秒。
「うわあああん!」
泣かれた。
「あっ、ご、ごめん!」
母親が慌てて抱き上げる。
俺は苦笑するしかなかった。
* * *
「廉命。」
バックヤードで希望さんが俺を呼ぶ。
「また泣かれました。」
「まあ、今日は目線が高かったな。」
「やっぱ怖いですか。」
希望さんは少し笑う。
「怖いというより、びっくりしたんだと思う。」
そして俺の肩を軽く叩いた。
「しゃがんで、目線を合わせてみ。」
「……はい。」
「廉命は接客も仕事もできる。」
少し間を置く。
「だから、自信だけ持て。」
その一言が胸に刺さる。
* * *
休憩室。
「お疲れ。」
店長の盾澤鳯斗さんが笑う。
隣では弟の雷磨さんが携帯ゲームを開いていた。
「また子ども泣かせた?」
「はい……。」
「またかぁ。」
鳯斗さんは笑う。
でも馬鹿にはしない。
雷磨さんも画面から目を離し、
「廉命君は仕事が丁寧です。そこは自信を持ってください。」
と静かに言った。
「ありがとうございます。」
そう言われても、簡単には変われない。
でも。
「廉命。」
希望さんが缶コーラを差し出す。
「二年前より、ずっといい顔してる。」
その言葉に、胸が少しだけ痛くなった。
二年前。
俺は家を追い出され、居場所を失っていた。
『お前は日出家の恥だ。』
そんな言葉だけが頭に残っている。
人生を終わらせようとしたあの日。
俺の腕を掴んだ人がいた。
『……廉命か?』
生野希望。
あの日から、俺の人生は少しずつ変わり始めた。
「……廉命?」
気付けば希望さんが目の前で手を振っていた。
「すみません。考え事してました。」
「疲れてるな。」
少し笑ってから、
希望さんは言う。
「明日、飯でも行くか。」
「……はい。」
その返事は、二年前の俺なら、きっとできなかった。
仕事を終え、店のシャッターがゆっくりと閉まる。
「お疲れ様でしたー!」
店内に挨拶が響く。
「廉命。」
「はい?」
希望さんが鍵をポケットへしまいながら振り返る。
「今日もお疲れ。子どもには泣かれたけど、接客は良かったぞ。」
「慰めになってるんだか、なってないんだか……。」
「はは。」
二人で笑う。
その時だった。
「……あれ。」
店の近く。
闇に染まる駐車場。
小さなリュックを背負った、一人の少女が店の壁に寄りかかっていた。
髪は少し乱れ、服もどこか薄汚れている。
何より目を引いたのは、その足元だった。
ボロボロに擦り減ったスニーカー。
何度も結び直した跡が残る、片結びの靴紐。
「……。」
少女は俺達を見上げる。
少しだけ迷うような表情を浮かべると、また地図へ視線を落とした。
「こんな時間なのに、一人…なのか?」
思わず呟く。
「どうした?」
希望さんが俺の視線を追う。
「いや……。」
もう一度少女を見る。
けれど、少女の姿は暗闇に紛れて消えていた。
「気のせいか。」
そう言い聞かせるように歩き出す。
けれど胸の奥には、小さな引っ掛かりだけが残った。
俺は歩き出す。
ふと振り返る。
誰もいない。
でも
地面には
片結びの靴紐だけが脳裏に残っていた。
第四足「憧れ」を読んで下さりありがとうございます。
今回は、希望の後輩で、ケロイドイケメンこと日出廉命を登場させました。
次回…ついに希望達が夢玖と対面。
それでは、次回・第五足でお会いしましょう!




