<第三十八足>まだしてない
「それで……」
「なんだよ」
「したの?」
如月さんたちが夏休みに入る前日。
俺は夜海と仁愛に呼び出され、郡山駅構内のコーヒーチェーン店にいた。
「何の話だよ」
「いやいや……とぼけないでよ。夢玖ちゃんとしたの?」
ひたすら「した?」と聞いてくる二人。
しかも、その対象が如月さん。
─こいつら、いったい何の話をしてるんだ?
「それで……如月としたの?」
希望さんまで隣に座り、俺を問い詰めてくる。
なんだろう。
傍から見れば、俺が三人に詰め寄られているようにしか見えない。
「あんたら……修飾語がねぇんすよ。何が言いたいんすか」
「ははっ。よし、せーので予想と答えを言おうぜ」
「「せーの……!」」
希望さんの提案で、俺は予想を、希望さんは答えを口にした。
「セック……」
「連絡先交換っ!」
「「「……っ」」」
俺の言葉に、三人がそろって絶句した。
「え……ど、どういうこと?」
「いや……だって、したのかしてねぇのかって話でしょ」
「へぇ?廉命さん、大胆〜♡」
「……いや、あのな……?」
「えぇ?夢玖ちゃんが高熱出したとき、絶対なんかあったべ?」
そりゃそうだ。
俺の頭に浮かんだ答えは、恋愛どころか、それ以前の問題だったらしい。
****
「へぇ……看病でお粥を食べさせて、ねぇ」
「最低」
「別にいいだろ!本人は怒らなかったんだから!」
看病のときにあったことを、三人に話した。
「それでも、勝手に髪や肌を撫でるのはねぇ……」
「うんうん。それで?まだ連絡先交換してないの?」
三人は呆れたように笑いながら、俺に尋ねた。
もちろん、連絡先交換なんてしていない。
如月さんのLINEも、インスタも、電話番号も知らない。
「だったらなんだよ」
「来週、オープンキャンパスに行くんだよ?夢玖ちゃん、東北の電車に乗るの初めてなんだから、案内してあげて」
「なんでだよっ!お前が案内しろよ」
オープンキャンパスは来週。
しかも、如月さんは東北の電車に乗るのが初めてらしい。
となると、郡山駅も初めてなのだろう。
「廉命。夜海ちゃんはお前に頼んでんの。如月と二人きりになれる機会を作ってやってんだよ。悪い話じゃねぇべ?」
「クソ……分かったよ」
「廉命さん……嬉しそう……」
「別に嬉しくねぇよ。小せぇから、すぐ迷子センターの世話になりそうだしよ」
正直、面倒だ。
いや。
如月さんと二人きりになれると思えば、悪くない。
「でも、予想外だよねぇ。連絡先も交換してないのに、好きな女の子とそういうことしてる妄想とか」
「えぇ〜?廉命さんって、夢玖ちゃんのことになるとむっつりなんだぁ……」
仁愛がニヤニヤしながら追い打ちをかける。
「うん……かれこれ廉命とは二、三年一緒にいるけど、廉命の恋って初めてだよねぇ、夜海ちゃん?」
「はい……。廉命君、イケメンで高身長なのに、恋愛に興味がないって……かなり贅沢だよ」
「恋愛よりゲームのほうが楽しいもん」
「そういうとこだぞ!」
希望さんが呆れた声を上げた。
「夏休みは一緒にいる時間も増えるんだから、オープンキャンパスまでに連絡先を交換すること!」
夜海も希望さんも、容赦なく追い打ちをかけてくる。
俺の逃げ場は、もうなかった。
「いや……俺から連絡先を交換する理由、ある?」
「「「はぁっ!」」」
三人がそろって声を上げた。
「……お前、本気でそれ言ってる?」
「いや……ほぼ毎日会うんだし、連絡する必要なくないっすか?」
「このこと、愛ちゃんに言ってお説教してもらわないと……!」
「あの人だけはやめろ!消されるだろ……!」
愛さんだけは、本当に勘弁してほしい。
三人の説教よりも、あの人のお説教のほうが何倍も恐ろしい。
こうして俺は、オープンキャンパスまでに如月さんと連絡先を交換するよう、念を押されてしまった。
****
翌日。
夏休み初日。
如月さんも出勤していた。
「おはようございます!」
「はよ……」
「廉命さん、寝不足なん?」
「ん……昨日ゲームしててさ……ふわぁ」
欠伸をした俺の顔を、彼女が覗き込んでくる。
─何割か増しで可愛く見えるのは、気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃない。
本当の寝不足の理由は、ゲームなんかじゃなかった。
『廉命さん……連絡先交換しよ?』
そんな言葉を、如月さんが口にするところを想像してしまったのだ。
寝る前になっても、如月さんのことが頭から離れない。
気を紛らわせようとゲームを始めた結果、気づけば徹夜していた。
─何やってんだ、俺。
「ふーん?」
「職場体験に来たガキみてぇ……。早く希望さんとこ行け」
気づけば、いつも以上に口が悪くなっていた。
余計に意識してしまっているからだろうか。
「ふふっ。ほな、行くで。あんま無理せんでな」
「おう……」
如月さんは、いつものふわふわとした笑顔を浮かべていた。
無理するな。
たったそれだけの言葉なのに。
昨日のことも重なって、どうにも心が落ち着かない。
嬉しいはずなのに、妙に複雑だ。
「……本当に調子狂うな」
こんなに小さい女の子に、調子を狂わされている。
今までの自分とは、まるで別人になってしまったようだった。
****
「如月ちゃん、来週オープンキャンパスに行くんだって?」
「はいっ! 学校の友達と……廉命さんと行きます」
「へぇ。東北の電車に乗るのは初めて?」
休憩中。
店長に用事があって事務室へ向かっていた俺は、休憩室から聞こえてくる会話に足を止めた。
「はい。調べたら……東北本線?で移動するみたいで……郡山駅に集合してから、みんなで行く感じになるんです」
「なるほどねぇ。郡山駅は東北本線だけじゃなく、水郡線や磐越西線、磐越東線、新幹線もあるから、間違えんなよ」
「郡山駅……そんなにデカいんや……」
加堂さんと如月さんの会話だった。
そういえば、如月さんは東北本線も郡山駅も初めてだと聞いていた。
そして、当日の案内は俺に任されている。
─本当に、ちゃんと案内できんのか?
「まあな。福島県内でも大きな駅だからな」
「へぇ……。あ、乗り換え必要やけど、新大阪も行ける……!」
弾んだ声。
その声に、思わず耳を傾けてしまった。
「そうそう。如月ちゃんも、ここに来て四ヶ月経つんだし、一度大阪に帰りたいと思うんじゃねぇか?」
加堂さんが尋ねる。
如月さんは、大阪で生まれ育った。
福島に来る前は、ずっと大阪で暮らしていたのだ。
「ええと……」
「この近くに福島空港もあるしな。ずっと学校と勉強、頑張ってきたんだから、地元に帰ってリフレッシュするのもありだと思うけどな」
「……帰りたいというか……福島、好きですし……」
その言葉に、俺は少しだけ驚いた。
大阪に帰りたい。
そう言うのかと思っていた。
もちろん、生まれ育った場所だ。
懐かしいだろうし、会いたい人だっているかもしれない。
それでも、今の如月さんは福島が好きだと言った。
「そっか……。でも、無理は禁物だからな!よし、霧也様が姫にアイス奢ったろう!」
「やったー!」
途端に弾む声。
─本当に、分かりやすい奴。
こうして一緒に働く前の如月さんは、大阪から福島まで歩いてきた。
痩せ細った身体。
ボロボロの靴。
ほどけかけた靴紐。
今にも倒れてしまいそうな、危うい少女だった。
それが、今はどうだ。
小さいくせに努力家で、猫みたいな一面があって、関西弁がやたらと可愛い。
アイスを奢ってもらえると聞いただけで、あんなに嬉しそうに笑う。
─あの頃とは、ずいぶん変わった。
いや。
変わったのは、如月さんだけじゃないのかもしれない。
「廉命ー?おーい」
「……はっ。あれ?」
気づけば、店長が目の前に立っていた。
「……廉命、重症だね」
「いや……来週、オープンキャンパスなんで」
「まあまあ。好きな人を自分のものにしたい気持ち、分からなくはないよ」
「…………はい」
─何を言っても、もう無駄な気がする。
****
「……あ、廉命さん」
休憩室から出てきた如月さんと、ばったり目が合った。
「何……?」
「来週、オープンキャンパス行くやんか?……私、郡山駅、初めてやねん」
「東北本線も初めて?」
知っている。
そんなことは、もう聞いていた。
それでも、聞いた。
─少しでも、如月さんと話していたかったから。
「はい……。その、廉命さん、安積永盛駅が近いんやろ?」
「まあな」
「それなら……郡山駅まで一緒に行かへん?」
予想外の言葉だった。
如月さんのほうから、誘ってくれた。
いや、待て。
俺だって、誘おうと思っていた。
「……何だよ。俺のほうから誘おうとしたのに」
「え?」
「誰がお前を一人にさせようと思うんだよ。なんなら、お前ん家まで迎えに行こうとしてたわ」
─言ってから、気づいた。
何を口走ってんだ、俺は。
如月さんは、ぽかんとした顔で俺を見つめていた。
「……勘違いするなよ。お前がはぐれないように考えてたことだから」
違う。
本当は、そんなことだけを考えていたわけじゃない。
如月さんと二人きりで過ごす時間が欲しかった。
ただ、それだけだ。
「……ふふっ。廉命さんって、意外と過保護なんやね」
「はぁっ?」
「……廉命さん、ほな、これ。私のLINE」
如月さんがスマホの画面を見せてきた。
表示されているのは、LINEの友だち追加用QRコード。
俺は慌てて自分のスマホを取り出し、それを読み取った。
画面に表示された名前は、夢玖。
アイコンには、猫の写真が設定されていた。
─猫かよ。
いや、似合ってるけど。
「……帰ったら電話するわ」
「……お、おう」
─待て。
俺、今、何て言った?
電話?
いや、別にいいだろ。
連絡先を交換したんだから、電話くらい。
─いや、だから何で俺から電話する前提なんだよ。
自分でも意味が分からない。
けれど。
スマホの画面に表示された『夢玖』の二文字を、どうしても消せなかった。
……To be continued




