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透ける約束は片結び  作者: 檻 依舞 (おりーぶ)
【第二章】青い春と片結び

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<第三十六足>再び咲く日


私が生徒指導室で過去を打ち明けた翌日。


噂は、校内に広まっていた。


「ねぇ、松寺さんって……あの、夜の仕事してたらしいよ?」


「えっ、あの美人が?」


廊下のあちこちから、ひそひそと声が聞こえる。


私は机に突っ伏していた。


誰も助けてくれない。


誰にも、本当の気持ちを話せない。


せっかく愛先生に打ち明けたのに。


結局、私はまた一人なのだろうか。


そんな思いが、胸の中をぐるぐると巡っていた。


放課後、私は職員会議室へ呼ばれた。


そこには、校長と教頭が険しい表情で待っていた。


「松寺仁愛さん。この件は重大です。学校として、退学も視野に入れざるを得ません」


教頭の言葉には、冷たさがにじんでいた。


「退学……ですか?」


声が震えた。


校長が、愛先生へと視線を向けた。


「担任である煌星先生は、どうお考えですか?」


愛先生は、まっすぐに校長を見つめた。


「Principal, this is unacceptable. Her past is not a crime, and it does not define her worth as a student. You cannot punish her for circumstances beyond her control.」


その声は、鋭く、力強かった。


「校長先生、これは容認できません。彼女の過去は犯罪ではありません。彼女の価値を決めるものでもありません。自分ではどうしようもない状況で、彼女は苦しんできたんです」


愛先生は、さらに続けた。


「She deserves support, not punishment. And I will make sure she is protected while under our care.」


「彼女は罰せられるべきではなく、支援されるべきです。学校にいる間、彼女が安心して過ごせるよう、私が責任を持って対応します」


会議室が静まり返った。


校長は、しばらく考え込んだあと、ゆっくりとうなずいた。


「……分かりました。煌星先生の意見を尊重します。退学処分にはしません」


私は、思わず顔を上げた。


愛先生が、こちらを見つめていた。


「仁愛ちゃん。あなたは一人じゃないわ」


その手が、私の肩にそっと置かれる。


「私が、あなたを守るためにできることをする。だから、一人で抱え込まないで」


胸の奥が、じんわりと温かくなった。


その後も、一部の生徒から噂を囁かれることはあった。


けれど、愛先生は各クラスで指導を行い、学校としても対応を進めてくれた。


「This kind of rumor is unacceptable. Treat your classmates with respect!」


「このような噂話は許されません。クラスメイトを尊重しなさい!」


愛先生の言葉は、教室に響き渡った。


すぐにすべてが解決したわけではない。


それでも、噂は少しずつ沈静化していった。


私は、ようやく少しだけ安心できた。


この人なら、頼ってもいいのかもしれない。


そう思えるようになった。


****


そして、私は一人の転校生と出会った。


「如月夢玖……いいます。大阪出身……よろしゅう」


初めて会ったとき、夢玖ちゃんは少し不思議な雰囲気を持った女の子だった。


大阪弁で話す、小柄な女の子。


飾らない笑顔が、印象に残った。


やがて、同じクラスの影食夜海ちゃんとも仲良くなった。


三人で話すようになるまで、時間はかからなかった。


境遇が似ていたからなのか。


それとも、ただ一緒にいて居心地がよかったからなのか。


理由は分からない。


でも、気がつけば、私は二人と過ごす時間を楽しみにしていた。


「夢玖ちゃん、今日はバイトあるの?」


「せやで。バイト先の人が迎えに来るねん。子供やないのに、わざわざ仕事抜け出してお迎え来てもらうんは申し訳ないなぁ……」


「まあ……遠いしね。あ、今度遊びに行こうね!」


「うん!三人で遊ぶん、楽しみにしてるで!」


夢玖ちゃんは、嬉しそうに笑った。


その笑顔を見ていると、私まで嬉しくなった。


そして、ある日。


私は、思いがけない人物と再会することになる。


「お迎えかぁ……どんな人?」


「うーん……煙草吸ってて、銀髪の人やで!」


「へぇ……想像つくなぁ……」


そのとき、校門の向こうから男性が歩いてきた。


「ふぅ……お、如月。来たか。よし、行くぞ」


「……はいな!」


その姿を見た瞬間、私は息を呑んだ。


「(あ、あの人……もしかして……)」


「福吉さん……?」


思わず、心の中で名前を呼んだ。


何年ぶりだろう。


風俗へ移った頃から、連絡が途絶えていた。


もう二度と会うことはないと思っていた。


それなのに。


銀髪も、煙草も、あの落ち着いた雰囲気も。


遠くから見ても、間違えるはずがなかった。


五年ぶりの再会だった。


以前よりも大人びていて、どこか近寄りがたい雰囲気が増していた。


「福吉さん……」


「……ん?」


彼がこちらを見た。


けれど、私はすぐに目を逸らしてしまった。


あの頃の自分を、彼は知らない。


「藤」と呼ばれていた少女が、目の前にいることも。


私が、どんな人生を歩んできたのかも。


「あ、福吉さん!仁愛ちゃん、夜海ちゃん、また明日なっ!」


「友達か……如月、良かったな」


福吉さんは、夢玖ちゃんにそう声をかけた。


その声を聞くだけで、胸がいっぱいになった。


「(もしかしたら……夢玖ちゃんが、また福吉さんと私を繋げてくれたのかな)」


夢玖ちゃんは、まるで猫みたいな女の子だ。


自由気ままで、気がつけば人と人との間に入り込んで、距離を縮めてしまう。


そんな夢玖ちゃんが、私と福吉さんを再び繋いでくれた。


そう思うと、不思議な気持ちになった。


─再会できて、嬉しい。


その気持ちだけは、嘘ではなかった。


歳が十歳以上離れている。


昔のように話せるかどうかも分からない。


それでも、もう一度、あの人と向き合えたら。


胸の奥にしまい込んでいた藤の花が、ゆっくりと開き始めるような気がした。


決して簡単にはほどけない、恋の予感。


それは、私自身の姿にも似ていた。


****


「Smoking is prohibited on or near the school grounds!」


「如月……この方は?」


「……私の担任で、義姉の……愛先生です」


「……あの。校舎の敷地内で喫煙するのは禁止です」


「愛ちゃん……ごめん」


どうやら昨日、福吉さんは学校の敷地内で煙草を吸っていて、愛先生に怒られたらしい。


─何をしているんだろう、あの人は。


思わず、笑いそうになった。


****


翌日。


私は登校しながら、小さく息を吸った。


福吉さんは、私が「藤」だったことを知らない。


それでも、五年ぶりに再会しただけで、心臓が痛いほど跳ねていた。


「(福吉さん……)」


「(五年ぶりに、名前を呼んでほしいなんて……思ってもなかった)」


「おはよう。仁愛ちゃん、どないしてん?自分、めっちゃ顔赤いで?」


夢玖ちゃんが、無邪気に顔を覗き込んできた。


「えっ……そう?」


「おはよう、仁愛ちゃん。もしかして……恋?」


隣で、夜海ちゃんがくすりと笑った。


「ち、違うもんっ!」


慌てて否定する。


でも、二人は楽しそうに私を見ていた。


「でも、嬉しそうだったよ。仁愛ちゃん」


「…………」


私は、視線を落とした。


「(……うん)」


「(嬉しかったよ。ほんとに……)」


胸の奥で、藤の花びらがそっと揺れた。


もう一度、あの人と話せる日が来るのだろうか。


今度こそ、「藤」ではなく、松寺仁愛として。


─それは、まだ分からない。


けれど。


私は、ほんの少しだけ未来を楽しみにしていた。


――To be continued.


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