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透ける約束は片結び  作者: 檻 依舞 (おりーぶ)
【第二章】青い春と片結び

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<第三十足>頑張りの代償


夏休みにオープンキャンパスへ行くことが確定した。


しかし、期末テストと検定に追われ──気づけば七月の中旬。


つまり、夏休みが始まる十日前になっていた。


「夢玖ちゃん……本当によく頑張ったわねぇ……ふふっ」


「んにゃー……愛姉、苦し……っ!」


全ての科目が返却され、点数を見てみる。


普通科目は、平均九十点。


保健体育と家庭科は八十点台。


そして商業科目も──九十点台。


「うわぁ……!夢玖ちゃん、本当に頑張ったねぇ!」


「本当に本当に……!あぁ、甘やかしてあげたい!」


「む、……!二人まで……!」


夜海も仁愛も便乗し、こちらに抱きついてくる。


苦しいものの、暖かい。


というか──。


「暑いっ!」


暑い。


正確には暑苦しい。


福島に来て初めての夏だからなのか、余計に暑く感じる。


「あはは……夢玖ちゃん、バイトの休憩中でも勉強してたって廉命君から聞いたよー?」


「うん。廉命さんや雷磨さんからも勉強教わってん」


「雷磨さんって……愛ちゃんと高校の同級生なんでしょ?」


それに、私はずっと勉強していた。


廉命さんや雷磨さんにも勉強を教えてもらっていた。


「えぇ。高校時代は学年……いえ、全国一位を競い合ってたのよ。でも勝てなくて……私は生徒会長、雷磨さんは副会長を務めてたわ」


「さすが愛ちゃん……」


「あなた達も成績がいいんだから。でも、油断は禁物よ」


「うっ……ごもっとも……」


それに、夜海も仁愛も期末テストの成績がかなり良かったらしい。


「しかも……検定も乗り越えたんでしょう?夢玖ちゃん、あなたかなり疲れてるんじゃないの?」


「いや……私、元気やで?」


「じゃあ……最近、帰宅したら玄関で猫みたいに丸まって寝てるのは、なんでかしら?」


「っ!」


確かに、愛姉の言う通りだった。


期末テストのほかに、商業科目の検定もあった。


かなり疲れているのではないかと心配される。


体はだるくないし、頭も痛いわけではない。


「猫……?」


「えぇ。それは、飼い主の帰りを玄関で待とうとしたら、そのまま丸まって寝てしまったように……」


「それ……毎日なの?」


「えぇ。先月の後半から毎日ね……」


そう。


自分では気づいていないものの、最近の私は帰宅すると玄関で丸くなって寝ているらしい。


しかも、愛姉曰く毎日らしい。


それでも私は、自分が疲れているという自覚がなかった。


****


「ねぇ、簿記の結果、もう貼り出されてるって!」


昼休み。


変わらず教室でお弁当を食べていると、クラスの女子が騒ぎ出した。


「あっ!すっかり忘れてた……!」


仁愛も思い出して、頭を抱える。


「私は予想してたけど……。お弁当食べたら、みんなで見に行こうよ」


夜海は予測していたそうで、仁愛とは正反対の対応だった。


「途中まで覚えとったけど……テストに追われて、それどころやなかったなぁ……あはは」


「どうしよう……検定落ちてたら、学級委員として恥ずかしいよぉ……」


仁愛はさらに弱音を吐く。


いや、待て──。


彼女が学級委員?


「仁愛ちゃん……学級委員やったの?」


「そうなのぉ……言い忘れてたね……」


「そうなんや……でも仁愛ちゃん、しっかりしとるし、明るいし、みんなを引っ張ってくれるもんな!」


「夢玖ちゃん……!」


仁愛の表情が、ぱあっと明るくなる。


整った顔立ちがさらに輝き、むしろ眩しい。


「目が……眩しい……!」


「あはは……安心したらお腹空いちゃった。今日はガパオライスなんだよねぇ……」


仁愛の顔立ちは、本当に整っている。


雪のようにきめ細かく白い肌。


長いまつ毛と、空色の大きな瞳。


艶やかな黒髪。


けれど、好物は激辛料理。


「卵だけ辛くないんだ……」


「仁愛ちゃん……これ、何入れたん?」


「ナンプラーでしょ?塩コショウ、仁愛醤油……!」


「うんうん……」


「あと、激辛デスソースにキャロライナ・リーパー、七味に唐辛子……♡」


香辛料を聞くだけで、目が痛くなる。


「……もう驚かへん」


「赤を通り越して黒いもん……慣れちゃったね」


「ふふっ♡まだまだ刺激が足りないや♡」


「……普段は学級委員を務める、スタイル抜群で天真爛漫な超絶美少女なのに……」


そう。


松寺仁愛が学級委員を務めているのは、今日初めて知った。


でも、次第に分かったことがある。


「「刺激好きの超辛党なドM……」」


「むー!まだまだ辛くないもん♡」


「味覚……大丈夫なん、本当に」


仁愛は不満そうに頬を膨らませた。


その様子がおかしくて、私たちは笑った。


──楽しい。


学校に来ることが、こんなに楽しいなんて。


友達とお弁当を食べて、くだらない話をして、笑い合う。


そんな毎日が、今の私にはとても大切だった。


だからこそ。


この時間を、もっと楽しみたいと思った。


****


その日の夕方。


私はスポーツ用品店でアルバイトをしていた。


「いらっしゃいませ!」


いつものように、お客様を迎える。


店内は夏休み前ということもあり、運動靴を探す学生や、部活動用のシューズを買いに来た親子連れで賑わっていた。


「こちらの靴でしたら、足の幅にも余裕があると思います。よかったら、試し履きしてみてください」


お客様に靴を差し出す。


「ありがとう。じゃあ、履いてみようかな」


「はいっ!」


靴を履いてもらい、サイズや履き心地を確認する。


足が痛くないか。


かかとが浮いていないか。


歩いたときに違和感がないか。


足の幅や甲はきつくないか。


希望さんから教わったことを思い出しながら、一つずつ確かめていく。


「お客様、いかがでしょうか?」


「おお!こりゃ足の幅も丁度いいし、沢山歩いても疲れない…」


お客様が納得して靴を選んでくれると、嬉しくなった。


「ありがとう。これにするよ」


「ありがとうございます!」


笑顔でお見送りする。


──よし。


次のお客様にも、ちゃんと対応しよう。


そう思って、立ち上がった瞬間だった。


「……あれ?」


視界が、ふっと揺れた。


一瞬、足元が遠くなったような感覚。


私は慌てて、近くの棚に手をついた。


「……如月さん?」


少し離れたところから、廉命さんの声がした。


「……んにゃ?」


振り向く。


「お前、今……」


廉命さんが、こちらへ歩いてくる。


「……何でもないで。ちょっと、立ちくらみしただけやから」


そう答えた。


本当に、それだけだと思った。


けれど。


「……顔、赤くねぇか?」


「え?」


「こっち向け」


廉命さんが、私の顔をじっと見る。


そして、私の顎を掴む。


「……熱でもあんのか?」


「いや、元気やで?」


「お前の元気は信用ならねぇんだよ」


「ひどない?」


いつもなら、ここで言い返せたはずだった。


けれど、その声が思ったよりも小さくなった。


体が、妙に重い。


頭の奥がぼんやりする。


それでも、仕事はまだ残っている。


「……大丈夫。うち、まだ働けるから」


そう言って、もう一度棚に手を伸ばそうとした。


その前に。


「もういい」


廉命さんが、私の手を止めた。


「……え?」


「仕事は俺が代わる。お前は座ってろ」


「でも……」


「でもじゃねぇ」


いつもより、ずっと低い声だった。


「……顔色もおかしい。さっきから、まともに立ててねぇだろ」


「……そんなこと……」


言い返そうとした。


でも、言葉が続かなかった。


廉命さんの顔が、いつもより少し遠くに見える。


「……如月さん?」


その声を聞いた瞬間。


体の力が、すっと抜けた。


「……あれ……?」


膝が、思うように動かない。


倒れそうになった私の腕を、廉命さんが慌てて支えた。


「おいっ!如月さん!」


「……れん、や……さん……?」


「喋んな。ちょっと待ってろ!」


廉命さんの声が、遠くから聞こえる。


「盾澤店長…!如月さんが…」


インカムで誰かを呼ぶ声。


慌ただしく動く足音。


心配そうに覗き込む顔。


それなのに、私はうまく反応できなかった。


──なんでやろ。


さっきまで、普通に働いていたのに。


「……夢玖、聞こえるか?」


廉命さんが、私の顔を覗き込む。


私は、なんとか頷いた。


「……うん……」


「……よし。無理すんな。店長呼んだからな」


──店長。


そういえば、今日はまだ休憩を取っていなかった。


でも、もう少し頑張れば。


そんなことを考えた瞬間、廉命さんの声が聞こえた。


「……ったく。頑張るのはいいけど、自分の体まで無視すんな」


怒っているような声だった。


けれど、その手は、私が倒れないようにしっかりと支えてくれていた。


「……ごめん、なさい……」


「……謝んな。今は休め」


その言葉を最後に、私は目を閉じた。


****


「……三十九度六分っ!」


体温計の表示を見た盾澤店長が、思わず声を上げた。


「如月さん…これは駄目だよ……!」


「……さんじゅう、きゅう……?」


ぼんやりとした頭で、数字を繰り返す。


そんなに熱があるなんて、思ってもいなかった。


「……でも、うち……」


「でも、じゃない!」


店長が、珍しく厳しい声を出した。


「今日はもう仕事は終わり。帰って休むこと!」


「……はい……」


廉命さんが、呆れたように息を吐く。


「……自分で元気だって言ってたくせに」


「……ほんまに、元気やと思っとってん……」


そう答えると、廉命さんは何も言わなかった。


ただ、困ったように眉を寄せていた。


私は、みんなに心配を掛けてしまった。


それが、申し訳なかった。


けれど。


──どうして、こんなに熱が出てしまったのだろう。


期末テストも、検定も、頑張った。


バイトも、いつも通りにしていたつもりだった。


家に帰ったら、愛姉のご飯を食べて。


お風呂に入って。


寝る。


それだけの毎日だった。


なのに。


「……如月さん」


廉命さんが、静かに声を掛けた。


「……ちゃんと休め。勉強も仕事も、逃げねぇから」


「…………」


「今は、自分の体を優先しろ」


その言葉に、私は小さく頷いた。


──そっか。


休んでも、いいんだ。


明日のことを、今すぐ考えなくてもいい。


頑張れない日があっても、いいのかもしれない。


「……うん」


私は、ゆっくりと目を閉じた。


初めての福島の夏は、思っていたよりもずっと暑かった。


そして私は、自分が思っている以上に、疲れていたのかもしれない。


──頑張ることと、無理をすることは、同じじゃない。


そのことを、私はまだ知らなかった。



……To be continued


第30話を読んで頂き、ありがとうございます。


期末テスト、検定を乗り越えた夢玖が頑張り過ぎて高熱に…!

夢玖にはゆっくり休んでもらいたいところだけど…!


それではまた。

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