↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
透ける約束は片結び  作者: 檻 依舞 (おりーぶ)
【第二章】青い春と片結び

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/43

<第二十八足>隣にいて欲しい理由


「如月さん、大阪も地下鉄とか沢山あるよね……迷わないの?」


「たまに迷ってました……あはは」


如月さんの歓迎会兼誕生日会の半ば。


最初は学校生活やバイトの話で盛り上がってはいたが、次は大阪の話になっていた。


「東京みたいに浦安や横浜とか行けたりはするのか?」


「はいっ。阪神電鉄やJRで……京都や神戸、滋賀にも行けたりします」


「おーっ!さすが西日本最大の都市……!」


盾澤店長や福吉さんみたいに、質問出来たらいいのに。


楽しそうに笑う如月さんを見て、なぜ言葉が出てこない。


俺の心の中ではこう思っていた。


今は俺だけを見て欲しい、と──。


「京都も神戸も電車で行けるんだ……都会っ子だね」


「よく京都や神戸にも遊びに行っとってん。神戸の海、京都の街は最高やで」


「やっぱり、食べ物や味付けは違うよね?」


如月さんは普通に話して、普通に笑っているだけ。


それだけなのに、どうして心が落ち着かないのだろう。


タコのお好み焼きを分けた時に見た、あの笑顔。


──しばらく忘れられないだろう。


「うん。餅は丸餅やし……味噌は白味噌。何より同じ料理でも、関東と全然違ってくるねん」


「確かに、桜餅も関東と関西じゃ違うってよく聞くよね」


しかし、今の如月さんは俺を見ようとしない。


こちらから話そうとしない限り、こちらを見ない。


そりゃそうだ。


顔を見たけりゃ、話せばいいのに。


分かっている。


分かっているのに、喉の手前で声が詰まる。


「…………なぁ」


「……んにゃ……?」


しまった。


つい語り掛けてしまった。


如月さんと目が合う。


こんなにも、彼女が愛おしく見える。


「お前って身長……幾つなの?」


「………百四十二ぐらいやった気が……」


「ちっちぇな……ほら、タコもっと食えや」


「うわぁ……おおきに!廉命さん!」


眩しい笑顔を向ける。


余計に輝いて見える。


──なんだよ、その顔。


俺がタコを分けただけで、そんなに嬉しそうに笑うな。


いや、笑ってくれるのは嬉しい。


嬉しいに決まっている。


なのに、どうしてこんなにも落ち着かないんだ。


「失礼いたします。あと十分でラストオーダーになります……他に何か注文されますか?」


店員が、俺達に話し掛ける。


もうすぐラストオーダーの時間になるらしい。


「エビもんじゃともち明太チーズ、タコもんじゃと大盛りチャーハン、あとは……海鮮玉」


「かしこまりました」


俺はラストオーダー分を頼む。


「廉命さん、まだ食べるん?」


「お前が食うだろ」


「えっ、ええん?」


「頼んだもんは食えよ」


「うんっ!」


だから、その顔。


本当に、どうにかならないのか。


****


食事を終え、店の外に出る。


夜風が頬を撫でた。


「今日はありがとうございました!」


如月さんが、みんなに向かって頭を下げる。


「いやいや、誕生日も兼ねてるんだから、遠慮しなくていいんだよ」


それぞれ集まり、皆で語る。


盾澤店長が笑いながら言った。


「そうそう!今度はカラオケでも行こう!」


「ええなぁ!うち、カラオケか…行ったことないねんけど…楽しそう!」


「本当?じゃあ、今度みんなで行こうよ!」


また始まった。


楽しそうに話す如月さんを、俺は少し離れたところから眺めていた。


──そろそろ帰るか。


そう思って、希望さんに声を掛けようとした時だった。


「あの、すみません」


聞き慣れない男の声。


振り向くと、若い男が二人、如月さんの前に立っていた。


「君、めっちゃかわいいね。今、友達と遊んでるの?」


「……へ?」


如月さんが目を瞬かせる。


「よかったら、俺たちと一緒に遊ばない?」


「えっと……」


困ったように、如月さんの視線が泳いだ。


──は?


なんだ、あいつら。


「めっちゃ小さくてかわいいじゃん。何歳?」


「え、ええと……」


「ねえ、連絡先教えてよ」


俺達は唖然とした表情で、男達を見る。


男の一人が、如月さんとの距離を詰める。


如月さんは一歩、後ろへ下がった。


その瞬間。


「……おい」


自分でも驚くほど、低い声が出た。


男たちが振り返る。


「……何?」


「嫌がってんだろ。離れろ」


「は?別に嫌がってねえじゃん」


「困ってんだろうが」


俺は如月さんの隣に立った。


それから、男たちを見下ろす。


「こいつ、俺の連れだから」


──何を言っているんだ、俺は。


「えっ……?」


隣から、小さな声が聞こえた。


だが、今さら訂正する気にはなれなかった。


「なんだよ、彼氏持ちかよ」


男の一人が、つまらなそうに肩をすくめた。


「なら、最初からそう言えよ」


「……お前らが勝手に話し掛けてきたんだろ」


「はいはい。悪かったな」


男たちは、ぶつぶつと文句を言いながら去っていった。


その背中が見えなくなるまで、俺はそちらを睨んでいた。


──ったく。


何が連絡先だ。


何が一緒に遊ぼうだ。


如月さんが、ようやく息を吐いた。


「……廉命さん」


「……あ?」


「助けてくれて、おおきに」


振り返る。


如月さんは、ほっとしたように笑っていた。


「ちょっと、びっくりしてもうた……」


その声は、いつもより小さかった。


──そうか。


怖かったのか。


俺は、無意識に拳を握っていた手を緩めた。


「……大丈夫かよ」


「うん。もう平気やで」


「そうか」


それだけ言って、歩き出そうとする。


すると、服の裾が引かれた。


「……廉命さん」


「……何だよ」


「ほんまに、ありがとう」


もう一度。


今度は、少しだけ照れくさそうに。


如月さんが笑った。


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた。


やめろ。


そんな顔で、俺を見るな。


嬉しい。


助けられてよかったと思う。


でも、それだけじゃない。


あいつらが如月さんに話し掛けていた時。


連絡先を聞こうとしていた時。


如月さんが困った顔をしていた時。


俺の頭の中には、ずっと同じ考えがあった。


──こいつに、他の男が近づくのが嫌だ。


何でだ。


俺は、如月さんの保護者でも何でもない。


恋人でもない。


そもそも、こいつは俺のことなんか、ただの職場の先輩としか思っていないだろう。


なのに。


他の男に笑い掛けられるのが嫌だった。


他の男に連絡先を聞かれるのが嫌だった。


他の男が、こいつの隣に立つのが嫌だった。


──俺は。


「廉命さん?」


「……何だよ」


「顔、怖いで?」


「元からだ」


「そっかぁ……」


如月さんは、くすっと笑った。


「でも、うちは廉命さんがおってくれて、安心したわ」


──ああ。


駄目だ。


これは、もう駄目だ。


俺は、彼女の笑顔が好きなんだ。


俺に向けられる笑顔が。


俺の言葉で笑ってくれることが。


俺が何かをして、嬉しそうにしてくれることが。


そして何より。


俺がいないところでも、彼女が笑っていることを願うくせに。


その笑顔を、誰より近くで見ていたいと思っている。


矛盾している。


分かっている。


だが、もう誤魔化せなかった。


俺は、如月夢玖が好きなんだ。


いつからかなんて、分からない。


初めて会った時は、ただの変わった奴だと思った。


小さくて、世間知らずで、放っておくと何をするか分からない。


見ていられないから、気に掛けていただけだと思っていた。


飯を食わせたのも。


困っていたら手を貸したのも。


彼女の笑顔を見て、胸が温かくなったのも。


全部、そういうものだと思っていた。


そうか─違ったんだな。


「……廉命さん?」


「……帰るぞ」


「うんっ!」


如月さんが、俺の隣に並ぶ。


いつもと同じ距離。


いつもと同じ笑顔。


なのに、もう、同じではいられない。


隣を歩く彼女が、どうしようもなく愛おしい。


手を伸ばしたら、届く距離にいる。


けれど、今はまだ。


その手を取る資格なんて、俺にはない。


だからせめて。


彼女が安心して笑える場所でありたい。


──いつか。


こいつが俺の隣を選んでくれる日が来るのなら。


その時は、ちゃんと言葉にしよう。


逃げずに。


誤魔化さずに。


俺の気持ちを。


「……なぁ、如月さん」


「んにゃ?」


「……明日も、バイト来んだろ」


「うん!行くで!」


「……なら、遅刻すんなよ」


「せぇへんわ!」


いつものように、如月さんが笑った。


俺も、ほんの少しだけ口元を緩めた。


──俺は、こいつが好きだ。


ようやく認めたその気持ちは、思っていたよりもずっと、厄介だった。


****


帰宅し、俺はシャワーを浴びる。


肌を濡らすシャワーが、余計に熱く感じた。


「…………」


目を閉じても、浮かんでくるのは如月さんの顔ばかり。


笑った顔。

驚いた顔。

俺を見上げて、嬉しそうに礼を言った時の顔。


──どうなってんだ、俺は。


シャワーを浴び終え、携帯を手に取る。


「……まさか、この俺がな……」


苦笑しながら、ある人に電話を掛けた。


『廉命、どうした?』


「……希望さん、俺……」


『?』


「……如月さんのこと、好きになっちまったみたいっす」


希望さんに。


恋という現象を覚えた脳と心臓を紛らわすために。


自分でも、まだ信じられなかった。


俺が誰かを好きになるなんて。


ましてや、あの如月夢玖を。


『……やっぱりな』


「……え?」


思わず聞き返した。


しかし、希望さんの返す言葉は予想外だった。


『……さっき、如月の顔を見てた時、お前どんな顔してたと思う?』


「……は?」


いきなり何を言い出すんだ。


『お前、自分じゃ気づいてなかったみたいだけどさ』


「…………」


『如月を見ると、表情も目元も緩んでたぞ』


「…………そうっすか」


なんと、俺は如月さんを見るたびに表情や目元が緩んでいたらしい。


──最悪だ。


いや、別に隠すつもりだったわけじゃない。


ただ、自分でも気づいていなかっただけで。


『……話は今度、詳しく聞くとして』


希望さんの声が、少しだけ真面目なものになった。


『俺は賛成だよ』


「……どういうこと、すか?」


『一番は、如月がどう応えてくれるかだけどな』


「…………」


『だけど……お前なら、如月を任せられると思う』


胸の奥が、じんわりと温かくなった。


俺が、如月さんを。


──任せられる、か。


「……あざっす」


それしか言えなかった。


『ただし、焦るなよ』


「……はい?」


『如月は、まだまだ新しい環境に慣れる必要がある。今まで知らなかったことも、これからたくさん経験していくはずだ』


「…………」


『恋愛だってそうだ。もしかしたら、如月自身、恋がどういうものなのか分かっていないかもしれない』


─そうだ。


如月さんは、これまで自分の生活を守ることに精いっぱいだった。


誰かを好きになることも。

誰かに好かれることも。


俺たちが当たり前だと思っていることを、まだ知らないのかもしれない。


『だから、今すぐ答えを求めるんじゃなくてさ』


希望さんは、穏やかに続けた。


『ゆっくりでいいから、まずは自分の気持ちを受け入れることだね』


「………はい」


『それに、好きになったからって、急に何かを変える必要もねぇべ?今まで通り、如月のことを知っていけばいい』


「……そうっすね」


『うん。じゃあ、また今度な』


「……あざっした。おやすみなさい」


通話が切れる。


静かになった部屋で、俺は携帯を見つめた。


希望さんは、前から俺の気持ちに気づいていたらしい。


──どんだけ分かりやすいんだよ、俺。


小さく息を吐く。


けれど、不思議と嫌な気分ではなかった。


如月さんを見るたびに緩んでいたという目元も。


あいつが笑うだけで嬉しくなる、この気持ちも。


他の男に近づかれるのが嫌だった、あの感情も。


もう、誤魔化す必要はない。


俺は、如月夢玖が好きなんだ。


六月十日。


如月さんが十八歳になった日。


初めて誕生日を祝ってもらい、あんなにも嬉しそうに笑っていた日。


そして──。


俺が、恋を覚えた日でもあった。


如月さんは、まだまだ新しい環境に慣れる必要がある。


知らないことも、これから覚えていくことも、たくさんあるだろう。


もしかしたら、恋というものだって、まだ分からないのかもしれない。


それでもいい。


今すぐ振り向いてほしいなんて、言わない。


この気持ちを知ったからといって、明日から何かが劇的に変わるわけでもない。


ただ、今までより少しだけ。


あいつの笑顔を、大切にしたいと思った。


焦らなくていい。


時間を掛けたっていい。


いつか、如月さんが自分の気持ちを見つけた時。


その隣に俺がいられたら。


──なんて。


らしくもないことを考えながら、俺は携帯を置いた。


六月十日。


如月夢玖の誕生日。


そして、俺が恋を覚えた日。


この日を、きっと忘れることはないだろう。


……To be continued


第28話、読んで頂きありがとうございます。


やっと廉命が、恋を自覚した日。

そして…夢玖が18歳になった日。

それが、6月10日。


物語は夏へと進み、夢玖達のスクールライフはまだまだ続きます。


それではまた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。