<第二十五足>この気持ちにつく名前は
「……今日は如月さんの歓迎会兼誕生日会か」
いつもと変わらない、始業前の朝礼。
―いや、今日は少し違う。
今日は、如月さんの歓迎会兼誕生日会当日だ。
「廉命、俺、思うんだけどさ……」
希望さんが、何やら意味ありげな顔で話しかけてきた。
「何すか?」
「お前……如月のこと、好きだべ?」
「はあっ!んなわけねぇだろっ!」
あまりにも唐突な質問に、思わず声が裏返った。
「前からおかしいと思ってたんだよ。如月のこと、よく話すし……話してるとき、めっちゃ嬉しそうにしてるし。これで何もないとか、あり得ないんだよ!」
「本当のことを話してるだけでしょ!」
「いやいや……分かりやすいぞ、お前」
希望さんは、にやにやと笑っている。
その顔は、先日、夜海に問い詰められたときのものとよく似ていた。
揃いも揃って何なんだ。
「はあっ!べ、別に……気になるわけじゃねぇし!」
「へえー?じゃあ、もし如月に男ができたら?」
「…………は?」
さらに、とんでもない話題を振られた。
如月さんに、男ができたら?
別に、どうとも思わない。
そうだ。俺には関係ない。
─関係、ないはずだ。
「……そりゃあ、迎えに行くに決まってるでしょ」
「……えっ?」
「…………は?」
口を開いたのは、俺ではなかった。
―いや、待て。
今、何て言った?
迎えに行く?
誰を?
如月さんを?
「……お前、自分で何言ったか分かってる?」
希望さんの声が、妙に遠く聞こえた。
もしかしたら今日、俺はどうにかなってしまうのだろうか。
「まあまあ……今日は如月も一緒だからな」
その一言で、全身に雷が落ちた。
まるで雷を怖がる大型犬みたいに、思わず身体が縮こまる。
「……忘れてた。シフト変更で、如月さん、今日出勤だ……」
「…………廉命?」
店長が、心配そうに俺を見た。
「主役よりビビってどうするの!今日という日を乗り越えるんだ……!」
「店長……」
なんだかんだ、この人は頼りになる。
俺とは正反対の性格だが、こういうときは本当に心強い。
「俺は……如月さんの栄養が偏らないように、プロテインバー持ってきたから!」
「……プロテイン要員」
思わず呟いてしまった。
けれど、そのおかげで少しだけ気持ちが落ち着いた。
「よし……朝礼を始めます!」
そして、いつもと変わらない一日が始まった。
―如月さんが来るまでは。
****
「おはようございまーす!」
「おはよう、如月さん!お……今日、雰囲気違うね?」
正午前。
如月さんが出勤してきた。
そして、その姿を見た瞬間、俺は言葉を失った。
いつもと、雰囲気が違う。
「舞姫姉に化粧してもろてん!」
如月さんは、嬉しそうに笑った。
いつもはノーメイクで、童顔で、色気の欠片もないくせに。
今日は化粧をしている。
ぱっちりとした目元には、いつもと違う深みがあった。
―何だよ、それ。
「おー!舞姫ちゃん、めっちゃセンスいいじゃん!」
店長が真っ先に気づき、感心したように声を上げた。
その瞬間、胸の奥で何かが沸き立った。
─何なんだ、この感覚。
「…………」
「妬いてる?」
横から希望さんが、にやにやしながら話しかけてきた。
「昨日から煌星家に泊まりに来てるんだけどさ。朝から舞姫が化粧してたんだよね」
「だから……ここは素直に、可愛いって言えよ」
「……分かってますよ」
そうだ。
分かっている。
ただ、口に出せないだけだ。
如月さんが、こちらに顔を向けた。
「廉命さん、おはようございます!」
「……はよ。その……」
「?」
ダメだ。
いつもと雰囲気が違いすぎて、まともに顔を見られない。
たった一言。
可愛い。
そう言えばいいだけなのに。
「……童顔なのに、化粧……お前、女だったのか」
―しまった。
口にした瞬間、後悔した。
違う。
言いたかったのは、そんなことじゃない。
いつもと違う如月さんに、思わず見惚れてしまった。
それだけだったのに。
「な、女ですけどー?」
如月さんが、むっとした顔で言い返す。
「……あぁ?幼児体型で、普段からノーメイクで、童顔で色気ゼロだろ、お前はっ!」
何を言っているんだ、俺は。
止めようと思えば、止められたはずだ。
それなのに、口から出てくるのは、いつもの悪口ばかりだった。
「なんやねんっ!高三やし、乙女に染まってもええやろ!」
「世間でいう乙女は大人っぽいんだ……お前にはまだ早いっ!」
言ってしまった。
取り返しのつかないことを。
「ダメだ!廉命……言いすぎだ」
見かねた希望さんが、慌てて間に入った。
「……ふんっ」
俺は顔を背けた。
最悪だ。
せっかく、可愛いと思ったのに。
素直に褒めるどころか、傷つけるようなことばかり言ってしまった。
―嫌われた。
そう思った。
****
「如月さん……これ、お願い……」
売り場での作業中。
いつものように仕事を頼もうと声をかけた。
「…………」
「……如月さん?」
「ふんっ」
─無視された。
如月さんは、こちらを見ようともしない。
「…………」
いつもなら、どれだけ口が悪くても、何だかんだ言い返してくる。
それなのに、今日は違った。
─本気で怒っている。
当たり前だ。
あんなことを言われて、平気なわけがない。
「……廉命」
福吉さんが、声をかけてきた。
「話は聞いたが……あれは、さすがに言いすぎだぞ」
「……すんません」
誰に謝っているのか、自分でも分からなかった。
福吉さんにか。
如月さんにか。
それとも、情けない自分自身にか。
「……如月も高校三年だ。化粧ぐらい、したって何もおかしくねぇだろ」
「…………はい」
分かっている。
高校三年生が化粧に興味を持つことも、いつもと違う自分になりたいと思うことも、何ひとつおかしくない。
それなのに、俺は。
「……お前、如月に対して何か思ってるだろう」
「…………は?」
思わず、顔を上げた。
福吉さんは、俺の目をまっすぐに見ていた。
「ほかの人間には、そこまで突っかからねぇだろ」
「……別に」
「じゃあ、なんであんな言い方をした?」
「…………」
答えられなかった。
可愛いと思った。
いつもと違う如月さんに、目を奪われた。
それを知られるのが恥ずかしくて、いつもの調子でからかった。
―いや。
あれは、からかいなんかじゃない。
ただの八つ当たりだ。
「…………」
俺は、拳を握りしめた。
─最低だな、俺。
素直になれないせいで、あいつを傷つけた。
しかも、今日はあいつの歓迎会兼誕生日会だ。
本来なら、笑って過ごせるはずの日だったのに。
「……福吉さん」
「何だ」
「……俺、どうすりゃいいんすかね」
初めて、自分から尋ねた。
福吉さんは、少しだけ目を細めた。
「まずは、自分が何をしたのか、ちゃんと考えろ」
「…………」
「それから、本人に謝れ。言い訳はするな」
「……はい」
分かっている。
分かっているのに、いざとなると、どうしても言葉が出てこない。
けれど。
このまま、なかったことになんてできない。
─ちゃんと、謝らなければ。
俺は、そう思った。
いつもなら、あいつはすぐに言い返してくる。
「なんやねんっ!」
「廉命さんのアホ!」
そうやって、遠慮なく怒って、笑って。
─それが、当たり前だった。
けれど今日は違う。
俺を見ようともしない。
たったそれだけのことが、こんなにも気になるなんて思わなかった。
「…………クソ」
何が、色気ゼロだ。
何が、幼児体型だ。
本当は、可愛いと思ったくせに。
いつもとは違うあいつに、目を奪われたくせに。
それを認めるのが怖くて、傷つけるような言葉を吐いた。
何やってんだ、俺。
あいつに嫌われたくない。
そう思った瞬間、胸の奥がひどくざわついた。
この気持ちに、名前をつけるとしたら。
―俺は、一体何と呼べばいいんだろう。
……To be continued
第25話を読んでいただきありがとうございます。
無愛想で口が悪いケロイド系イケメンフリーターこと、日出廉命をメインに書きました。
実は彼…195cm98kgというガタイの良さもあるのです…!
そんな彼が抱く夢玖への感情に、名前がつくのか…
それではまた。




