<第二十四足>気付きたくないのに。
「如月君の歓迎会兼誕生日会か……」
「はい。俺たちで歓迎会をしようとしたら、ちょうど誕生日と重なっていたみたいで……」
「それで、お好み焼きか。事情は分かった」
「ありがとうございます」
ある日の夜。
俺たちは居酒屋に集まり、如月さんの歓迎会兼誕生日会について話し合っていた。
「まずは、娘を受け入れてくれてありがとう。私は仕事で手が離せなくて、あの子のそばにいてやれないからな」
「いえ……。あなたには恩がありますから。少しでも報いることができるなら、当然のことです」
「……福吉さん、珍しいっすね」
普段は俺たちの前に立ち、堂々と振る舞っている福吉さん。
そんな彼が、今日はいつになく畏まっている。
「まあ、研修医時代の上司だからな。今は医者から離れて、少しずつ復帰を目指しているところだ。たまに一緒に働いているが……」
煌星院長は焼酎のグラスを片手に、懐かしむように笑った。
「そうなんすね……。じゃあ、院長は……」
「ああ。私が如月夢玖の義父だ。舞姫や愛にとっても、妹のような存在になるな」
「えっ、そうだったんすか?」
まさか、院長が如月さんの義父だったとは。
今まで舞姫さんや愛さんの名前が何度も出てきた理由も、ようやく分かった。
「だから、よく舞姫さんや愛さんの名前が出てきたんですね……」
「そういうことだ。可愛い娘が一人増えたからな。それで、誕生日プレゼントは何を考えている?」
院長が話題を変える。
すると、待ってましたと言わんばかりに、みんなが口を開いた。
「俺と舞姫さんはコスメですね。メイクを覚えるきっかけになればいいなって」
希望さんが答える。
「俺は猫のマグカップです」
加堂さんは、いつもの落ち着いた口調で答えた。
「俺はプロテイン!健康第一!」
盾澤店長は、やけに元気よく宣言する。
「……店長、それは自分が欲しいだけじゃないんすか?」
「何を言ってるの?健康は大切!筋肉は大事!」
「はいはい……」
思わず苦笑する。
この人は本当に、どこまでも店長らしい。
「なるほど。僕と福吉さんはパーカーにしようと思っています。季節の変わり目だし、風邪を引かれても困りますからね」
雷磨さんがそう答えると、福吉さんが少しだけ眉を寄せた。
「……子どもに服を買い与える親みたいな言い方だな」
「否定はできませんね」
「……煙草を吸ってくる」
福吉さんはそう言い残し、席を立った。
「お父さんは何をプレゼントするの?」
舞姫さんが院長に尋ねる。
「私は医療脱毛と歯列矯正をプレゼントするつもりだ」
「……一人だけ額が違いすぎでしょ」
思わず突っ込んでしまった。
さすが総合病院の理事長。
プレゼントの規模まで桁違いらしい。
「ちなみに、廉命は何を贈る予定なんだ?」
加堂さんに尋ねられ、俺はグラスを置いた。
「……まだ決めてないっす」
そう。
俺だけは、まだ何も決めていなかった。
「えっ……お、お前……」
「日出君、何かと迷っているのか?」
院長と希望さんが、そろってこちらを見る。
「いや、迷ってるっていうか……」
「へぇ?廉命が?」
希望さんが、面白そうに口元を緩めた。
「候補くらいあるんじゃないの?」
「……まあ」
俺は少しだけ視線を逸らした。
「猫のマスコットとか、猫のぬいぐるみとか……あとは猫のペンケースっすかね」
「へぇ……意外と考えてるじゃん」
「それしか思いつかなかったんすよ」
「まあ、猫好きって聞いたら、猫の雑貨くらいしか思いつかないよな」
希望さんの言葉に、俺は小さく肩をすくめた。
実際、その通りだった。
如月さんが猫好きだと知ってから、頭に浮かぶのは猫の雑貨ばかり。
……いや。
そもそも、どうして俺は、あいつのプレゼントをこんなに真剣に考えているんだ?
「よし。店の予約も代金の支払いも済んでいる。あとは各自、プレゼントの準備を忘れないように!」
院長がパン、と手を叩いた。
「とにかく、如月君を笑顔にさせる!この話は以上!」
こうして、歓迎会兼誕生日会の打ち合わせは終了した。
開催までは、あと二週間。
俺はグラスに残った酒を飲み干す。
どうして、如月さんのことばかり考えてしまうのだろう。
****
「……疲れた」
帰宅してシャワーを浴び、ベッドに腰を下ろす。
携帯を手に取った、そのときだった。
画面に着信が表示される。
相手は―夜海。
「……なんだよ」
通話ボタンを押す。
『廉命君?今、大丈夫?』
「まあ……どうした?」
『実はね、ちょっとお願いがあって……』
夜海とは高校の同級生だ。
家庭の事情で卒業間近に休学し、二年のブランクを経て復学した今は、如月さんのクラスメイトでもある。
昔から時々連絡を取り合っていたが、如月さんがこちらに来てからは、以前よりも交流が増えた。
とはいえ、こんな時間に電話をかけてくるなんて珍しい。
「……で?」
『詳しいことは、また連絡するね!』
「は?おい、ちょっ―!」
通話が切れた。
「……なんなんだ、あいつ」
嫌な予感しかしない。
そして、二日後。
****
「……なんで俺が呼ばれたんだよ」
明後日の休日。
俺は夕方、駅前のガストに呼び出されていた。
店に入ると、窓際の席で夜海が手を振っている。
その隣には、見覚えのない女子生徒が座っていた。
「廉命君、こっちこっち!」
「……お前なあ」
席に近づくと、隣の女子生徒がこちらを見上げた。
「わぁ……!思ってた以上にガタイいいし、イケメン……!」
「……なんだよ、それ」
「まあまあ、座って座って!」
夜海に促され、仕方なく向かいの席に腰を下ろす。
「この人が廉命さん……?」
「うん。日出廉命君」
「松寺仁愛です!よろしくお願いします!」
彼女はそう言って、にこやかに頭を下げた。
艶のある黒髪に、耳元で揺れるピアス。
年相応のあどけなさを残しながらも、どこか大人びた雰囲気がある。
少なくとも、俺たちとはまた違った世界を生きてきた人間なのだろう。
「……よろしく。で、なんで俺を呼んだんだ?」
「それはね……」
夜海が意味ありげに笑った。
嫌な予感が、ますます強くなる。
「夢玖ちゃんのこと!」
「……は?」
「廉命さん、夢玖ちゃんとバイト先が同じなんですよね?」
仁愛が身を乗り出して尋ねてくる。
「まあ……そうだけど」
「バイト先での夢玖ちゃんって、どんな感じなんですか?」
「どんな感じって……」
俺は少し考えてから答えた。
「小さいし、幼児体型だし……。あと、たまに勉強教えてる」
「小さい小さい言って……」
「事実だろ。幼児体型だし、色気もねぇし」
「……ねえ、夜海ちゃん。やっぱりそうだよね?」
「うん……」
二人が顔を見合わせる。
「……何がだよ」
「廉命君って、夢玖ちゃんのこと好きだよね?」
「は?」
思わず聞き返した。
今、こいつは何と言った?
俺が、如月さんを好き?
「……何言ってんだ、お前」
「だって、夢玖ちゃんの話になると、ちゃんと答えてくれるし」
「同じバイト先なんだから、知ってることを話しただけだろ」
「じゃあ、なんでそんなに夢玖ちゃんのこと見てるの?」
「……は?」
「この前も、夢玖ちゃんが学校でどう過ごしてるか、気にしてたじゃん」
「それは……」
言葉に詰まる。
いや、待て。
確かに、気にはなっていた。
ちゃんと飯を食っているのか。
無理をしていないか。
学校では、少しでも笑えているのか。
けれど、それは――。
「……別に、好きとかじゃねぇよ」
「ふーん?」
夜海が、にやにやと笑う。
「じゃあ、なんで誕生日プレゼントのこと、そんなに考えてるの?」
「……っ!」
「猫のマスコットに、ぬいぐるみに、ペンケース。三つも候補があるんでしょ?」
「お前……どこまで知ってんだよ!」
「希望さんから聞いた!」
「希望さん……!」
あの人、絶対に面白がって話しただろ。
頭を抱えたくなる。
すると、仁愛がくすくすと笑った。
「廉命さん、分かりやすいですね」
「……うるせぇ」
「真顔なのに、頭の上に尻尾が見えるみたい」
「生えてねぇよ!」
思わず声を上げると、二人は顔を見合わせて笑った。
最悪だ。
なんで俺が、こんな女子二人にからかわれなきゃいけないんだ。
そもそも。
如月さんは小さいし、幼児体型だし、色気もない。
少なくとも、俺の好みじゃない。
―なのに。
如月さんが笑っているところを想像すると、なぜか少しだけ安心する。
彼女が困っていたら、放っておけない。
彼女の誕生日が近づくにつれて、何を贈れば喜んでくれるのか、真剣に考えてしまう。
─なんなんだよ、この気持ち。
「……廉命君?」
夜海の声で、我に返った。
「……なんでもねぇよ」
俺は窓の外へ視線を逸らす。
認めたくない。
今はまだ、認めたくなかった。
けれど―。
歓迎会兼誕生日会まで、あと二週間。
その日、俺はきっと。
自分でも気づいていなかった、この感情に名前をつけることになる。
「…………この俺が、か」
小さく呟く。
二週間後。
俺は、あいつのどんな顔を見ることになるのだろう。
……To be continued
第二十四足、読んでいただきありがとうございます。
次回、ようやく夢玖の歓迎会兼誕生日会が…!
廉命が抱えてた感情に名前はつくのか─。
それではまた。




