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透ける約束は片結び  作者: 檻 依舞 (おりーぶ)
【第二章】青い春と片結び

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<第二十一足>靴は歩くだけのものじゃなくて。

「あとはレジと……最後はシューズコーナーだ」


「シューズ……」


「そう。ランニングシューズがメインだけど、子ども用のシューズや靴用品も取り扱ってる。ここは廉命と生野が担当してるんだ」


店長の後について店内を回り、気づけば一時間ほど経っていた。


ろくに学校にも通えていなかった私にとって、見たことのないスポーツ用品が並ぶ店内は、それだけで新鮮だった。


「そして……シューズコーナーは如月さんにお願いしたいんだ」


「はい……」


最後まで自分の担当場所を告げられないのかと思っていた。

けれど、店長から任されたのは――シューズコーナーだった。


ランニングシューズがずらりと並んでいる。


見たことのない形の靴ばかりで、夢玖は思わず足を止めた。


「お疲れっす」


「よし、廉命。如月さんをここに入れる。今、店内を案内したんだけど、あとはお願いな」


「はい。仕事内容とか、営業時間とか教えればいいっすか?」


「あ、うぅ……」


シューズコーナーへ入ると、大柄な店員がこちらを見ていた。


顔や身体には傷跡やケロイドが目立つ。


私は、思わず身構えた。


「怖がる必要ないさ。皆、味方だ。生野にも引き継ぎしてあるから、あとは頼んだぞ」


「て、店長……」


盾澤店長は、そのままシューズコーナーを後にした。


売り場に残されたのは、私と彼の二人だけ。


正直、とても気まずい。


「如月さん。そういえば、自己紹介してなかったな」


「そう……でした?」


「俺は日出廉命。二十歳のフリーター。夜海から話は聞いてる……よろしく」


「夜海ちゃん……?」


彼は日出廉命。


二十歳のフリーター。


そして、夜海と何か関係があるらしい。


「聞いてなかった? 実は俺、アイツと高校の同級生なんだよ」


「嘘やろ……」


「アイツ、高校卒業前に家庭の事情で休学しちまってさ。今年から高校三年生をやり直してる。驚くのも無理ないだろうな」


廉命さんと夜海は、高校の同級生だった。


高校卒業前に家庭の事情で休学して、今では三年六組の一員。


『実は家庭の事情で休学して、最近復学したんだ』


転校したばかりの頃、夜海が言っていた言葉が繋がった。


けれど、こういう事情には、あまり深く踏み込まない方がいいのだろう。


それでも。


自分の知っている人を知っている人が、すぐそばにいる。


それだけで、ほんの少しだけ安心した。


* * *


「ここはランニングシューズ。駅伝用もある。あっちはタウンシューズ……」


「種類、めっちゃ多いな……」


「これがインソール。こっちは足型測定器」


廉命さんにシューズコーナーを案内してもらう。


ランニングシューズ、タウンシューズ、陸上用シューズ。


大まかに分かれているけれど、よく見るとメーカーごとにも細かく分類されていた。


「足型測定器……?」


「ああ。ここに乗るだけで、土踏まずの形、足の長さ、足幅、甲の高さまで分かるんだ」


「大阪で、こんなん見たことないわ……」


まずは商品の場所を覚える。


次に説明されたのは、売り場の隅に置かれた大きな機械だった。


足型測定器。


その名の通り、足を乗せるだけで足の長さや幅、左右差、甲の高さ、土踏まずの形などを測定できるらしい。


「試しに如月さんも乗ってみようか。今、お客さんいないし」


「ええんです?」


「ああ。君にも、これを使って接客してもらうからね」


廉命さんが機械を操作する。


私は靴を脱ぎ、専用の台に乗った。


足元が淡く光る。


そのまましばらく待っていると、画面に数字が並んだ。


「右が二十二センチ、左が二十二センチと五ミリ。土踏まずは……少し扁平足気味か。足の甲は……」


「細かすぎて、よう分からへん……」


「最初は分からなくて大丈夫」


廉命さんは画面を見ながら続ける。


「……それにしても、よく歩いたな」


「え?」


「大阪からここまで来たんだろ?」


「あ……」


「足の状態を見る限り、履いてた靴もあんまり合ってなかったみたいだな。扁平足気味なのもあるし、長距離を歩いたなら負担も大きかっただろ」


言われて、夢玖は自分の足を見る。


大阪を出るときに履いていた靴。


サイズそのものは分からない。


ただ、足幅がきつかった。


小指の爪が割れて、血が滲んだこともあった。


それでも、あの靴を履いて歩き続けた。


「……この靴がなかったら、ここまで来れへんかった」


夢玖が呟く。


廉命は少しだけ目を細めた。


「そうだな」


「ボロボロやけど……」


「ボロボロでも、君をここまで連れてきた靴なんだろ」


その言葉に、夢玖は黙り込んだ。


* * *


「如月さん。改めてよろしく」


「……は、はい」


そのときだった。


中性的な声が聞こえて、夢玖が振り向く。


希望さんが戻ってきていた。


彼は廉命さんの顔を見るなり、少し笑った。


「廉命、もう如月と仲良くなったの?」


「別に……普通でしょ」


「へぇ」


「なんすか」


「いや。お前、見た目怖いからさ。新人が怖がってないかなって」


「……余計なお世話っすよ」


「でも、廉命って実際は優しいからな」


希望さんが笑う。


「見た目は怖いけど、俺らより歳下だし。俺から見りゃ大型犬みたいなもんだ」


「いや誰が大型犬だよ」


言われてみれば。


確かに廉命さんは、大きくて怖そうなのに、話してみると不思議と怖くなかった。


むしろ、少し不器用な人なのかもしれない。


「最初から完璧を求めてないよ」


希望さんが、私を見る。


「でも、これだけは覚えてほしい」


その声は、いつもより少しだけ真剣だった。


「靴は、人の足を支えるだけじゃない」


「……?」


「日常を支えてるんだよ」


「日常……」


夢玖は、その言葉を繰り返した。


希望さんは、私の足元を見る。


「如月もさ。足に合わない靴だったけど、その靴に支えられて大阪から福島まで来たんだべ?」


「……」


足元を見る。


擦り減った靴底。


何度も結び直した靴紐。


汚れて、傷だらけになったスニーカー。


今まで、ただのボロボロな靴だと思っていた。


でも。


違った。


この靴は、私の足だけを支えていたんじゃない。


大阪を出て。


知らない道を歩いて。


何度も立ち止まりそうになって。


それでも福島まで来た。


その長い旅路を、ずっと支えてくれていた。


「……そっか」


夢玖は、小さく笑った。


「うん」


希望さんも笑う。


「よし。これからもよろしくな。如月」


「……はい。よろしくお願いします」


初めてだった。


「よろしく」という言葉が、こんなにも温かく聞こえたのは。


私は足元に目を落とす。


靴紐が、また少しだけほどけかけていた。


しゃがみ込んで、結び直す。


いつもの、片結び。


けれど―


大阪で一人きりだったときとは、少しだけ違う。


ここには、自分の名前を呼んでくれる人がいる。


仕事を教えてくれる人がいる。


「よろしく」と言ってくれる人がいる。


まだ何も分からない。


まだ、この場所を「居場所」と呼ぶこともできない。


それでも。


このアルバイトはきっと―


自分自身を結び直していく、もう一つのきっかけになる。


そんな気がしていた。


……To be continued

第二十一足をお読みいただきありがとうございます。


この話から、希望、廉命、夢玖がメインキャラとなります。次回は学校生活の一部を書こうと思います。


それでは次回、また。

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