<第二十一足>靴は歩くだけのものじゃなくて。
「あとはレジと……最後はシューズコーナーだ」
「シューズ……」
「そう。ランニングシューズがメインだけど、子ども用のシューズや靴用品も取り扱ってる。ここは廉命と生野が担当してるんだ」
店長の後について店内を回り、気づけば一時間ほど経っていた。
ろくに学校にも通えていなかった私にとって、見たことのないスポーツ用品が並ぶ店内は、それだけで新鮮だった。
「そして……シューズコーナーは如月さんにお願いしたいんだ」
「はい……」
最後まで自分の担当場所を告げられないのかと思っていた。
けれど、店長から任されたのは――シューズコーナーだった。
ランニングシューズがずらりと並んでいる。
見たことのない形の靴ばかりで、夢玖は思わず足を止めた。
「お疲れっす」
「よし、廉命。如月さんをここに入れる。今、店内を案内したんだけど、あとはお願いな」
「はい。仕事内容とか、営業時間とか教えればいいっすか?」
「あ、うぅ……」
シューズコーナーへ入ると、大柄な店員がこちらを見ていた。
顔や身体には傷跡やケロイドが目立つ。
私は、思わず身構えた。
「怖がる必要ないさ。皆、味方だ。生野にも引き継ぎしてあるから、あとは頼んだぞ」
「て、店長……」
盾澤店長は、そのままシューズコーナーを後にした。
売り場に残されたのは、私と彼の二人だけ。
正直、とても気まずい。
「如月さん。そういえば、自己紹介してなかったな」
「そう……でした?」
「俺は日出廉命。二十歳のフリーター。夜海から話は聞いてる……よろしく」
「夜海ちゃん……?」
彼は日出廉命。
二十歳のフリーター。
そして、夜海と何か関係があるらしい。
「聞いてなかった? 実は俺、アイツと高校の同級生なんだよ」
「嘘やろ……」
「アイツ、高校卒業前に家庭の事情で休学しちまってさ。今年から高校三年生をやり直してる。驚くのも無理ないだろうな」
廉命さんと夜海は、高校の同級生だった。
高校卒業前に家庭の事情で休学して、今では三年六組の一員。
『実は家庭の事情で休学して、最近復学したんだ』
転校したばかりの頃、夜海が言っていた言葉が繋がった。
けれど、こういう事情には、あまり深く踏み込まない方がいいのだろう。
それでも。
自分の知っている人を知っている人が、すぐそばにいる。
それだけで、ほんの少しだけ安心した。
* * *
「ここはランニングシューズ。駅伝用もある。あっちはタウンシューズ……」
「種類、めっちゃ多いな……」
「これがインソール。こっちは足型測定器」
廉命さんにシューズコーナーを案内してもらう。
ランニングシューズ、タウンシューズ、陸上用シューズ。
大まかに分かれているけれど、よく見るとメーカーごとにも細かく分類されていた。
「足型測定器……?」
「ああ。ここに乗るだけで、土踏まずの形、足の長さ、足幅、甲の高さまで分かるんだ」
「大阪で、こんなん見たことないわ……」
まずは商品の場所を覚える。
次に説明されたのは、売り場の隅に置かれた大きな機械だった。
足型測定器。
その名の通り、足を乗せるだけで足の長さや幅、左右差、甲の高さ、土踏まずの形などを測定できるらしい。
「試しに如月さんも乗ってみようか。今、お客さんいないし」
「ええんです?」
「ああ。君にも、これを使って接客してもらうからね」
廉命さんが機械を操作する。
私は靴を脱ぎ、専用の台に乗った。
足元が淡く光る。
そのまましばらく待っていると、画面に数字が並んだ。
「右が二十二センチ、左が二十二センチと五ミリ。土踏まずは……少し扁平足気味か。足の甲は……」
「細かすぎて、よう分からへん……」
「最初は分からなくて大丈夫」
廉命さんは画面を見ながら続ける。
「……それにしても、よく歩いたな」
「え?」
「大阪からここまで来たんだろ?」
「あ……」
「足の状態を見る限り、履いてた靴もあんまり合ってなかったみたいだな。扁平足気味なのもあるし、長距離を歩いたなら負担も大きかっただろ」
言われて、夢玖は自分の足を見る。
大阪を出るときに履いていた靴。
サイズそのものは分からない。
ただ、足幅がきつかった。
小指の爪が割れて、血が滲んだこともあった。
それでも、あの靴を履いて歩き続けた。
「……この靴がなかったら、ここまで来れへんかった」
夢玖が呟く。
廉命は少しだけ目を細めた。
「そうだな」
「ボロボロやけど……」
「ボロボロでも、君をここまで連れてきた靴なんだろ」
その言葉に、夢玖は黙り込んだ。
* * *
「如月さん。改めてよろしく」
「……は、はい」
そのときだった。
中性的な声が聞こえて、夢玖が振り向く。
希望さんが戻ってきていた。
彼は廉命さんの顔を見るなり、少し笑った。
「廉命、もう如月と仲良くなったの?」
「別に……普通でしょ」
「へぇ」
「なんすか」
「いや。お前、見た目怖いからさ。新人が怖がってないかなって」
「……余計なお世話っすよ」
「でも、廉命って実際は優しいからな」
希望さんが笑う。
「見た目は怖いけど、俺らより歳下だし。俺から見りゃ大型犬みたいなもんだ」
「いや誰が大型犬だよ」
言われてみれば。
確かに廉命さんは、大きくて怖そうなのに、話してみると不思議と怖くなかった。
むしろ、少し不器用な人なのかもしれない。
「最初から完璧を求めてないよ」
希望さんが、私を見る。
「でも、これだけは覚えてほしい」
その声は、いつもより少しだけ真剣だった。
「靴は、人の足を支えるだけじゃない」
「……?」
「日常を支えてるんだよ」
「日常……」
夢玖は、その言葉を繰り返した。
希望さんは、私の足元を見る。
「如月もさ。足に合わない靴だったけど、その靴に支えられて大阪から福島まで来たんだべ?」
「……」
足元を見る。
擦り減った靴底。
何度も結び直した靴紐。
汚れて、傷だらけになったスニーカー。
今まで、ただのボロボロな靴だと思っていた。
でも。
違った。
この靴は、私の足だけを支えていたんじゃない。
大阪を出て。
知らない道を歩いて。
何度も立ち止まりそうになって。
それでも福島まで来た。
その長い旅路を、ずっと支えてくれていた。
「……そっか」
夢玖は、小さく笑った。
「うん」
希望さんも笑う。
「よし。これからもよろしくな。如月」
「……はい。よろしくお願いします」
初めてだった。
「よろしく」という言葉が、こんなにも温かく聞こえたのは。
私は足元に目を落とす。
靴紐が、また少しだけほどけかけていた。
しゃがみ込んで、結び直す。
いつもの、片結び。
けれど―
大阪で一人きりだったときとは、少しだけ違う。
ここには、自分の名前を呼んでくれる人がいる。
仕事を教えてくれる人がいる。
「よろしく」と言ってくれる人がいる。
まだ何も分からない。
まだ、この場所を「居場所」と呼ぶこともできない。
それでも。
このアルバイトはきっと―
自分自身を結び直していく、もう一つのきっかけになる。
そんな気がしていた。
……To be continued
第二十一足をお読みいただきありがとうございます。
この話から、希望、廉命、夢玖がメインキャラとなります。次回は学校生活の一部を書こうと思います。
それでは次回、また。




