<第二足>病持ちのシューフィッター
第二話 シューフィッター
──午前七時。
ピピ、ピピ、ピピッ。
スマートフォンのアラームが鳴る。
「……朝、か。」
目を開けると、天井がぼんやりと視界に映る。
今日も生きている。
その事実に少しだけ安堵しながら、俺はベッドを降りた。
洗面所で顔を洗う。
鏡に映る自分は、少し顔色が悪い。
「……まあ、いつものことか。」
小さく笑って、リビングへ向かった。
「あ! 希望君、おはよう!」
キッチンでは、恋人の煌星舞姫がエプロン姿で立っていた。
「おはよう。……ん?」
焦げた匂い。
コンロの上には、真っ黒になったパウンドケーキらしきもの。
「……これ、何?」
「あはは……。パウンドケーキ作ろうと思ったんだけど、また失敗しちゃった……。」
料理は得意。
でも、お菓子だけは壊滅的。
俺は思わず吹き出した。
「そんなに笑わなくてもいいじゃん!」
「ごめんごめん。」
笑いながら頭をかく。
「今度、俺がガトーショコラ作るよ。舞姫、好きだろ?」
「……うん!」
その笑顔を見るだけで、朝から幸せな気持ちになれた。
「はい、お弁当。」
「ありがとう。」
白血病という病気を抱える俺の隣で、当たり前のように笑ってくれる。
そんな舞姫が、何より大切だった。
* * *
午前十時。
スポーツ用品店。
「すみません。子どもの靴で悩んでいて……。」
「もちろんです。」
俺は子どもの前にしゃがみ込む。
「こんにちは。どんな靴がいい?」
「これ!」
小さな男の子が嬉しそうに一足のシューズを指差した。
俺は足の形を確認しながら微笑む。
「これもいいけど、この足ならこっちの方が走りやすいよ。」
「ほんと?」
「うん。小指も痛くなりにくい。」
男の子は靴を履いて店内を走る。
「走りやすーい!」
「こら、店の中では走らないの。」
母親が慌てて止める。
「あはは。」
俺もつられて笑った。
「ありがとうございます。最近、小指が痛いって言っていたので助かりました。」
「いえ。その子に合う靴を選ぶのが、僕の仕事ですから。」
靴は、歩くためのもの。
でも、本当に支えたいのは、その人の『一歩』だ。
それがシューフィッターである俺の仕事だった。
* * *
昼休憩。
弁当箱を開く。
舞姫が作ってくれた卵焼き。
食べなきゃ。
そう思うのに、箸が進まない。
薬だけが机の上に並んでいた。
「……いただきます。」
一口。
二口。
「……っ。」
立ち上がった瞬間、視界がぐらりと揺れる。
机に手をついて息を整えていると、煙草の匂いがふわりと漂った。
「また貧血か。」
低い声。
振り向くと、銀髪の男が缶コーヒーを片手に立っていた。
目白福吉。
二十九歳。
俺より八つ年上の先輩で、元研修医だ。
今は訳あってこのスポーツ用品店で働いていて、スポーツメガネ担当でもあり、店長の補助役に回ることも多い。
整った顔立ちなのに、いつも気だるそうで愛想はあまりない。
そのくせ、人の体調の変化には誰よりも早く気付く。
「福吉さん……」
「鉄分摂れ。」
「女子か。」
「病人だから言ってんだ。」
相変わらず無駄な言葉はない。
必要なことだけを淡々と口にする。
そういう性格だから、誤解されることも多い。
「……福さんこそ、その煙草やめたら?」
「やめねぇ。」
即答だった。
ポケットから煙草を取り出し、一本くわえる。
「今日何本目?」
「知らん。」
「絶対一箱超えてるでしょ。」
「まだ一箱目だ。」
そう言いながら火を点ける姿を見て、俺は小さくため息をついた。
元研修医なのに、一日三箱近く吸うヘビースモーカー。
矛盾だらけの人だけど、不思議と嫌いになれない。
「白血病で食えるものは限られてるが、無理に食えとは言わん。でもちゃんと食え。」
煙草をくわえたまま、それだけ言う。
「うん…」
ぶっきらぼうだけど、その一言にはちゃんと心配が込められていた。
第二足(第二話)読んで下さりありがとうございます。
今回は、重度の白血病を抱えつつシューフィッターとして働く主人公・生野希望の日常の一部を公開いたしました!
次回も、その次も…希望の周りの人間関係について連載していきます!




