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オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
間章 ―想いが交わる時―
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蒼の季 向夏-16.届く

 ドワーフが奏でる振動は、岩の表面で広がる。

 広がった振動は押し寄せる波のように、街を四方から包み、身体に伝わる。

 身体の芯に届いた振動は、耳の奥で音になって、彼らの思いを乗せて響いた。


 それを受け止めるように、レイランの音は厚みを増す。

 ドワーフの小気味良い槌の響きは、彼の静かな鼓動に重なって、地中に響く鐘の音のような余韻を残した。


 今もその音色が、耳の奥に残っている。



 洞窟から出ると、外では太陽の音が遠くなっていた。

 そろそろ陽が色付き始める頃だ。


 ラウラとリズは、寄り添ったまま静かに待っていた。

 静かなこの2頭は、一緒にいると気配が薄くなる。


 リズがレイランの元に歩き出すのを待ってから、ラウラは立ち上がる。

 この子は優しい子だ。


 ラウラに跨ると、身体を大きく伸ばしてから、リズのペースに合わせて走り始めた。

 ラウラにとってリズは、守る存在になったのかもしれない。



 ドワーフから鉱石を受け取り、気に入った天然石もいくつか仕入れた。

 霞水晶かすみすいしょう玄曜石げんようせきは、地を宿した天然石だ。

 これだけ上質なものは、アルデニアではほとんど手に入らない。

 

 どちらも、ラウラによく合いそうだ。

 霞水晶ならラウラの瞳の色にぴったりだし、玄曜石なら強い護り石になる。

 ずっと、ちゃんとした石飾りを用意できていない。

 これでようやく作ってあげられる。

 どちらがいいか、本人に選ばせるのも良いかもしれない。 



 前を走るレイランは、しきりにリズに声を掛けている。

 ラウラが傍にいたとしても、記憶に刻まれた感情は簡単に消えない。

 怯えながら、ひたすらレイランを待つリズは、とても健気に映った。

 それが分かるから、彼は愛情を伝え続ける。

 素敵な関係だ。



 西門の手前でラウラから降りる。

 さすがに、鉱石と自分を乗せたまま、城壁を越えるのは辛いだろう。


「店の前で待ってて。すぐに行くから」


 ラウラは城壁沿いに、店の裏手へと走って行く。


 門の手前でリズを止めて、こちらに振り返ったレイランが何かを言っている。

 声を発しているのは感じる。

 でも、何を言っているかは分からない。


 こういう時は、不便だ。

 自分は慣れているが、咄嗟のときや、無意識で話しかけてしまうのは仕方がない。


 そして、気まずそうに謝るか、何でもないと口を閉じる。


 相手は何も悪くない。

 謝らせてしまう相手に謝りたいのはこっちだ。


 何より寂しいのは、伝えようとしてくれた言葉を、知ることが出来ないことだ。

 自分に向けてくれた言葉が、受け取れずに零れていく。


 人の声が届かない自分にとって、言葉は――特別なものだ。



 レイランに追いつくと、リズから降りた彼は手を差し出した。

 当たり前に、何も変わらない顔で。


「ラウラは先に帰ったのか?」

「うん。鉱石も積んでるから重いだろうし。乗ったままだと城壁越えるの大変だと思うから」

「そうか、じゃあ送って行くよ」

「え、いいよ。もう帰るだけだし……それに……」

「それに?」

「街の中でも、手を取ってないといけなくなる」


 一定の音が、一度だけ波打つ。


「見られたくない相手がいるのか?」

「レイランは、そういうのを見られるの良くない」

「……なんでだ?」


 音は変わらない。


 彼が、言葉と違う音を鳴らすことはない。

 言葉にするのは心にあることで、言葉にしないのにも理由がある。


 この言葉も、本心からそう思って言っている。

 信じられないほど相手の意を汲むのに、たまに良く分からないところでこういう会話になる。


「誤解を受けるかもしれない。あなたは目立つから」


 彼は長い瞬きをした。

 草が静かに揺れるような、音にもならない振動が伝わってくる。


「リシェ、わたしは誤解をされたくないと思う人が多くない。その人たちは、リシェとわたしが手を取って歩いているのを見たところで、変な誤解をするような人たちでもない。それ以外の人にどう見られたって、何の支障もないよ」


 身体から伝わる音と、彼の声は同じ音色をしている。


「でも、君に何か迷惑がかかるならやめるよ。……そうだな、リズに一緒に乗ったら手を取らなくても話ができるな。そうするか?」

「街中で馬に2人で乗ってたら、その方が目立つよ」

「そうかもな。どっちがいい?」

「どっちかなの?」

「それ以外に何か思いつくなら聞くよ」


 こうなったら、もう勝てない。

 レイランが引くこともない。

 相手に選ばせているようで、それは彼の範囲内の選択肢なのだ。


 そして、それは相手の意を汲んだ選択肢だ。

 人より手がかかる自分に、他でもない自分自身が感じてしまうこと。

 小さな遠慮と、気おくれを、全部分かっている。


 分かった上で、思いを示してくれている。


「思いつかない。だったら、手を取って歩く方が良い」

「そうか、じゃあ行こう」


 繋がった手を引いて、少し狭い歩幅で歩く彼は、いつもと何も変わらない音をしていた。




 夕方になる前の市場は、まだ人がそれほど出ていない。

 混み始める準備をしながら、店に立つ人ものんびりとしている。


「ラウラは街には入れないようにしてる?」


 すれ違う人を避けるように、レイランは握った手を引き寄せる。


「うん。アーグリンネは珍しいから」

「だよなぁ。でも、一応申請はしておいた方が良い。何かあったときに、ラウラを守れなくなる」

「今日、ラウラに合いそうな石を仕入れたから、石飾りが仕上がったらそうする」

「どんな石?」


 腰に下げた小さな鞄に、天然石が入った巾着が入っている。

 取り出すために手を放そうとすると、レイランは手に力を入れた。


「店についてからでいいよ」

「……霞水晶っていう淡い灰色の石と、玄曜石っていう漆黒に近い石。どっちも地の魔素が馴染んでる」

「淡い灰色……ラウラの瞳の色みたいな?」

「うん。半透明で光を通す」

「リシェにも似合いそうだ」

「……自分のって考えたことなかった」


 レイランは小さく笑う。


「似合うと思う」


 前を向いたまま、短く言い切ったレイランは、ほんの少し嬉しそうだった。




 店の前では、先に着いていたラウラが待っていた。

 積んでいる箱を下ろそうとすると、レイランが横から手を掛ける。


「中に運べばいいのか?」

「うん、ありがとう」


 中へ入ると、待っていた父が軽く手を上げる。

 レイランに笑顔を向けながら箱を受け取り、奥へと運んでいく。


「あんなに重いのを積んで城壁を越えられるって、ラウラはすごいんだな」

「頼りになるよ」


 腰の鞄から天然石が入った巾着を取り出してレイランに手渡すと、鼓動が大きく音を出す。

 わくわくを隠せない顔で手の上に乗せ、目を閉じた。


 彼も、感じ取る人だ。


「やっぱり、この灰色の方……リシェの気配に近い。魔素の色も。黒い方は強いな。護魔にしたら効果が高そうだ」

「ラウラに選んでもらう。余った方を自分用にしようかな」

「どっちを選ぶのか見たい。いいかな?」

「うん」



 レイランの手を引いて外に出ると、リズとラウラが並んでいた。

 ラウラに身体を預けながら、とろんとした目をしたリズは、立ったまま眠ってしまいそうだ。


「リズって……もしかして夜行性?」

「ああ、どうやらそうらしい」

「……相思相愛だね」

「ん?」

「生活を変えてしまうくらい、あなたと一緒にいたいってことでしょ」


 寂し気な音が聞こえた。


「無理をさせていると思う」


 レイランの横顔は、その音を表すように物憂げに遠くを見る。


「……ラウラも夜行性だよ……どうしても寝たいときは動こうとしない」

「そうなのか?」

「自分でもそうじゃない? 無理なときは、動きたくても動けないでしょ」

「まぁ、確かに……」

「それでも動くなら、その子の意思だと思う。この子たちは、自分で選べる」


 うねるように大きく、レイランの音が流れ込む。

 温もりが溢れ出すように、手から伝わる体温が上がる。


 音が伝わり、感触が伝わり、彼の心がそのまま届く。

 それはリズへの深い感謝の思いだ。



 動かないレイランの手を引いて、ラウラの前に座る。

 頭を膝の上に乗せて甘えてくるのは、きっとリズにつられて眠くなっているのだ。


「お疲れ様、これを選んだら帰っていいよ。どっちが好き?」


 一つを手に、もう一つを膝の上に置くと、ラウラは一瞬首を引いてじっと見つめる。

 ラウラが気にするくらい、この石は強いのかもしれない。


 しばらく眺めた後、ラウラは膝に置いてあった玄曜石を咥えて、自分の前足の間に置いた。


「こっちがいいの?」


 足の間に置いた玄曜石を自分の方に寄せて、身体の向きを外す。

 まるで、これは自分のだと確保しているようで、あまりにも可愛い。


「じゃあ、これで作るね。出来上がったら付けてあげるから、もう少し待ってて」


 足の間から取ろうとすると、すかさず咥えて横を向く。

 どうやら取られると思っているらしい。


「はははっ。可愛いな」

「取らないよ。石飾りにするから、ちょっと借りるだけ」


 咥えたまま向けられる目は、完全に疑っている。


「ラウラ、急いで作るから」


 さんざん迷ったあと、渋々手に乗せてくれたが、視線はずっと石を追っている。

 そうとう気に入ったらしい。


「じゃあ、灰色はリシェのになるんだな」

「そうみたい。自分のって後回しになるから、いつになるか分からないけど」

「そういうもんか?」

「手は邪魔になるから飾り物は付けないし、耳の近くは感覚が変わりそうだし。好きに作れないからかも」

「これみたいにするのは? 邪魔にもならないし、魔素の巡りも助けてくれる」


 レイランの首飾りは、飾りがちょうど後ろ側に来るようになっている。

 機能的で洗練されたデザインだ。

 初めて見たときはまじまじと観察してしまった。


「すごくいい。さすがルティナだと思った。革紐……じゃないよね。植物かな……」

「樹皮だって言ってたな」

「樹皮……だから馴染みが良いんだね。木彫りにはその方が合う」

「首の後ろには、巡りの大きな道があって、感覚を助けてくれるって。実際感覚が鋭くなった」


 首の後ろなら、感覚を遮られる心配もないかもしれない。

 どうせなら、前と後ろを入れ替えて付けられるようにしてみようか。


「なんか……作りたくなってきたかも……」

「リシェは職人だな。手が空いたらで構わないから、リズのも頼みたい」

「いつでも」


 レイランは、木々が葉を鳴らすように、静かに笑んだ。

 心地良い振動が音になって、身体に届く。


「じゃあ、そろそろ戻る。ラウラ、またな。石飾りをつけたところを見に来るよ」


 ラウラと目を合わせたあと、レイランは手を離してリズに跨った。

 ずっと繋いでいた手は熱を持ち、放したあとの手が、やけに涼しく感じた。


 落ち始めた陽に照らされて、彼の濃い赤茶色の髪は、夕陽よりも紅く染まった。





「今年は良い石が多いな」


 仕分けた石を眺める父は、いつになく上機嫌だ。

 今年は北の鉱脈が良いらしく、ドワーフの街には上質の鉄鉱石が多くあった。

 彼らが張り切っているのもよく分かる。


「今日から3日は夜通し火を入れるって、バドゥ爺もぎらぎらしてたよ」

「相変わらず、元気な爺さんだな。終わる頃に酒でも差し入れてやるか」

「父さんが飲みたいだけでしょ」

「それもある。ちょうど強いやつが手に入ったとこだ」


 大声で笑いながら、頭の中はもうお酒で一杯だ。

 奥に戻りかけた父が、入口を振り返り手を上げた。


 店を覗いているのはルティナだった。

 会釈をしながら入ってくると、ルティナは控えめに手を取った。

 冷えた手から伝わる彼女の音は、星空に似ている。


「こんにちは。今はお忙しいですか?」

「ううん、ちょうどひと息ついたところ。フウはいないの?」

「外で……綺麗な魔獣にご挨拶してます。あの子はリシェの子ですか?」

「そう、アーグリンネっていう魔獣」

「リンネ……だから、リシェの気配に近いのですね」

「ラウラっていうの。フウとは仲良くなれそう」

「フウが大興奮で大変でした。やっと落ち着いて、今はのんびりです」


 よほどルティナの方が興奮しているように見える。

 この子の魔獣好きは筋金入りだ。

 野生の魔獣が簡単に懐くなんて、普通であれば考えられない。


 ルティナなら、それも納得してしまう。

 この子の傍は、いつも居心地がいい。


「これをリシェに見て欲しくて……石の浄化用に、香を調合してみました。どうでしょうか……?」


 持っていた包みを開くと、円錐に近い形に整えられた香が入っていた。

 ほのかに香るのは、清涼感のある甘い香りだ。

 鼻に入ると、抜けずに奥で広がる。


「いい香り……」

「香にくぐらせると良いと言っていたので……浄化作用があるヨモギと、霊素に影響が少ない香葉を合わせました。中庸に調整したので、陰にも陽にも使えると思うのですが……」

「陰陽……」


 ルティナが言う陰と陽は、なんとなくのイメージでしか分からない。

 でも、この香がどちらにも寄っていないのは感覚で分かる。


「焚いてみてもいい? 煙を感じてみたい」

「構いませんが、お店の中で大丈夫ですか? しっかり煙が上がるので……」

「大丈夫、むしろ石が喜びそう。父さん、いいよね?」

「ああ、もちろんだ」



 棚に置いてあった香皿に乗せて、先端に火を灯す。

 吸い付くように火が点き、消えると同時に一筋の煙が上がる。

 煙はぶれることなく真っすぐに伸び、天井に近付くにつれて震え出す。


 煙が散ると、香りだけが店の中に漂い始める。


 身体に浸透するのが分かる。

 煙とは別のものが、肌を通り抜けてじんわりと染みる。


 身体が鎮まる。


「すごくいいね。石じゃなくても、よく眠れそう」

「ああ、石も落ち着いてる。お嬢は良い腕してるな」

「香は好きなので、よく作ります。2人のお墨付きをもらえれば、安心して石の浄化に使えます」


 植物は……いや、ルティナにとってはこの世界全部が、自分にとっての石みたいなものなのかもしれない。

 受け入れる深さに、限りがないように思える。


 どこまでも深く、些細なことに傷付きながら、その傷さえも世界として受け入れる。

 強くて優しい。


 でも、時折とても儚く感じる。

 この子の存在が消えて、世界に溶けてしまうような気がするのだ。

 それを感じると、胸が苦しい。


 ルティナには、この世界に……できれば近くにいて欲しい。



 香が燃え尽きる頃、ルティナは静かに立ち上がり、目を合わせた。


「聞いて欲しいことがあります。できればザハルさんも一緒に」


 今までとは明らかに違う空気に、父と目を合わせた。

 父は作業場に置いてあった椅子を引っ張り、それに腰を下ろした。


 ルティナは、握っていた手にもう片方の手も添える。

 彼女の音は静かで、いつもよりゆったりと流れる。


「これはわたしのエゴかもしれません。必要なければ忘れて下さい」


 ひと呼吸おいて、それを丁寧に手渡すように言葉にした。



「リシェの耳を……完全にとはいきませんが、人の声が聞き取れるようにすることができると思います」


 ルティナの声は、乱れなく真っすぐだった。

 今までで一番強い迷いと、強い意思を持って、胸の奥に届く。


「お……おい、何を言ってるんだ……? どんな治癒師にも、散々無理だって言われてきたんだぞ」

「治癒師には治せません。扱うものが違います」


 いつもの穏やかな言葉選びではない。

 声色は変わらないが、きっぱりと言い切る。

 ルティナは、目を見つめたまま逸らさずに、手に力を込めた。


「……治癒魔法ではないっていうこと?」

「はい。わたしが扱うのは霊素というもの。普通の人には感じ取れないものですが、確かに存在する……この世界を巡る素です」

「感じ取れない……もの……だと」


 目と口を開いたまま、険しい顔をする父の気持ちが痛いほど伝わる。

 きっと、誰よりもこの耳について負い目を感じているのは父だ。


 幼い頃は、色んな治癒師の元に足を運び、何度も希望を砕かれてきた。

 その度に聞こえる父の心の音は、今でも忘れない。


「それは……チノワが感じる……魔素ではない大地の巡りのようなもの?」


 その言葉に、父の目は意識を戻し、椅子に座り直した。


「そうです。魔素と対のように、この世界を満たすもう一つの素。わたしはそれを扱うことができます。霊素は世界を巡り、人の体内にも巡っています」


 目を閉じて、自分の身体の音に集中する。


 血の巡り、魔素の巡り。

 確かに、もうひとつ、何かが巡っている感覚はある。

 それが何なのか、気にしたこともなかった。


「人の身体には、霊素が巡る細い道があります。その道が途切れると、その先の感覚は届かなくなります。リシェの聴覚は、生まれ持ったものだと思っていました。でも……今まで何度も手に触れているうちに、耳に繋がる細い道があるのを感じるようになりました。道を繋げば、聞こえるようになると思います」


 考えたこともなかった。

 考えないようにしていたのかもしれない。


 この身体で手に入れた感覚は、今では大切なものだ。

 聞こえるようになるよりも、そっちの感覚が薄れることの方が怖いとさえ思う。

 石の音、木の音、空の音。

 自然にある音は、深く身体に響く。


 それでも。

 声を、聞きたい。

 その人の声を、聞いてみたい。


「でも……リシェは耳ではない部分で世界と繋がっています。聞こえるようになることが、その妨げにならないとは言い切れません。必ず良くなると言えないのに、この話をするのは無責任だと分かっています。それでも、伝えたいと思いました」


 ルティナの迷いは、自分と同じだった。

 自分以上に、それを苦しいと感じている。


「選ぶのは、自分自身。今まではそこにたどり着けてなかった。選ぶところまで連れて来てくれて、ありがとう」

「わたしの……勝手な思いです」

「その勝手な思いが、嬉しい。でも、少し考えてもいいかな……」

「もちろんです」


 心を満たすのは、ルティナの思いだ。

 こんなに深い愛で満たされるのなら、これが悪い方に進んだとしても、後悔なんてしない。


「今、やりかけの仕事があるの。途中で感覚が変わるのは嫌だから、それが終わるまでに決める」

「ゆっくり考えて下さい。蒼の季の終わりまでは、王都にいる予定になっています」

「え……?」


 肩に力が入った。

 鼓動が強く打って、その振動が身体を巡る。


「ルティナって……王都で暮らすんじゃないの?」

「いえ……、今は滞在しているだけで……家はリシア近くの森に在ります。蒼の季の終わりに、帰ることが決まりました……」


 途切れ途切れに言葉を繋ぎながら、視線を落とす。


「ユアン様と……会えなくならない?」

「……ユアン様は、ちょうどリシアに拠点を移すことになったそうです」

「そうなんだ……」

「はい……」


 ルティナは、ぎゅっと手を握ってくれた。


 聞きたいはずの言葉が、どうしても出て来なかった。

 聞かなくても分かる。


 ルティナも、その名前は出さなかった。



「帰るまでに、たくさんリシェと会いたいです。帰ってからも、王都までは一巡あれば来られますから……フェンに頑張って連れて来てもらいます」


 頑張って笑おうとしながら、手から伝わるのはいっぱいの寂しさだ。


「うん。帰るまでは、ルティナを独り占めする」

「ふふっ。それも楽しそうです」


 寂しさを飲み込んで、彼女は笑った。



 ルティナが帰った後の店には、彼女の作った空気が残っていた。


 背中に感じる父の視線に、しばらく振り向くことができなかった。





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