表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
第三章後編 蒼の季 向夏 ―地の音を聴く―
PR
91/115

蒼の季 向夏-09.想い

 洞窟の入口にいたフェンたちの姿がない。

 咄嗟に感覚を深める。

 感覚だけの暗闇に、鮮明に浮かび上がる気配を追いかける。


 フウの風の余韻が、レパがいた小さな森の方へ続いている。

 

 森とは反対、それほど離れていない場所に、フェンとアウリスがいる。

 2頭は寄り添い、じっとしている。


 森へ向かって駆けて行くのは、レイランとリズだ。

 感覚を森の方へ広げると、風を裂くように突き進むフウを感じた。

 その先に、人の気配がある。



「森の方だ。かなり距離がある、アウリスたちを呼ぼう」


 ユアンの足に光が集まった。

 靴で地面を鳴らすと、伝わる振動が霊素を揺らす。


 アウリスがそれに反応して、走り始めたのを感じる。

 フェンも後を追っている。


 手を繋いだままのリシェは、ずっと身を固くしている。

 伝わってくるのは、不安と……戸惑いだろうか。

 リシェは感情の起伏が激しい方ではない。

 湧き上がる感情に、頭が追い付かないのはよく分かる。

 大人びていても、まだ19だ。


 握っていた手に、もう片方の手を添える。


「一緒に、行けますか?」


 顔を上げて頷く彼女の瞳は、不安を抱えたまま前を向いた。

 強い意思だ。



 アウリスが戻って来た。

 不安げな様子は、ユアンを見つけて落ち着いた。


「リシェは俺と一緒に乗ろう。フェン、ルティナを頼むぞ」


 フェンはいつもと変わらない様子で、小さく鼻を鳴らした。



 フェンに跨って、森へと駆ける。

 まったく振動のないフェンの背中で、ひたすら感覚を研ぎ続ける。


 フウは止まっている。

 レイランはまだその手前を走っている。


 近付くにつれて、そこにいる人の空気が読み取れる。

 この少し粘り気のあるどろっとした感覚は、まだ覚えている。

 タヤの森、黄養があった場所で感じた人の気配だ。


 数人の感情が重なるようで、はっきりとは分からない。

 怯え、欺瞞、焦り、自責……そして、不快感――。


 鼓動が重く打ち、身体中に響いた。


 これは、レパの側で感じたのと同じだ。


 心から、黒く冷たい何かが染み出すのを感じる。

 深く、息を吸った。

 身体の中心に、美しい白銀を集める。


 吞まれない。

 心は、自分の中にある。



 空を貫く乾いた感触が、ようやく辿り着いた森の入口まで届いた。


 銃声とは違う。

 音はほとんどしなかった。

 その感触だけが、身体を通り過ぎた。

 内側全部を撫でつけられ、胃の下側がぞわっと沸き立つ。


 直感で理解したのは、それが何かを壊すものだということだ。


 身体が前に揺れた。

 フェンの足が一瞬止まりかけ、態勢を整えて走る。

 前だけを見つめるフェンは、この先にあるものを感じている。


 アウリスは動じる様子もなく、力強く地面を蹴り続ける。


 リシェの緊張が跳ね上がったのが、離れていても分かる。

 ユアンはしっかりとリシェを抱えて、速度を上げた。


 フェンの翼に、淡い緑の印が浮かぶ。

 全身が風に包まれ、滑るように前へ進む。

 フェンを避けるように風が分かれ、不思議と静かだった。



 遠くに、レイランの姿が見えた。

 近くの木陰から、リズがゆっくりとレイランの方へ歩いて行く。


 その先に立っているのは、尾をなびかせて前を見据えるフウだ。

 足元には、黒い小さな影が身を寄せていた。


 奥底から溢れてきたのは、安堵だった。

 チノワも、フウも、レイランも、リズも、皆無事だ。



 ユアンの指笛が響いた。

 その音にレイランが振り返る。

 フウは耳だけをこちらに向け、視線は前から外さない。

 ゆらりと動かした尾が、大丈夫だと伝えている気がした。



 手前でリシェを降ろし、ユアンがレイランの元へ走って行く。

 ルティナも、アウリスの近くでフェンから降りた。


 リシェはその場から動かない。

 そっと手を握ると、自分と同じ、心からの安堵が流れ込んできた。

 彼女の瞳は潤み、それが零れないように少しだけ上を向く。



 リシェの手を引いて、フウの元へ向かう。


 フウの視線の先には、5人の人がいた。

 怯え切った目で、全員が地面にへたり込んでフウを見ている。

 誰も傷付いているようには見えない。

 一番手前で、フウに恐怖と憎悪が混じった視線を向ける男が目に付いた。

 その男の前には、長い筒の魔銃が投げ出されている。


 周りの景色からは、そこであったことの半分も想像できなかった。


 5人の奥には、深い穴が掘られているのが見える。

 散乱している石や岩から、破壊されたものなのは分かる。

 その付近の木々が数本、根元付近からへし折られ倒れている。

 おそらく彼らが、地面を破壊しながら木をどかそうとしたのだろう。


 穴の周りには、採掘用の道具がある。

 しかし、それらが全て、見事なまでに真っ二つになっている。

 荷車も、中身の鉱石が散らばった箱も、何かしらの魔道具も。

 へし折られた木とは対照的な、乱れのない切り口で2つに分かれている。



「レイラン、拘束は?」

「陣を展開してあります。動けば発動します」

「応援は呼んだ?」

「先ほどグライフェルを飛ばしました」


 レイランとユアンは5人の前に立ち、話を始めた。



 ルティナがフウの背に触れると、フウは逆立てていた毛を収めた。

 こちらを向いたフウの瞳は、まだ淡い光を残していた。

 フウはルティナに尾を巻きつけ、頭を寄せる。


 その柔らかさで、自分の身体の強張りを理解した。

 足の力が一気に抜けて、その場に座り込んでしまった。

 今になって、鼓動が速くなる。

 目の奥で脈打つのを感じる。

 フウの首に手を回して、力いっぱい抱きしめた。



「ルティナ様、フウが――」


 話しながらこちらに近付いてくるレイランに向かって、後ろにいたリシェが動いたのが分かった。


 ルティナの横を駆け抜け、レイランの胸に飛び込んだ。

 レイランの足が止まる。


「そんなに怖かったか? 待っていれば良かったのに……」


 レイランの様子は、普段と全く変わらない。

 ユアンと目を合わせて、微妙な表情になったのは言うまでもない。


「心配だっただけ……」

「リシェにはそんなに頼りなく見えているんだな」


 レイランは、顔をうずめたまま動かないリシェの頭を撫でる。


 感情が溢れているリシェの素直さが愛おしく、思わず微笑む。

 彼女がずっと心配していたのは、レイランだったはずだ。



「フウが、全部終わらせていましたよ」


 リシェに胸を貸したまま、フウに目をやる。


「わたしが着いたときには、もうあの状態でした。魔銃の音にはヒヤッとしましたが、その後のフウの魔法は圧巻でした……あまりの鋭さに身が竦みました」

「人にけがはさせていませんか?」

「はい、全員無傷です」


 その言葉にほっとした。

 人を傷付けた魔獣は、例外はあれどあまり良いことにはならない。


「ですが……」


 レイランの視線がフウの足に向いた。

 足元のチノワが、フウの前足をしきりに舐めている。


 足首に嵌めた石飾りのすぐ上に、血が滲んでいるのが見えた。

 傷口は浅いかすり傷だが、魔素の残滓が見える。


「魔銃……」

「治癒師に診てもらいましょう。応援で呼んだ兵士の中にもいるはずです」

「……治してしまって良いのですか?」


 レイランは一度言葉を止めた。


「魔素の残滓を写すまで、傷を負わせたままにするのは可哀想ですから」


 フウ自身は気にしている様子はない。

 だが、傷が浅いと言っても足だ。

 フウのことを考えるなら、治してもらうに越したことはない。


「見せて」


 リシェが、レイランから離れフウの前に座る。

 目元には、まだ涙の跡が残っている。


 傷を確認するように、リシェはフウの足に触れる。


「これくらいなら、治せる」

「リシェは……治癒魔法が使えるのですか?」

「ううん、これは……治癒魔法じゃない。血の力……」


 リシェが巡りを強くする。

 周りの魔素が黄褐色に色付き始める。


「石飾りにも傷が入ってる。これも、直すね」


 理解が出来ないまま、ルティナはリシェの手元を見つめた。


 黄褐色に染まった魔素が、ふわふわと漂いながら、フウの足と石飾りに集まる。

 魔素は漂っているだけのように視える。


 石飾りに吸い込まれていく魔素、傷口に触れては離れる魔素、今まで視たことのない動き方だ。

 魔素が触れると、その部分が魔素の色に染まり、すぐに消える。

 リシェは、魔素に任せるように見守っているだけだ。


 フウはただじっとしている。


 魔素の色が徐々に薄くなり、銀鼠へと色を戻した。

 リシェは目を開けた。


「終わったよ」


 血が滲んだ毛色はそのままだが、確かに傷はなくなっている。

 石飾りも、どこにも傷なんて見当たらない。


 驚いたのは、傷口にあった魔素の残滓がそのまま残っていることだった。

 魔法ではないと言った意味が分かる。


「不思議な……魔素の動きでした……」


 リシェはルティナの手を取った。


「記憶の力……って、母さんは言ってた。物の記憶、生き物の記憶、そういうのを、魔素と共に思い出す力だって。……母さんは、リンネっていう獣人族なの」

「……リシェから感じる特別な力は、それを受け継いだのですね」

「獣人との混血って、珍しいから。あまり知られないようにしてる」

「そうなのですか……」

「獣人とヒトの間に子供ができること自体が稀。この耳も、多分その影響だと思う」


 確かに、混血はあまり聞いたことがない。

 身体の構造が異なる者同士には、子供が出来にくい。

 魔獣でも、人でも、それは同じなのだろう。

 その奇跡の証が、身体のどこかに現れることがあるのかもしれない。


「でも、耳からではないけど、もっと深い音を聞ける。それで充分」


 微笑むリシェからは、偽りのない、自分自身への愛情が伝わってくる。

 この子は、すべてに同じく愛情を持っている。

 とても強く、優しい子だ。


「あまり、使うことのない力だけど……ルティナとフウの為になったなら、嬉しい」

「自分には効かないのですか?」

「自分に……だけじゃなくて、人には効かない。人の記憶って……物や他の生き物に比べて、すごく曖昧で淡い気がする……この力で呼び起こすのは、頭にあるものじゃなくて、もっと深い所に刻まれた……種としての根源に近いものなんだと思う」


 言葉には表せないが、なんとなく理解ができた。

 その人、その魔獣の個体の記憶ではなく、種としての記憶。

 魔素と共に思い出す、という表現から考えると、魔素がそれを覚えているとも取れる。



「ありがとう、リシェ。フウの……記憶を戻してくれて」


 リシェはただ穏やかに笑んだ。

 ありのままの自然のような、純粋で素直なリシェを、心底美しいと思った。




 しばらくすると、王都から数人の兵士が駆け付けた。

 乗って来た馬車は、普段見かけるものとは違っている。


 兵士たちは敬礼をしたあと、拘束された5人を馬車へと乗せた。

 外からかける鍵も魔道具のようだった。

 頑丈に作られた馬車はとても重そうで、がっしりとした牛型に近い魔獣が2頭で引いている。


 その場に残っていた魔銃や魔道具は、魔封箱に入れて回収された。

 これから現場の調査が始められるようで、馬車だけ先に王都へ戻って行った。

 レイランとユアンは、現場の兵士に引き継ぎを済ませたようだ。



「お待たせ、洞窟に戻ろう」


 リシェは、レイランと一緒にリズに乗った。


 フウの背中には、チノワが座っている。

 その姿は可愛過ぎたが、さすがに無理ではないだろうか。

 フウが走ったら、振り落とされてしまいそうだ。


 ルティナはチノワを抱き上げて、フェンに跨った。



 洞窟は、思ったよりも近かった。

 あれだけ遠く感じたのは、それだけ緊張していたのだと、今更実感が湧く。


 洞窟の階段を降りて行くと、街の入口にドトムの姿が見えた。

 隣には、石の上に腰を下ろすバドゥもいる。

 あれからずっと待っていたのだろう。


 レイランを見つけると、全力で走って来る。

 その後ろから、ひと回り小さな男の子が、頼りない足取りでついてくる。

 立ち止まったドトムの後ろに隠れて、こちらの様子を伺っている。


「ただいま」

「チノワは見つかった?!」


 ドトムの声に応えるように、チノワはルティナの手からするりと降りた。


「チノワ!」


 チノワはドトムに向かってふわっと飛び上がり、腕の中に納まった。

 顔を真っ赤にして抱きしめる。

 足元にいる小さな男の子に見せるように、ドトムは膝を付いた。

 その子はドトムそっくりに笑い、頭を撫で回す。


 チノワは、されるがままに身を任せる。

 むしろ、チノワがその2人をあやしているようだ。


「レイラン、ありがとう! ほんとに、ありがとう!」


 レイランは姿勢を低くして、ドトムの後ろに隠れる男の子に目を合わせた。


「初めまして、レイランだ。ドトムの弟か?」

「うん」


 ドトムのズボンを掴んで、顔を半分だけ出している。

 まんまるの頬は落ちそうにふっくらして、うっすら赤みが差している。

 ドトムをそのまま5才幼くしたら、きっとこうなると想像できる。


「名前を聞いてもいいか?」

「ニドム」

「ニドムか、良い名前だ」


 レイランがぽんぽんと頭を撫でると、ぱぁっと花が咲くように笑う。


 可愛い……

 ドワーフの幼子は、なんというか、丸くて可愛いのだ。


「ニドムも一緒に探してたのか?」

「うん」

「頑張ったな。疲れていると思うから、しばらく休ませてやってくれ」

「うん!」


 ニドムは振り返って、街の奥の方へ歩き出す。

 その後ろを追いかけるように、チノワがついていく。


 てけてけと身体を揺らしながら歩く後ろ姿は、どこまでも愛らしい。


 その姿を見送って、バドゥが立ち上がった。


「また、世話になったな」

「いえ、チノワに感謝しています。採掘していた者を捉えることが出来ました」


 バドゥは、ユアンに視線を移す。


「お前さんは、初めてだな。世話になったな」

「ユアンと申します」


 丁寧に頭を下げるのを見て、レイランがユアンの隣に下がった。


「ユアン……お前も……いや、何でもない。助けられてばかりというのは好かん。何か欲しいものがあったら言ってくれ。3人ともだ」


 3人で顔を見合わせる。


 欲しい物と言われても、特に思いつかない。


「お気持ちだけで充分です。助けたのも、捉えたのもフウなので。我々は何もしておりません」


 ユアンの答えに、レイランも続いて頷いた。


「今回のことだけではない。思ってくれたことに、儂らの気持ちで返すだけだ。ヒトはせっかちでいかん。今すぐでなくてもいい。儂が生きている間は儂が、いなければ他の者が引き継ぐ。思いついたときに言ってくれればいい」

「バドゥ爺さまは何でも作れるよ! 剣だって、飾り物だって、なんでもすごいんだから!」


 ドトムは自分のことのように自慢げだ。


「ははっ。ドトムも作れるのか?」

「僕はまだ……でも、いつか作れるようになるよ!」

「じゃあ、わたしはいつか、ドトムに作ってもらうことにするよ」


 レイランのこういうところは、本当に素敵だ。

 ドトムの瞳を、一瞬でこんなにも輝かせた。


「ユアン、だったか。お前さんはまだ身体が変わりそうだ。落ち着いたら、一度訪ねて来い」

「……そのときは、よろしくお願いいたします」

「お嬢さんも一緒にな」

「必ず」


 バドゥは、ルティナへと視線をずらしてから目を伏せた。

 表情は見えなかったが、感じる空気は穏やかだった。


 バドゥの心に、彼らの思いは届いたのだと思う。



 レイランとユアンが、異種族と打ち解けられる理由は、理解しようと寄り添うからだと思っていた。

 でも、それは違うのかもしれない。

 彼らは最初から、相手が誰であろうと区別しないだけだ。


 子供も大人も、ドリアードもドワーフも、人も魔獣も。

 自分に対してもそうだ。


 そんな彼らに出会えたのが、何よりも幸せだったと思う。

 こうやって、王都で普通に過ごせているのは、彼らと一緒だからだ。


 彼らといる日々は心地よい。

 もちろん、森が恋しいと思うこともある。

 それでも……

 出来るだけ永く、彼らと過ごしたいと望む自分も、確かにいるのだ。 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ