蒼の季-41.郷
都下の街並みは、その見た目からしてもう賑やかだ。
どこに目を向けても、人と色が消えることはない。
眩しい白の道と壁を背景にして、屋根は鮮やかに塗られ、店先には人を呼び込む看板や旗、窓辺には鉢植えの花が風に揺れる。
行き交う人々も思い思いの色を纏い、足早に歩き去る。
どこに目を置けばいいか分からなかった光景にも、随分と慣れた。
隣を歩くセラは神経を研いでいるが、数歩歩くたびに手を引かれていた頃に比べれば落ち着いている。
人にぶつからないように、身体を斜めにしてすり抜けながら歩くのも上手くなったのではないか。
人が集まる中央広場には、外側を囲うように比較的大きな商店が軒を連ねる。
内側には、荷車に旬の青果を積んだ出店や、即席の商品棚に幌を掛けただけの小さな露店、食べ物や飲み物を売る屋台が日替わりで並ぶ。
ここが都下で随一の賑わい、人が集まる市場の中心だ。
その様子を横目に眺めながら、店の数がまばらな市場の外れに向かう。
声から遠ざかり、脇道を進んだ突き当り。
王都の色とは違う、どこか異国の空気を感じる小さな店が、数軒集まっていた。
「ルティナ様、こちらです!」
そのうちの一軒、暖簾から顔を出しているのはロイだ。
いつもの騎士の装いではなく、軽い街着に身を包んだロイは、いつになく無邪気な笑顔で声を上げた。
装いだけでなく、その表情までも街に馴染んでいる。
四家の従者の中でもとりわけ若く、常に明るく振舞う彼だが、それでも普段は気を引き締めて過ごしているのが分かる。
「今日はとても身軽ですね」
「市場に来るときはいつもこんな感じです。この方が話がしやすいのです」
屈託なく笑い、彼は暖簾を手で押さえてルティナを中へと案内する。
中は外よりもひんやりとして、灯りは小さなランプ1つだけだった。
静かな店内には大きな樽や壺が余裕を持って置かれている。
鼻に入る香りも、削りたての木の匂いに近い。
置かれているものは様々だが、賑やかな市場の店とは雰囲気が違っている。
この店の中に置かれているものからは、自然と同じ気配を感じる。
ルティナの家の保管庫のような空気なのだ。
「おや、いらっしゃい。坊ちゃんのお友達かね?」
店の奥から現れたのは、ほぼ白くなった髪を短く刈った小柄な男性だった。
身に纏う服は、ルティナが着る重衣をより簡素にしたような、王都では見かけない異国の装いだ。
その姿に、ふわりと懐かしさが湧き上がる。
どうやらその男性も同じだったようで、目尻の笑い皺を更に濃くした。
「これは珍しい。お嬢さんも東の人かい? うちとはちょっと違うみたいだけど、その合わせ襟を見ると嬉しくなるよ」
主人は机の横へ戻り、慣れた様子で腰を下ろした。
足元は素足のまま、引っかけるだけの履物を履いている。
「わたしはこの国の生まれですが、父の故郷は東の方だと聞いております」
「そうかい。東も広いからね。うちは少し南側でね、森を越えた先の海の近くなんだよ。王都では珍しい物ばかりだけど、もしかしたら知っているものもあるかもしれないね。気になる物があれば声をかけておくれ」
のんびりとした喋り口で、若干掠れている声は聞き心地が良い。
「ショウさん、頼んでおいた梅干しはある? とても気に入ったみたいなんだ」
ロイは主人の隣に並んで腰を下ろしている。
随分とこの店に慣れているようだ。
「ああ、前に言っていたのがこのお嬢さんかい。随分と若い子だったんだねぇ。話を聞いた感じはもっとずっと年上の人だと思っていたよ」
主人は奥に向かって声を掛けた。
丸みのあるふくよかな声が、奥から返ってくる。
パタパタと足音を鳴らして顔を出したのは、主人より少し若い女性だ。
手に持った鉄瓶を、店の奥にある瓶の上に置くと、軽く会釈をして戻っていく。
瓶の中は白い砂で満たされ、その上に炭と金具が見える。
その金具が鉄瓶をちょうど支えるように造られているようだ。
それはとても素朴で、炭の弾ける音が静かな店内に吸い込まれる。
ルティナは一瞬で心を奪われてしまった。
「鉄瓶……」
「おお、ご存じなんだね。じゃあお茶も飲むかい?」
「はい……家では、鉄瓶で毎日お茶を淹れていました」
「いいねぇ、うちと一緒だ。じゃあ、お茶も一緒にごちそうしよう。ちょうど入ったばかりの良い茶葉があるんだよ。梅干しと一緒に試してごらん」
先ほどの女性が、運び木に小さな皿を乗せて戻って来た。
「いらっしゃいませね。坊ちゃんに頼まれた梅干し、いくつか種類があるから試してみてね」
ふっくらとした頬を高くして、女性は机に小皿を3つ並べた。
色と大きさが違う梅干しが別々に乗せられて、食べやすいように串が差されている。
「このお嬢さん、毎日鉄瓶でお茶を飲むんだってさ。昨日入った香緑を出してあげようよ」
「あらあら、嬉しいわね。だったらうちのお茶も飲んでもらいたいわ。それに茶々も珍しいわよね。こちらじゃなかなか見かけないもの」
「ああ、そうだな。じゃあ順番に飲んでもらおうか」
「準備しましょうね。梅干しなら香緑が合うかしらね」
嬉しそうに茶を語る和やかな2人の空気は、人が作る陽だまりのようだった。
「ショウさん、ルティナ様は自分でお茶を作るんだよ。家にはすごい数のお茶が用意してあるんだって」
「それはすごいね。……もしかして、いや、違うかな」
ショウは顎に手を当てて、ルティナの顔をしげしげと見上げる。
「……あの、何か思うことがあるのですか?」
「いやね、前に一度だけ寄ってくれたお客さんがいてね。うちのお茶をすごく喜んでくれたんだ。その人も東の人らしくて、お茶を飲む人でね。その人が分けてくれたお茶がとても美味しかったんだよ。茶葉としては珍しいものだったんだけど、自分で作るって言ってたから……」
確信に近い思いに、身体に力が入る。
「……コーレンという名ではなかったですか?」
「名前は聞けなかったんだけど、年に2度は王都に来るって言ってたな」
込み上げる思いに、肩が震えた。
ここにもまた、父の姿が見える。
茶について嬉々として語り、ショウと笑い合う父が思い浮かぶ。
「……おそらく、わたしの父だと思います」
「……そうかい。これは不思議なご縁だ。縁っていうのは繋がるようにできているからねぇ。巡り会いとはよく言ったもんだね」
目が見えなくなるほど、ショウは顔をくしゃりと崩す。
顔いっぱいで笑うその表情は、ルティナの心を深く照らした。
後ろで控えていたセラが一歩前に出て耳打ちをし、店から出て行く。
こういうところで気が利く彼女が誇らしい。
「お茶が入るのを待ちながら、梅干しの説明をしようかね」
ショウは小皿を見て、ひとつひとつ引き寄せた。
「まずこれね、多分食べたのはこれじゃないかな。大粒で柔らかく漬けたあとに軽く干した物で、一番基本的な梅干しだね。こっちがそれに蜂蜜で甘みを加えて、仕上げ干しをしない。水分が多いから崩れやすいけど、果実みたいで食べやすいね。最後にこれが小粒で歯ごたえがあって、一番酸味が強い。うちではカリカリって呼んでるよ」
一番基本的な梅干しから口に運ぶ。
ひと口かじると、口の中に唾液が染み出してくる。
美味しい。
しっかりと塩気があるのに、角がなく食べやすい。
酸味は軽く感じる程度だ。
料理でも色々使い方が浮かぶし、そのままでもひと粒なら食べられてしまう。
「これはね、お酒に落としても旨いんだよ。飲みながら崩していくと、少しずつ味が変わっていくんだ」
「強めのお酒でも良さそうです」
「お、お嬢さん飲めるんだね?」
ショウは口の端をにっと上げる。
お酒好きは、同類を見つけると嬉しくなるらしい。
父とはきっと話が合っただろう。
「わたしは少し飲む程度ですが……色んな飲み方があると、料理にも合わせられるので楽しいです」
「うんうん、料理はうちのに聞いてよ。酒に合うつまみも色々知ってるよ」
蜂蜜入りの梅干しは、完全にルティナの好みだった。
塩気のある果実漬けだ。
これを仕上げに干したら、夏のリシアで喜ばれそうだ。
崩してパンやオルネに練り込んでもいい。
カリカリは独特の酸味で、食感も楽しい。
刻んで野菜と和えてもいいし、この小ささなら持ち歩きも楽だ。
夏場の塩分補給にも良いのではないか。
「どれも美味しいです」
「本当ですね……なぜ王都ではあまり知られていないんでしょうか」
その通りだ。
ロイがこのお店に足を運んでいなかったら、ルティナも梅干しに出会うことはなかった。
お茶も王都ではほとんど飲まれない。
「うちは小さな店だしね。市場からは外れているし、人の生活はなかなか変わらないものだから。王都の人には馴染まないのかもしれないね」
「それは私たちも同じだしね」
お茶のいい香りが漂ってくる。
ひと口サイズの湯呑みをいくつも乗せて、女性が戻って来た。
「梅は今が旬だから、漬けるなら今がいいのよ。うちの仕込みはもう終わってしまったけど、漬けるならやり方を教えましょうか?」
「どこで手に入るかな? 前に教えて貰った後に市場で探したんだけど、見つけられなくて」
梅干しをかじりながら、ロイは口を窄めている。
「王都だと見かけないかもねぇ。うちは届けて貰うのよね……王都の隣の山に、梅の木がたくさんあったはずだけど」
「貯水湖の山でしょうか?」
「そうそう、麓じゃなくて上の方ね。今はあの山に入る人が減ってしまったけど、前は山菜や木の実なんかをよく取りに行ったのよ」
女性を見ると、額にうっすらと汗が浮かんでいる。
顔も少し赤みが強く、火照りが出ているように見える。
さっきまでは全然感じなかった。
湯呑みを机に並べて、女性は胸を抑えて大きく息を吐いた。
「シノ、少し休んでろ。あとはやるから」
「このくらい平気よ、お客様がいらっしゃるんだから」
ロイは立ち上がり、ショウの隣へシノを促した。
申し訳なさそうに座るシノを視ると、首から上に気素が集まっている。
「奥様、熱があるのではないですか?」
「違うのよ、年のせいね。ちょっと逆上せてしまうことがあるの。少し座っていればよくなるわ」
このくらいの年齢の女性に起こりやすい症状だ。
気素のバランスが崩れて、突然逆上せたり、暑くないのに汗が止まらなくなることもある。
治癒魔法では対処が難しく、熱さましもあまり意味がない。
少しずつ身体を調整して、症状を和らげながら過ごすしかないのも事実だ。
だからと言って、辛くないわけではない。
いつ来るか分からない不調は、不安に感じるはずだ。
「奥様、ちょっと診せていただいても良いですか?」
「シノさん、安心していいよ。ルティナ様は薬草師なんだ」
シノの隣に屈んで、ロイは落ち着かせるように微笑む。
遠慮しながらも、シノはルティナの手に自分の手を重ねた。
「薬草師とは珍しいな。昔は世話になることも多かったけど、最近はあまり聞かなくなったもんだよねぇ」
「今は誰でも治癒魔法が受けられるようになりましたから、薬草に頼ることも少なくなったのかもしれません」
ルティナは目を閉じ、シノの身体の中に自分の気素を巡らせる。
首から上に偏っている気素を、身体の方に下ろすように押し流す。
気素は素直に動く。
ほんの軽い症状なら、バランスを心がけるだけですぐに改善できる。
「どうでしょう? まだ火照りを感じますか?」
「……驚いた。顔がすっきりしました」
シノの顔の赤みは収まり、瞳の色が一段明るくなった。
「良かったです。ごく軽い火照りですので、少し気を付けて過ごせば症状も起こりにくくなりますよ」
「足も軽くなった気がするわ」
「頭の方に熱が回ってしまうと、下半身に力が入りにくくなるのです」
信じられないというように、シノは立ち上がって足踏みをする。
ショウも口が半分開き、呆気に取られている。
「お嬢さんは腕がいいんだなぁ。ありがとうね……ここんとこずっと辛そうだったんだけど、何もしてやれなくてねぇ」
「いいえ、お気になさらないで下さい。……お茶をお飲みになるなら、普段のお茶を熱を冷ますものに変えるだけでだいぶ変わります」
「熱を冷ます……それは発酵させてないってことかい?」
「そうですね、茶葉にもよりますが……」
ルティナは用意された3種類のお茶の中から、一番色の淡いお茶に口をつける。
口に広がる甘みと、喉を通る感触が優しい。
後味も爽やかで、香りが鼻の奥に残る。
上質で繊細な茶葉だ。
「このお茶は、身体の熱を収める効果がありますね。香りも素晴らしいです」
これを冷やして飲むのも良さそうだが、ここまで繊細な香りは冷やすと感じられないだろう。
それは勿体なく思える。
紅茶のような茶色のお茶は、しっかりと芳醇な香りがする。
「こちらの茶色のお茶は、逆に身体を温める効果が高そうなので、冬にはとても良さそうに思います」
「それが茶々っていうやつでね、半発酵って呼ばれるお茶なんだ。しっかりした渋みも旨味だと思うんだよ」
茶々は後味がしっかり残るお茶だ。
脂の強い食事の後に、後茶として飲みたくなる。
「この鮮やかな緑のお茶……とても美味しいです。甘みと香り、苦みも柔らかで飲みやすいです。毎日飲みたくなるお茶ですね」
「嬉しいねぇ。それはうちで作っている香立っていうお茶なんだ。店の名前にもしている看板商品なんだよ」
ショウは湯呑みを傾けて、喉を鳴らす。
「ここまで中庸なのは珍しいです。人を選ばず、どんな飲み方でも楽しめそうですので、これを濃く出して冷茶にするのも良いかもしれません」
「冷やして……なるほどねぇ。あまりそうやって飲むことはないけど、夏には良いかもしれないね」
「長く置いてしまうと、香りが飛んだりしないかしら……」
シノは湯呑みを鼻に近付けて、湯気の香りを確かめるように吸い込んだ。
「わたしは冷茶にするときは、濃く出して冷やした清水で割ったりします」
「……良いかもしれないわね。それなら冷めるのも早いし、暑くても飲みやすいものね。ここのところ暑かったから、お水ばかり飲んでいたわ」
「お茶は身体の巡りを調えるものですから、普段から飲まれているのであれば、すぐに身体に馴染んで効果が出ると思いますよ」
「濃く出すなら、もっと茶葉を締めた方が良いかもしれないね。冷茶用に作ってみるかね」
そうか、作っているならそういう調整も自分で出来るということだ。
冷茶なら、お茶を飲みなれない王都の人にも馴染みやすいかもしれない。
「ショウさんが作るの? じゃあ少し多めに作ってくれない? 我が家でも試してみたいんだ。ルティナ様に言われて毎日お茶を飲むようになったら、皆調子が良いんだ。だからお茶を日常に取り入れたくて、茶を育てる畑も作ったんだよ」
「……茶は妙薬っていうのを信じてないわけではないけれど、本当に言葉通りってことなんだねぇ」
机に並べられた湯呑みを眺める目には、このお茶がどう映っているのだろう。
普段からお茶を飲むショウでも、知識としての陰陽はないのだ。
長年の経験から、なんとなくで感じる程度でも、生活に馴染むのなら充分だ。
「戻りました」
戻って来たセラの手には、ルティナが家から持って来た茶筒がある。
セラが気を利かせて、取ってきてくれたのだ。
「セラ、わざわざありがとうございます」
ルティナは筒の蓋を開け、ショウに差し出した。
「これが、我が家でよく飲んでいる茶葉です。もしかしたら、父がお分けした物はこれかもしれません」
ショウは懐から折りたたまれた紙を取り出し、慣れた手つきで茶葉を出す。
それを指先でつまんで鼻に近付けた。
「……ああ、これだ。この森みたいな香り。独特で強そうなのに、淹れるとこれが妙に良いんだ」
懐かしそうに目を閉じ、何を思っているのだろう。
その瞼の裏に父の姿があるとしたら……
そう思うと、自分の中にある記憶も呼び起こされる。
「そうそう、これね。強い香りなのに、湯呑みから上がるのは全然違うのよね」
シノも覚えていてくれている。
茶葉の香りだけで分かるほど、茶に親しんでいる人なのだ。
「森で採れる薬草や、茶葉になる植物を調合しているものなので、確かに少し薬のような香りかもしれませんね」
ショウはもう一度茶葉の香りを吸い込んだ。
指先を見つめながら、ぽつりと呟く。
「これを……うちの店に卸してもらうことはできないかねぇ」
思いもよらぬ言葉だった。
家で飲み、リシアで売る分くらいしか作ったことがない。
店に卸すとなると、それなりの量がいるはずだ。
「……嬉しいお言葉ですが、わたしは王都に滞在しているだけで、普段はリシアという街の近くで暮らしているのです。使っている素材も森で採れるものが多いので、そんなに量が作れるわけではないのです……」
「そうかい……そんなにたくさんでなくてもいいんだ。見ての通り、大繁盛している店でもないだろう? お茶が好きな人に、特別に分ける程度の量で構わないんだが……」
ショウの目は、ルティナが想像するよりもずっと真剣だった。
出来るだろうか……1人で出来る作業には限界がある。
日々の生活では、茶葉の他にも作る物がある。
リシアに届ける薬や、定期的に売っている香もある。
「でしたら……このお茶の作り方をお伝えするというのはどうでしょうか? わたしは茶を専門に扱うわけではありませんので、もっと良い製法があるかもしれませんし……森の素材を別の物に置き換えれば、王都でも作りやすくなるかも……」
「ルティナ様、ちょっとお待ちください」
ロイが慌てて口を挟んできた。
ショウも少し気まずそうに、目を伏せた。
「製法というのは、それだけで価値があるものです。それを明かすというのは……ルティナ様はよろしいのですか?」
「そうだよ、お嬢さん。うちが悪だくみをする店だったらどうするんだい」
呆れながら、シノと顔を見合わせて笑っている。
この2人なら、何の心配もない。
父もきっと、同じことをしただろう。
むしろこの人たちなら、上手に作ってくれると思えてしまう。
「ロイ様、ご心配は有難いですし、おっしゃることも理解できます。でも、わたしは商いをしているわけではありませんし、1人では出来ることにも限界があります。それに……人は見ているつもりです」
ルティナの返答が意外だったのか、ロイは目をぱちぱちさせた。
ロイには自分が世間知らずに見えているのだ。
確かに否定できない。でも、これでも一応1人で生きて来れているのだ。
人を見ることは、ある程度長けていると思う。
少なくともショウとシノでなければ、こんな提案はしていない。
「茶葉の香りだけで、茶を嗅ぎ分けられる人は多くありません。それほどに、茶が日常にあって親しんでいるということです。そんな方たちが、この王都で作って下さるなら、わざわざリシアで少量作ってお分けするよりも効率がいいと思いませんか? ロイ様の願う食文化の浸透にも、通じることになると思うのですが……」
「それは……そうなのですが……」
ロイの頭の中がぐるぐると回っているのが分かる。
何か他にもまずいことがあるだろうか。
「ほらほら、坊ちゃんも困ってるじゃない。またこのお茶に出会えたのだから、それを今日は喜びましょうよ」
「そうだな、坊ちゃん、お嬢さん、すまなかったねぇ。今日は梅干しとお茶を楽しんでくれたら充分だから。また遊びに来ておくれよ」
逆に気を遣わせてしまったかもしれない。
ロイは笑いながらも、ほっとしているようだった。
ルティナは、香立を2袋、茶々と香緑を1袋ずつ、梅干しを全種類1つずつ買った。
何を作ろうかと考えるだけでそわそわする。
「お嬢さん、たくさん買ってくれた上に、茶葉まで譲ってもらってありがとうね。また遊びに来ておくれ。ここの辺りは、異国の人たちが集まって店を開いているから、お嬢さんの好きなものが見つかると思うよ」
「そうそう。この辺は8日ごとに休むから、今日は休んでいるけど。お隣は石飾りのお店だし、お向かいさんは織物や糸を扱っているよ。その隣は東の調味料なんかがたくさん置いてあるから。またゆっくりおいでね、美味しいおつまみの作り方なんかも教えるよ」
ショウとシノは、暖簾から外に出て見送ってくれた。
振り返ると、背中に向けて手を振ってくれている。
こんな小さなことにも、東の文化を感じる。
人の姿が見えなくなっても、その後ろ姿の余韻を感じながら空を見上げる。
父がそうしていたのを、今ここで思い出した。
ほっとする。
ここは、王都とは違う、アマヒトに近い文化を感じられる。
また来よう。
梅干し入りのオルネを焼いて、それをお土産に会いに来よう。
遠くなる2人の姿に後ろ髪を引かれながら、賑やかな市場へと足を向けた。




