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精霊の往く先  作者: 流留架
序章
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序章-07.リズの脚

「アッシュガゼルには、どんな能力があるのですか?」


 リズとじゃれ合うレイランは、無邪気に笑っている。

 じゃれ合うというよりも、ちょっかいを出していると言った方がいいかもしれない。

 遊びたいのはレイランの方で、リズは静かにそれを受け止めている。

 リズの大人の対応だ。


「そうですね……しいて言うなら、癒しでしょうか」

「治癒能力があるのですか?」

「いえ、わたしにとっての癒しです」


 いたずらをする子どもの顔は、だいたいこんな顔だ。

 楽しそうなのは嬉しいが、あまりにもからかい過ぎではないだろうか。

 真面目に聞き返したのを、少し後悔する。


「……そうですか」


 不満が滲む声に、レイランは更に楽しそうに笑う。


「楽しそうで、何よりです」

「申し訳ありません、少し度が過ぎました。でも、楽しいです、本当に。普段は少し、かしこまった場所におりますので」

「人の目もありませんしね。リラックス出来ているなら良いことです」


 隣にいるリズに目を向けると、視線を返してくれた。

 際立って静かな子、だと思う。

 フェンを見ているからというのもあるが、無駄な動きが一切ない。

 耳や目は動くこともあるが、一度座ってからはずっと同じ姿勢でじっとしている。

 なんというか、美しい彫刻のような静けさだ。

 


「エルドポニーのような特殊な能力を持っている訳ではないのですが、人の意思を読み取る能力が高く、思うように動いてくれるんです。あと、危険察知が抜群に早く、身軽です。戦闘力よりも機動力に優れている感じでしょうか」


 確かに、身体もスマートで、レイランの様子にとても敏感だ。

 レイランの溺愛もすごいが、リズの方からも同じような雰囲気を感じる。

 1対1の関係を好む気質なのかもしれない。


「あの、こんなことをレイラン様に言うのは失礼だと分かっているのですが……」

「なんでしょう? わたしは全く気にしませんよ」

「リズの右前脚が気になるのですが、先ほど痛めたりはしていませんか?」


 レイランは瞬きを2度して、ため息のような息を吐く。

 半ば呆れているといった顔だ。


「ルティナ様は本当に……、よく気付きますね。これに気付いた人は、今までほとんどいませんが」

「そうなのですか? 本人も気にしているようだったので」

「そもそも、その本人の様子に気付きません。普通は」

「レイラン様が特に気にしていないようなので、大丈夫だとは、わかっています……」


 少し強くなった口調に気圧されて、徐々に声が小さくなる。

 出過ぎたことを言ってしまった、と後悔する。

 

「伝わっていないようなので一応言いますが、これは褒め言葉です」

「なるほど……」

「リズのこれは今日のけがではないので、お気になさらないで下さい」


 リズの脚に目をやり、レイランは伸ばしていた足を引き寄せて座り直す。


「2年ほど前に少し無理をさせまして、治療はしたのですが少し違和感が残ってしまったようで」

「古傷、ですか」


 けがに気付かず治療が遅れたり、患部に別の症状が重なってしまうと、治癒魔法でも完全に元に戻すのが難しいことがある。

 もしかしたら、直ぐに治療できる状況ではなかったのかもしれない。


「治療まで少し時間がたってしまったのですが、脚は完全に治っているそうです。何人もの治癒師に診てもらいましたが、皆同じ答えでした」

「そうですか……」

「治癒師が言うには、けがをした経験があると、痛みへの恐怖や不安で、無い痛みを感じてしまったり、無意識にかばってしまうということがあるそうで。それが原因ではないかと言われました」


 確かに、そういうことはある。

 身体ではなく、心の方が原因になることも多い。

 でも、レイランとリズの関係を見ていると、心の問題というのはあまり想像できない。

 おそらく、脚に何かあるんだろう。


「レイラン様から見て、リズは痛がっているように見えますか?」

「いえ、あまりそうは思えません」

「では、けがを怖がって、かばっているようには?」

「それも、あまり感じません」

「よくわからないけど違和感がある。みたいな感じでしょうか?」

「そうですね。あまりにも曖昧ですが、そんな感じです」


 視てみないことには判断がつかないが、思い当たることがある。

 以前、父の施術を手伝ったこともある。

 でも、違った場合、必要のない期待だけをさせてしまうことになるかもしれない。

 そういう落胆の表情を、ルティナは何度も見てきた。

 

 それでも、治せるものなら治したいと思うのは、自分のエゴではないのか。


「レイラン様、リズの脚を見せて頂いてもよろしいでしょうか……」

「……もちろん、ルティナ様なら、リズも大丈夫だと思います」


 レイランが立ち上がると、ほぼ同時にリズも立ち上がった。

 本当にすごい理解力だ。

 意思の疎通というより、意思をそのまま感じているように見える。

 

「リズ、ちょっと脚を視せて貰ってもいいでしょうか?」


 ルティナを見るリズの目は、なにかを探っているような目だ。

 魔獣にとって、自分の傷んでいる部分を見せるのは怖いものだろう。


「リズ」


 レイランがリズの首に手を乗せる。

 リズはそのままじっとしている。


 ルティナは、額の中央に意識を集めて、目を()()()

 

 右脚側面、蹄から少し上の辺りの流れが途切れている。

 流れが弱くなったり、滞ったりするのはよくあるが、完全に途切れているのは珍しい。

 でも、ケガ自体はしっかり治っている。

 治癒魔法で治るのは、身体の物質的な部分だ。

 そこに損傷があったらルティナには治せない。

 これなら、問題なく戻せる。


 この施術は、父にきつく止められていた。

 父の施術は、身体の中を、外から少しずつ調整するものだった。

 ルティナはその調整を、中から直接出来てしまう。

 要は、効きすぎてしまうのだ。


 父の言葉は強かった。

 むやみにやるな。

 もしどうしても治したいと思う人が現れたら考えろ。

 その後何があっても、自分とその人を責めないと確信が持てる相手なら、判断は任せる。

 そう言われた。

 今なら、父の言っていることが分かる。


 優秀な治癒師にも治せないもの。

 治してしまったら、それには理由がいる。

 その理由は、人には理解できないものだろう。


 何があっても、自分とその人を責めない確信が持てるかと言われると、正直わからない。

 それでも、ルティナはリズに、レイランと一緒に走って欲しいと思う。


「レイラン様、このリズの脚に、気付く人はいなかったのですよね」

「はい、ルティナ様とわたしと、あと1人だけです」

「あと1人の方は、レイラン様にとってどんな人ですか?」

「わたしが仕えている方です。誰よりも信頼する、わたしにとっては唯一の人です」


 レイランがその人に、この話をしないのは難しいだろう。

 それも仕方がない。

 決めたのは自分だ。


「では、可能であれば、レイラン様は、何も見なかったことにして下さい」


 レイランは黙っている。


 ルティナは立ち上がり、左手の指先をリズの前にゆっくり差し出し、意識を込める。

 リズは一瞬身体を後ろに引いたが、確認するように鼻先を近付ける。

 しばらくそれを見つめた後、リズは姿勢を戻した。


「少しだけ違和感がでるかもしれません。安心させてあげて下さい」

「…………わかりました」


 指先をそっと右脚に沿わせる。

 上から下へ、弱まっている光の道を広げるように、ゆっくりと通していく。

 完全に途切れている箇所は、無理矢理に通す必要がある。

 少し強めに圧をかけながら、下へ押し流していく。

 

 リズが少し脚を引いた。それでも、我慢してくれている。


 繋ぎ合わせて、調える。

 この流れは、身体の中にある川のようなものだ。

 行き場がなくなって溢れ出たものが元の道に沿うまで、少し時間がかかるかもしれない。

 

 手を離して、目を開ける。

 途切れはなく、しっかり流れている。

 ルティナはほっと胸を撫でおろした。


 立ち上がろうと身体を持ち上げた瞬間、目の前がぐらりと回った。

 なんとか踏みとどまろうとしたが、足の踏ん張りがまったく効かず、膝から崩れ落ちてしまう。

 完全に体力切れだ。


 そういえば、朝からほとんど飲まず食わずだ。

 

「ルティナ様っ!大丈夫ですか!?」


 心配しているであろうレイランの顔は、逆光で何も見えない。

 情けなさも恥ずかしさも、とりあえずは置いておこう。


「大丈夫です。……ちょっと、お腹が空きました……」



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