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オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
間章 ―響きが集う場所―
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蒼の季-23.答え合わせ

 離れに戻ると、火床の卓にはヒベニシダが置かれていた。

 ひと回り大きく育った子は、夜の陰を受け取って存在感が増している。

 根から葉にかけて、美しいグラデーションのように陰が巡っている。


 霊素の巡りも、どうやって巡るのかを意識すると捉え方が変わる。

 植物は、やはり根が陰に馴染み、葉や芽は陽に馴染む。

 感覚では分かっていたが、それが深く刻まれた。



 その隣には、いくつかの袋が置かれている。

 中を確かめると、まだ知らない穀物のようだ。


「初夏になると市場に出始める穀物だそうです。短い期間しか出回らないので、あまり見かけませんが。たまたまロイが手に入れたそうで、少し届けるように言ってありました」


 季節の穀物に、ルティナは顔が緩む。

 王都に来て驚いているのは、その豊富な穀物だ。

 穀物は土地ごとに作られるものが異なり、王都にはたくさんの種類が揃っている。

 


「これは……気備きびの一種でしょうか。かなり粒が大きいですね」


 袋の中にあったのは、麦ほどの大きさの丸い穀物だ。

 通常の気備よりもかなり大きく、色が淡い。


「それは大気備と言うそうです。夏前には終わってしまうので、今だけだとか」


 ロイが袋を覗き込む。

 食材を学び始めて、どんどん詳しくなっている気がする。


 大気備は、僅かに陽を帯びた穀物のようだ。

 せっかくの季節ものなら、これに陰の穀物を混ぜて雑炊でも作ろうか。

 身体にも優しいし、この時間でも食べやすい。


「せっかくなので、これを使わせていただきますね」





 大気備と大麦、それに手持ちの穀物を合わせてバランスを取る。

 粒が残る程度に炊き上げて、程よく蒸らす。


 鳥でしっかり出汁を取り、刻んだ根菜とキノコ類を合わせた。

 出汁を取った鳥肉は、割いて食べやすくする。

 味付けは塩だけで、生姜や薬味で風味を足すのが良さそうだ。


 炊き上がった穀物を少し冷まし、スープに合わせてひと混ぜ。

 最後に卵でゆるくとじて、薬味は別皿で用意する。


 色の濃い季節野菜を素焼きにすれば、箸休めにちょうど良い。


 ロイにはこれだけでは物足りないだろう。

 余った鳥をひと口大に切って串に刺す。

 皮目を香ばしく炙って、ハーブ塩で味を調える。


 飲み物は甘みの少ない果実酒を泡水で割ったもの。

 冷やしてお出ししたいところだが……冷えるまでの時間が足りなさそうだ。



 ルティナはふと、ファムの言っていたことを思い出した。

 こんなことをお願いしても良いのだろうか……


「ロイ様……少しだけお願いが……」


 火床の卓でこちらの様子を観察していたロイは、すぐさま立ち上がって寄って来る。


「なんでしょうか?」

「こんなことをお願いするのは大変失礼かと思いますが……水を凍らせていただくことはできますか……?」

「水を、ですか。構いませんが……何に使うのですか?」

「飲み物を冷やしたいのです。時間がかかりそうなので、氷を足そうかと……」


 ロイは目を丸くしている。

 確かに、アルデニアでそういう飲み方をしているのを見たことがない。


 氷は貴重品だ。

 父もたまにしか手に入らないと言って、保管にかなり気を遣っていた。

 あれがあるだけで、夏は格段に過ごしやすくなる。



「氷を……飲み物に……? 分かりました」


 ルティナは浅い皿に清水を張って、ロイに差し出す。


 ロイがすっと手をかざすと、魔素が動くのを感じる。

 ルティナは慌てて意識を集め、ロイの腕を視る。


 ロイの陣は手首に浮かんだ。

 彼の魔素と同じ、明るい空色の陣は右方向に回転している。

 浮かび上がった陣が回転しているのを、初めて見た。

 その回転が速度を上げると、色が淡くなった魔素が水へと落ちていく。



 なるほど。

 これが先ほど言っていた、具現化せずに現象だけを起こす魔法だ。

 雪が降り積もるように、水の上を覆っていく。


 水はきれいに固まって、透明な氷になった。

 白い濁りが一切ない氷は、見たこともない美しさだ。


「素晴らしいです。こんなに透明な氷は初めてです」

「私も……初めてです……」

「え……?」


 2人で顔を見合わせる。

 ロイは自分の左手を見つめたままだ。


「いや、なんというか……人の口に入ると思ったら、丁寧に作らねばならないような気がして……それで、いつもよりも意識を込めたというか……」

「なるほど。魔素の密度がとても高かったのはそのためかもしれませんね」

「密度……」

「あと、陣がとても速く回転していましたね」

「回転……?」


 普段の魔法発動を見たことがないので、違いが説明できるわけではない。

 でも、きっと何かしらの違いはあるはずだ。

 ロイの魔法を、今度ぜひ見せてもらいたいものだ。


「2人とも、話はゆっくり食事をしながらにしてはいかがですか?」


 座ったまま、笑顔でこちらに声を投げる。

 ミオルも興味がある話題のようだ。

 そして、絶対にお腹が空いている。


「そうですね、もう仕上がりますので……」


 美しい透明な氷は、割るのが勿体ないと思ってしまう。

 意を決して氷を軽く叩く。

 弱い力しか込めていないのに、氷は素直にひびが入る。

 グラスに入れると、氷は数回跳ねるように揺れ、透明に澄んだ音が鳴った。


 その音は涼やかで、夏の暑さを和らげてくれるような気がした。




 器から上がる湯気には、穀物の優しい香りが詰まっている。

 初めての大気備は、もちもちとした食感で素朴な甘みがある。

 大麦のぷちぷちと合わさると、口の中が楽しく弾ける。


「はぁ、いつもながら……とても優しいですね」


 ミオルの表情は幸せそうだ。

 今日は忙しい一日だったのもあり、身体も頭もほどよい疲労感だ。

 ほっとする夕食のひとときは、今日の余韻を深くする。


「大気備って、こんなに美味しいものなのですね。勧められたときは、ほんのお試しのつもりだったのですが……買って正解でした」


 その通りだ。

 旬のもので霊素も豊富、その上栄養もあって美味しい。


「……この鳥は……私だけいただいて良いのでしょうか……」


 ロイは、自分にだけ用意された串焼きの鳥を見て、少々戸惑っている。


「ロイ様には物足りないかと思ったので、残った鳥も焼いてしまいました。召し上がって下さい」

「ぼくは充分ですよ。この時間だと、少し重そうです」


 嬉しそうにかぶりつく姿に、ロイは案外こういうのが平気なのだな、と思った。

 ミオルが串焼きを食べる姿は、あまり想像ができない。


「そうだ、先ほどの魔法の話も面白そうでしたね」


 ミオルはグラスを持ち上げて、軽く揺らす。

 溶け始めた氷は、まだグラスの中で音を奏でる。

 冷えたグラスが汗をかいて、水滴が今にも落ちそうになっている。

 ルティナはそのグラスを受け取り、乾いた布で軽く拭った。


「ミオル様の陣は、なかなか見る機会がありませんね。いつもいつの間にか魔法が発動しているので……」


 そうなのだ。

 見ようとしても、あっという間に終わってしまう。

 発動が速すぎて、まったく追えないのだ。


「ああ、それはきっと、見ているところに陣がないのだと思います。腕を視ていたのではないですか?」

「はい、そうですね」

「おそらく、発動も早い方だと思いますが、ぼくは陣をある程度自由な場所に自由な大きさで展開できます」


 さらっとすごいことを言っているのではないか。

 考えてみれば、陣はその人が思い描くものだ。

 それを腕で操作するから、自然と腕に陣が置かれやすい。


 レイランも、ロイもそうだ。


 陣は自身の魔素で描くのだから、身体に近い所に描くものだと思っていた。

 これも、術者の力量、技量による部分なのかもしれない。


「大掛かりな治癒をするときは、その人の身体の下に陣を敷くイメージで展開します。身体全部が入るように」


 相当な大きさだ。

 それを展開するだけで、それなりの魔素が必要になりそうだ。

 ミオルの魔素総量はかなり多いのだろう。


「あと、先ほどの話を聞いて考えてみると、ぼくの陣はほとんど回りません。治癒には回転がない方が浸透しやすいのではないかと仮説を立てている所です」


 なるほど、そういう考え方もあるかもしれない。

 ある意味それも難しい気がする。

 人の巡りは止まることがない。

 一番自然なのは、身体の巡りと同じ速度で陣が回ることだろう。


「あと意識しなければ、人への治癒は右方向、場の浄化は左方向に回りますね」


 かなりちゃんと把握しているのは、ミオルだからなのか。

 それとも魔法を使う人は皆そういう風に感じるのだろうか。


「陰陽……」


 おそらく、これは陰陽に置き換えられることだ。

 前にも同じことを考えた覚えがある。


「陰陽、とは……何か思うことがあるのですか?」


 ルティナは頭の中を整理しながら、以前思ったことを言葉に置き換える。


「これも概念の話ですが、陰は右に回り、陽は左に回る。感覚的に、わたしはそう感じています。陰は内側、陽は外側。人の内側を治す治癒は右に回り、外側の浄化は左に回る……と考えると腑に落ちます。治癒魔法というものの中にも、陰陽があるなら……それぞれの属性の魔法の中にも、陰陽があるのではないかと……」

「なるほど、面白いですね」


 考えていくと、必ず繋がって来るのがこの世界の現象だ。

 それを魔法で考えると、とても分かりやすく理論として成立する。

 ウィランが深く潜ってしまうのも分かる。

 面白いのだ。


「少し失礼します!」


 ロイが立ち上がり、外へと走って行く。

 ミオルと顔を見合わせ、首を傾げた。

 ロイの皿が綺麗に空になっているのを確認して、ルティナは皿を下げ始める。


「ウィランがいなくて良かった。いたら今日は寝られなかったかもしれません……」


 ミオルの小さな独り言が聞こえ、それに深く同意した。




 後茶を用意し終える頃、ロイが戻って来た。

 その顔は、隠し切れない熱が表れている。


 息を整え席に座るが、身体が前に乗り出してしまっている。


「私は先ほどルティナ様に言われるまで、陣が回転していることなどまったく意識したことがありませんでした。それで今、確かめてきました」


 ロイの声は上擦っている。


「私の場合、水と氷の魔法を使います。まだうっすらとしか感じられませんが、氷は右に回り、水は左に回っているようです。そして、その回転の速度を意識して変えることも……できそうだと思いました」


 陣の回転を意識して変えることができるなら、一つの魔法を調整して発動できるということになる。


「そういう調整は、今までしていなかったことなのでしょうか?」

「少なくとも私自身は、したことがありません。聞いたこともありませんので、おそらく新しい魔法の理論になることだと思います」


 ミオルを見ると、彼も小さく頷いた。

 これは大きなこと……なのだろう。

 ロイの興奮から、それは伝わって来る。


「この知識を……アルデニアに預けていただけるのでしょうか」


 魔法を使えないルティナにとっては、言ってしまえば興味でしかない。

 知識という段階のことでもないように思う。

 ただ、そうなのではないかと思っただけだ。


「わたしは思いつきを言葉にしただけです。……わたしは魔法を使えませんから、役立つのであれば迷うことは何もありません」


 ロイはミオルを見た。

 ミオルは目を閉じて考えているようだ。

 2人の空気は、先ほどまでとは違った緊張がある。


「これは少し、我々だけで扱うのは重いですね。ちょうど明後日、アルヴィンの集まりがありますから……そこで話しましょう。その後ウィランに掴まることは覚悟しておいた方が良さそうですが……」

「では、明日できる範囲で検証を進めてもよろしいですか?」

「まだ漏れないように注意して……できれば集まりに来る誰かを巻き込んでおいて下さい」

「リュサール以外が良いですね?」


 ミオルは少し考える。

 彼の頭の中で、どんなことが巡っているのか……ルティナには分からない。


「できれば……レイランあたりが無難でしょうか。彼は頭が回ります」

「分かりました」


 どうやら、何かが動いてしまったようだった。

 自分の思い付きで話したことが大きくなるのは、どうしても不安だ。


「大丈夫です。ルティナ殿はそのままでいてください。どう転んでも、アルデニアには良いことでしかありません。できる限り、あなたが息苦しくならないように進めますから。ぼく達に任せて下さい」


 ミオルの空気が戻っている。


「ルティナ様、こう見えて兄様は案外すごい人です。兄様が大丈夫と言うならそうなのです」


 ロイは自分のことのように胸を張った。


「ロイも頼りになりますよ。だから大丈夫です」


 2人から感じる温かさで、心に滲んだ不安が薄れていくのを感じた。






 朝、ロイと共に出掛けるのが、普通の日常になっている。


 種を植えてから5日。

 サガラの種は順調に育っているようだった。

 水やりは一巡と言われている。

 おそらくそれまでには芽吹くということだろう。


 遮るもののない平原は、朝であっても陽射しが強く感じる。

 これでまだ蒼の季に入ったばかりだ。

 暑さの盛りはかんの季の半ば頃。

 まだまだ先なのにも関わらず、平原はこれだけ陽が強い。

 森なら夏真っ盛りと言ってもいいくらいだ。



 水やりを終えて離れに戻り、セラと簡単な朝食を用意する。

 今日は、残っていた平パンを温めて蜂蜜をかけた。

 朝に甘い物を食べるのは少し気が引けるが、たまにならいいだろう。

 ミルク茶と果物があれば、お腹は充分満たされる。

 ついでに不思議な満足感もあるのだから、甘さはやはり幸福なのだ。



 片付けて身支度を終えると、朝の鐘が聞こえてきた。

 王都に響く朝の鐘は、街が動き出す合図のようだ。


 ルティナの部屋に、今日からヒベニシダの苗が置かれている。

 朝陽が出る頃に、陰を与えた。

 今のところ、目立った変化は見られない。

 苗全体から、うっすらと白い光を感じる程度だ。

 

 今日から本格的に、ヒベニシダの改良を始めている。

 

 初めてのことにはいつも緊張するが、今はもう落ち着いていられる。

 ヒベニシダは応えてくれると、ただ信じられるのだ。



 ユアンの気配は、少し前から感じ始めた。

 もうすぐ離れに着く頃だろう。


「ルティナ様、ユアン様がお見えになりました」


 先に分かってしまうと、こうやって呼ばれるのが照れくさく感じる。

 なぜだか心が騒がしい。


 部屋から出ていくと、いつもの黄金色がまばゆく広がる。

 太陽が強くなるごとに、ユアンの光も強くなるのだろうか。


「おはよう、早すぎたかな?」


 最近、ユアンの視線はよく動く。

 落ち着きがないとまでは言わないが、少し気になっている。


「いえ、わたしも準備を終えたところでした。何かお話があるのでしょう?」


 ユアンはさらに気まずそうに、視線ごと顔を横へ逸らした。


「いや、実は特に何もないんだ。ただ、ここのところ……何かあるときじゃないと話す時間がなかったから……たまにはのんびり過ごしたいと思って……」 


 きっと、心配してくれたのだ。

 森にいるときと違って、日々何かに追われるように過ごしている。

 今のところはそれを苦しいと思っていないが、確かに気が抜ける時間はなかった。


 ユアンはいつも、ルティナ自身を見てくれている。


「ユアン様の方がお忙しいのに、お心遣い感謝いたします」

「いや、違うよ? 心配したわけじゃなくて、俺が一緒に過ごしたいんだ。いや、心配してないわけじゃないけど……その、ただ、ゆっくり話がしたい」

「……わたしも、お話したいと思っていました」


 そうだ。

 話したいことがたくさんある。


 ユアンと過ごしていない間に起こった、たくさんのこと。

 ユアンが言っていた言葉の意味が、やっと理解できたこと。

 それを早く伝えたいと願ったことも。


 まだ胸に置いたまま、ここに残っている。

 これは言葉にして、ちゃんと伝えたい。


「……そうか、良かった」


 ようやく、ユアンの視線が自分に向けられた。

 穏やかに落ち着いた黄金色は、いつものユアンの温かさだ。


「どこかへ行こうかと思ったんだけど、出掛けるとなると2人では難しいから。散歩しながら話す……でもいいかな」


 ルティナは静かに頷いて、ユアンの後ろから外へ出た。



 アベリスの敷地は、それなりの広さだ。

 乱れなく整えられた花や木は、作られた森のようだった。

 ゆっくり歩けば、昼まで充分過ごせるのではないだろうか。



「本当は、昨日の夜会った時にさ、そのまま話したかったんだ。でも、やっぱりそれは難しくて。久しぶりに、ああ、なんて面倒な場所なんだ……って思っちゃったよ」


 ユアンのあの無表情は、きっとそれを考えていたのだろう。


「……その雰囲気は……少し、出てしまっていましたよ?」

「えっ、そうかな。ちゃんと抑えたつもりだったけど」

「顔が固まっていましたから」


 空に顔を向けて、大きくため息を吐いた。

 その表情はため息とは裏腹に、どこかすっきりとしている。


「それに気付くのはルティナくらいだよ、きっと」



 肩の力が、抜けたように見えた。


 ルティナが思うよりずっと、ユアンはちゃんと振る舞っているんだろう。

 それが彼にとって息苦しいことなのだと、改めて感じる。


 エンの森で接していたユアンは、誰よりも自由だと思った。

 考えるよりも先に動いてしまう、思うままに行動する。

 それがユアンだと思っていた。


「わたしは自分で枷を付けてしまいますが、ユアン様は周りを思っているからだと思います」

「違うよ。ただ、この方が色々楽なだけだ」

「いいえ。それによって楽になるのは、周りです。それを、ユアン様が優先しているのです。誰よりも周りを思って、そう行動しているのだと思います」



 木々の中にある東屋に、2人で腰を下ろした。

 日陰の空気はひんやりとして、それがやけに静かに感じる。


「自分のことを言っているように聞こえるけどね」

「わたしは違いますよ? 王都に来て、皆さんがとても気にかけて下さっているのが伝わります。とてもありがたいことです」

「いやいや、ルティナが周りを気にかけて、色々動いているんじゃないか」

「わたしは、ただやりたいことをやらせてもらっています。平原の核のことも、スヴェルフのことも、ヒベニシダのことも、わたしのわがままを通してもらっただけです……」


 呆れたように、ユアンは大げさにルティナを覗き込む。


「本気で言ってるの?」


 ユアンの目は真剣だ。

 真剣に、少し怒っている。


「全部誰かのためじゃないか。アルデニアのため、スヴェルフのため、何ひとつルティナのためじゃないだろ?」

「でも、望まれてやったことではありません。わたしがそうしたかっただけです」

「望まれてなければ、相手のためにならないわけじゃないよ」

「それはユアン様も同じではないですか」


 少しの沈黙があった。

 ユアンの言葉を受け取り、その意味が染み込んでくると、無性に可笑しくなる。

 結局は、同じことを言っている。

 それが巡っているだけだ。



「小さな巡り……ですね」


 ユアンの言葉を思い出す。

 自分が相手を思い、相手の思いを受け取れば、それはこの世界の巡りと同じ。

 出会ったばかりの頃、ユアンが言った言葉だ。


 それが自分の中に芽吹いていることが嬉しい。


「そうだね、ちゃんと巡ってる」

「そのときは分からなくても……ユアン様の言った通りになります」

「えっ?」

「全部、ユアン様の言った通りになるのです」


 そうだ。

 彼の言うことはすべて現実になるのではないか。


 人の心も巡る。

 寄り添えば、世界は応える。


 あのときは届きそうで、自分の理解には届かなかった。

 でも今は、そこにたどり着いている。


 

「俺はそれを、ルティナに思っているけどね」

「そんなことが……ありましたか?」

「ヴェリッダのことも、俺の身体のことも、ナーシャ(あねうえ)のことも。そしてきっと、これから起こることも」


 お互い、自分のことは全然見えていないということだ。

 でも、それでいいような気がする。


 自分のことを、自分以上に見てくれる人が目の前にいる。


「わたしのことは、ユアン様が見ていてくれるので安心ですね」

「俺のことは、ルティナの方が見えるみたいだ」



 ほぼ同時に出た言葉は、重なり合ってそこに響いた。


 2人の笑い声も同じように、重なり合って庭へと消えた。



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