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オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
蒼の季 初夏 ―静かに眠る山―
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蒼の季-19.改良

 火床には、香ばしいクラカンの香りが立ち込めている。


 離れにはかまどがないので、ひと口分を丸めて平たくし、火で熱した石板に並べて焼くことにした。

 セラは新しいレシピに興味津々だ。

 感情が控えめなように見えて、セラはとても分かりやすい。

 表に出さないだけで、感情自体はとても豊かな人だ。

 作り方を細かくメモしながら、きっと別のレシピも考えているはずだ。

 ルティナにとってはそちらの方が、ずっと楽しみだ。


 午後の早い時間に離れに戻ったのは久しぶりで、夕方までの空いた時間で、数種類のクラカンを作ることにした。

 麦粉や穀物粉にコクのある木の実油を加え、捏ねて焼くだけの簡単なおやつだ。

 砂糖と干し果実を加えて甘くしたもの、木の実を砕いて混ぜたもの、卵を加えたシンプルなもの、3種類にした。


 材料も少なく、焼き上がるのも早い。

 焼き立てをつまみながら作れる、素朴な焼き菓子だ。



 サンカの森から戻って、少し話をした。

 ヒベニシダの苗の変化を促すなら、貯水湖の水に馴染ませながら進めたい。


 レイランが弟妹と一緒に、水を取りに走ると言ってくれた。

 ユアンはこれからの流れを相談するために、エデュードと一緒に動き方を考えるそうだ。


 明後日に最初の経過報告があり、ルティナも参加することになっている。

 それまでに少しでも変化が見られれば、少しは安心してもらえるかもしれない。



「この……クラカンは、甘くなければ軽食にも良いですね。馬に乗りながらでも食べられますし、案外お腹にも溜まります」


 焼き立ての木の実入りを頬張り、半分になったクラカンを見つめる。

 セラは口元を抑えながら真剣な様子だ。


 ルティナはプレーンのクラカンをかじる。

 さくさくの食感と共に、穀物のほのかな甘みが口の中に広がる。

 自分で作った素朴な味に、ほっとする。

 こういう時間が自分には必要だ。

 王都に来てからは、何でもない日、ただ過ごす日というのがとても少なかった。


「そうかもしれませんね。でも、口の中が渇くので……何か飲み物がないと食べにくそうです」

「それは……そうですね……」


 ぱさぱさになった口を、セラが用意してくれた果実水で潤す。

 王都で売られている果実は、森のものとは違い素直な風味のものが多い。

 作物として作られているものがほとんどで、大きさも揃って形も綺麗だ。

 扱いやすく、安定している。


 でも、少しだけ物足りないと思ってしまうのは、贅沢なことだろうか。

 森で採れるものたちは、その時々で個性がある。

 香りが違ったり、酸味が強かったりと……そこで生きている実感が強い。

 その変化や主張を感じるのも、楽しいものなのだ。



「セラ様、夕方頃にミオル様がいらっしゃるまでに香を作ってしまいます。今日はもう出かけることはありませんので、自由になさって下さい」


 セラは火床の片づけを終えて、手を拭きながら振り返った。


「ルティナ様、申し上げたいことがございます」

「なんでしょうか?」


 いつも動かない表情が、今はさらに固まっている。

 何か言いにくいことなのかと、ルティナも背筋が伸びる。


「私のことはセラとそのままお呼びください。様を付けて呼ばれる立場ではございません」


 ルティナのかかとが、じりっと動く。

 それはとても苦手だ。

 以前ユアンにも言われたことがあったが、どう頑張ってもできる気がしない。


「それと、わたしはできるだけ、この離れにいさせていただきたいのです。その方が何かと動きやすいですし……」

「……?」

「……私が学びたいことが、ここにはたくさんあります」


 思いっきり目を逸らされたということは、彼女はとても照れている。

 すんとした表情のまま、目線だけでなく顔まで逸らしてしまっている。


 彼女はとても可愛らしい人なのだ。

 目線がいつもルティナを追っている。

 料理や手仕事が好きで、生き方の好みが近いのだと思う。


「セラ様が良いのであれば、それはまったく構いませんが……」

「セラ、です」


 ……譲ってくれる気はなさそうだ。

 こればかりは……慣れ、なのだろうか。


「お言葉ですが……わたしも、様を付けて呼ばれる者ではないと思うのですが……」

「それは違います。身分ではなく、立場の問題です。あなたはユアン様のお客様で、大切にされている方です。ユアン様は私が仕える方、ルティナ様はそう呼ぶべき方です」


 言い返す言葉が見つからない。


「わたしは敬称なしで人を呼んだことがありません……大目に見ていただけると……」

「私との関係性だけではないのです。これから王都で過ごす間、人からの見られ方、他の誰かがルティナ様をどう扱うかの指針にもなってしまうものです」


 セラは、きっと彼女なりの守り方を示そうとしてくれている。

 ルティナにはそういうことがよく理解できない。

 でも、セラがアベリスで、この王都で軽く見られる人でないことは分かる。

 そのセラをどう呼び、どう接するかで、周りとの摩擦が減ると言いたいのだろう。


「ルティナ様にはご自身のことは見えにくいのかもしれませんが、おそらくお父様は身分の高い方だったのではないでしょうか。所作や纏っている空気が庶民のそれではありません。それは、王都で過ごすのに良くも悪くも働きます。ルティナ様がそう接して下さることで、私やユアン様、レイラン様も立ち回りやすくなるとだけ、ご理解ください」


 ここまできっぱりと言葉にされると、逆に受け入れやすいものだ。

 自分がそうすることで、皆が余計な気遣いをしなくて済むなら、それに越したことはない。


「わかりました……セラ、お気遣いありがとうございます」

「私に対する言葉遣いも……いえ、少しずつで構いません……」


 セラ、という響きが自分に返ってくると、どきどきしてしまう。

 心は落ち着かないが、セラがとても近く感じる。

 彼女はとても頼りになる人だ。

 何よりもルティナはセラが好きだ。


 一緒に行動しやすくなるのなら、努力するべきことだ。





「ルティナ様、戻りました!」


 離れに駆け込んできたのは、見たことのない容器を両手で抱えたリオンだ。

 大きく開かれた目に熱で赤らんだ頬で、その興奮が伝わる。

 レイランと一緒に行けたのが、よっぽど楽しかったのだろう。


 リオンの胸の前にちょうど収まる大きさで、きっちりと蓋が閉じられている。

 金属ではなさそうだが、木製でもない。


「お帰りなさいませ。大変だったでしょう」


 床に置いてもらった容器には、たっぷりと水が入っていた。

 水には少しだけ土が混ざっているが、濁ることなく澄んでいる。

 木の香りが移ったような独特の匂いで、あの景色が浮かぶ。


「リオン、少し落ち着け」


 あとから入って来たレイランの声に、気まずそうに端に避ける。

 その陰から控えめに顔を出すリエラの手は、別の筒を持っている。


「あの、ルティナ様。もしかしたらこれも必要かと思いました……」


 差し出された筒を開けると、その中には土が詰まっていた。

 伝えるのを忘れていたことに、これを見るまで気付かなかった。


「リエラ様、ありがとうございます。すっかり伝えるのを忘れていました……気付いて下さって大変助かりました」

「……お役に立てて、良かったです」


 リオンとは違った頬の赤みに、リエラの慎ましさを感じる。

 積極的に動くリオンと、気が回るリエラ。

 理知的なレイランの元にこの2人がいるのは、頼もしさを通り越して完璧だ。


「レイラン様、この2人がいてくれれば安心ですね」

「正直、驚いています。まだ16だと思っていたのですが……もう少し色々やってもらおうと思い始めました」


 嬉しそうなレイランの様子を、何よりも喜んだのは2人だろう。

 兄弟とはこんなに仲が良いものなのか。


 ミオルともアルヴィンとも違う、対等に扱おうとするのがアベリスの接し方かもしれない。


「陰は朝の方が馴染みやすいので、明日の早朝から始めようと思います」

「分かりました。ずっと忙しくさせてしまっているので、今日くらいはゆっくりお過ごし下さい。わたしもユアン様も、今日は夕食に呼ばれておりますので」


 レイランは運び終わった容器を壁際に寄せ、蓋の確認をした。

 あれだけ水が入っていれば相当重かったはずだ。


「そうですか、ではまた明日ご報告いたしますね」


 包んでおいたクラカンを3人に手渡す。

 3人は扉の前で揃ってお辞儀をして、並んで帰って行く。

 その背中を見送りながら、顔が緩んでしまうのがとても幸せだった。



 2つの大きな水の容器と、3本の土の筒が並べられた。

 これをどうやって馴染ませていくか……


 こんな検証は初めてだ。

 手探りで進めるしかないが、できるならあまり負荷を与えたくない。

 まずはサンカの森と近い状態にして、霊素を与えるところから始めよう。


 明日の朝、陽が昇る前には取り掛かりたい。

 そのあと核を見に行って、できれば苗をもう少し採取しておきたい。

 サンカの森に、まだ幼い苗はあっただろうか……

 森の巡りに影響が出ないように、離れた位置の水場から集めたい。


 考えれば考えるだけ、疑問と不安が連鎖していく。

 そう簡単に別の方法を探せるとは思えない。

 これが上手くいかなかったら、討伐することになってしまう。

 あんなにのんびりと、ただ気持ちよく昼寝していただけのラクサールを……

 

 身体の中が、少しずつ何かに握りしめられていく。

 これは心の中の問題。

 ただ自分で首を絞めてしまっているだけだ。

 大丈夫だ、まだ時間はあるのだから。

 きっと……



「ルティナ殿……?」


 突然声を掛けられて、身体が大げさに跳ねる。


 まだ灯りを点けていない部屋を、橙に変化した太陽が染めている。

 夕陽を背負い、目の前に立っていたのはミオルだった。


「声を掛けたのですが、出ていらっしゃらなかったので……勝手にお邪魔してしまいました」


 いつもより、もっと静かな声だ。

 手に持っていたメモを机に置き、ルティナの手首をそっと抑えた。

 その手がとても温かく感じる。


「少し……鼓動が速いようですね。深く、呼吸をしましょう」


 ルティナの前に膝を付いて、指先を支えるように添えられた手も、とても温かい。

 自分の手が冷えていたのか。


「この香ばしいのは何の匂いでしょう? とても鼻をくすぐられますね。絶対に美味しいものでしょうね」


 ルティナの声が上手く出ないのが分かるのか、ゆったりと独り言のように話す。


「来るときにセラとすれ違いましたが、彼女も手に何か包みを持っていましたね。明日の朝、陽が昇る頃にここに来ると言っていましたよ」


 指先を軽くさすりながら、ルティナが答えなくていいことを言葉にする。

 彼には心の動きが分かるんだろう。

 誰よりも、人を癒すということを知っている人だ。


「ふむ、何か食べてから来るんでしたね。この匂いは空腹に気付かされる」

「ふふっ」


 それを言うミオルの声が切実過ぎて、思わず笑ってしまう。

 気付くと、指先はミオルと変わらない温度になっていた。


「ミオル様の分も、しっかり作ってありますから。ご安心くださいませ」

「ぼくが催促したようになってしまいましたか……」


 ゆっくりと立ち上がり、家のあかりを灯しに行く。


 まっすぐに届く夕陽が柔らかな髪を染める。

 乳白に染まった輪郭は、世界から切り離されたように浮き上がる。

 いつも、どこかひんやりとした空気のミオルに……夕陽は体温を与えた。

 この橙は、彼を人にする光なのかもしれない。


 その姿は美しすぎた。


「夕陽は、ミオル様のためにあるのかもしれません……」


 ため息のように漏れた声は、とても小さかった。

 眼鏡のない顔が振り向くと、その顔も温度が高く見える。


「あなたに……ぼくはどう見えているのでしょうか」


 伸びた影が、ルティナの膝の上で楽しそうに揺れた。


「ぼくは、あなたよりも美しい人を知りませんが……そんなあなたに褒められるというのは、光栄なことです」



 ミオルは部屋の灯りを点けると、壁際に置かれた容器に目をやった。


「魔封器、がこんなに……一体何をするのですか?」


 興味というよりも訝し気な様子だ。

 この容器は魔封器というらしい。


「貯水湖の水と、湖底の土を採ってきていただいたのです」

「ああ、今年はいつもと違う試みをすると、小耳に挟みました。ルティナ殿が関わっていたのですか」


 腰を下ろしたミオルに、さきほどのクラカンとレモリアの果実水を温めて用意する。

 ミオルはきっとプレーンが好きだと予想して、多めに皿に乗せた。


「いい香りはこれですか。想像したものと違っていましたが、これは……?」

「麦粉と穀物粉で作る、素朴なおやつなのですが……あまり王都では食べないようですね」


 ルティナは飲み物だけを用意して、ミオル用の香と香油を取りに行く。

 王都の男性は、湯浴みに香油を使うのだろうか。


 ミオルはクラカンを手に取って、カリッといい音を立てる。 


「とても軽いですね。甘みがないのに、これは美味しくいただけます」

「セラ様は、割とお腹に溜まるから軽食にも良いのではないかと言っておられました」

「確かに、時間がなくてもこれなら口に入れられますね」

「わたしも、手が離せないときはこれを2、3枚食べて、作業を続けたりしていました。口が渇くので、飲み物は用意しておくのをおすすめします」


 手の進み具合からすると、気に入ったようだ。

 ルティナはクラカンの包みも用意する。


「手が汚れにくいのも良いですね。書類仕事しながらでも食べられそうです」


 にこやかに語るミオルだが、それはどうなのだろうか。

 しっかり休憩して食事を摂ってもらわないと、ロイが心配しそうだ。


「味のお好みはありますか? それを多めに包みますが」

「どれも美味しいですが、何も入っていないものがほのかな甘みで好みです」


 予想通りだ。

 やっぱり味覚が似ているのだと思う。


「これは作る時に水分が入らないので、日持ちも致します。多めに包みますので、食事を抜くほどお忙しいのなら……これだけでも召し上がって下さい」

「忙しいことを望みましょう……」


 食事が嫌いなわけではないと思うのだが……


「ミオル様、もしかして……昼間食べるのが苦手なのではないですか?」

「……そう、かもしれません。あとにすることがあると思うと、食べたいとは思いませんね」


 やっぱりそうだ。

 普段あまり食べない人は、食べ物を消化する時の気怠さが嫌なのだと思う。

 ルティナにも分かる感覚だ。


「それでしたら、細かくちょこちょこ食べるのが良いかもしれません。朝、昼前、午後、夕前、夕食。ほんの少し、お腹にたまらない程度なら、身体が重く感じることも、頭が働かなくなることもないと思いますよ」

「ルティナ殿がそれをするなら……どのような物を食べますか?」


 普段のことを思い出してみる。

 でも、それは自分で作り置いているものがほとんどで、王都で手に入るとは思えない物ばかりだった。

 それなら、いっそ全部レシピを渡すか、ルティナが作ってしまった方が早い気もする。


「わたしがそうするときは……朝、小さなカップ1杯ほどのスープ、昼前にこういうものを2、3枚。昼過ぎに、ピクルスや野菜の和え物。頭が疲れる夕前に甘い物、果実のはちみつ漬けやオルネを1切れ。夕食はもう少しちゃんと食べる……といった感じでしょうか……」

「時間を取られずに、さっと食べられるのが良いですね……」

「レシピをお渡しするか……、今度1日それで過ごせる分をお渡ししましょうか。良さそうなら、続けてみるのも良いかもしれません」

「それはとても嬉しい。貯水湖の件が落ち着いたら、お願いします」


 ここのところ、ミオルはあまり遠慮しなくなった。

 素直というか……断ってもルティナは何かすると思っている節がある。

 だったら受け取って、それも含めてコントロールしようとする。

 その方が、こちらとしても余計な気を回す必要がなくてやりやすい。


「明後日の集まりが終わったら余裕が出ると思うので、その頃に持って行きますね」

「ぼくが取りに来ますよ。ここで作るのでしょう? だったらその方がいい」

「じゃあ、お昼ごろお越しください。昼食は用意しておきます」


 ミオルとの予定は、いつもすんなり決まるのも不思議だ。

 無理がない提案をしてくれるのか、迷う理由を先に無くしてくれるのか。


「あと、何かのヒントになればと思って調べてきました」


 それはミオルが持っていたメモだった。

 そこには、細かい文字でびっしりと、数字とその補足が書かれている。


 シダ植物が適応した場所。

 そこの気温の推移、雨の量。

 そして、存在が確認された大まかな時期が書かれていた。


「す、ごい、ですね。こんなに詳しく……」

「これは、気候についての記録なので、植物関連の方には置かれていなかったので。ふと思いついたので、ささっと書き写してきました」


 ささっと、というような量でないことだけは確かだ。


「これを調べていて気付いたのですが、アルデニアにあるシダ植物は、南から北へと進んできているようです。確認された時期は大まかなものなので確かとは言えませんが……」


 アルデニアの記録は、どのくらい前から保管されているものなのだろう。

 この記録を見ると少なくとも、500年前にはシダ植物という概念があったことになる。

 思ったよりもずっと古い。

 なのに……ある記憶だけが抜け落ちるように消えている。

 しっかりとした記録があるのに、なぜ霊素と魔素に関する知識だけ抜けているのだろう。


「500年ほど前の、エルゼド大森林の記録が始まりですね。そこから、徐々に暖かい環境に適応しながら、でも陰性は失わずに……」


 アルデニアの記録だけでは確かなことは言えないが……

 北へ進む速度が、徐々に上がっている。

 これは単に、植物としての適応力が上がっていったということなのだろうか。



 ルティナは、ひとつの名前に目が留まった。


「なぜ、このシダが王都に……」


 そこに書かれていたのは、ヒトヨイノシダ。

 日宵と書かれる、シダ植物最古の種とも言われている。


「これが、何かあるのですか?」


 ミオルはメモを覗き込む。


「ヒトヨイノシダ。日宵とも呼ばれるこの種は、中庸の土地にしか自生しないと言われています。しかも、これは南から変化しながら来た種ではありません。すでに500年前に王都付近で確認されています。この付近は陽に寄った土地です。今では、日宵が根付ける環境ではないのです。この種が500年前にここにあったということは……500年前、ここは中庸だった……ということになります」


 記録の間違い……?

 もしくは、ここに土地を中庸にするものがあったか。


「500年前、この平原には森や湖など……そういうものがあったということはありませんか?」


 ミオルは記憶を手繰るように目を閉じた。


「ちゃんと調べないと曖昧ですが、500年前にはエルディラの原型となる都市が、この土地にあったはずです」

「では……なぜ……?」

「それが……なにか問題なのですか?」

「……現在、この大陸の中庸の切り替わりは、エルゼド大森林の入口付近です……」


 ようやく理解したように、彼も眉を寄せた。


「陽が、広がっているということですか……」

「500年かけて、王都近辺からエルゼドの方へ……均衡線が下がっています」


 500年。

 この時間をどう捉えればいいのか分からない。

 この均衡の移動は、早いのか、遅いのか。

 そもそもこれは、移動しているのだろうか。

 果てしなく大きな巡りの中で、500年かけて戻って来るものなのかもしれない。


「変な言い方をしてしまって……申し訳ありません。あまりにも大きな時間の流れで、それが異常なのかも分からないのに……ミオル様、このことは……」

「そうですね、はっきりしないうちは胸の内にしまっておきます」



 これを、ひとりのときに気付かなくて良かったと思っている自分に驚く。

 以前だったら、他の人に知られることの方が怖かったはずだ。



 ルティナは、心の中心に自分を置いた。



 今、一緒に考えようとする人たちがいることを、ルティナは知っている。

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