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オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
蒼の季 初夏 ―静かに眠る山―
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蒼の季-17.土地の植物

 核の様子は安定している。

 3つの霊素溜まりは同じ濃度、大きさのままだ。


 これがとても不思議で、植えたサガラの種はまだ発芽しないものの、陰は徐々に強くなっている。

 それでも、陽の強さはずっと変わらないのだ。

 

 陽の霊素が少しずつ増え、陰も合わせて強くなっている……ということだろうか。

 それが偶然なのか、サガラがそういう植物なのか。


「ルティナ様、問題はありませんか?」


 溜まりの前で座り込んでいるのを覗き込むのは、水やりに付いて来てくれるロイだ。

 昨日は貯水湖へ行くのと重なったため、任せてしまった。

 ロイに頼んで良いものかと思ったが、他にできる人を知らなかったので甘えることにした。

 ルティナ以外の人たちは、皆それぞれ役目がある。

 出来る限り手を煩わせたくはないが、他に方法もない。


「はい、とても順調です。毎朝ありがとうございます」

「良かったです。では、先に戻らせていただきます。……セラ、あとは任せるよ」


 ロイは軽く会釈をして、王都へと馬を走らせる。

 その背中に向かって、セラはいつもの角度でお辞儀をする。

 彼の馬は、まだよく知らない種類だ。

 あの子もステード種……だろうか。



「セラ様、少しだけ森に寄りたいのです。確認したい植物がありまして……」

「かしこまりました。お供いたします」



 フェンに乗って、森へと向かう。

 一緒に走るのは久しぶりだ。

 出掛けるときは、いつも誰かと一緒に歩いていた。


 ルティナを乗せて走るとき、フェンはルティナをとても気にかけている。

 揺れないように、落ちないように、細心の注意を払って走っているのが伝わる。

 フェンは誰よりも過保護かもしれない。


 フェンの乗り心地はとても不思議で、着地の感触がふわりと柔らかい。

 エルドポニー独特の浮遊感と、風の豊富な平原だからか、印も使っている。

 以前は使っているようには見えなかったが、いつの間にか意識的に使えるようになっているのかもしれない。

 スピードも出るし、振動が極端に少なくなる。


 その気持ち良さは格別だった。

 ここの土地はフェンにとって、とても過ごしやすい場所なのかもしれない。

 風と一緒に地面を滑る、風に溶けているような感覚だ。



 西の森の奥、スヴェルフと出会った水場へ向かう。

 あのとき、微かに不思議な気配があった。


「ルティナ様、近くはありませんが土の中にいる魔獣が5体ほど。あとは、3頭で行動している中型の魔獣……スヴェルフだと思います」


 セラの感知能力は相当なものだ。

 これを、霊核を使わずに行っているとは信じられない。


 セラは不思議な体質をしていて、体内の魔素に属性を感じない。

 漂う銀鼠よりも、少し光が抑えられた感じだろうか。

 無属性の魔法があるというのは、先日知ったばかりだ。

 それがどんなものなのかは分からないが、もしかしたら探知みたいな魔法もあるのかもしれない。


「スヴェルフは大丈夫です。地中の魔獣は……動く気配がなければ問題ないと思います」

「かしこまりました」



 水場に近付くと、その植物があった。

 初めて見る種類だ。


 見た目はシダ系。

 羽のように細かい葉が左右対称に連なる。

 色はシダにしては珍しい濃い緑で、葉先が紫がかっている。

 葉の裏にはみっしりと、黒に近い胞子嚢が並ぶ。


 胞子植物は種がない分、霊素の異変が起こったとしても、それを次代へ残さないことが多い。


 多様な環境に順応し、特徴を変えながら枝分かれをしていった最初の植物。

 それにも関わらず、原初の姿を変えずに、そのままシダとして存在し続けている。



 シダの周りに、微かな霊素の揺れを感じる。

 額に意識を集中して視てみると、葉の先端、赤紫の部分に濃い光が集まっている。

 青白い光を放つ陰の霊素は小刻みに揺れ、周囲に微かな振動を伝える。

 不思議な気配はこれだ。


 胞子植物の歴史は古く、原初に近い植物ほど霊素との親和性が高い。


 このシダは湿った場所を好む、陰性の強い種類なのだろう。

 西の森の水場は、岩から染み出す限られた場所だけだ。

 この振動は、胞子を飛ばすために役立つのだろうか……。


 周りを見回すと、こういう水場がところどころにある。

 でも、すべての水場に自生しているわけではなさそうだ。


 このシダが生えている水場には、他の植物があまり見られない。


 ――なるほど。

 この振動は、自分を守るための……いわば結界のような役割があるのかもしれない。

 他の植物、動物があまり近付こうと思えない緩い主張。

 それが自分を守り、そしてこの水場をも守っている。

 西の森で生きるための、環境に合わせた適応かもしれない。


 陽の強い大地を、この森の陰が支えている。

 森が在り続けるためにはこの水場が必要だ。

 シダが水場にあることでこの森は巡り、それが平原のバランスを保っている。


 ルティナは深いため息を吐いた。


 自然の在り方はいつも無駄がなく、意味がある。


 このシダは……

 貯水湖の問題解決の、手助けになってくれるかもしれない。




 西の森から戻り、そのまま書庫へとやってきた。

 先ほどのシダ植物を調べるためだ。


 群生の端にある小さなシダを一株、土ごと採取してきた。

 根を目の粗い布で包み、更に薄手の布で覆い、水を含ませて陰包してある。


 シダはとにかく種類が多い植物だ。

 ルティナが知っている限り、エルゼド方面では見たことがない種類だった。

 もしかしたら、陽の大地でしか見られない種類の可能性もある。

 この書庫に、アルデニアの植物に関する詳しい本があるだろうか。



「ルティナ様、お戻りになったのですね」


 入口の奥の小部屋から出てきたロイは、手に食用の植物についての本を持っていた。

 あれからずっと、時間があるときにはこの書庫に籠っている。

 調理法よりも、食材についての知識を持った方が理解がしやすい。

 ロイともゆっくり話をしたいところだが、時間が取れるのはラクサールの目途が立ってからだ。


「はい、先ほどはありがとうございました。ロイ様、植物図鑑のようなものはどちらにあるか分かりますか?」

「植物の図鑑ですね、ご案内しましょう」



 植物関連の本は、書庫の奥にあった。

 棚いっぱいに並べられた本は、圧巻の量だ。

 草、樹木、花の図鑑、それに関連して織物や繊維について。

 花言葉や木造の建築に関してなども、豊富に揃っている。


 ルティナの家にあるものとは毛色の違う本に目を奪われながら、目的の本を探す。


 胞子植物に関する図鑑。

 水辺の植物図鑑。

 アルデニアの植物分布。

 やはり、植物の陰陽に関する本はここにはない。


 この書庫に来て痛感したことがある。

 アルデニアには、陰陽の概念を含むものがほとんどない。


 分かっていたことだが、それが何故なのかがよく分からない。

 この世界では、“人”の数が圧倒的に多い。

 8割以上が人で、残りの2割がその他の種族だと言われる。


 人にない概念が忘れられるというのも、この数の差を思うと仕方のないことだ。



 この時間の書庫に、人の気配はない。

 採光用の小さな窓から入る光は、まだ浅い角度で書庫を横切る。

 朝の時間、本の匂い、整えられた空間。

 低い位置を流れる静けさは、この国の知識が降り積もったようだ。



「セラ様、一緒にこの植物を探してもらえませんか?」


 後ろに控えたセラに声を掛けると、セラはひと呼吸分沈黙し、音もなく向かいに座った。


「似たような種類が多いので、この葉先の赤紫色、葉裏の黒い粒を目印にして下さい。自生する環境はあまり気にしなくてもいいです。環境に適応する力が強い植物なので、変化した後だとしたら図鑑に載っていない可能性がありますから」

「わかりました」


 誰かと一緒に植物図鑑を調べる日が来るなんて……

 目の前にいるセラの空気を感じながら、重い図鑑を手に取った。



 交互に紙をめくる乾いた音が、リズムになって耳に入る。 

 ルティナはこの音が好きだ。

 あまり物を買わないルティナも、良い本にはお金を使う。

 王都から離れる前に、書店にはぜひ立ち寄りたい。



 胞子植物の図鑑は、半数以上がルティナの知らない種類だった。

 特に、苔やシダは見分けが難しい。

 葉の形や色を注意深く確認しながら、少しずつ進めていく。


「ルティナ様、こちらは……どうでしょうか」


 セラは、水辺の植物図鑑を開いたままこちらに向けた。


「あ、かなり近いです……」



 ■ベニシダ(原種)

 渓谷など、清らかな水が豊富な湿地に自生する。

 湿を好むが、乾いた土地でも根付く例が確認されている。

 環境に合わせて様々に変化し、多くの変種が存在する。

 自生する付近には、他の植物が育ちにくく、群生する場合が多い。

 明るい黄緑の葉に、葉先の紅色と裏に密生する黒い胞子嚢が特徴的。



「特徴は合っています。ただ、色が少し違うでしょうか……」


 ルティナは、次へ、次へ、とめくっていく。

 似たようなシダがいくつも続いた5枚目。



 ■ヒベニシダ(変種)

 ベニシダの変種。

 温暖で湿度が高い森林で確認されている。

 ベニシダよりもさらに清廉な水を好み、湧水の近くに多く見られる。

 直射日光に弱く、日陰を好む。

 深い緑の葉に、赤紫の葉先。黒い胞子嚢は硬い殻を持つ。



「ヒベニシダ。これ、ですね」


 清廉な水を好むのなら、貯水湖の湧き水周辺にも育つはずだ。

 ひとつ気になるのは、湧水点が水中であることだ。

 その付近の地面でも育ってくれるか……

 根付く前に、ラクサールが倒してしまう可能性の方が高いと思える。


 霊素の振動はとても微かだ。

 湧水点まで距離があると、うまく影響が出ないかもしれない。


 これだけでは……難しい。


 更に図鑑を読み進めていく。

 ベニシダからこれだけの変種があるということは、かなりの広範囲に分布し、その環境で根付いているということだ。

 シダの中には半水棲や、海水棲もあったはずだ。


 図鑑をめくる手が止まる。



 ■ミズベニシダ(亜種)

 ベニシダの亜種。

 清らかな水が豊富な水辺に多く見られる。

 根の生育が強く、流れのある川の中にも根を張る。

 水中に適応し、葉が水に浸かった状態で生息する例も確認されている。

 水中で生育する際は、強い陽射しを必要とする。

 色はベニシダ原種に近く、胞子嚢はやや小ぶり。



 これなら理想的だ。

 貯水湖には遮るものがなく、陽射しが入りやすい。

 早い時期に植えれば、ラクサールが水に入り出す前に根付くかもしれない。

 ミズベニシダは西の森では見かけなかった。

 すでにヒベニシダが生息しているなら、あの森では見つからないだろう。


 一緒に持って来た、アルデニアの植物分布を開く。


 ミズベニシダ……

 探してみても、ミズベニシダの表記がない。

 限られた環境でしか生息しないのかもしれない。


 水が豊富で、陽射しが強い場所。

 アルデニアではあまり思いつかない。


「ルティナ様、勝手な思い付きですが……この内容を読むと、もっと南。あるとしたら砂漠に入る手前、運河の辺りではないでしょうか。あの辺りは気温も湿度も高いはずです」

「それは、どのくらいの距離になるのでしょうか?」

「……少々お待ちください、広い地形図を探してきます」


 セラは立ち上がり、書庫を探しに向かう。


 ルティナはあまり地理に明るくない。

 アルデニア以外の国にも何度か行ったことはあるが、父について行くので精いっぱいだった。

 知らない気配が気になって、周りを見ている余裕がなかったのも大きい。


 そして……他国にあまり良い印象はないのだ。



「ルティナ殿、いらしていたのですね」


 図鑑を書き写している後ろ、いつになく顔色の良いミオルが立っていた。


「おはようございます。調べ物をさせていただいております」

「ほお、ご一緒しても?」

「もちろんです」


 程よく赤みのある頬に、すっきりした目元。

 瞳はとても澄んで明るい。

 魔素も穏やかで、いつもよりも光が強く感じる。

 ミオルは、健康的な方が男性的なのだな、と思う。


「どうかしましたか?」


 まじまじと見ているときに目が合ってしまい、なんとも恥ずかしい。


「……いえ、とても、今日は顔色が良いような気がして」

「ああ、そうだ。お礼を伝えたかったのです。あの頂いた香がとても良いようで、今までが嘘のように深く眠れるのです。そのお陰か、朝の目覚めもすっきりしています」

「それは良かったです。ミオル様は、植物との相性が良さそうですね。強いものよりも、しっとりと馴染む方が入りやすいのかもしれません」

「あと、あのミルク粥が……それはもう美味しかった。あればかり作ってもらっているのですが、どこか違うのです」


 そこまで頬を緩めるほどのものではないと思うが……

 ミオルにとってそうではないようだ。


「あのときは……煮る前に塩油で少し炒めたのと、作ってから少し時間が経って、穀物が柔らかくなっていたのでしょうか……」

「粥を作る前に炒めるのですか?」

「コクと香りが出るのと、粒が残りやすくなるのです。塩油の塩気だけでも充分足りますので、味付けは特にしていないと思います」

「……調理場の者に伝えておきます」

「香はまだありますか? なければお作りしますが」


 ミオルの表情は、これほど分かりやすいものだったか。

 ロイと同じような素直さだ。

 いや、ロイがミオルに似ているのか。

 どちらにしろ、ここまで顔色に変化があるなら、そうとう眠りが浅かったのだ。


「お時間があるときで構いませんので……ぜひお願いしたいです」

「今日の分はありますか? すぐ作れるので、なければ後ほどお届けします」

「そこまでしていただくわけには……ご迷惑でなければ、取りに伺います。夕方以降になると思いますが」

「その時間であれば、離れに戻っていると思います。では、お手数ですが……お待ちしております」


 満足そうに笑いながら、ミオルは広げていた図鑑に目を落とす。

 置いてある図鑑と本を眺めて、意図を察したようだ。


「この植物を……探している、ということですね?」

「はい。でも、アルデニアには無いようで……セラ様が南の方にあるのではと、地形図を探しに行ってくださいました」

「ふむ……たしかに、高温で多湿という環境が少し難しいですね。アルデニアには風が通る場所が多いですから、多湿があまり多くありません」


 確かにその通りだ。

 風があるだけで、湿気は流れていくものだ。


「セラ様は、砂漠の手前の運河あたりならありそうだと……」

「そうですね、あの辺りまで行くと、もうアルデニアの端ですが……」


 端……相当遠いということか。


「……お待たせ致しました」


 セラが大きめの紙を広げる。

 それを見ながら指差した場所は、王都から遥か南。

 ほぼ国境付近だろうか。

 東西に広がる湿原に沿って、大きな運河がある。

 その更に南の砂漠を越えると、そこは火の国ファムエンだ。


「これは……採りに行くのは無理ですね……」



 水中に適応ということは、陰性が強いのだと思う。

 振動は水の中の方がずっと届くはずだ。

 これが上手く環境に馴染んでくれれば、ラクサールの行動を無理なく誘導できると思う。


 ヒベニシダを植えて、効果を試すのも悪くないけれど……

 時間は限られている。

 何度も試すほどの余裕はない。



「もう少し、考えてみます……セラ様、ミオル様、ありがとうございました」


 書き写した綴り帖を持って思う。

 父の遺した資料を持ってくれば良かった。


 父なら、どんな方法を思いつくだろう。


 自分の持っている知識だけでは、できることが限られてしまう。

 だとするなら。


 離れに戻る足取りが早くなる。


 思い浮かんだのは一つだ。

 自分よりも、植物を知っている人……

 会えることを願って、もう一度、西の森へ向かう。

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