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オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
蒼の季 初夏 ―平原に吹く風―
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蒼の季-07.100年後

 レイランを待ちながら、感覚の範囲を広げて探ってみた。


 森の中は良いバランスが保たれている。

 これだけ陽が強い大地なのに、中庸に近い。

 森の植物に、陰性が強いものが多いのかもしれない。


 森に沿って巡る風は、そのままこの広い平原に戻っている。

 ちょうどこの場所が、風の狭間になっているだけのようだった。



「ここ以外は大丈夫そうです。少し陽が強いのは、今年の傾向なのかもしれません」

「地形が原因なんだとしたら……毎年起こる可能性が出てくるよな」

「確かにそうですが、必ずということもないと思います。今年は大陸全体の陽が強い気がします。毎年こうなるとは限りませんし……」

「一応気にかけておく程度で問題なさそうか」


 問題は、今あるこの霊素をどうするか……

 異常になるまでは、100年後の奇跡を信じたいと思ってしまう。


「この辺りを、しばらく立ち入り禁止にするか」

「そんなことができるのですか?」

「まあ、なくはないよ。魔獣が出るとよくそういうのはあるし。ここは街道でもないし、人が通れないことで影響が出る場所でもない」


 人が近付かないのなら、しばらく見守る選択肢も取れる。

 だが、陽が落ち着くのは夏の終わりだ。

 霊素が視える人が、定期的に見に来る必要がある。

 それはあまりにも……



 森の方から、レイランが声を上げて戻って来る。

 弧を描き跳ねるように駆けるリズは、とてもしなやかだ。


「すみません、お待たせしました。ルティナ様、これを……」


 リズから飛び降りたレイランの声は、少し弾んでいる。

 手の中にあったのは、三日月型の種と小さな木の実だ。


「これは……これを、どうしたのですか?」


 ルティナは目を疑った。

 これは、ほとんど見かけることのないとても珍しい植物の種だ。

 砂漠などに自生する強い陰性の植物、サガラの種。

 そして……この木の実はなんだろう。初めて見る木の実だ。


「呼ばれた気がして森に入ったら、ドリアードが出て来てくれたのです。そのドリアードがくれました。サガラの種と、ハーロウの木の実だと言っていました」


 ハーロウ。

 確か、熱い場所に自生し、地を這うように伸びる木だったはずだ。


「その方はなんと?」

「タオ殿のことを知っていました。山の奥に住んでいるそうで、そちらで自生している植物だと。サガラの種を溜まりの中心に1つずつ、ハーロウは3つの溜まりの中心に植えろと言っていました。一巡ほど毎日水をやれば、あとは何もする必要ないそうです」


 種と木の実を視る。


 サガラの種はすでに強い陰を含んでいる。

 陽の溜まりなら成長が早いということだろうか。

 それをこの陰で留める……


 ハーロウはどんな役割なのだろう……

 地を這うように伸びる木。

 伸びる……


「ハーロウは、3つを繋ぎ核になると……言っていました」


 繋ぐ。


 その瞬間、全身に鳥肌が立った。


 地を這う枝が陽に向かって伸び、溜まりを繋いで、核にできるほど強くする。

 なんという発想だろう。


 ルティナは自分の両腕を強く抱いた。 

 鳥肌が止まらない。

 木と共に過ごし、木の声が聞ける彼らじゃないと思いつかないことだ。


 もしかしたら100年後――

 この場所に新たな森が在るかもしれない。

 そして、その森はここに陽の溜まりができることを防ぐだろう。



「……すごいな、ドリアードは。タオ殿とその方に感謝しなければ。100年後のアルデニアを守る知恵を貸してくれた」


 ユアンは山の方に目をやり、手を握り胸に当てた。


「そのドリアード、ヨダ殿が……東を守ってくれてありがとう。木々は繋がっていて、すべてを見ていると」


 レイランも山に向き、ユアンに続いた。


 

 ――西の森も、あなたを心待ちにしている。


 ルティナはタヤが言ったことを思い出した。


「タヤ様、ありがとうございます」


 ルティナは、預かった種と木の実を、そっと握りしめた。





 その後、ユアンとレイランは大忙しだった。


 明日は動けないというのもあり、今日中に手配を済ませたかったのだろう。

 王都に戻ってすぐ、アルヴィンのところへ押しかけ、説明をした。


 こんなに急なことで大丈夫なのかと不安になったが、アルデニアでは……いや、アルヴィンならこれで問題ないということだった。


 目を輝かせながら、100年後の景色を語るユアンとレイラン、それをまったく同じ目で聞いているアルヴィンの姿は、とても幸せな光景だった。

 アルヴィンの後ろに立っていた従者らしき人は、穏やかな笑顔でそれを眺めていた。


 アルヴィンが動くと、それはあっという間に進んでいった。

 風の巡りを整えるという名目での作業にし、各所から人を集め、資材を手配し、区画と日程が決まるまで、ほんのひとときだった。

 アルデニアでは同じ理由で度々工事や調査があるらしく、不審に思う者も出ないだろうという判断だ。


 明日その作業が行われ、午後には種を植えられるだろうということだ。

 しばらくはルティナが水をやりに行くということも、護衛付きという条件で許してもらった。

 

 ルティナはその様子を近くで見ながら、アルデニアは本当に良い国だと、つくづく思った。



「ルティナ、ごめん。この後、作業の打ち合わせに顔を出すことになった。誰か人を付けるから、先に戻ってもらえるか?」


 ばたばたと進む話に追われて、2人も動きが早回しだ。


「分かりました。明日が早いのでしたら、今日はそのままお休みください。わたしは大丈夫ですので、お気になさらず」

「顔を出せたら行きたいけど……ちょっと分からない」

「本当に大丈夫ですから。ユアン様は心配が過ぎると思います」

「いや、でも……ああ、分かった……」


 後ろ髪を引かれるように振り返りながら、ユアンは小走りで部屋を出て行った。


 ルティナは視線を感じてそちらに目をやる。


「あのユアンが、随分と素直に言うことを聞くもんだ」

「本当ですね。あのユアン様が、可愛らしく見えるとは」


 生温かい視線の意味はなんだろうか。

 アルヴィンと従者の方は、うんうん、と頷いている。


「ご挨拶が遅くなりました。アルヴィン様のお側におります、オルフェスと申します」


 とても落ち着いた声だ。

 呼ばれて行ったあの場でも、ずっと表情が変わらなかったのが印象的だった。

 アルヴィンよりも少し年上だろうか。


「ご挨拶をありがとうございます……」


 笑顔を含ませた2人の視線は……とても刺さる。


「可愛らしい少女のような方なのに、とても落ち着いていらっしゃる」


 少女……幾つに見えているのだろう。

 確かに、霊核のせいで見た目よりは若く見えるが、さすがに少女はないだろう。


「あの……そんなに幼く見えますか?」

「いや、失礼……そうですね、16、17歳くらいかとお見受けしておりました」

「そうだね、私もそのくらいかと勝手に想像していた」


 17……、そんなに若く見えているのは、素直に傷付く。

 まだ中身も年相応には追い付いていないということか。


「そうですか……精進致します……」


 2人は慌てたように、言葉を足す。


「いやいや、実際は100年生きていると言われても信じられるくらいには、ルティナ殿は大人びているよ。今の年齢は容姿の話だ」

「100歳……」


 それはそれで、違う意味で傷付く。


「アルヴィン様は言葉が雑過ぎますね。……ルティナ様、失礼をお許しください。とても聡明で所作も美しくいらっしゃるので、積み重ねた時間を感じるという意味です」


 オルフェスの完璧すぎるフォローが入る。

 この人はアルヴィンのためにいる人だと、ルティナは深く理解した。


「お心遣い痛み入ります……霊核のせいで、実際の年よりも若く見えるのは確かなのです。あまりお気になさらないで下さい」


 2人は顔を見合わせ、言いにくそうに口を開く。


「……大変失礼なのだが……お年を伺ってもかまわないだろうか……?」

「今、23と半分くらいになります」


 目を伏せる2人の仕草を、どう受け取ればいいのだろう。


「確かに、とても若く見えているようだ。……ユアンたちは……知っているのかな?」


 そう言えば、そんな話をしたことはない。

 あの人たちは少し年下くらいだと思ってはいるが、ちゃんと聞いたことはなかった。


「お伝えした覚えがないので、おそらく知らないかと……」

「そうか……何かの機会に言ってみるといい。できれば、私がいるときにして欲しいものだ」


 悪そうな笑顔を浮かべたアルヴィンは、ユアンとそっくりだと思った。




 アルヴィンの執務室を出ると、待機していた騎士が付いてくれた。

 後ろから付いていくと、階段を降りたところで声を掛けられた。

 ミオルだ。


「ルティナ殿! 今朝は大変失礼いたしました」


 目の前にいるミオルは、今朝よりも表情が明るくなった。

 眼鏡の奥、薄水色の瞳は、魔素と同じ澄んだ色になった。


「いえ……とても顔色が良くなったように思います。元気になられたようで良かったです」

「あの後、身体が楽になりました。それはもう信じられないほどに。頭痛も肩凝りも、目が霞んでいたのもなくなりました。なんとお礼を申し上げればよいか……」


 熱を持って伝えてくれるミオルの頬は、少し赤みが差して温かみが出た。

 よほど変化があったのだろう。


「首には巡りの大きな道があるので、色々な部分……特に首から上に影響が大きいのです。かなりお辛かったでしょう。改善したなら嬉しい限りです」

「それ以外にも、思考が捗るというか。溜まっていた書類仕事も一気に終わり、気持ちまですっきりしているところです」

「それは良かったです」


 線の細い、とても中性的な顔立ちのせいか、顔色が良いと綺麗になる。

 ウィランの鋭い中性とは違う、柔らかさが際立った綺麗さだ。


「そういえば、ウィランが言っていたのですが、ルティナ殿は本や古い資料などご覧になりたいのですか?」


 ルティナの心が高鳴った。

 そんなことはすっかり忘れていたが、そうだ、それをとても楽しみにしていた。


「本はとても好きなのです。植物や薬などの本はたくさんあるのですが、我が家にはとても偏った資料しかなく……文化や歴史、魔法なども、知識としてとても興味があります」

「そうでしたか、それはとても嬉しいお言葉です。それはわたしの専門分野です。リュサールは、医療や教育、文化、歴史などを取りまとめる家です。よろしければ、書庫や資料室に、自由に出入りができるように致しましょう」

「よろしいのですか!?」


 思わず声が大きくなり、ミオルは少し顎を引いた。

 恥ずかしくなり目を逸らすと、それを見て静かな笑いが漏れる。


「もちろんです、お時間があるときに……今日はもうお帰りですか?」

「はい、送って下さるそうで」

「だったら今からご案内しましょう。ぼくも今日は終わりなので、書庫の中も簡単ご案内できますよ」

「あの、でも……」


 送るために付いてくれている騎士の方がいる。

 あまりお待たせするのは申し訳ない。


「ああ、いいですよ。帰りは責任を持ってお送りします。アルヴィンにそう報告してくれて構いません」


 騎士は、手を握り胸に当てる礼を取った。

 これがアルデニアの敬礼のようだ。


「では、行きましょう」


 ルティナが手に持っていた荷物をすっと取り、半歩前を歩き出す。

 とてもさりげない動きに、思わず渡してしまった。

 ミオルはとても紳士だ。



 書庫までの廊下を歩きがら、色々なことを話してくれた。

 中庭に植えてある木の種類や意味。

 アルデニアの四家を象徴する色や物、敬礼の種類と成り立ち。

 四家の考え方や関係性など。


 聞く話のすべてが興味深く、どれも新鮮な驚きと納得があった。

 ミオルはそういう歴史や文化をとても大切にしている人なのが伝わる。

 それは、父に近い価値観だ。

 父はアマヒトの中で、リュサール家と同じ役割の一族だった。

 真名の2節目、コーダレンシアは、アマヒトの高位一族が持つ家名のようなもので、その一族の役割を表す。


 コーレニアス――森の息を聴く者。

 コーダレンシア――音を紡ぎ、永遠に伝える者。


 その価値観で育ったルティナもまた、文化や歴史をとても大切に思う。



 その書庫は、隣の建物の中にあった。


 アルデニア王家の区画を中心に、右前方がリュサール、左前方にグラナート、正面にアベリスという配置になっている。


 リュサールの建物は、なんと3階の半分ほどが書庫なのだそうだ。

 そこには、アルデニアのほぼすべての記録があるのではないだろうか。


 話を聞くだけで想像が膨らむ。


 階段を上がってすぐの所に、書庫への入口があった。

 そこは出入りが管理されており、特殊な鉱石でできた鍵がないと入れない仕組みになっている。

 ミオルの後に続いて入り、入口横の小部屋に通された。


 ミオルは、手のひらに収まる大きさの、白く四角い石の板を取り出した。

 それはしっとりとした手触りで、石とは思えないきめ細かな質感だ。


「これに血を一滴染み込ませ鍵とし、扉に記憶させます。指先がほんの少し痛みますが、すぐに治癒をかけますのでご安心下さい」


 少し迷ったが、素直に話すことにする。


「ミオル様、わたしは治癒魔法が効きませんので、お気になさらないで下さい」

「効かない……のですか」

「はい、体質ですので……でも針で刺す程度でしたら、縫い物をしていればありますから。すぐに治ります」


 ミオルは、ルティナの手から鍵を取り、自分の指先を刺した。

 指先から流れた一滴は、白い表面に広がるように吸い込まれる。


「ミオル様、そんな――」

「良いのです、これをルティナ殿が持っていれば良いだけです。ぼくの血であればだれも文句は言えないですから」


 なぜか、傷付いたような目をしている。

 それをルティナの手に置く頃には、指先の傷は消えていた。


 魔素の流れも、魔法陣も、一切感じなかった。

 それくらい、呼吸をするように魔法を使う。

 ウィランに近い発動の速さだ。


「行きましょう。とても広いので、覚えるだけでも時間がかかりますから」


 ミオルのあの目は……あの感情の動きは、優しすぎた。


 ルティナのために指を傷付ける選択を、自分がさせたと思うルティナの傷みを。

 そう思わせると分かっていて、その選択をする自分の傷みを。

 どちらにも同じだけ心を砕く。

 自分と人を同じだけ思う。

 それをする人に出会うのは初めてだった。

 

 ルティナにはそれがとても尊く、生きにくいことだというのも分かった。

 ミオルとは、そういう人なのだ。



「ルティナ殿、まずは何が気になりますか?」

「文化……でしょうか。以前レイラン様とそういう話をしたことがありました。それがとても興味深く面白かったのです」

「レイランは、とても面白い解釈をしますからね。ぼくもなるほど、と思うことが多い話し相手です。それはどんな話でしたか?」

「アルデニアでは、相手を褒め、言葉を尽くすというようなことでした」

「なるほど……人の考え方や、その成り立ちのようなものですね……」

「わたしたちの考え方とは真逆で、でも結局は同じなのだと思いました」

「ほぉ、ルティナ殿の考え方も伺ってみたいです。いくつか本を取ってきます。室内と外とどちらがお好きですか?」


 ルティナは周りを見渡す。


 あまり窓のない書庫だった。

 本を傷めないための気遣いを感じる。

 この書庫にはあまり人がいないが、調べ物をしているだろう人が数人いる。

 会話をするのなら、外の方が良さそうだと思うが、本を外に持って行くのはどうなのだろう。


「外に持ち出して、陽に焼けたりしないでしょうか?」

「……大丈夫です、外にしましょう。あちらから出て、お待ちください」


 扉を開けて外に出ると、一気に光が目に入る。

 慣れてから見えた景色は、とても水の家らしい中庭だった。


 中央に大きな水が張られ、美しい文様を描くように巡っている。

 水が陽を返し、水飛沫がその中で光を散らす。


 水が生きているようだった。




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