表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
精霊の往く先  作者: 流留架
序章
4/22

序章-04.信頼

 遠くから、レイランの声が聞こえた。


 声のする方に目を向けると、2頭が息を合わせて駆けてくる。

 レイランはフェンに跨ったまま、もう1頭の手綱を引いている。

 フェンよりもひと回り大きいその子は、ガゼルのようだ。

 黒い角はなだらかな曲線を描き、漆器のような湿った艶が陽射しを返している。


 フェンが纏った光はもう落ち着いたようで、ルティナはほっとする。

 レイランが必死にフェンをなだめているようだが、言葉までは聞き取れない。

 そんなことはお構いなしに、フェンは一直線に走ってくる。


 抑えていた不安や心細さ、安堵と愛しさがない交ぜになって、全身から溢れだしそうだ。


 レイランが少し手前でふわりと飛び降りた。

 太陽に照らされた赤茶色の髪は美しく、森の景色によく映える。


 フェンは羽を器用に使い、ルティナの前でぴたりと止まった。

 堪らず首に顔をうずめると、ほんのり甘い干し草の匂いがした。

 頬にかかるたてがみがサラリと落ち、細かい光を反射する。

 フェンはルティナの肩に顎を乗せ、ただじっとしている。


 ルティナの頭を撫でるように、ゆっくりと顔を寄せる。

 まるで、泣いている子供をあやすような仕草に、少しばかり悔しくなる。

 これでは、置いて行かれた子供が、寂しかったと駄々をこねているみたいだ。

 完全に立場が逆転している。


 急にこそばゆくなって顔を離すと、満足そうに微笑むレイランと視線が合う。

 

「わたしの胸も空いていたのですが、出番はありませんでしたね」


 取り乱した恥ずかしさと、からかわれている恥ずかしさで、あまりにもいたたまれない。

 穴があったら飛び込んで、内側から厳重に鍵をかけたい気分だ。

 ゆっくりと視線を逸らし、平静を装いながら姿勢を正す。


 いたずらっぽく笑うこの人は、いったいどんな場所にいる人なのだろう。

 あまりにも違い過ぎる印象に、真剣に考えてしまう。

 からかわれているのも清々しいくらいだ。


「それは気付きませんでした。今からでもお借りできますか?」


 レイランは予想していなかった返答に目を丸くして、声を上げて笑う。


「そう返されるとは思いませんでした。大変失礼いたしました」

「わたしも、こういう冗談を言う方だとは思いませんでした」


 しばらくの沈黙のあと、2人で目を合わせて笑う。

 フェンは小さくいなないて、柵の中に入っていく。

 その声は少しだけ、呆れているように響いた。



「まだお話の途中でしたし、中に入られませんか?その子も中の方が落ち着くと思いますし」

 

 レイランの隣に立つ美しいガゼルは、まだ落ち着きがない。

 ぴんと立てた耳は忙しなく動き、ずっと周囲を警戒している。

 怖いのを必死に堪えているようで、見ているだけでかわいそうになる。


「よろしいのですか?」

「もちろん、休ませてあげてください。敏感な子には、慣れるまでは辛いはずです。庭の中の方が多少は和らぎますし、レイラン様のそばに居たいと思いますので」


 一瞬考えるように目が動いたが、ガゼルを気にしてか、丁寧にお辞儀をして中に入る。

 レイランに引かれるガゼルの歩き方に、わずかな違和感を感じた。

 前足……だろうか。

 庭に入ったガゼルは、匂いを確かめながら歩き始めた。


「ルティナ様、まずはお礼を言わせて下さい」


 足元ばかりを見ていたルティナの前に立つと、レイランは恭しくお辞儀をした。

 整えた声色に、思わず背筋が伸びる。


「シルリーズをお救い頂き、心より感謝申し上げます」


 真摯に感謝を伝える瞳には、さっきまでのおどけた様子は微塵もない。

 シルリーズへの愛情と心からの感謝が、言葉のままの感情で伝わってくる。

 それほど大切な相棒なのだ。

 胸に広がる温かいものに、少しだけ息が詰まる。


「いえ、わたしは何もしておりません。お礼ならフェンに伝えてあげて下さい。全てあの子がしたことですから」

「ルティナ様がフェンを後押しして下さらなければ、わたしはリズを見つけられませんでした。この感謝だけは受け取って下さい」


 この人はどこまでも真っ直ぐな人だ。

 心のままを言葉にする。

 それを曇りなく伝えることが出来る人を、ルティナはあまり知らない。


「言葉のままに、心に入れさせて頂きます」



 空気が緩み、お互いに力が抜けたようだ。

 レイランはシルリーズに寄り添って、身体を確認し始める。

 その様子を見ながら、どうしても右の前足が気になってしまう。


「シルリーズ……は、ガゼルでしょうか」

「リズと呼んでやって下さい。王都ではよく見かける、アッシュガゼルという魔獣です」

「とても美しいです。リズが特別美人なのでしょうか」

「わたしも惚れ込んでいます。王都ではとてもモテていますよ」


 眩しそうにリズを見る目は、とろけそうなほど甘い。

 ちょっと、いや、かなりの溺愛っぷりだ。


「鞍を外してあげるのは難しいでしょうか。なるべく自然に近い状態の方が身体も早く慣れますが……」


 リズの動きはだいぶ静かになった。

 リズの様子を気にしていたフェンも、少し離れたところで陽なたぼっこの続きを始めた。


「さきほども少し気になったのですが……、慣れる、というのはどういう意味でしょうか」


 王都で暮らしているのであれば分からなくて当然だろう。

 この辺りに暮らしている人でさえ、これを感じる人はほとんどいないのだ。


 ルティナは少し迷った。

 聞かれるとは思っていたが、どこまでを、どういう表現で伝えればいいだろうか。

 レイランは聡い人だ。嘘がなく、まっすぐで温かいこの人に、変なごまかしはしたくない。

 もしこの人を施術することになるのなら、差し障りのない範囲で知ってもらう方がいい。


 

 王都暮らしで戦いに心得のある、それなりに身分の高い人。

 王都からわざわざ出向くほどの要件があるなら、リズの様子がいくら心配でも、そのまま帰る事はないだろう。

 何度かここに足を運んでもらうことになるなら、その度にリズがあんな状態になるのはかわいそうだ。

 こちらまで胸が痛む。

 レイランのような人が、少し馬を休ませる程度の理由では、外出先で鞍を外すなど絶対にしないだろう。

 いや、リズのためならするかもしれないと、今は思うけれど……。

 それを勧められることに、警戒心と不快感を持たれても仕方がない。

 何よりも、リズを早くいつもの状態に戻してあげたかった。

 

 気にせず鞍を下ろすならそれで良いし、聞かれるならそれでも良い。

 理由を知れば、レイランはそうしてくれると思ったからだ。


 いつもなら、絶対にこんなことはしない。

 どうやら、この1人と1頭に、できるだけ幸せでいて欲しいと願っているのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ