表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
翠の季 春 ―森の合唱―
PR
35/73

翠の季-23.贈り物

 タヤの森から聞こえる葉擦れの音が、彼らを見送る。

 彼らが吸い込まれた木には木漏れ日が降り、風に揺れるたび煌めく。


 そこが大森林への入口であるかのようで、その奥を想像せずにはいられない。

 無限かに思える深い森の奥には、何があるのだろう。

 “クヴィティア”というどこか聞き慣れない響きが、やけに耳に残った。


 きっといつかそこに向かう日が来ると、自分の中の何かが告げた。

 それが、まだしばらく先であることも。



「1000年って……どんな時間なんだろうな」


 同じ場所を見つめながら、ユアンは何を思っているのか。


 人の身では想像するのも難しい、途方もない時間だ。

 100年も生きない人とは、時の流れが違う。

 ずっと森と共に世界を見守っている彼らに、自分たちはどう映ったのだろう。


 手の中にある静鈴から伝わる彼らの思いを、ルティナは信じようと思った。

 

「ずっとわたしたちの行動を、見守っていたようでした。彼らはここ一帯のすべての森を、静かに見続けてきたのでしょうね」


 ドリアードにとって、森は家であり、大切な家族だ。

 タオから人へ向けられた感情はとても希薄で、怒りも恐怖もない。

 ただこの森を憂い、静かな時間を願うだけだった。

 彼らにある時間の中では、人は通り過ぎていくだけの存在。


 それが、人の尊さであり、儚さだ。


「大変な贈り物をいただいてしまいました……」


 レイランも手の中にある囁木を、大切に握っている。


「お返しできる何かを考えたいです」

「そうだな、邪魔にならないようなものをゆっくり考えよう」




 頼まれた土の採取をして家に戻ると、すっかりお昼を過ぎてしまっていた。

 ユアンは霊素を使っていたし、レイランはあれだけの魔法を使ったのだ。

 かなり消耗している。


 お腹も空いているし、遅めの昼食を振舞いたいところだが……

 帰ってゆっくり休む方が良い気もする。


 頭の中でぐるぐると考えていると、ユアンの顔がにゅっと現れた。


「ルティナ、どうかした?」


 現れたのが目の前過ぎて、思わず一歩下がり目を背ける。

 ユアンの距離感が近すぎるというのは、相変わらず変わらないらしい。


「いえ、い、頂いた鈴をどうやって身に着けようか、考えていました」


 思っていなかった言葉が口から飛び出したが、なかなか良いごまかしだ。

 2人は手に持っていた贈り物に、それぞれ目を向ける。


「俺は首に掛けておくかな」

「わたしもそうしたいですが……わたしの動き方だと少し不安ですね……」

「レイランは跳ぶもんなぁ」


 跳ぶ……確かに、レイランはユアンよりも身軽そうだ。

 ルティナは2人が戦っているところを見たことがない。

 なんとなくレイランは、セラと同じくネコ科……豹が思い浮かぶ。


「でしたら、首にある程度固定できるようにして、囁木を後ろに回すのはいかがですか? 首の後ろには気素の巡りでも大きな道があります。感覚にも届きやすいかもしれません」

「なるほど、それなら魔法の邪魔にもならないです」

「紐はできれば森のもので編みたいですね。木で作られたものなので、馴染みも良さそうに感じます」


 2人から、とても強い視線を感じる。


「ルティナは自分のをどうするんだ?」


 ユアンは、興味と期待が入り混じった目をしている。

 なんとなく、言いたいことは分かった。


「わたしは髪飾りにして、耳の後ろ辺りに置こうかと。髪に隠れるくらいの大きさですし」

「……あの、さ」

「それほど手間も変わりませんし、まとめて一緒に作りましょうか?」


 2人は申し訳なさそうにしながらも、ルティナに手渡してきた。


 手の中に3つが揃うと、それには一体感を感じる。

 同じ木から作られたのかもしれない。

 森の古い木。 

 彼らがそう呼ぶなら、少なくとも数百年以上を共に過ごした木なのだろう。


 この2つとない贈り物には、積み重ねた時間と彼らから敬意が詰まっている。

 大切にしたい出会いだ。



「この後はどうされますか? 食べ損ねた昼食を作ろうと思うのですが……」


 さっきよりも更に、2人の顔はわかりやすく弾んだ。

 それを見ると、もう変な気を遣うのはやめようと思える。


 さて、今日は何を作ろうか。





 誰かのために、ゆっくりと火床に立つのは久しぶりだ。

 最近は自分の食べる分だけだったので、作る量も品数も少なかった。


 食べてくれる人がいると、自然と気持ちが入る。

 頭の中で作る順序を整理しながら、白根をすりおろす。


 前菜はルティナも好きな、白根おろしにする。

 おろしの中に、塩で揉んだ角切りの白根を混ぜ込む。

 味付けはシンプルに塩だけで。

 レモリアの皮を刻んだものを香りづけに乗せる。


 合わせる食前酒は、父の酒棚からドレーズを選ぶ。

 グラスに少量注ぐと、深い森の香りが鼻の奥まで抜ける。

 味の主張がなく、香りを楽しむお酒だ。

 白根おろしと共に、五感をすっきりさせる。

 泡水と清水を半々で割って、程よい喉越しにしよう。


 集い間には、2人がすでに座っている。

 これは……、相当お腹が空いているようだ。

 あまり時間のかからないものの方が良さそうだ。


 今日は1人分を1皿に盛り付けることにする。


 丸ねぎを薄く切って炒め、あっさりとしたスープに。


 若鳥のモモ肉にハーブ塩を揉み込んで下味を付け、皮目からこんがり焼き上げる。

 丸芋を茹でて潰し、塩油と少量のミルクを加えてきめ細かくしっとりと混ぜ、ちぎった葉物野菜を器の代わりにして盛り付ける。

 隣には口直しのピクルスを。

 そろそろ春野菜も終わりの時期だ。最後に春の味を楽しんでもらいたい。


 モモ肉をひっくり返し、弱火で火を通していく。

 パンも焼こうかと思ったが、そこまで待たせるのはかわいそうだ。

 先日まとめて焼いた丸パンを温めることにする。


 食の間の卓に飲み物とスープ、パンを運び、2人に声をかける。

 いつになく足音が速い。

 伝わって来る空腹感に、思わず笑いが出てしまう。


 最後に若鳥を食べやすくカットすると、溢れる肉汁と香ばしい香りがたまらない。

 皿の中央に乗せると、それなりのボリューム感がある。

 レモリアを半分にカットして、皿の端に乗せておく。


 2人の前に出すと、それはもう素晴らしい表情だ。


 自分の分は鳥肉をほぐしてサラダ風にする。

 葉物野菜と共に塩油で和えると、さっぱり食べられる。


 席に着く頃には、2人の皿はそこそこ減っていた。

 作り手としては、嬉しい光景だ。



「ルティナ様の料理が久しぶり過ぎて……ゆっくり味わいたいのに手が止まりません」


 目を閉じたまま浸るのは、さすがに大げさだ。

 レイランは食べるのが本当に好きだな、と、しみじみ思う。

 

「ユアン様とは簡単な昼食をご一緒していましたが、レイラン様はここ最近ありませんでしたね。いつも美味しそうに食べていただけるので、作り甲斐があります」

「本当に美味しいのです。自分でも驚いていますが、野菜が好きなことに気付きました。身体が軽くなるというか、動きやすいのです」


 若い騎士というと、どうしても食べ応えがある方が好きそうに思う。

 実際、ルティナ自身も肉類を食べると、次の日は重さを感じる。

 だからと言ってまったく食べないと、頑張りが効かない。

 これもバランスだ。


「そのとき自分が美味しいと感じるものを、身体が欲しがっているということでしょうか……最近あまり野菜を食べていなかったとか……」


 野菜の方が手軽に食べにくいというのはあるのかもしれない。

 簡単に済ませようと思うと、どうしてもパンや肉の方が食べやすいものだ。


「セラが管理してくれているので、野菜も食べている方だと思うのですが」

「だとすると、陰陽の方のバランスがあるのかもしれませんね。レイラン様は中庸が心地よいと感じるのであれば、体内の陰陽が偏ることに敏感なのかもしれません」


 食べ物だけでそれを管理しようとすると、とても大変だ。

 セラに食物の陰陽を全て覚えてもらうというのも……なかなか難しい。


「身体も難しいものですね……」


 レイランは最後のひと口を口に運び、名残惜しそうに飲み込んだ。

 

「俺はルティナにもらったお茶を飲むようになって、過ごしやすくなったよ」


 ユアンはもう食べきっている。

 目の前の皿は2つともきれいだ。気持ちの良い食べっぷりだ。


「ユアン様やわたしは陰陽がはっきりしているので、調整もしやすいのですが……何か方法があるか考えておきますね」


 レイランは遠慮していたが、これも薬草師としては面白い研究だ。

 大多数の人は中庸が心地よいはずなのだ。

 これを季節の巡りに合わせて調整できるなら、不調が出にくくなるかもしれない。



 食事の片づけを済ませると、後茶はレイランが淹れてくれた。

 器用さはさすがのもので、もう何も言う必要がない。

 茶葉だけは一緒に選んだが、お茶の淹れ方は完璧に近かった。

 

 お腹が満たされた後のお茶の時間は、午後の気怠さの中でゆったりと流れる。

 ここまで落ち着けているのはいつ以来だろう。

 こういう時間は、何にも代えがたい癒しだ。



 集い間にいる2人の元へ、作業場から紐や糸を集めて持っていく。


 柔らかい繊維のもの、少し硬めで形が崩れにくいもの、染められるもの。

 父が洋服や掛物を作るときのために、たくさん作り置いてあったものだ。


「この中から何か気に入るものがあれば、明日には仕上がります。なければ、植物から糸を紡ぐこともできますが、少し時間がかかります。色付きのものは染めてあるものなので、別の色に変えることもできますよ」


 卓の上に並べてみると、かなりの種類になった。

 

 3年ほどかけて、父はいつの間にか棚一杯の糸を作っていた。

 入りきらなくなって、棚までも新しく作ったくらいだ。

 好きになるととことんやり続ける。アマヒトは凝り性なのだ。


「すごいな……」

「……できることなら、一度お会いしてみたかった……」


 心の中で苦笑いをする。

 この半分は自分が作ったものだというのは、2人には言わないでおく。


「ぜひ手に取ってみてください。植物は思うよりもずっと主張があります。魔獣との相性があるのと同じで、しっくりくるものがあると思います」


 ずらっと広げた色とりどりの束から、ルティナも自分用の糸を選ぶ。


 ふと目に留まったのは、父が紡いで染め上げた露葛つゆかずらの糸束だ。

 使うほどに馴染み、柔らかく自然な艶が出る。

 元は生成りだが、これは朝焼けのような淡い紫に染めてある。

 この色を出すのに、父は何度も染め直していた。

 何に使うつもりだったのだろう。


 手に持つと、それは思った以上に柔らかい。


 丁寧に削られ、しっとりとした肌触りの静鈴と合わせると、その静けさと質感もよく合っている。

 細めに編んで、髪に編み込んでも良いかもしれない。


 父に感謝し、この露葛の糸に決めた。



「……これは、どうでしょうか」


 レイランが持っていたのは、コルダという木の樹皮から作る硬めの紐だ。

 使い始めは硬いが、使い続けるほどに強度が増し、馴染んでくる。

 水にも強く、色も深い焦げ茶になる。


 これを選ぶのがレイランらしい。


「とても……良いと思います。馴染むまで少し硬いですが、使うほどに味が出てきます。この素材になるコルダは、森の砦とも呼ばれる木です」

「森の砦、ですか」

「崖際で良く育ち、硬い土にも深く根を張ります。風や雨を受け止め、落雷を受けても倒れないと言われています。堅く、強く、常に森を守る存在です」


 レイランはもう一度それを強く握り、コルダに決めたようだ。


「俺はこれがいい」


 ユアンが持っていたのは、宵蔦よいつたから紡ぐ極細の糸だ。

 しっかりと編んでも風に揺れるほど軽く、舞の衣装などにも使われる。

 月光で育つ珍しい植物で、夜になると淡く光る。


 これはルティナが紡いだ糸だった。

 もともと陰の強い植物だが、さらにそれが強まっているのかもしれない。

 ユアンには良い選択だろう。

 幾重にも巻いて、風に揺らしても美しいだろう。


「お似合いになると思います。これは月光で育つ珍しい植物で、夜になると淡黄に光ります。とても軽く、肌に同化するほど柔らかく仕上がります。動きに馴染んで揺れるのは、見惚れるほど綺麗です」


 ユアンは小さく頷いた。


「では……そうですね、明後日には仕上がると思います。久しぶりの手仕事なので、とても嬉しいです。大切に編ませていただきます」



 預かった贈り物に、どんな飾り編みが似合うだろう。

 考えるだけでうずうずしてしまう。




 ユアンたちを送った後、ルティナは3つの贈り物を眺めていた。


 エルゼド大森林の奥。

 ルティナはうっすらと予感がしていた。


 父の故郷、アマヒトが暮らす場所があるのではないか。


 遠く東の地。

 父はそれだけしか語らなかった。


 自分がなぜ陰の霊核を持つのか、その理由だけは教えてくれた。

 だが、それ以上のことはどうしても聞けなかった。


 聞けば話してくれたかもしれない。

 でも、聞いたとしても何も変わらないような気がした。

 そう思えるくらいの年になってから聞かされた話だった。


 必要がなければ、道は開かれない。


 この言葉がとても腑に落ちた。

 自分にとって、というよりも、ユアンにとって意味のある場所なのかもしれない。

 だからタヤ様は、呼笛をユアンに渡した。


 それなら。

 この鈴の音が響く場所が、自分にとっての、往くべき場所かもしれない。


 ルティナはこの森を離れる自分を想像する。

 この家、この場所、この森は、今までの人生のすべてと言ってもいい。


 自分がそれを望んでいるのか。

 ルティナにはまだ分からなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ