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オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
翠の季 春 ―谷に棲むもの―
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23/74

翠の季-11.休息

 フェンの元に戻るとほぼ同時に、ユアンがアウリスと駆けて来た。

 感情が全身から溢れている。

 見なくても顔が想像できてしまうほど、心から喜んでいるのが伝わってくる。


「ルティナ! 全部きみが考えた通りになった! ここまで爽快なのは久しぶりだ!」


 興奮したユアンの頬は、ほのかに熱を感じる。

 それよりも、身体から溢れる黄金色が、彼の感情を見事に現わしている。

 まばゆく輝く霊核の色、彼の霊素の色だ。

 それを見るだけで、ルティナの胸はぎゅっと掴まれるようだ。


「ユアン様、お疲れさまでした。素晴らしい誘導でした」

「ルティナのお陰だ。心から感謝している」

「いえ、皆さまの連携が素晴らしかったのです。見ながら感心するばかりでした」


 ユアンは興奮冷めやらぬ様子で、その笑顔が弾けている。

 きっとユアンも、ここ数日は大変だったはずだ。

 夜通しの行動になってしまい、身体はそうとう疲れているだろう。


 ルティナだって、見ているだけだったのに身体はクタクタだ。

 早くゆっくり身体を休めて欲しい。


「ユアン様、これからの作業ですが……」


 兵士の中でも、おそらく立場が上の人だと思われる壮年の男性が走って来た。


「ああ。……ルティナ、今日は本当にありがとう。きみも疲れただろう。セラに付き添ってもらって、帰ってゆっくり休んでくれ。落ち着いたら、今後の話をしたい」

「分かりました。ユアン様も、ご無理をなさいませんように」


 ルティナは深く礼をして、その場を離れる。

 まだやることがたくさんあるはずだ。


 ヴェリッダの様子は気になるが、さすがに今日は限界だ。

 帰って休んで、明日にでも様子を見に来よう。



 ようやく意識が外へ向くと、太陽はすっかり昇っている。

 斜め上から降り注ぐ陽射しが、今日は一段と強い。

 このために立てられた柵なども、今日のうちに撤去されてしまうのだろうか。

 それを思うとなぜか、少し名残惜しい気がした。



「参りましょう」


 セラがこちらを振り返り待ってくれている。

 ルティナはフェンに乗り、後を追う。


「セラ様、もう陽も高くなり始めていますし、わたしは1人でも構いません。皆さんもお疲れでしょうから、帰ってお休みください」


 リシアの門の前辺りで、セラに声をかけた。

 少しの沈黙のあと、セラは首を振る。


「いいえ、ユアン様に言付かっておりますので、送らせていただきます。お気遣いありがたく頂戴いたします」

「そうですか……わたしからユアン様に申し上げれば良かったですね。気が回りませんでした」

「いえ、ユアン様は認められないと思いますし、私もそれは受け入れませんので。ルティナ様は何も気にする必要はございません」


 言葉はきっぱりとしている。むしろ語気は強い方だと思う。

 でも、とても気遣われているのが伝わってくるせいで、それがとても真面目で好ましく感じる。


「それから……オルネのレシピ、大変嬉しく拝見いたしました。今度ルティナ様に感想をいただきたく存じます」


 相変わらず、表情は変わらない。

 でも、視線はすっと逸らされてしまう。

 これが、この人を少しだけ可愛らしくみせている理由かもしれない。


「それは楽しみです。是非、頂きたいです」


 ルティナは心の中を気付かれないよう細心の注意を払い、小さく笑った。




 セラに送ってもらって家に着き、フェンに山ほどの風鈴果をあげた。

 その後、湯船に浸かり身体をほぐし、倒れ込むように床に就いたのは、太陽が少し傾き始めた頃だった気がする。


 そのまま眠り続け、目が覚めたのはなんと翌日の早朝だった。

 起きた時の薄暗さが、夕方なのか朝方なのか、しばらく分からなかった。


 頭が動き出して、ようやく外の気配が陰に寄っているのに気づき、今が朝なのだと理解する。

 正しく時間を理解すると、妙におかしくなった。

 一体どれだけ疲れていたのだろう。


 フェンにはたくさんご飯をあげたのに、結局何も食べないまま寝てしまっていた。

 空腹を実感すると、無性に何かが食べたくなる。

 起きるのがおっくうでしばらくぐずぐずしていたが、空腹には勝てない。


 起き上がって身支度をし、火床にやってきたのが今だ。



 何も胃に入れていない状態がしばらく続いている。

 胃に負担が少なくて、消化に良い粥でも作ろうか。

 少し時間はかかってしまうが、パンを食べる気にもなれない。

 ゆっくり煮ながら、水分を多めの緩い穀物粥にしよう。



 さすがにお腹が空いたので、浸水は少し短めに。

 ダイ麦、コ豆、白穀を鍋に入れて、たっぷりの水と淡酒を少し加えて火にかける。

 甘芋を小さめのさいの目に切り、生姜のみじん切り、ルべの実と共に別鍋で軽く炒める。

 粥が煮えてきたところに甘芋を加え、麦粉を少々足して軽く練る。


 最後に塩で味を調えて、乾燥させたフユモ苔を散らす。


 器に盛ると、湯気から優しい穀物の香りが立ち上がった。

 フユモ苔と生姜香りで、丸い穀物粥の香りをほんの少し引き締めてくれる。


 窓から射す光は、もう午前の強さだ。

 思ったよりも時間がかかってしまったが、これならお腹に優しそうだ。



 ようやく食べ始めようとしたところで、庭の向こうに影が見えた。

 フェンはまったく気にせずに、ひなたぼっこを続けている。


 庭の奥から手を振っているのはユアンだった。

 いつも一緒にいるレイランの姿はなく、珍しく1人で来たようだ。


 1人で来るほど急ぎの用事となると、何かあったのかもしれない。

 ルティナは慌てて庭に出て、ユアンを出迎える。


「ユアン様、どうなさったのですか? ヴェリッダになにかありましたか?」


 ユアンは特に急いでいる様子でもなく、いつもと変わらない。


「いや、特に報告は受けていないよ?」

「そう、ですか……では、お1人でどうされたのですか?」

「なんとなく、ルティナは大丈夫かと気になっただけだ。レイランはまだ忙しそうだったから、1人で来てしまった……」


 ユアンは少し気まずそうに、視線を上に向けている。

 きっと、ようやく気が抜けて、思うままに行動してしまったのだ。

 そして、それを今、初めて自覚したのだろう。

 心のままに動く――それがユアンらしさだ。


 彼も緊張していたのだと、今更ながらに気付く。

 そう思うと、胸の奥がしくりと刺さる。


 ルティナから見て、いつも迷わずに進む、堂々として揺れない人。

 それがユアンだった。

 でも、周りを不安にさせないように、そう見えるよう意識して行動しているのだ。

 

「ユアン様、あとでレイラン様に叱られてしまいますね」

「……確かに」

「その時はわたしも、一緒に叱られます」


 ふっと笑い合い、ユアンを中へ案内する。

 ちょうど1人では食べきれないほど、穀物粥が煮上がったところだ。



 食の間で向かい合って座り、ユアンにも穀物粥を用意する。

 ユアンは街でパンをかじった程度だと言って、粥を前に嬉しそうだ。


「胃に優しい味だ……」


 しみじみと言う言葉は、さすがに年を取り過ぎている。


「昨日、何も食べないまま寝てしまったので、粥にしたのです。ユアン様には少し物足りないかもしれませんが……」

「いや、正直なところ、このくらいがちょうどいい。最近食事も適当にしていたせいで、あまり身体の動きが良くないんだ」


 確かに……少し巡りが弱いだろうか。

 普通の人からしたら溢れんばかりの気素だが、彼の感覚では薄く感じるかもしれない。


「後ほど調整するお茶をご用意しますね。あと、身体の巡りを診ましょうか」

「ルティナも疲れているだろ? 俺のことは気にしないでくれ。少し寝ればすぐ良くなるよ」

「いえ、ユアン様はまだわたしの患者様ですから。そのくらいはさせて下さい」


 ユアンにしては、少し食事のペースが遅いだろうか。

 胃も疲れてしまっているかもしれない。

 いや、それよりも……


「ユアン様、昨日はどのくらい眠られましたか?」

「え、いや、……それなりには寝たよ?」


 ルティナはため息が漏れる。

 おそらくほとんど眠っていない。

 巡りが弱いのはあたりまえだ。疲労と睡眠不足だ。


「それを召し上がったら、そちらの長椅子で少しお休みください。リシアに戻ったらまだお忙しいのでしょう?」

「いや、それは……そうかもしれないが……」

「温かいお茶を飲んで、僅かでもいいので目を閉じて下さい。それでも多少は変わりますから」

「……すまない、寝てしまうと起きれる自信がないんだが……起きなかったら長椅子から落としてくれ」


 そう言うと、ユアンは揺ら揺らと立ち上がり、そのまま集い間の長椅子で横になった。

 ルティナは慌てて薄い掛け物を取りに行く。

 穀物粥は食べきっているので、補給はできていると思うが……

 霊素の濃いユアンが、これだけ疲労をするのは普通だと考えにくい。

 

 陽の霊素が豊富だと、疲労を感じにくくなるのだ。

 だから無理をしているつもりはなくても、無理ができてしまう。

 そして、眠った時の回復も普通の人より早い。

 父もよく、夜通し森に籠って、そのまま寝ずに作業をしていた。


 でも、眠らなければ回復もしないのだ。 

 前借した体力が、今になって疲労として出てきたのだろう。


 ここ数日の間、もしかしたら誰よりも動いていたのかもしれない。 

 そういう身体のことも、少しずつ伝えていきたいと思った。

 いくら霊核を持っているとしても、ユアンは人なのだ。


 本来なら、ルティナが誰よりも、そこに気付かなければならない。

 自分のことでいっぱいで、まったく気が回っていなかった。


 まだまだ、だ。

 まったく足りていない。



 ルティナは、簡単な手紙を書いた。

 

 作り置いてある干し果実、リンベリーのはちみつ漬け、ナッツ入りのクラカンを包み、籠に詰める。

 そこに書いた手紙を入れて、庭に出る。


 フェンに手綱だけ付けると、分かったように小さく首を振る。

 籠を首に掛け、落ちないように上から布で括り付ける。


「フェン、これをリシアにいるレイラン様に届けてくれる?」


 首に手を当てて、しっかりとイメージを渡す。

 フェンは小さく鼻を鳴らし、リシアに向かって走り出した。


 うっすらと光を纏うフェンの後ろ姿は、とても頼もしく、美しかった。



 集い間で眠るユアンは、身体の力が抜けきって、今にも溶けてしまいそうだ。

 ユアンの身体にこの長椅子では、少し窮屈に見える。

 

 ルティナは小さな椅子を2つ、ユアンの腰のあたりに並べる。

 足りない分の高さを厚めの布で覆い、ずれないように卓で挟んだ。


 これなら、多少動いても転げ落ちることはないはずだ。


 気配を感じやすいルティナたちは、深く眠るということがとても難しい。

 感覚のどこかが、常に何かを拾ってしまい、それに身体が反応してしまう。


 それなのに、これだけ深く眠っているということは、もう限界だったのだ。


 この姿を見て、ルティナは泣きそうになる。

 子供の頃の自分を思い出し、それが今のユアンにあると思うと、その苦しさとどうしようもなさが分かってしまう。


 ユアンは大人だ。

 でも、霊素との距離感で言えば、まだほんの幼い子供でしかない。

 持っている感覚の鋭さもあって、ある程度の制御は出来ていると言っても、それですらとんでもない苦労の末のことだ。

 自分だったらと考えると、ルティナはそれを耐えられる気がしない。


 それが、魔素と霊素の大きな違いだと思う。


 魔素は、それ自体が直接身体に影響を与えることは少ない。

 うまく感じたり扱えなかったとしても、それは魔法が使えないということくらいしか影響はないだろう。

 今回のような魔素の濃度変化があったとしても、人にはそれほど影響しない。


 万が一、体内で魔素が暴走しても、人がそれで命を落とすことはそうそうない。

 それに対処できる人がいるからだ。


 だが、霊素は違う。

 それ自体が、人の身体に大きく影響する。

 下手をすれば、誰からも、自分ですら気付かないまま、命が失われる可能性があるものだ。


 ユアンの身体に溜まっていた壊素が、もし首まで届いてしまっていたら……

 おそらく、徐々に呼吸ができなくなり、今ここにはいないだろう。


 想像するだけで、首筋がぞわっと波打つ。

 

 ユアンが今生きていることが奇跡だと思うのは、それを誰にも教わらず自分自身で何とかしてきたということ。

 ルティナにはそれが、どうしようもなく尊いことのように思える。


 霊核の意思なのか、何かの巡り合わせか……。

 この世界がユアンを守ったようにも思える。


 世界とは、人の意思とはまったく関係ないところで、ただそこに存在するものだと思う。

 都合のいい解釈だと分かっているが、そう思いたくなってしまう。



 ルティナは集い間の卓の上に、心と体を落ち着ける香を焚く。

 以前、ユアンのために調合したヨイナギの香だ。


 深い眠りは回復を早めるが、それと同時に負担も大きくなる。

 少しでも緩やかに進むように、目覚めが穏やかであるように。


 目覚めたときに淹れるお茶は何にしようか。


 ルティナは静かに、落ちかけた掛け布を、ユアンの肩に引き上げた。





 厩の水飲み場を整えていると、フェンの気配が近付いてくる気がした。

 門の方へ目をやると、そこには見慣れた姿がある。


 フェンの手綱を持ち、リズに跨ったレイランがちょうど門の前で飛び降りたところだ。

 軽く会釈をして入って来る様子は、もういつもの光景になった。


「ルティナ様、遅くなって申し訳ありません」


 フェンとリズを庭に入れて、そのまま駆け寄って来る。

 2頭はそのまま厩へ向かい、水飲み場に並んで顔を寄せている。

 リズもすっかり慣れたものだ。


 それを眺めていたアウリスも、立ち上がって水を飲みに向かう。

 3頭でもゆとりを持って飲めている。


 最近ここに来るお客様が増えたので、鞍掛けを増やし、水飲み場も大きくした。

 この様子を見ると、使い心地は上々のようだ。


「いえ、お手紙で失礼いたしました。フェンが届けてくれて良かったです」

「さすがのフェンでしたよ。リシアの外にいたのですが、わたしをしっかり見つけてくれました。先に気付いたのはリズでしたが」


 笑顔で話すレイランは、やはり少し疲れているように見える。

 まだリシアは落ち着かないのだろうか。

 

「お忙しい中、お越しいただいて申し訳ありません。ユアン様はまだ寝ていらっしゃるのですが……そろそろ起こされますか?」


 庭からは、長椅子で横になっているユアンの足だけがわずかに見える。

 それを見たレイランは驚いたようだ。


「あれからまだ起きないのですか? かなり時が経ったと思うのですが……」

「一度目覚めて、水を一杯飲み、すぐにまた眠られました」


 レイランは目を細めて、その表情が優しく緩む。


「そうですか。なんというか……とても、安心いたしました」

「相当お疲れだったのでしょう。身体が溶けてしまいそうで、心配になりました」


 ルティナは小さく笑い、レイランを家の中へと案内する。

 足音を気にしながら歩く様子は、とてもレイランらしい。


「気になさらなくても大丈夫だと思いますよ? ちょっとのことでは起きませんから。お声をかけても全然聞こえていないようです」

「そのようですね……いつもなら庭にわたしが着いた時点で起きてしまいますから」

「わたしも同じようなものなので……、とてもよく分かります」



 食の間の卓に、ミルクで煮出したホノシズクの新芽茶を用意する。

 疲れているときのミルク茶は、身体に深く染みるものだ。


「これは……また格別ですね。ミルクのほのかな甘みがいい。以前おっしゃっていた意味がわかりました」


 ルティナは合わせて、小皿に蜂蜜を掬った匙を乗せて差し出した。


「ミルク茶は甘くすると、とても幸せです」


 言われるままに、蜂蜜をミルク茶に溶かして口に運ぶ。

 レイランはこの上なく幸せそうだ。


「ははっ、これは最高ですね。身体が喜んでいるのがわかる」


 疲れていた顔が、少し明るくなった気がする。

 甘い物好きのレイランにとっては、一番の薬かもしれない。



「ユアン様は……、ここ数日ほとんど眠っておられませんでした。もともと眠りが浅い人ですし、動けてしまうのです。夜はわたしと共に観察に出て、昼間はわたしを休ませるのに、自分はアウリスと訓練すると言いながら街をみておられました」


 ルティナは、ヴェリッダを追ったアウリスの威圧を思い出した。


 あれは、いわばアウリスの本能や反射で起きる特別な能力だ。

 アウリスが意識して行うこと自体が難しく、ましてや意思を伝えて指示を出すなど……普通なら到底できないことだ。


 ルティナとフェンのやり取りに近い、意思と感覚の共有だった。


 あれをこの短い期間でやってしまうほどに、彼はアウリスと向き合ったのだ。


「本来なら、同じ体質であるわたしが気付くべきだったと、反省していたところです」

「それは違います。常にそばにいるのに、頼ってしまっている我らの問題です。それほどに、ユアン様の存在は大きいのです」


 レイランの言うことはとてもよく分かる。

 


 ユアンは太陽なのだ。


 人がどうしても追いたくなる。

 導かれてしまう。

 無意識に惹かれてしまう。


 強すぎる陽の後押しもあるだろう。でも、それは後押しでしかない。

 彼自身が持っている受け止める大きさ――人としての資質なのだ。



 ルティナは静かに頷いた。


「とてもよく、分かります。ユアン様は人を惹きつけ、そのすべてを包みこむ温かさがあります」


 レイランは、カップに添えた手を見つめたままだ。


「わたしはそのユアン様に、深く心酔していました。……少なくとも、ルティナ様に会うまでは」


 カップを持ち上げ、ゆっくりと口へ運び、小さく息をつく。


「ルティナ様に……ユアン様と同じものを感じました。初めて会ったときに、似ていると思ったのです」


 レイランの視線が、ルティナに揃う。


「そして、その苦しさと生きにくさ、それゆえの強さなのだと、理解した気がします。……ユアン様がただ特別なのではないと分かり、わたしは後ろから付いていくだけではなく……ユアン様の隣に、肩を並べて立ちたいと思うようになったのです」


 レイランの言葉は、強い決意というより、信頼の幅と向かう先が変わったのだと感じた。

 自分自身への信頼。

 そして、ユアンの強さの内側に触れ、それを感じたことで、その信頼の深さが変わったのだろう。



 ルティナは、なぜか自分の心が満たされていく気がした。


 理解をしてくれる人の存在は、とてつもなく大きい。

 自分にとっての父のように。

 ユアンにとって、心をそばに置いてくれる人がいることが、どれほどの救いになるだろう。


 きっと、今までだってそうだったはずだ。

 それがこれからはもっと強く、大きく感じられるだろう。



「レイラン様、それはわたしではなく、ユアン様にそのままお伝え下さい」


 レイランは軽く視線を逸らし、口の端が緩んだ。


「……いつか、言えると思う日がくれば。まだまだ遠い先の話です」



 レイランの後ろ、集い間の長椅子が揺れたことに、彼は気付いただろうか。





      ―谷に棲むもの― 巡了



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