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オル・トア ―精霊の往く先―  作者: 流留架
翠の季 春 ―谷に棲むもの―
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翠の季-07.魔素

「水を差すようなことを言って申し訳ない……ルティナ殿は、魔素が……見えるのか……?」


 ウィランは戸惑いを隠しきれない様子で、途切れさせながら言葉を繋ぐ。

 ジュードも信じられないといった顔だ。

 

 この人たちには、魔素が見えていないのだ。


 魔法を扱える人は、体内に魔素を持っている。

 自分の身体に持つということは、逆にそれに染まるということ。

 ルティナ自身も、霊素の存在を正しく認識できるようになるまでは時間がかかった。

 魔素も同じなのかもしれない。


 レイランとユアンは、その言葉を聞いてどこか納得をしたようにルティナを見ている。


「……見えていない……のですか?」

 

 ルティナがレイランに視線を送ると、彼は小さく頷いた。

 

「質問ばかりですまない、今、ルティナ殿はレイランに尋ねた。それはどういう意味合いだろうか?」


 このウィランという人は、とてつもなく頭の回転が速い人だ。

 魔素を研究している研究者で、レイランがそれを伝えてきたということは、優秀な人なのだろう。

 でも、その人でさえ、魔素の捉え方が違うのかもしれない。


 迷いそうになり、ルティナは思い直す。

 “何かを明らかにしようとするなら、すべてを卓の上に”。

 これは、父の言葉だった。


「魔法が扱える人は魔素に適性を持っています。レイラン様は、強い火魔法の適性をもっておられます。その人にも魔素は見えていないのかと……確認を致しました……」


 全員の目が、ルティナ一点に集中している。

 その視線に痛みは感じないものの、少し居心地が悪い。


「レイラン、そのことをルティナ殿に話す、もしくは魔法を見せたことがあるか?」

「ありません」

「ルティナ殿、では僕とジュードはどう見えますか?」


 ウィランの灰色がかった翡翠の瞳は小刻みに揺れ、その奥を捉えようと澄み切っている。


「……ウィラン様は、風の魔法をお使いになる方。とても強い適性をお持ちです。ジュード様は土魔法、ウィラン様ほどではありませんが、それでも充分な適性だと思います」


 翡翠の瞳は輝き、大きな驚きと衝撃、そして、微かな歓喜を見せた。

 手を口で覆い、身体を少しずつ回転させながら、一瞬で深い思考に落ちたようだ。

 ジュードとレイランは、黙ったままそこに立っている。



「ルティナ、ここでまだ考えたいことや、やりたいことはある? 」


 その沈黙を破る言葉は、ユアンからだった。


「いえ……今は、もう特にありません。あとは準備をしてからでないと……」

「じゃあ、一度リシアに戻って……ゆっくりと話をしながら、考えようか」


 言葉に促され、5人でリシアへ戻ることにする。

 ウィランはジュードに両肩を抱えられるように押されながら、足だけを動かしている。


 その様子を後ろから眺め、ルティナは“頭の中が忙しい”自分を見ているような気がした。



「ルティナ、話してくれてありがとう。ウィランのことは心配しないでくれ。あの人は絶対に、ルティナの意に沿わないことはしない。……少し、頭の中に籠ってしまうことはあるけど」


 歩かせられているウィランは、まだ思考が継続中だ。

 ジュードは自分の馬を引きながら、ウィランに付き添っている。

 それを見るユアンは、困った人を見るような、親しみを込めた笑顔だ。


 レイランはリズに跨り、ウィランが乗って来たアッシュガゼルを連れている。

 リズよりもひと回り大きく、色も一段濃いアッシュガゼルはとても立派だ。

 あの子は雄なのかもしれない。


「ふふっ、わたしも、きっと同じような感じなのですね。“頭の中が忙しい”という表現はぴったりだと思いました」

「ルティナの中には、ヴェリッダに関しての案が、ある程度固まっていると思っていいか?」

「一応、流れの大枠は出来ていますが、それが可能かはご意見をいただきたいです。ヴェリッダの本能に任せる部分や、曖昧なことも多いです……皆さんにご負担をおかけするかもしれません」

「その案を、聞くのが楽しみだよ。ウィランやジュードの反応が、何よりも楽しみだ」


 期待に満ちたユアンの顔は、いつものいたずらっ子になっていた。




 自分より大きい4人に囲まれると、そこは少しだけ息苦しく感じる。

 ルティナはそもそも、人と一緒に過ごすことに慣れていない。

 

 厩の付近も、5頭集まるとそれなりに窮屈そうだ。

 フェンは他の4頭から少し距離を取り、自分のスペースを確保しているように見える。

 あの子もまた、ルティナと同じ感覚なのだろう。


 ジュードの乗っていた魔獣は、ステード種のようだ。

 魔素に適性を持つ、牛と馬を掛け合わせたような体躯だ。

 水牛に似た角を持ち、身体は馬より少し逞しく、低い重心でどっしりとしている。

 見た目の印象と変わらず、無口で落ち着いた空気だ。


 

 家の中に入っていく彼らから少し下がり、一番後ろから付いていく。

 扉の中では、セラが出迎えていた。


「セラ、なにか飲み物を頼む。部屋に用意してくれ」


 セラに声をかけながら、ユアンたちは階段へ向かう。

 ルティナは、セラと一瞬目が合った気がした。


「ユアン様、お部屋ではなく、奥の団らん室の方がよろしいかと思います」


 セラのその言葉に、ユアンは少し驚いたようだが、小さく頷き返した。

 ルティナはセラに小さくお辞儀をし、彼らに続いた。



 団らん室と呼ばれた場所は、中央に6人が座れる卓、窓際には長椅子が置かれている。

 ユアンの部屋よりも広く、ゆったりと過ごせる場所だった。

 ルティナは少し息がほどけ、セラの心遣いに感謝する。

 彼女がルティナの緊張を察してくれたのが、とても嬉しかった。


 ユアンが椅子を引き、ルティナを端の席へと案内する。

 隣にはユアン、対面にウィランという位置になった。

 レイランとジュードはそれぞれ、その後ろに控えている。

 ウィランはようやく、人が瞳に入るようになったようだった。


「ユアン、本題に入る前、セラの用意が整うまでで構わない。ルティナ殿と少し話をさせて貰えないか」


 ルティナはユアンに目を向け、笑顔で頷く。

 ユアンからは、抑えた笑いが滲んでしまっている。いや、隠す気もないのかもしれない。


「構わないよ。ルティナもウィランも、お互いに覚悟をしておいた方がいいかもしれないけどね」


 その言葉が少し不思議だったが、考える間もなくウィランが話し始めた。


「ルティナ殿、僕は主に魔素に関わること、魔素の流れや与える影響、新しい魔法の理論や構築、発動を安定させる研究をしている。その上で、僕と君の間に、魔素という物、あるいは魔法を使うということに対する認識の差があると感じた。君から見てそれはどうだろうか?」


 使う言葉も認識も、とても正確でズレがない。

 霊素という概念がない状態で、その違いを正確に捉えられているのはすごいと思う。

 魔法の構築……それはどのようなものなのだろうか。単純に興味が湧いた。


「わたしからも同じように感じました。でもそれは、体質の違い、見え方の違い、捉え方の違いではないかと思います」

「おそらく、とても質問ばかりになってしまうと思うが、ご容赦いただきたい。まずはひとつめ、体質の違いとはどういうものだろう?」


 レイランとジュードは興味津々、ユアンはウィランの様子を楽しんでいるという雰囲気だ。


「わたしは魔法を使えません。魔素に適性がないからです。魔素の適性は、体内に魔素を持っているかどうかということ。わたしの体内には魔素がないので、それを扱うことが出来ず、ウィラン様は体内に魔素をお持ちなので、魔法を使うことができるということです」

「体内に、魔素を持っている……?」


 ウィランは首を斜めにする。

 そこから感じるのは、まっさらな心だ。


「あの、魔素の適性に関して、アルデニアではどうお考えになるのですか? わたしはこの国の魔法についての理解に疎く、申し訳ないのですが……」

「いえ、構いません。魔素の適性は、主に血に由来すると考えています。その一族によって扱える魔法が偏ることが多いのもそのためだと理解しております」


 血ということは、魔素の適性を、先天性の素質として捉えているということだ。

 確かに、そう考える種族もあると聞いたことがある。


「それも結果的に正しい認識だと思います。魔素の適性は、素質ではなく素養です。まだ身体が出来上がる前、遅くとも10歳頃までに身体が魔素に適応すれば、魔素の適性を持ちます。そして、魔素に適応しやすい体質、発動する属性の偏りという意味で、血が関わっているというのは大いにあり得ると思います」


 ウィランは固まっている。

 いや、固まっているように見えて、頭の中は超高速で巡っているのだろう。

 ルティナは次の言葉を待つことにする。

 

「……否定する要素がありません。魔法の発現は10歳頃までという認識も合っている。時折ある、魔法を使えない家からの発現も、素養であれば可能だ。では、魔素を取り込んで発動しているという認識そのものが間違っている? いや、それは違うな……」

「魔素を取り込んで発動することに間違いはありません。自然界の魔素は属性を持たない物質ですから、その魔素を取り込み、体内の魔素と結びつけ、属性を付与して発動しているのだと思います」

「属性の付与……体内の魔素は、扱える魔法の属性を持っている。とするなら、ひとつの属性しか扱えないのも納得しかないな」

「魔法の発動限界があるのもそのためかと。体外の魔素のみで発動するなら、無限に魔法が使えるはずです。魔法が使えなくなるのは、体内の魔素が枯渇し、発動するための属性が付与できなくなるからではないでしょうか。その体内の総量が多いほど、強い魔法をたくさん使える。のではないかと……」


 再びウィランが固まった。


「じゃあ、俺が魔法を使えないのは、その素養が出なかったっていうことなのか」


 ユアンが少し寂しそうに自分の手を見つめる。


「ユアン様の場合は……その、……体質のせいで、魔素を受け入れる隙間がありませんから。仕方のないことだと思います」

「なるほど」


 その説明に、ユアンは目を細めた。

 嬉しそうに笑っていることが、ルティナにとっては救いだ。


「はははははっ!」


 突然の大きな笑い声に、ルティナは身体が縮んだ。

 ウィランの瞳は力強く前を向き、興奮と歓喜に満ちている。

 ルティナを見つめる目の端からは、頬を伝うものが見える。


「信じられない。全てが澄み切ってとても美しいよ。すべてが覆っているのに、こんなにも清々しいことがあるのか」

「ウィ、ラン……?」

「ユアン、僕は感動しているんだ。今まで、“そういうもの”として理解してきたものが、すべて、ひとつも矛盾なく説明され、繋がったんだ。これはもう真理だ。真理というのは、こんなにも完璧で美しいものなんだ」


 脱力した身体を背もたれに預け、天井を見る彼からは、これ以上ない幸福を感じる。

 魔素と魔法に真摯に向き合い、それを追い求めてきたんだろう。


 その感情は、ルティナにも覚えがあるものだ。

 幸福なのだ。身体すべてを満たしてもまだ溢れるほどに。


 それを見つめるジュードもまた、淡く微笑んでいる。


「ルティナ殿、魔素とは……、どんな色をしているんだろう?」


 ウィランがぽつりと呟いた。


「わたしの目には、限りなく白に近い銀鼠(ぎんねず)……でしょうか。内側にほのかに光を含む細かい粒のように見えます」

「白に近い銀鼠……見てみたいものだ」


 焦がれるような遠い瞳は、少し寂しそうだ。


「ウィラン様、人が身体の中の血液を認識できないように、体内に魔素を持っていると、それに同化し、馴染んでしまうせいで、感じにくくなってしまうのだと思います。ですが、それを感覚として掴んでしまえば、馴染んだ人ほど深く、感覚として見ることができるものだと思います」


 ウィランは目を大きく開き、身を乗り出す。


「五感の集約と分配、だね」


 ユアンが小さく付け加え、説明してくれた。

 これは何も、霊素だけの話ではない。

 人の知覚の問題なのであれば、魔素でも同じことができるはずだ。


「五感の集約……そして分配……。考えたこともなかったが、とても面白い。そして、それがすんなり理解できるのが不思議だ」

「わたしも、今とても腑に落ちています」

「自分もです」


 ウィランに続き、レイランとジュードも思い当たるようだ。


「……わたしがお伝えしたことが……その、良い方向へ進んでくれれば、嬉しく思います」


 もう心は揺れない。

 でも、これが与える影響を、正しく理解できているかが不安だった。


 ルティナの表情から何かを感じ取ったのか、ウィランは立ち上がり姿勢を正す。


「ルティナ殿には、決してご迷惑がかかることはありません。この知識は正しく扱うとお約束します。僕と、ユアン、そしてこの2人もこの話の大きさは理解している。そして、僕はこの国の魔法分野における責任者だ。どうか、信じて欲しい」


 責任者。

 ルティナにはその言葉がすんなり入ってこない。

 ユアンとレイランは、少し気まずそうにしているが、しっかりと頷いている。


「ありがとうございます、ほっとしました。……ウィラン様の感じる魔素が何色か、いつか是非、教えてください」


 ルティナは安堵と共に、ウィランに笑顔を返した。



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